三本の鍵






ドアを開けようとしたら、鍵がなかった。
マンションの進藤の部屋の前で唇を噛んだ。


今朝、ケンカして飛び出したのだった。その後彼が鍵を閉めて出たのだ。
荒っぽくかばんを取って靴を履くときにキーケースを落とした気がした。
上がり框に落ちているそれが目に浮かんだ。
それから隣の自分の部屋のドアを開けようとした。当たり前だけど閉まっていた。
ケンカの相手は名古屋に行っている。
自分の体と持っているものが急激に重みを増した。
ドアにもたれ額に手を当ててため息をついた。

やっちまったなー・・・

普段使わないような言葉が口をついて出た。もう一度ふざけたみたいにつぶやいた。そう言ったからといって何も変わらなかった。
しばらく廊下の天井をにらんでから携帯メールを書いた。

『今どこにいる? できれば早く帰ってきてもらいたい。』

進藤は対局ではなかったはずだ。そのことに安堵した。
ほどなく電話が掛かってきた。

『ごめん。』
といきなり言われて、ドキッとした。
『鍵はおまえの部屋のメーターボックスの中。言うの忘れてた。』
メーターボックスを開けると、キーケースがあった。
『あった?』
「あったよ。」
『おれ、まだ名古屋。この後食事して帰る。じゃあ。』
それだけ言って電話は切れた。

キーケースには鍵が三本ついている。自分の部屋の鍵と、進藤の部屋の鍵と、両親の家の鍵。
厄介なものだ、としばらく見つめてから迷わず彼の部屋の鍵を掴んだ。


「ぼくは謝らないよ!」
「知るか!」
ドアを開けると朝の怒声がよみがえって怯んだが聞かないふりをした。

荷物を下ろしてカーテンをひく。
一人分作るのは面倒だな、と思いながらご飯はまだあったと確認する。冷蔵庫から鶏肉と卵を出す。
鶏肉の半分を自分用にとって、残りは買ってきた野菜と煮物にすることにする。
親子丼を作って、インスタントの味噌汁をつける。
風呂に湯を張って入って、棋譜並べをしようと思い立つ。書棚を眺める。秀策は彼がとても大事にしているので触れない。一番きれいそうな秀哉の棋譜を手にとったがこれも何度も開いた跡がある。

碁盤に向かって集中していたが、玄関での気配に顔を上げた。
「開いてるじゃん? 不用心だな。」

「ごめん。キミと打ちたくて待ってたんだ。」
「おれもおまえと打ちたくて帰ってきた。」
二人とも淡々と言う。

「冷蔵庫の鶏肉と卵を食べた。代わりに野菜を買ってきて煮物を作った。風呂に入った。あと、秀哉を借りてた。」
どんな感情をこめて言えばいいのか分からなくて、正座のまま棒読みで報告して黙った。

「そう」と彼がぼくを見てあまり感情のこもらない声で言う。「おまえ、打てんの?」
「疲れて帰ってきたからって容赦しない。」 見上げて言い返す。
進藤が「おー、この塔矢アキラと打ちたかったんだ」とニヤリとする。
「風呂、ゆっくり入れよ。」 碁石を片付ける。
「そうさせていただきます。」 彼が支度をするのを目で追う。

脱衣場に入って一度閉めた戸を彼がまた開けた。
「おーい、見るなよ?」
「黙れ!」

進藤がもう一度戸を閉めたそのとき、部屋の中に残っていた朝のケンカがぱちんと消えたのだった。





みっしる様からもう随分前に(すいません…)戴いておりました素敵なお話!
私から送らせていただいたSSプラス、ちょうどこの頃whizの環さまが
クール●コなカッコイイアキラさんを描かれてらっしゃって、
その融合体?のようにこちらのお話を作ってくださったのです。
二人の何気ない日常をさらりと描写されるのが本当に素敵で、
そしてヒカルがたまらんほど男前で(それがもう当たり前のように男前で)
淡々とした会話にごろごろ悶えさせていただきました!
お披露目が遅くなってしまったのが悔やまれます……!
みっしる様、有難うございました!
(2009.04.14UP)