「はい、これいつもの」 渡された紙袋にぎっしり詰まった手紙の束。 アキラはうんざりして溜め息をついた。普段は月に一度の回収だが、ここ最近は忙しくてすっかり存在を忘れていた……三ヶ月ぶりに受け取ったファンレター。重みがなんだか空恐ろしい。 持ち帰ったら適当に読んで処分しよう。念のこもった紙袋を引き摺って帰宅したアキラは、一通目を手に取ってあっと声をあげることになった。 『進藤ヒカルさま』 受取人として書かれていた名前は、アキラのものではない。 慌てたアキラは他の手紙もばさばさと取り出してみた。進藤ヒカル様、進藤、進藤、進藤…… 中身は丸きりヒカル宛の手紙――どうやら棋院の職員が間違えて渡してしまったらしい。 面倒なことになった、と頭を抱えたアキラだったが、紙袋に戻そうとした手紙のデザインがやけに可愛らしいものが多いことに気づいて手を止める。 そして顔を近付けてまじまじと手紙を見つめてみた。丸みを帯びた文字はどう見ても女性からのもの。ファンがついているとは思っていたが、そういえばお互いに届く手紙やメールの話はしたことがなかった。 紙袋にぎっしり届くファンレター。確かに最近のヒカルは露出が多い。出で立ちも華やかだから、女性の目を引きやすいのだろうか。 アキラの胸でむくむくといけない好奇心が沸き上がってきた。 まさか、自分ではない相手への手紙の封を開けるだなんて。そんな非常識なことは許されない。 そう思っているのに、手は勝手に動いていた。いつもならばペーパーカッターを使って開く封を、封筒の端をぴりぴりと破る余裕のなさ。 ――だって恋人だから。 あまりにお粗末な言い訳を味方に、アキラは遂に手紙を開いてしまった。自分はヒカルが絡むとつくづく駄目になる――自覚はあったが改善方法が見つからない。 『はじめまして。この前載ってた雑誌見てお手紙書いてます。すっごいカッコイイなって思って……』 このテの内容ならまだいいのだ、とアキラは眉を顰める。 見た目だけに舞い上がって、理想を押し付けるタイプ。彼女の中で造り上げられたイメージは、最早ヒカルとは別人になっていることだろう。 『進藤さんの影響で囲碁を始めました。まだ全然下手ですけど……』 厄介なのはこのテのタイプ。ささやかとはいえ近付く努力をアピールする、控えめだけれど活動的な女性だ。アキラはくしゃと上品な薄ピンク色の便箋を握り潰してしまった。 ああ、いやだ。やっぱり見るんじゃなかった。恋人にせっせとラブコールしている手紙の山だなんて。渋い表情でアキラは手紙を開き続ける。 『オススメしてたお店行っちゃいました☆ あそこのタルトマジ美味しい!』 ……そんな店知らない。 『雑誌で着てたTシャツ見つけました! ぶかぶかだけどお揃いで買っちゃった(笑)』 ……お揃いの服なんて持ってない。 『先日はイベントでお話してくれてとっても嬉しかったです! あの時のお話、すっごい感動しました』 ……何の話? 読めば読むほどドツボにハマり、肩を落として一時間後。 「……で、こんな無茶苦茶にしたわけか。」 呆れた声に顔を上げられなかった。項垂れるアキラを見下ろしたヒカルは、腕組みして仁王立ちしたまま畳に広がった惨状に顔を顰める。 ばらまかれた手紙はほぼ開封され、どれもこれもしわくちゃ。男のヒステリーは見苦しい……ヒカルの大きな溜め息が広い和室に響き渡る。 落胆と動揺のあまりに恋人を呼び出したアキラの正面で、ひょいと腰を屈めたヒカルはさらさらの黒髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。 「あのな、呼んだらすぐ来んのはお前だけの特権だぞ。一番優遇されてんじゃねえかよ」 上目遣いに見上げると、怒ったように口唇を尖らせたヒカルの顔が目の前に。 アキラは思わずキスをした。 ぐしゃぐしゃの手紙が散らばった部屋のまん中で。 |