Simple&Pure“revised edition”

世間が浮かれ出す12月後半。
街のイルミネーションは一斉に赤・緑・金の色に統一され、寒さとは裏腹に不思議と暖かく感じたりするクリスマス。
もっとも仲睦まじい家庭や恋人達に限ってだが。
独り身には殊更疎外感を感じるだけの12月24日。
『嘘くせぇ…この中にどれだけクリスチャンが居るってんだよ』
呟いたところで負け犬の遠吠えにしかならないけど。
甘粕は昔から思っていた。
『何もイベント近くなってから、これ見よがしにイチャつくなんてバカらしいよな。普段が満たされてれば関係ねーのに』
とか
『そんな口実でもねーと、相手の気持ちを確かめらんねーのかよ』などなど。
朝日をキラキラと反射するディスプレイのモールを眺めながら、夜勤明けのぼやけた頭でつらつらと考える。
そう毒づきながら、結構甘粕も世間のイベント事には本人の意思と関係なく参加してた様な気がする。
そして思い出した。
かつて、やたらとイベントにこだわるノー天気なバカが、自分の側には居たんだな、と。




『ま、オレにはクリスマスなんて関係ねーけどな』
捕まるかどうかも分からない友人達と騒ぐのも虚しいだけだし、この日だけは絶対一人でなんか居たくないという、殺気立ったオンナを引っかけるのもバカバカしい。
『とりあえず寝てと…夕方に適当に食いモン買い出ししておしまい!』
閉め切ってた部屋の窓を全開にし、タバコに火を付け、煙と朝の冷えた空気を一緒に肺に吸い込んだ。
咥えタバコのままサニタリーへ行き、洗濯機に衣類を放り込んでスイッチを入れる。
大して汚れてもいないが、放っておくとホコリが溜まるから軽く掃除機もかける。
洗濯機が止まるのを待ちながら、コーヒーを入れて2本目のタバコに火をつけた。
『そーいえば最近掃除もラクになったよなぁ。前は片しても片した端から汚され…』
そこまで考えてはっと気づく。
脳裏に浮かんだバカ面を頭を振って追い出した。
『…何オレ凹んでんだよ』
ガシガシと頭を掻きながらダイニングテーブルに突っ伏す。
かすかに洗濯機の止まるサイン音が聞こえてきた。




朝比奈が結婚して3回目のクリスマス。
1回目は当番日で、バイパスの大型車両事故の処理で朝から出動して、終わったのが夕方。
その後もビル火災やら不審火の住宅街火災などでコンスタントに出場し、交代して帰宅した時には、周りのことなんか考える余裕もなく熟睡した。
朝、目を覚ませば世間でクリスマスは終わってたから、全然気にもならなかった。
2回目は非番だったけど、湾岸の化学工場火災の発生で非常招集がかかった。
煤と水でドロドロになって処理をして、沈下した頃にはクリスマスは終わってて…。
そこまで考えている自分に何だか笑えてきた。
『朝比奈が居ないからって何だってんだよ。家族3人仲良くクリスマス、結構じゃねーか』
だんだんと止まらない笑いがこみ上げて来て、思いっきり大声で笑ってやる。
ひとしきり笑って…まだ長いタバコを灰皿に押しつけた。
「大概、オレも終わってるな…」
自分に言い聞かせるように声に出して呟いた。
ピンポーン、ドンドン、ドンドン、ピンポーンピンポーン!
『…ん?なん…だぁ??』
深い眠りからすくい上げられるように脳が覚醒を始める。
ピンポーン、ドカンッ!ガンガンッッ!!
扉を蹴破るような破壊音にはっと我に返り、ベッドで寝返りを打った。
ベッドサイドの時計を見ると3時半。
「あれ…目覚まし止めてたのか…」
一度身体を起こして伸びをする。
ピンポーンピンポーン、ガツンガツン!ピンポーン!
目覚める原因となった破壊音はまだ玄関から聞こえてくる。
「…っんのやろー、ッルッセーんだよっ!セールスだったらブッ殺す!!」
寝起きのすわった目でリビングを横切り、玄関へと向かった。
インターフォンにも出ず、怒りの勢いでドアを開け放つ。
「ウルセーッッ!1回押しゃー分かるんだ…」
パパン!
相手を睨み付けようと乗り出した甘粕の顔にカラフルな紙テープが飛んできた。
「……あ?」
「メリークリスマス〜♪甘粕っ!」
ドアの前に立つのは…クラッカーを持ってニコニコと笑う大吾だった。
「あさ…ひなぁ?」
甘粕は突然のことで訳が分からず間の抜けた声を出してしまう。
「何だよ、こんな日に暢気に寝てたのかよぉ。今日何の日か分かってんの?クリスマスイヴだぞー!」
むっと唇をとがらせると拗ねたように甘粕を見る。
「それぐらい知ってる。別にオレにはカンケーな…」
「ちょっとどいてどいて、荷物沢山あんだからさ!甘公そこにいたらジャマ!」
『ジャマって…ここはオレんちだっ!!』
と口を開こうとしたとたん、大吾は玄関先に大きな紙袋をドサッと置く。
「あ、それ中に運んで。あと2つあるんだから」
早く早くと追い立てられ、訳も分からず荷物をリビングに運び入れる。
その後を上機嫌の大吾が荷物をぶら下げてついていった。