Christmas Attraction |
カラカラと、引き戸を開けて八戒が店から出てくる。 外は昼間と比べものにならないほど寒くなっていた。 空を見上げると、重く押し潰されそうな暗闇。 こんな都会じゃ星さえ見えなかった。 呼吸する側から息が凍り付くようだ。 八戒はコートのポケットに冷たくなった手を入れる。 「わりっ!八戒…うっわぁっ!何この寒さ!中で待ってればよかったのに」 店から出てきた悟浄も、あまりの寒さに首を竦めた。 「あ、悟浄。会計いくらでした?」 「…教えねー」 「悟浄ぉ〜」 割り勘で払おうとしている八戒を牽制して、悟浄はそっぽを向く。 「さっきから言ってるだろ〜?今日はっ!俺が誘ったんだから、俺が払うってのっ!」 「でもそれじゃ…」 「ふーん。じゃぁ、バレンタインも俺が誘うぞ?」 「そんなのダメですっ!」 振り返ると、ムキになって八戒は拒否した。 「だったら…今日は素直に俺に奢られろ」 悟浄に肩を叩かれて、八戒は大きく溜息吐いた。 きっと食い下がっても悟浄はお金を受け取らないだろう。 こんなことで、折角のイヴに喧嘩したくない。 それに、バレンタインは今度こそ自分が悟浄をエスコートするという楽しみも待っていた。 今日の所は甘えましょうかね。 八戒は小さく笑みを漏らして、悟浄へと身体を寄せた。 嬉しそうに悟浄も八戒を見つめる。 店の中庭を出ると、二人並んで静まり返った住宅街を歩き出した。 「なーんかすっげ寒くね?」 「そうですね…でも風はないし、僕はこういう空気嫌いじゃないですよ」 「そう?」 「ええ。何かピンと空気が張り詰めてて…案外清々しい感じしませんか?」 「ん〜?でも耳痛ぇぞ」 悟浄が眉を顰めて、耳を手で覆う。 「確かに…指先も悴んでしまいますね」 ポケットから手を出すと、八戒は冷えてしまった指先に息を吹きかけた。 寒さで冷えた指は赤くなって感覚がない。 末端冷え性の八戒は、結構この時期が大変だ。 ふいに、悟浄の手が八戒の指先を握り締める。 「うわっ!何だよコレ!?氷みてぇに冷めてぇじゃん」 触れている掌から、悟浄の暖かい温度が伝わってきた。 凍えた指先が溶けていくような感覚に、八戒が安堵の溜息を零す。 あまりの寒さに身体が強張っていたみたいだ。 悟浄は八戒の指を握り締めた手を、自分のコートのポケットへ押し込む。 「え?あの…悟浄??」 なんか、コレって。 悟浄と手…繋いでるんですよね。 自分たちの状態を理解した八戒は、恥ずかしくなって俯いた。 頬が赤らむのは、寒さのせいじゃない。 「ん?どしたの八戒。何か顔赤くねーか?」 「なっ…何でもないですよっ!」 「もしかして、熱でもあるんじゃ…」 悟浄は顔を顰めて八戒を心配そうに見つめた。 慌てて八戒が首を振る。 「熱なんかありませんって!そんなんじゃ…」 「じゃぁ〜何で?」 間近で八戒の顔を覗き込むと、悟浄がニッと口端を上げた。 更に顔を真っ赤にしながら、八戒は何か言おうと口をパクパク開く。 焦れば焦るほど頬が紅潮してしまう。 「んー?すっげ真っ赤じゃん。やっぱ熱あるよ、八戒。どれどれ?」 一人パニックを起こしている八戒は、近付いてくる悟浄を押し退けることも出来ずに硬直した。 コツン、と。 悟浄の額が当てられる。 「熱は…ねーみたいだなぁ〜」 「だから言ったじゃないです――――」 か、と言うとした唇が。 言葉にする前に塞がれる。 熱い。 ピリッと火傷するんじゃないかと思うほど。 痺れる感触を残して、唇が離れていく。 「あ…っ」 無意識に零れる声。 こんなんじゃ物足りなくて。 物欲しげに掠れた声を上げてしまう。 身体中の熱がグルグルと駆け巡って逆流して。 唇から吐き出しそうな錯覚を起こす。 全然、足りない。 自覚するよりも早く。 八戒の腕が悟浄の方へと伸ばされる。 首筋や、肩、背中へと。 絡みついて、強引に引き寄せた。 「はっか…ぃ…う…んぅっ!」 八戒は悟浄の唇に噛みつくと、強引に歯列をこじ開け舌を捻り込む。 あまりの激しさに驚いて逃げる悟浄の舌を、絡め取り飲み込むように吸い上げた。 八戒の肩に置かれた手が強くしがみ付いてくる。 「ふ…あっ…は…っ」 悟浄は息苦しさで、口中で溢れる唾液に喉を鳴らした。 それでも飲み下しきれず、口端から零れて喉を濡らすのに身体を震わせる。 「んぁ…っ…はっか…ぁ…あぁっ」 何度も何度も角度を変えては貪られ。 口蓋をネットリと舐め上げられると、身体が小さく跳ねた。 引き寄せられた互いの腰が密着する。 熱を誇示する股間を擦り付けられると、悟浄の口から吐息が漏れた。 身体の熱が、八戒に触れているトコロ全てに流れていく。 次第に頭も蕩けて、膝に力が入らず立っているのがキツくなった。 