「ボクへの報告は、二番目でいい」 余裕かましたフリして言ったアイツの顔。 多分大人の男を目指して軽く失敗してた。 その瞬間、今まで時間が止まってたみたいにいろんな感覚が戻って来た。 皮膚とか呼吸してなかったんじゃないかって思ったくらい、どっと汗が吹き出してきた。 部屋の温度ってこんなに暑かったっけ、とか。いつから足痺れてたんだっけ、とか。なんでこんな怒り肩になってたんだろうとか、ひょっとして息をするのも忘れてたんじゃないかと疑うくらいに身体がガチガチになっていて。 周りにこんなに人がいただろうか。口々に告げられる「おめでとう」の言葉がいまいちピンと来なくて、碁盤を挟んだ向こうにいる緒方先生が涼しさを装って苦い顔してるのを見ても実感が湧かなくて、多分滑稽なくらいきょとんとしてた。 じわじわ指先に熱が戻って来たのは、促されて立ち上がってからだった。 「すいません、急ぐんで」 検討もそこそこに飛び出して、タクシー探すのももどかしくて駅まで全力で走った。 新幹線が掴まれば一時間ちょいで東京に戻れる。夕方過ぎには着くはずだ。じいちゃんびっくりするだろうか――今日が何の日か知っているだろうから、まずは結果を教えろとせがまれるかもしれない。 でもごめん。じいちゃんは三番目だ。 ずっと欲しかったタイトル。一番と、そして二番目に知らせなきゃならないヤツがいる。 新幹線に乗ってる間、何度も携帯電話が震えた。多分知らせを聞いた棋士仲間だろう。 ごめんと心の中で謝って、とうとう通話ボタンを押さなかった。メールも見なかった。報告が終わったら必ず連絡するから、と小声で囁く。 駅に着いたら急いでタクシーを捕まえ、懐かしい道程を急いでもらった。見えて来る街並。子供の頃、よく走ったアスファルト。 ここでいいですと少し手前で下りてから、それまで触らないようにしていた携帯電話を取り出した。ボタンを押して耳に当てる。逸る胸のまま、小走りに靴を鳴らす。 『……もしもし?』 受話器の向こうから、少し驚いたような、どこか疑うような低い声が聴こえてくる。 少し笑ってしまった。ちょっと時間が早すぎたからだろうか。 だけど、決めてたんだ。もしも欲しかったものを手に入れられたら、アイツに一番に報告するって―― 「獲ったぞ! 本因坊!」 二番目に、ゆっくりお前にも報告するよ。 ほら、お蔵が見えて来た。 |