「前半に振り回されたのが多少苦しかったですね。隙を見つけるのが難しかった。彼の場合、ただかわすだけでは駄目なんです。完全に仕留めてしまわなければ、二重三重に罠が潜んでいますからね。底力も強い。最後まで気が抜けませんでした」 「持久戦になると大抵不利なんです。最後に押しきられる嫌な終わり方を何度か経験してるんで。出足でなるべく乱しておきたかったけど、踏ん張られました。百二十一手目、あれで中央を潰されたのがとどめでしたね。悔しいけど、完敗でした」 記者に笑顔、関係者に笑顔、恭しく四方に頭を下げ、堅苦しく着込んだスーツに見合った堅苦しい歩き方で部屋を出てから、息を詰めて歩く廊下。大人びた表情で周囲の人間と一言二言交わしながら、張り詰めた背中にまだ隙は見せない。 行き先は違うと見せかけて、それぞれ自分らしいコースで遠回りをして、一人きりになってからたどり着いた場所は同じ。 チャイムの音にアキラがホテルの部屋の扉を開くと、先ほど碁盤の向こうで見た顔が穏やかな目で微笑んでいた。 分かっていたと言いたげなアキラもまた優しい笑顔で、尋ねてきたヒカルを迎え入れる。 「おめでとう」 「ありがとう」 扉が閉まると我慢しきれずに腕を相手の背中に絡ませた。 ようやく恋人同士に戻ることができた。 |