FANTASTIC BIRTHDAY |
それは不思議な目覚めだった。 奇妙な息苦しさを感じた悟浄の意識が、深い眠りから浮かび上がってくる。 「う…ん?」 やけに暑い気がしてしょうがない。 連続真夏日の記録更新も決定的な9月の後半。 寝苦しいのが当たり前だとしても、何だか暑すぎる。 普段から悟浄は強制的全裸かもしくは上半身は裸、下はトランクスだけで寝ていた。 上掛けは夏用の薄い羽毛布団のみ。 空調もエアコンをドライ運転にしているはずだ。 にも係わらず、こんなに身体が重たく感じるのは何故なのか。 可笑しいな?可笑しいな?と思っている内に、段々悟浄の意識がぼんやり覚醒してきた。 コロリと仰向けに寝返りを打つと、身体がグッショリ汗ばんでいるのに気付く。 「はぁー…暑っちぃー」 欠伸混じりにぼやいた悟浄は、額に貼り付いた前髪を掻き上げようと手を挙げた。 そこで何だかありえない違和感を覚え、僅かに首を傾ける。 ハッキリしない視界に映る、真っ白くて腫れ上がったように大きな自分の手。 ん?真っ白で大きな手?? バチッ!と漸く悟浄は目が覚めた。 そして視界にハッキリと自分の手を捉え、真ん丸く目を見開く。 呆然と自分の手を眺めながら、恐る恐る掌をグニグニ開いて閉じてを繰り返してみた。 「なっにいいいっっ!?」 勢いよく起き上がろうとした悟浄の身体が、どういう訳かバランスを崩してゴロンと横倒しになる。 真ん丸いお尻が倒れ込んだ反動でユラユラ揺れた。 何で揺れる?? 悟浄は大きく息を吸い込んでから、寝起きで回らない頭で懸命に考えた。 思い返すのは昨夜のこと。 いつも通り仕事から帰ってきて、八戒の用意した夜食を取ったんだよな? その後八戒にちょっと飲みたいなーって言ったら、バーボン出してくれて。 二人で半分ぐらい開けたっけ? その後風呂入って、寝て…少ぉーしばかりアルコール回って気分良くって八戒に懐いてたら、あっさりブチ切れて。 何回ヤッたんだ?全っ然覚えてねーけど…そのまま寝ちまったはず、だよな? どうせ八戒が後始末してくれただろうし。 昨夜は熱帯夜だったから、いちいちパジャマなんか着せないよな? 何気にアイツ裸のまんま俺のこと抱え込んで寝るの好きだし。 で、今が朝…か昼な訳で。 なのに。 何で俺はこんな格好してるんだ? こんな格好…って!どんな格好してるんだよっ!? 漸く自分の状況を把握した悟浄は、ベッドから転がるように落ちた。 慌てて部屋に置いてある姿見の前まで駆け寄り、自分の姿を目の当たりにして愕然とする。 「何だこりゃあああぁぁーーーっっ!?」 改めて自分の姿を確認すると、力が抜けたように膝からガックリ崩れ落ちた。 フローリングに両手を着いて項垂れている悟浄の耳に、リビングの方から軽やかで楽しげな音楽が聞こえてくる。 タタタンッタンッタンッ♪ タタタンッタンッタンッ♪♪ 「…イッツァスモールワールド?」 ネズミマニアな八戒に引きずられて何度も言ったことのある夢の国。 そこでこれまた耳にこびり付いて離れない程聞かされた音楽が、何故か今聞こえていた。 暫し考え込んだ悟浄は、はっ!と自分の姿を眺め、漸く八戒の企みに気が付く。 フカフカの掌をムギュッと握り締め、怒りに任せてドアへ突進した。 「はぁーっかいいいいぃぃっっ!!!」 ポテポテと間抜けな足音を響かせ、八戒が居るだろうリビングへ飛び込んだ途端。 目の前に広がった光景に、悟浄は絶句した。 部屋中にこれでもかっ!と鎮座するキャラクターぬいぐるみの数々。 嫌でも覚えているオレンジの熊や虎、それに帽子を被ったアヒルに茶色い犬。 どれもこれも見覚えのあるキャラクター達がダイニングのイスやらリビングのソファ、はたまたフローリングの床までゴロゴロと大量に座らされていた。 一瞬ココは何処だろうと現実逃避したくなる。 昨夜までスタイリッシュだった部屋はメルヘンワンダーランドに変貌していた。 そのダイニングのイスに。 まるで夢の国の主のように座っている夫・八戒が、にこやかに悟浄を見上げた。 「あ、おはようございます〜♪」 「おはよーじゃねーよっ!何コレ?何なんだよ一体っ!?」 部屋中に首を巡らせ、悟浄は喚き散らす。 きょとんと目を丸くした八戒は、悟浄の怒りも全く意に介せず不思議そうに首を傾げた。 「見ての通りディズニーランドを再現してみたんですけど?」 「んなこたぁ見りゃ分かるっ!何でそんな真似したのか聞いてんのっ!」 悟浄が癇癪を起こして床をパフパフ踏みしめると、八戒の笑顔がキラキラ輝く。 「悟浄…すっごぉーくお似合いですvvv」 「どこがーっ!」 「え?勿論僕とに決まってるじゃないですか〜」 ウフウフと嬉しそうに含み笑いを浮かべる八戒は、真ん丸く大きな手で感動で紅潮する頬を包み込んだ。 悟浄と同じ真ん丸く大きな手。 「何で朝っぱらからミッキーの着ぐるみなんか着てやがんだよっ!」 「そんなの…悟浄がミニーちゃんだからでしょう?」 「どーして俺まで着ぐるみなんだあああぁぁっ!!」 