*****The Future Ties***** |
通い慣れた寺院の庭先を賑やかな家族が歩いている。 「何だか今日は静かですねぇ…」 ママバッグを持った八戒が不思議そうに首を巡らせた。 寺院が騒がしければ何事かとそれはそれで問題だが、妙に静まり返っている。 山門を潜ってからもいちおうは声を掛けたが、いつもは出てくる小坊主も出てこなかった。 まぁ勝手知ったる三蔵の寺院だし、と一家はそのまま中へ入って離れの住居を目指しているのだが。 さすがにここまで誰とも顔を合わせないというのも変だろう。 「何かあったんでしょうか?」 「あー?三蔵の説法とやらにお供で出払ってるんじゃねーの?」 片や悟浄は別段気にすることもなく、抱き上げている我が子の背中をポンポン叩いてあやすだけで。 坊主連中に用があって来た訳でもないのでどうでもいいようだ。 「でも僕たちが赤ちゃんの顔見に遊び行きますって昨日電話した時、三蔵は特に何も言ってませんでしたけど?」 「アイツがいちいち俺らへ自分のスケジュール話すかぁ?」 「まぁ、それはそうですけど。それに悟空は居るはずですからねぇ…う〜ん」 ママバッグ片手に難しい顔で腕を組む八戒が、小さく声を上げて手を叩く。 「そうか、分かりましたよ!」 「あ?何がよ??」 愚図る息子に髪を引っ張られながら目を丸くする悟浄に、八戒が神妙な表情で詰め寄った。 一体何が分かったのか。 「ほら、お寺が静かでも普通はここまで気になったりしないでしょう?元々はそういう場所なんですから。でも何かこう何でか違和感があって引っかかるんですよね」 「違和感…って?」 「静かすぎるんですよ、いつもと違って」 「いつもと違うかぁ?」 きょとんと悟浄が首を傾けて唸ると、八戒が斜め前方を指差す。 その動きを悟浄は目で追った。 「すぐソコが離れですよ?」 「そーだけど…それが?」 「悟空達の声が全く聞こえないんです」 「………あっ!」 さすがに悟浄も奇妙な違和感の原因に思い当たる。 いつもいつも。 寺院へ顔を出す度に元気いっぱいの悟空が遊びに来た二人に気付き、大喜びで出迎えてくれた。 三蔵も一緒なら尚更、離れの方からは悟空の楽しそうな声が庭先の方まで聞こえてくる。 しかも今は3人も賑やかな家族が増えたのだ。 子供達の泣き声が聞こえてきても不思議じゃない。 それがどうだろう。 今は水を打ったように、辺りはしんと静寂が満ちている。 「…何か妙だな」 「でしょう?いくらなんでも静かすぎるでしょう? 「あぁ。三蔵はともかく、俺らが来るって知っていて悟空が出かけるとは思えねぇし」 「いえ、三蔵は重度の親バカなので、逆に見せびらかしたいから絶対出かけないで居ると思いますよ。物事も過ぎると鬱陶しいですよねぇ〜」 「…お前と良い勝負じゃねーか」 我が子を溺愛している親バカ八戒に鬱陶しい扱いされてしまう三蔵には、悟浄も少しだけ同情してしまう。 呆れた視線に気付いた八戒が不本意そうにプックリ頬を膨らませた。 「何ですか?僕はきちんと悟能の為を思って不必要に甘やかしたりしてませんよ?」 「へぇ?じゃぁ納屋一杯に積み上げられた玩具の箱は?すぐおっきくなって着れなくなるっつーのに『此処は子供服の店か?』って程1日何回も着せ替えてる子供服専用タンスやクロゼットは?大して食わない幼児に必要以上毎食出されるすっげー種類の離乳食は?」 常日頃過保護だと思っていたコトを、悟浄は懇々と言い聞かせ窘めようとする。 