絡みついていた舌が漸く満足したのか、唾液の糸を引いて離れる。 散々貪られ続けた唇は赤く熟れたまま。 八戒が濡れた舌先で悟浄の唇を撫でると、誘うように薄く開かれた。 瞳を欲情で潤ませ陶酔している悟浄の表情を、八戒は嬉しそうに眺める。 「悟浄…」 背中に腕を回して強く抱き締めると、途端に悟浄の膝がガクリと落ちた。 驚いて八戒は崩れそうな身体を支える。 「悟浄…悟浄?」 未だ快感の波を漂っている悟浄に、八戒が呼びかけた。 ぼんやりと焦点の合っていない瞳を覗き込み、頬を軽く叩いてみる。 「悟浄?大丈夫ですか?」 根気強く名前を呼んでいると、次第に蕩けていた焦点が戻ってきた。 漸く我に返った悟浄が、パチパチと瞬きをする。 「悟浄?」 それでも呆けているのか、八戒の声にもなかなか反応しない。 暫くじっと八戒を見つめていた。 そして。 ふっと身体の力を抜くと、ガックリと肩口に項垂れてきた。 「あーもぉ…こんなトコで何っつーベロチューかますんだよっ!」 情けない声で悟浄が唸ると、耳元を八戒の笑い声が擽る。 「だって…煽ったのは悟浄でしょ?」 「そーだけど〜、こんな時にこんなトコじゃ勘弁してくれっての」 「やっぱり…イヤですか?」 八戒の気落ちした小さな声に、悟浄は深々と溜息吐いた。 何だかまた勝手に勘違いしてやがる。 さっきまで、あんなに大胆に仕掛けてきたクセに、妙な部分で消極的というか。 ま、そんなトコも可愛いんだけど。 「ヤに決まってんじゃん…こんな所でソノ気になったって、身体が辛ぇだろ」 「………え?」 「だって、勃っちゃったし」 「………ホントですか?」 悟浄の落とした視線に釣られ、八戒も俯いた。 視線の先は悟浄の股間。 幸いコートで隠れて見えないが。 悟浄は八戒の手を引き寄せると、自分の股間に触れさせた。 「…だろ?」 「…ですね」 「あーもうっ!八戒だと俺のムスコもお手軽だからなぁ」 呆気なく反応してしまった照れ隠しに、悟浄は髪を掻き上げる。 そんなつもり無かった、とは言わないが、ひたすら八戒は恐縮した。 「どうします?」 「うーん…こんなところでスル訳にもいかねぇし」 「いちおう住宅街ですよ」 「分かってるって…八戒なんか言え」 「………は?」 悟浄は眉間に皺を寄せて、八戒に詰め寄る。 「一発で萎えるようなネタ、何か思い出せ」 「そんなこと言われたって…」 困りながらも八戒はしばし考え込んだ。 「恐いこと…とかでもいいですか?」 念のために八戒は悟浄を伺う。 何でも良いと言わんばかりに、悟浄は頷いた。 「じゃぁ…悟浄、想像して下さいね?悟浄は今ベッドで寝ています」 「うん、寝てるんだな?」 頭の中で自分が寝ている姿を思い浮かべる。 「その枕元に…天ちゃんが裸エプロンではにかむように悟浄の寝顔を見下ろしている姿」 「は…っ!?」 あの天蓬が? よりよって裸エプロンで? 俺の枕元に座ってはにかんでいるだとっ!? この時ほど自分の想像力を恨んだことはない。 よりによって、何っつー不気味なモン想像させるんだーっっ!! 鮮明に想像してしまい、悟浄の顔が蒼白になった。 「どうですか?」 「…一気に萎えた」 「それはよかった♪」 満足げな八戒の微笑みを眺め、悟浄は思いっきり脱力する。 八戒に寄りかかり、身体を預けた。 先程想像した不気味な映像を、しきりに頭を振って追い払う。 「そんなに頭振ったらアルコール回っちゃいますよ」 「…トラウマになるようなモン、想像させんなよぉ〜」 「そんなにヘンでしたか?」 「…俺はケン兄みたいなマニアじゃねーから」 「何もそこまで言わなくても」 八戒はクスクスと可笑しげに笑った。 ムスッとふて腐れて、悟浄は唇を尖らせる。 「もー、さっさと俺んちに帰ろうっ!」 「え…?」 「何?まさかアパートに帰るなんて言わねーよな?」 悟浄が真っ直ぐに見つめると、八戒の頬が僅かに紅潮した。 「言いませんよ…折角のイヴなんだし」 「そーゆーことvvv」 上機嫌に悟浄は八戒の手を握る。 ふと、頬に冷たい感触。 「あ…悟浄、雪が降ってきましたよ」 はらはらと。 音もなく静かに。 白い淡雪が舞い降りてきた。 「綺麗ですね…」 「ホワイトクリスマスじゃん」 「何だか出来すぎですよ」 八戒が嬉しそうに悟浄を見上げる。 「うわっ!綺麗だけど寒すぎる!!早く帰ろう」 「そうですね…」 「そんで、早く暖まろ?」 「ええ…」 指と指、絡め合わせて。 強く手を繋ぎ直す。 「あー…でも。僕、加減出来なくなりそう…かも」 「………え?」 八戒の恐ろしい独り言に、悟浄は思いっきり顔を強張らせた。 |
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