陽の照りながら雨の降る



紫陽草や 帷巾時の 薄浅黄






放三郎の脳裏にふと稀代の俳諧師の句が浮かんだ。
書物から顔を上げると庭へ目を向ける。
先刻降り出した雨露に濡れて、数多の淡い花弁が微かに揺れていた。

鳩羽色、退紅、水浅黄に東雲色。

それぞれの花弁が寄り添い合って、見事な房を作り出す。
放三郎が庭いっぱいに咲き誇る紫陽花を眺めていると。

「…ぃっくしゅ!」

どこからともなく間の抜けたくクシャミが聞こえてきた。
小さく溜息を零した放三郎が書物を置いて縁側へと出る。
首を巡らせた先に見つけた姿に思わず呆然とした。

「竜導…何をやっているのだ」
「あー…見ての通りの有様で」

声を掛けて現れたのは全身濡れ鼠の往壓。
髪から着物までグッショリと雨に濡れていた。
いつから濡れていたのか、熱を奪われた顔色も微かに白い。
放三郎は額を抑えると、庭先に立ち竦む往壓を手招いた。
「何時までそうしている気だ。風邪を引くだろう」
「…お気遣い痛み入ります〜っと」
勝手知ったる部屋へさっさと上がり込もうとする往壓を放三郎が慌てて制する。
縁側へ上がらせまいと肩を掴む放三郎に、往壓は不満そうに眉を顰めた。
意地になって上がろうとすれば、今度は思いっきり頭を叩かれる。
「いてぇっ!」
「物事を考えろっ!そのまま上がれば部屋が水浸しだ」
「ほぉー…俺の身体よりも部屋の心配ですかい」
「そのようなことで拗ねるな。今着替えと手ぬぐいを持ってくる」
続きの間に消えていった放三郎を睨むと、往壓は些細な嫌がらせでそのまま縁側に腰を下ろした。
着物の袂や裾を掴んで、重たく吸い込んだ水気をギュッと絞る。
「竜導、身体を拭ってからこれに着替えろ」
戻ってきた放三郎が往壓へ着替えと手ぬぐいを差し出した。
さほどの時間は経っていないが、雨に濡れた身体はかなり冷えている。
往壓は帯の結び目に指を掛けると、眉間に皺を寄せた。
「くっ…このっ!」
「…何をしてる?」
季節外れの火鉢を持ち出し炭へ火を入れていた放三郎が、縁側で一人暴れる往壓に呆れた視線を向ける。
「結び目が…水吸って解けねぇんだよ!」
「全く…手間の掛かる奴だな」
放三郎は立ち上がると往壓の背後に膝を着き、帯の結び目を力一杯引っ張った。
漸く緩んだ帯に往壓がほっと息を吐く。
躊躇無く水気を含んだ重い着物を脱ぐと適当に丸めた。
キツク絞って水気を抜いた着物を広げて皺を伸ばしていると、頭に手ぬぐいが被せられる。
「そんなことは後ですればよい。早く身体を拭わないと余計に冷えるぞ」
「いてっ…小笠原さん痛ぇよ!髪が抜けるっ!」
乱暴に髪を掻き回され、往壓が悲鳴を上げるのもお構いなしに、放三郎は黙々と手ぬぐいで水気を拭った。
己の半分にしか満たない相手に世話を焼かれるというのは、何だか妙に落ち着かない。
渋々と往壓が身体の水気を拭い取ると、肩から着替えの着物に覆われた。

真っ新に乾いた布地が暖かく感じる。

知らず安堵の溜息を漏らす往壓の頬へ放三郎が背後から触れてきた。
掌から伝わる優しい温もりに、往壓は肩越しに振り返って瞠目する。
「かなり冷えているな。一体何時から濡れていたのだ?」
「両国に入った辺りからいきなり降り出しただろ…慌てて走ったんだが」
「この季節だ。驟雨に当たることも多いだろう」
「長屋を出てきたときは晴れてたからなぁ…」
往壓が苦笑いを浮かべて肩を竦めると、火鉢の側まで手を引かれた。
「暫く暖まっていろ。茶でも持ってこさせる」
「いや、茶はいらねぇよ。アレがあるから」
「アレ?」
楽しそうな往壓の視線に釣られた放三郎は縁側へ首を向ける。