しかし八戒は心外そうに目を見開いた。 「そんな風に僕のこと思ってたんですか?あれぐらい我が子に対して当然じゃないですか〜全然普通ですって!」 あははは〜っと朗らかに笑う八戒に、悟浄は驚愕する余り言葉も出ない。 …八戒の『普通』って何なんだ? 確かに悟浄も八戒も親の愛情は知らない境遇だった。 だからこそ愛しい我が子には自分が貰えなかった分、出来るだけ沢山の愛情を懸けて育てて上げたいと思っている。 思ってはいるが。 愛情を与えるのと不必要に甘やかすのは別物。 そこら辺どうも八戒は分かっていないようだ。 ココは心を鬼にしてっ! 「いんや、あれは過保護。んなコトばっかやって悟能が我が儘になったり、自分本位に育っちまったらどーすんの?そう言う躾は俺らの責任なんだぞ?」 いつになく真剣な表情の悟浄に、八戒はママバッグを胸に抱えて思案する。 でも、やっぱり。 「やだなぁ〜悟浄ってば大袈裟に考え過ぎですって!だって玩具は殆どご近所のお子さん達のお下がりとか酒場の皆さんにお祝いで頂いたモノで、僕が自分で買ったのは納屋にある玩具の3分の1程度だし」 ソレが多いんだってのっ! 「それに洋服は悟浄の言う通りすぐに成長して着れなくなってしまいますから、やっぱりご近所の方々からお下がりで頂いたモノを僕がリフォームしたり、街のリサイクルショップで安く売っていたのを買ってきたり、あとは生地を買ってきて作ったモノが多いんですよ?可愛いなぁ〜悟能に似合うだろうなぁ〜って買った洋服は半分ぐらいかな?」 それだって100着以上じゃねーかっ! 「あと食事ですけど。子供は成長するのに色んな種類の栄養が必要ですからね。出来るだけ豊富な食事内容で、それを少しずつ。あぁ、勿論無添加で身体に良いモノをって心がけてるんですよ?」 だからってテーブル一杯置ききれない程作るこたぁねーだろっ! 怒鳴りつけたい言葉を渾身の忍耐で飲み下して煩悶していると、八戒はあっ!と声を上げてから頻りに頷いた。 「そう考えると…三蔵も親バカと言う程ではないですよねぇ?服は毎週ダンボール4〜5箱まとめ買いするぐらいだし、食事は悟空の子供ですから与えないと栄養失調になりそうだし、玩具も子供部屋いっぱいに入る程度ですからっ!」 ぷっちーん。 悟浄が背筋を逸らして大きく息を吸い込む。 「バカはバカでもテメェらは親バカじゃなくって大バカだーーーっっ!!!」 とうとう我慢の限界を振り切った悟浄が、八戒に怒鳴りつけた。 ママに抱かれていた悟能も罵声にビックリして、つぶらな瞳にうるうると涙を浮かべる。 「ふぇっ…え…っ…」 小さく身体を震わせて泣き叫ぶ一歩手前。 気付いた八戒が慌てて駆け寄った。 「ほらもぉ〜悟浄が大きな声を出すからビックリしちゃったでしょう?」 「あ…っと。悪ぃ」 「ほら悟能大丈夫ですよ〜恐いことなんかありませんからね〜」 八戒は我が子にニッコリ微笑み、どうにか落ち着かせようと頬を撫でる。 悟浄も優しく身体をポンポン叩いて、泣き顔のまま固まっている息子の顔を苦笑いして覗き込んだ。 「よしよし…悟能を怒ったんじゃねーぞぉ?男だったらガマンガマン」 自分を可愛がってくれるパパとママに構って貰い、悟能は嗚咽を小さく飲み込む。 優しい笑顔で見つめられて安心したのか、涙は頬をコロリと転がりそのまま止まった。 打って変わって満面の笑顔で元気に腕を振り回す。 