この日のためだけに揃えた黒のタキシード。クロスタイにカフスボタン。 レンタルじゃねえぞ。ちゃんと全部新品で買ったんだ、もうこの先使うこともないだろうによ。 お前はたぶん白を着るような気がしてた。だから俺は黒だ。碁石みたいでいいじゃんなんて皮肉のひとつも言ってみたいけど――本当は真っ白な世界を汚すために選んだだけだ。 白いタキシード姿のお前の隣に、純白のウェディングドレスを来た幸せな花嫁。 それはそれはお綺麗でしょうよ。ちらっとしか見たことねえけど、美人だったのは認めますよ。並んで立った時の絵になることと言ったら俺の空っぽのアタマじゃ言葉にできませんよ。 お前はきっと、俺が招待状の「欠席」にマルつけて寄越した事実だけを信じ切ってるんだろう。 それが俺の答えなんだとそう思ってるんだろう? 甘いよ。俺はな、プッツンキレたんだ。ぐだぐだうじうじとくだらない問答を続けた挙げ句、こういう形でケリをつけようとしたお前にな。 だからずっと黙ってた。この日を防ぐんじゃなくて、この日を迎えて、ぶち壊すために。 きっちり正装した。相手がいりゃあ、花嫁の隣に立ってたっておかしくない格好で、ちゃんと左の薬指は空けてある。 さあて、戦闘体勢は整ったぜ。 教会にぞろぞろ礼服姿の参列者が入ってから、いい具合に時間が経った。そろそろ誓いの言葉とやらを交わす頃だろう。 なんて言うかな。「ちょっと待ったあ!」は古いか……「異義あり!」とかか? いやもう何でもいいや。とりあえず突入しちまえばそれだけで充分注目の的だ。 塔矢先生もいる。塔矢門下の面倒な連中だってずらっと揃ってる。向こうの親御さんはなんかデカい財閥がどうたらとか言ってたっけ。大問題は必至だろうな。 そんなこともう構ってられるか。 進藤ヒカル様を舐めんなよ。俺だってな、キレたら何するか分かんねえんだよ。暴走するのは自分だけの特権だなんて思うなよ。 お前に思い知らせてやるよ。お前が惚れた男がどんだけ執念深くて往生際が悪いかをな。 重い扉に耳を当ててもいまいち中の音は聴こえて来ない。しょうがねえ、ちょっとだけ、と引いた扉の隙間から漏れる幻想的なパイプオルガンの音と、褐色がかった七色の光。 「健やかなる時も、病める時も――」 ほうら、グッドタイミング。 後のことなんか考えねえ。どうなったってもういいんだ。 お前を見つめたその時から、俺の全ての常識は吹っ飛んだ。 俺にとって、お前の隣に俺がいない世界なんざとっくにこの世じゃねえんだよ。 あの世に行くのは、佐為に会う時だけでいい。 ではいっちょやりますか。 お前が抱くのはその真っ白くて綺麗なウェディングドレスの花嫁さんじゃねえ。 真っ黒なタキシード着たこの俺だ。 さあ、俺の男を返してもらおうか。 変なブームが来ていたようです。 |