そこにはいつの間にか酒瓶が置かれていた。

「昼間から…何を言っておるのだ」
「花見にお天道様は関係ねーだろ?」
「花見だと?」
「そろそろ見頃だと思ってな」
往壓は庭に咲き誇る見事な紫陽花を指し示す。
「お前は…やれ梅だ桃だの、今度は桜だ次は菖蒲に紫陽花まで…」
「花を愛でるのに理由はいらねぇさ」
「お前といい江戸元といい、単に酒を飲む理由が欲しいだけじゃないのか?」
「風流だろ?尤も江戸元は違う華を愛でる方が好みのようだがね」
可笑しそうに笑う往壓を僅かに睨むと、放三郎は縁側に放置された酒瓶を持ってきた。
そのままぞんざいに往壓へ差し出す。
「飲めば少しは身体の冷えも戻るだろう」
「…いいのかい?」
大した咎めもなくあっさり手渡された酒瓶を受け取り、往壓は目を丸くする。
「生憎と私は風流を解せないのでな」
放三郎は座り直すと、読みかけの書物を手に取った。

小笠原家の庭は綺麗に手入れされ、春夏秋冬季節の花々や樹木が楽しめる。
かと言って武家にありがちな庭自慢をする趣味は全くない。
適度に体裁良く見苦しくさえなければそれでいいと思っていた。
そう言えば城山の家も今時分紫陽花が見事に咲いていたな、と感慨を巡らせていたが。

「…っ竜導!?」

突然放三郎の視界がグルリと回った。
それと同時に身動きが取れなくなる。
半身を上げようにも往壓が胸元にのし掛かって押さえ込んできた。
睨み付けてくる放三郎に悪びれもせず往壓が口端を上げた。
「いきなり何をするっ!」
「あー…すっげぇ寒いから酒よりも手っ取り早く暖めてもらおうかな?と」
「お前…っ!昼日中からっ!誰が来るやも知れんと分からぬかっ!」
「ん?宰蔵ならアビと一緒に猿若町に出かけてるだろう?元閥は昨夜から吉原。他に誰が訪ねて来るって?」
「あやつらとは限らんだろっ!能登守様や伊勢守様の従者が…っ!」
「無粋な輩は待たせればいいさ」
「そんな不敬が通じるわけな…っ!?」
放三郎の怒声が喉で絡まる。
着物の前をはだけたままの往壓が放三郎の脚を強引に割って、昂ぶる雄を煽るように擦り付けてきた。
放三郎の肌が一気に熱を帯びて粟立つ。
芯を持ち始める放三郎の男茎に往壓はしてやったりと笑みを浮かべた。
「妖夷の兆しは無し。ほんの少し俺を構うぐらい何の問題がある?」
「お前は…っ!」
「寒くて堪らないんだ…ほら」
往壓は伸び上がると、放三郎へ唇を重ねる。

雨に体温を奪われた唇は未だ冷たいまま。

「…俺がぶっ倒れたら困るだろ?」
双眸を楽しげに眇める往壓を一睨みすると、放三郎は諦めたように身体から力を抜いた。
覗き込んでいる往壓の髪へ指を差し入れると、自ら唇へ噛みつく。
「んっ…ん…ぁ…っ」
放三郎の舌を口腔へ導いて、往壓は夢中になって舐り吸う。
腕を伸ばして放三郎の頭を抱え込み、何度も角度を変えながら舌を絡ませ口中を舐め合った。
ネットリと口蓋を舐め上げられると、往壓の身体がヒクヒクと蠢く。
しがみ付く往壓をそのままに放三郎が身体を反転させて、淫らな肢体を組み敷いた。
「は…あ…ぁっ」
濡れた唇を解くと、往壓が切なげな溜息を零す。
僅かに胸を喘がせ、欲情で潤んだ瞳をひたと放三郎へ向けていた。
羽織っただけの着物は往壓の肢体の下へ乱れ落ちる。
一糸纏わぬ冷えた身体を組み敷いて、放三郎は喉を鳴らした。
いつも飄々として掴み所のない年上の情人を繋ぎ止める喜悦に身体が高揚する。
差し出すように反らされた喉元から鎖骨、胸元へ唇を這わせて舌で舐れば、掠れた嬌声が耳朶へ吹き込まれた。
往壓の腕が放三郎の襟を辿って、肩口から中へと差し入れられる。
慣れた所作で半身をはだけさせると、袴の結び目へ指を掛けた。
「なぁ…小笠原さん」
「何だ?」
「どうにも寒くてな…あまり我慢出来そうもねーんだが」
往壓の指先が着物の裾を割って滑り込み、下帯の上から放三郎の雄を握り込む。
既に先奔りに濡れるモノの鈴口辺りを指の腹で撫で擦られ、放三郎は湧き上がる愉悦に眉を顰めた。
いつになく性急に煽ってくる往壓に、放三郎は溜息を零す。
「…いくらなんでも解さなければ無理だろう」
「だから…アレ、持ってるんだろ?」
「通和散か…」
放三郎は仕方なさそうに往壓の上から立ち上がると、書棚の奥から螺鈿の施された小箱を取り出した。
蓋を開けると薄紙の包みを一つ摘む。