どうやら機嫌が直ったようだと、八戒と悟浄は胸を撫で下ろして安堵した。 「もぅ…気をつけて下さいね?」 「悪ぃ……………ん?」 バツ悪そうに謝罪してから、悟浄は眉間に皺を寄せる。 「ちょっと待て。元はと言えばお前がバカなこと言ったのが原因じゃねーかよっ!」 「ほらほら、悟浄?」 八戒が悟浄の腕の中を指差し、釣られて視線を落とすと。 「うわわっ!悟能ぉ〜なーんにも恐いことなんかねーからな〜」 またもや不穏な空気を察知した息子の顔が泣き顔に歪んでるのを見留め、悟浄は強張る頬に笑顔を作って必死に言い訳した。 「今日のママは怒りっぽいですね〜?もしかして悟浄…アレの日ですか?」 「八戒てめぇ…っ!」 顔を真っ赤にして睨んでくる悟浄を、八戒はウットリと見惚れて身体を震わせる。 八戒から溢れ出る妖しい空気に、悟浄はビクリと身体を小さく強張らせた。 「そんな可愛い悟浄に熱い誘うような瞳で見つめられたら…っ!」 「悟空ーっ!遊び来たぞーっっ!!」 危険を察知した悟浄が必死に悟空を呼びながら我が子を抱えて猛ダッシュする。 ポツンと取り残された八戒は。 「―――――帰ったらすっごいコトになりますよ?つーかします。フフフフ…」 不気味な予言を呟いて、逃げた悟浄をゆっくりと追いかけた。 一気に離れまで駆け込んだ悟浄が、辺りをキョロキョロと見渡す。 「悟空?おーい?チビザルちゃーん?」 「あう〜?」 悟能も真似して首を巡らせて呼んだ。 庭を通り抜け離れの建物が見えると、呼ばれた張本人はちゃんと居る。 「んだよ…居るなら居るって返事しろよー」 「しぃー…」 縁側にしゃがみ込んだ悟空が悟浄へ向かって指を立て合図した。 何事かと悟能を抱き直して近付いてみれば。 「…あらま」 布団に小さな天使が3人、並んですやすやと眠っていた。 「やーっと寝ついたとこなんだよ」 「そっか…」 そっと縁側へ腰を下ろして、悟浄は穏やかな寝息を立てる小さな存在に頬を綻ばせる。 寝てる姿を改めて見れば、3人とも両親の特徴をしっかりと受け継いでいた。 悟空似の光と明はモゴモゴと寝ていても口が動いている。 夢の中でさえもミルクを飲んでいるのだろう。 そしてもう一人、三蔵似の江流の方は何やら眉間を顰めて不機嫌顔。 時折怒るように小さな拳を振り回した。 さすがに悟浄は小さく噴き出す。 「ほぉ〜んと。コイツらソックリだな」 「そっかな?」 「どっからどー見ても小ザルちゃんと生臭坊主の子供じゃん。大分表情もシッカリしてきたなぁ」 「前に三蔵のちっちゃい頃の写真見せて貰ったんだけど…江流はマジでソックリでさ」 「光と明だって俺らと会った頃のお前にソックリだって」 「そっか…ソックリか。俺と三蔵の子供だもんな…えへへ」 照れ臭そうにはにかむ悟空の頭を、悟浄は笑いながら軽く小突く。 「あぅー」 「お?悟能元気だったか〜?何かちょっと見ない間にすっげおっきくなったよなぁ」 「だろ?男前になっただろ」 「悟浄って親バカ?」 「何をーっ!この俺サマ似の超絶男前は謙遜じゃなくって事実だってのっ!」 「悟能〜お前はこんなバカに似ないで八戒みたいなお利口さんになるんだぞー?」 「おいコラ、やんのか?」 悟浄がピクリと頬を引き攣らせる。 悟空は怯むことなくフフンと口端を上げた。 「あー?ホントのコトじゃねーかよ」 「上等だテメェ。泣かすぞ?」 すっかり母親から悪ガキモードにシフトチェンジした二人が、一触即発で睨み合っていると。 