そう。 目覚めた悟浄は、何故かミニーちゃんの着ぐるみ姿だった。 顔はかぶりモノじゃないが、丸い耳が二つ付いたフードを被せられ、アゴで固定されている。 ご丁寧に大きなリボンまで乗っかっていた。 上半身はフワフワの起毛生地の胸元までしか隠れないタンクトップのヘソだしルック。 下は真っ赤な水玉模様の超ミニスカートを穿かされ、ご丁寧に黒のタイツまで。 両手には売られているミッキーのクッション手袋。 足許はミッキースリッパに突っ込まれていた。 化粧までされてなかったのがせめてもの救い。 悟浄にミニーちゃん扮装をしでかした張本人といえば。 似たような扮装で、ミッキーバージョン。 何が楽しくて爽やかな朝っぱらから夫婦揃ってこんなコスプレをしなきゃならないのか、頭に血が上っている悟浄には全く分からない。 怒り心頭で睨んでいると、余裕の笑みを浮かべた八戒の瞳が不敵に煌めいた。 「悟浄は何で僕が今日こんな格好をしたか分からないと?」 「分かる訳ねーだろっ!」 「今日は何月何日ですかぁ〜?」 「あぁ?今日って…」 悟浄は首を巡らせ、リビングに置いてあるカレンダーのオブジェへ目を遣った。 日付は9月21日。 9月ぅ?21日いいぃぃーーーっっ!? 「………ドコへ行くんですか?」 「あ…そのっ…もーちょっと寝ようかなぁーって?」 寝室へ避難しようと踵を返した悟浄を、底冷えのする声が引き留める。 オドオド振り返れば、全開笑顔の八戒が。 ひいいいいぃぃ〜〜〜っっ!!! 声にならない悲鳴を上げて、悟浄はガクガク震え上がった。 マズイ、すーっかり忘れてたっ! うわーんっ!俺のバカバカ!! 何を忘れても今日この日だけは忘れたら不味い…自分の身が。 「え…えへ?」 口端に引きつり笑いを浮かべると、八戒の丸い指先がおいでおいでと手招いた。 さすがにもう逃げる訳にはいかない。 身の毛もよだつ恐怖に、なかなか足が前に出なかった。 握り締めたクッション掌にじんわり汗が吸い取られる。 満面の笑みを浮かべる八戒が余計に悟浄の恐怖心を煽った。 まるで引き寄せられるようにずるずると自分のイスまで辿り着き、ギクシャクと腰を下ろす。 「はい、今日は何の日ですかぁ?」 「…八戒さんのお誕生日です」 「そう。悟浄が世界一愛する夫である僕のっ!誕生日です。当然お祝いして下さいますよねぇ?」 コクコクと首が千切れる勢いで悟浄は頷いた。 お祝い自体は当然というか、悟浄だって祝って上げたい、が。 すっかり忘れていたせいで、プレゼントも何も用意していない。 まさか馬鹿正直に白状する訳にもいかず、悟浄はダラダラ脂汗を流しながら俯くしか術がなかった。 パフッと近くで音が聞こえる。 「別にねー…そんなことじゃないかなーって思ってたんですよね。昨夜悟浄ってばなーんにも言ってくれなかったし」 「ご…ゴメン」 去年までは。 日付が変わるのと同時に、悟浄はドコにいても一番初めに八戒へ『誕生日おめでとう』とお祝いの言葉を贈っていた。 それが仕事中なら携帯で。 家にいるなら面と向かって。 出逢ってから毎年、いつもいつも照れ臭そうに言葉を贈った。 それなのに。 申し訳なさで悟浄はしゅんと気落ちする。 昨夜は…確か…ん? 「あーっっ!!昨夜はお前が俺を後ろ手に縛ってセシュター噛ませてたから言えなかったんじゃねーかっ!!」 確かに口枷で塞がれていたら言葉なんか出せる訳がない。 「ソレはソレ。だって忘れてたんでしょう?」 「うっ!でもでもっ!時間ずれてたら…ちゃんと言えたっ!言いたかったっ!!」 「悟浄…」 うっすら涙の浮かんだ目元をぐいぐいまるい拳で拭う悟浄を見つめ、八戒は嬉しそうに微笑んだ。 そっと悟浄の拳にふっくらした掌を添えると、真っ赤な瞳を覗き込む。 「別に、今からでも遅くないでしょう?」 「八戒…」 「言って?悟浄が一番初めに、ね?」 「…誕生日おめでとう」 恥ずかしそうに呟くと、八戒の笑みがますます輝いた。 「お祝いしてくれますよね?」 涙の滲んだ目元に何度も口付けられながら、悟浄は小さく頷く。 羞恥で視線を伏せていた悟浄は気付かなかった。 八戒の瞳で欲情が閃くのを。 「と、言うことで。じゃぁ、お祝いして頂きましょうね〜vvv」 「へ???」 悟浄は唐突に身体を軽々抱き上げられ、ぬいぐるみの敷き詰められたリビングへ放り投げられてしまう。 「いでっ!いきなり何だよ…っ!?」 振り返って文句を言おうと口を開きかけたが、背中に覆い被さる八戒の顔を見遣った途端、ビクリッと身体を硬直させた。 ま…まさかっ!? ビリビリビリーッ! 布を引き裂く音と共に、悟浄の腰が抱え上げられる。 「今日はこのままメルヘンファンタスティックプレイ〜ですよvvv」 「いっ…やああああぁぁあああっっ!?」 プクプクの着ぐるみを着せられたまま、悟浄は怒濤の求愛攻撃に撃沈する羽目になった。 |
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