江戸で一番質が良いと評判の湯島天神下薬店伊勢七の『通和散』だ。
所謂陰間や遊女の水揚用に使われる秘薬、潤滑油。
戻ってきた放三郎が薄紙を開こうとするのを、往壓が取り上げてしまう。
「おい、何をする!」
「俺がやる。言ったろう?待ちきれねぇって…」
往壓は身体を起こして放三郎の脚の間へ割り込んだ。
大きく脚を開かせると着物の裾を払って下帯を抜き取る。
熱半ばの肉芯を掌で握り、緩く上下に扱き立てた。
先奔りの蜜が鈴口から溢れ、脈動する男茎を伝い零れる。
掌の中で太く育った放三郎の雄を見下ろしていた往壓の頭が、ゆっくりと下肢へ落ちた。
「く…っ!」
ヌルリと熱く濡れた口腔に根元まで含まれ、放三郎は声を噛んで腰を震わせる。
脈を辿るように往壓の舌先が熱芯へ絡み付き、吸い上げ、舐り、執拗に口淫を施した。
ビクビクと跳ねる雄を飲み込みながら喉で締め付け、燻る熱を殊更煽り立てる。
往壓の口腔へ咥えられた放三郎の男茎が一際大きく膨張した。
「竜ど…ぅ…離っせ…っ!」
眼界の近い放三郎の内腿が引き攣っている。
往壓は上目遣いにチラリと放三郎へ視線を向け、雁首に歯を立てて鈴口をキツク吸い上げた。
「くっ…うぁ…っっ!」
放三郎はブルリと腰を痙攣させ、往壓の口中へ淫液を迸らせる。
喉奥まで勢いよく吐き出される白濁を全て受け止め、往壓が漸く顔を上げた。

コクリ、と喉が大きく鳴る。

「竜導…またお前は…そんな真似するなと…っ」
放三郎は肩で息を吐きながら、楽しげに微笑む情人を睨み付けた。
何も言わずに往壓が手にした薄紙を慎重に開く。
包まれていた練りぎに往壓は口に含んでいた放三郎の残滓を吐き出した。
「コレが一番手っ取り早いだろ?」
愉悦に蕩けた瞳で放三郎を見据えたまま、淫蜜で濡れる唇をペロリと舐める。
往壓が薄紙の上で指先を回すと、白粉はトロリと粘りを帯びた。
それを全て掬い取ると、往壓は双丘の奥へと指を忍ばせる。
「ふ…う…んんっ!」
震える襞をゆっくりと押し広げ、往壓の指が後孔へと潜り込んだ。
片手を付き前屈みになって小刻みに身体を震わせている。
僅かな痛みと違和感に歪んでいた眉間は次第に解け、濡れた舌先の覗く唇からは甘い吐息が零れだした。
自ら最奥を開いて淫らに喘ぐ往壓の姿に、放三郎の雄が滾りを取り戻す。
ポタポタと勃ち上がる男茎から淫液を滴らせて乱れる往壓の肩を掴むと、放三郎は耐えきれずに乱暴に押し倒した。
「いっ…てぇ…っ!」
強かに頭を打って呻く往壓の両脚を掬い上げ、すっかり蕩けてヒクヒクと男を誘って息づく襞に反り返る肉芯を当てる。

「ひっい…あ…ああぁぁああっ!?」

往壓の下肢の間へ腰を強く押し込むと、一気に雄を胎内へ埋め込んだ。



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