「…何でしたら僕が纏めてお相手しましょうか?」 庭先から極寒ブリザードが周囲を取り巻く。 恐る恐る悟浄と悟空が振り返れば。 ニッコリ笑顔の八戒が太陽を背に仁王立ちして二人を見下ろしていた。 「なっ…何のことかなー?な?悟空っ!俺らママ同志ホンワカと交流を暖めてたんだよなっ!」 「そ…そーだよ八戒っ!久しぶりに会えて嬉しいなーって!な?悟能っ!」 「あー?」 二人のママから必死の形相で見つめられ、悟能はきょとんと瞬きをする。 「そうですか?僕はてっきり二人とも自分の立場を弁えず小さな幼児の居る場所で暴れようとしてるんじゃないかなーって。まぁ勘違いだったらいいんですけどね?勘違いなら?」 悟浄と悟空は身体を寄せ合い、顔面蒼白で何度も頷いた。 大人しくなった二人にやれやれと近付いて、八戒は持っていたママバッグを縁側へ下ろす。 「どれどれ…おや?可愛いですねぇ〜お昼寝中ですか」 「ちょっと前まで部屋中転がって暴れてたんだけどさ。漸く疲れて眠ったとこなんだ」 怒りの治まった八戒に悟空は漸く安心して、小さく笑みを浮かべた。 蹴り上げてしまった上掛けを手に取り、我が子の身体へそっと掛け直す。 「3人ともますますパパやママに似てきましたねぇ…なかなかの美人さんですvvv」 「え?そう?」 我が子が美人と褒められれば悟空としても満更ではない。 悟空は綺麗なモノが好きだから、素直に八戒の言葉に喜んだ。 「光と明もお目々が大きくて可愛らしいし、江流もこんな小さいのに整った綺麗な顔をして…将来赤丸有望間違いなし、うん!」 「………。」 何やら興奮気味に頷く八戒を悟浄は胡乱な視線で見つめる。 まぁ〜た下らねぇコト考えてやがんな? 悟浄が深々と溜息を零していると、抱いていた悟能を八戒が取り上げた。 訳が分からず目を丸くしている我が子を、寝ている3つ子達の側へそっと座らせる。 「ほぉ〜ら悟能!どの子がいいですか〜?ささ、既成事実を作るなら今のうちですっ!」 八戒が興奮気味に踞っている息子を嗾けると。 「貴様ら…何考えてやがるっ!」 地を這う低い声が聞こえた途端、悟浄の後頭部にゴリッと硬いモノが押し付けられる。 「俺じゃねーだろっ!八戒だってのっ!!」 「テメェが止めねーでどーすんだよっ!あぁっ!?」 「止めたよっ!止めたっつーのっ!!」 「俺の息子達に妙な真似すんじゃねーっ!!」 パンパンパンッッ!!! 容赦なく三蔵の銃が悟浄を狙って撃ち込まれた。 「だからっ!俺じゃ無くって八戒だっつってんだろっ!この生臭暴力坊主ーーーっっ!!」 「テメェの管理責任だっ!死ねっ!!」 必死に逃げまくる悟浄に向かって三蔵は舌打ちしながら銃口を向ける。 相変わらずな二人に八戒と悟空は顔を見合わせ、大きく溜息を零した。 「さんぞー?紙おむつ買ってきてくれた…って、聞こえねーか」 「放っておけばそのうち飽きるでしょう?あぁ、そうそう。一生懸命お母さんしてる悟空に栄養をと思って烏骨鶏のカステラ焼いてきたんですよ」 「マジでっ!?わーいっ!八戒さんきゅーvvv」 「じゃぁ、お茶でも入れておやつ頂きましょうか」 「おうっ!」 庭中走り回る二人をそのままにして八戒と悟空はホンワカ笑顔を浮かべると、子供達を優しく見守りながら長閑におやつの準備を始めた。 |
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