A DAY FOR YOU
それはとある冬の気配近づく晩秋の朝。
「悟浄、コレ出してきて下さいね」
問答無用のニッコリ笑顔で八戒は悟浄へと大きな袋を押しつけた。
「へーへー、分っかりましたぁ〜」
悟浄は銜えタバコのまま大きな袋を2つ掴むと、側道脇のゴミ置き場へと向かう。
冷たく清浄な空気が漂う爽やかな早朝。
未だ夜をダラリと引きずったまま悟浄は帰宅し、ドアを開けた途端にゴミ袋のお出迎え。
「ぜってぇイヤガラセだな…ちっ」
ブツブツと文句を言いながらゴミ置き場へ向かう悟浄の背中に八戒の声が。
「悟浄!今日はリサイクルごみの日ですから、青い看板の方に置いて下さいよ〜」
しっかりと詳細な指示が掛かった。
確かに悟浄はどのゴミを何処に置くかなんて一切感知していない。
「わーったよっ!青い看板ね〜、こっちだな」
両手に持った袋をポイポイと放り込むと、大きく伸びをした。
「さーてと…一眠りすっかなぁ」
家へ戻ろうとした悟浄の視界の端に、チラッと人影がよぎる。
「んー?」
朝帰りの自分はともかく、こんな早朝に人が歩いているなんて珍しいなと悟浄は立ち止まった。
ましてや道の行き着く先は悟浄宅しかない。
視線を側道の先へ向けると、トボトボと歩く小柄な姿が見えてきた。
「んだぁ?悟空じゃねーか。何だってこんな朝っぱらから…おーい!チビ猿!!」
悟浄が声を掛けても悟空は顔を上げるどころか、気づいた様子もない。
何事かブツブツと呟きながら悟浄の真横を通り抜けようとした。
「コラ、待てっつーの!」
悟浄は悟空の襟首をグイッと掴んで、引っ張り上げる。
「ぐえっ!あ…あれ?悟浄」
漸く気づいたのか悟空が悟浄の顔をきょとんと見上げた。
悟空から手を離すと、悟浄は新しいタバコを加えて火を点ける。
「あれ?じゃねーだろ…呼んだのに気付きもしねーで通り過ぎようとしたじゃん。この先は行き止まりだっつーの」
これ見よがしに呆れるような溜息をついて、悟浄は悟空をからかった。
てっきりギャーギャー反論してくるかと思いきや、悟空は無反応。
俯いたまま何事か考え込んでいる。
当てが外れて悟浄はポリポリと頭を掻いた。
「ま、何か用事があったからこんな朝っぱらから来たんだろ?寒いし家ん中入るぞ」
悟浄がポンと悟空の頭に手を置く。
「あ…うん」
いつになく重い足取りで悟空は悟浄の後に付いた。
『なーんか調子狂うな、おい』
また何か三蔵とあったのだろうか?
もっとも子供相談は八戒の分野だしな、と悟浄はさっさと匙を投げる。
「おーい、八戒!チビ猿ちゃんが来たぞ〜」
扉を開けながら悟浄はキッチンへと声を掛けた。
「え?悟空がですか??」
エプロン姿の八戒がキッチンから顔を覗かせる。
「あ…はっかいぃ〜」
悟空が八戒の姿を見つけると、情けない声を上げた。
慌てて八戒が悟空へと駆け寄る。
「どうしました?お寺で何かあったんですか?」
何事かを堪えながら唇を噛み締める悟空の様子に、側にいた悟浄も慌てた。
「おいおい、どうしたんだよ?何か三蔵にでも言われたのか??」
「さんぞー…」
悟浄の言葉に悟空はビクッと過剰に反応する。
八戒は無言のまま悟浄へと目配せした。
バツ悪そうに悟浄も肩を竦める。
八戒はしゃがみ込んで悟空と目線を合わせた。
「三蔵とケンカでもしちゃったんですか?」
極力悟空を刺激しないよう、八戒は穏やかな声で悟空に尋ねる。
しかし、悟空は首を左右に振った。
「ん?ケンカした訳じゃねーのか…んじゃ何があったんだよ?」
それ以上の原因が思い当たらず、悟浄は首を傾げる。
突然、悟空が八戒の肩を掴んだ。
「八戒っ!俺どうしよぉ!!」
困惑しきった情けない表情で悟空が縋りつく。
八戒と悟浄は顔を見合わせると、お互い眉を顰めた。
「とにかく、今お茶でも入れますから悟空はここに座っていて下さいね。落ち着いて話を聞いた方が良さそうですし」
悟空は素直に頷くと、一番手前の椅子へと腰掛ける。
その横へ悟浄は座り、テーブルの灰皿を引き寄せた。
「おい、メシは食ってきたのか?」
灰を落としながら悟浄が悟空の顔を覗き込む。
「ん…食べてきた。あんま腹減ってなかったけど、残すと三蔵が心配するし」
悟空が腹減ってない!?
驚愕のあまり悟浄はあんぐりと口を開けたまま呆けてしまう。
ますます何事かと悟浄の眉間に皺が寄る。
何よりも食欲を最重要視している悟空のこと。
これはよほどのことが遭ったのではと、悟空を知っている者ならば誰だって思うだろう。
「悟空、朝ご飯は食べてきたんですか?」
ひょいと八戒がキッチンから顔を出した。
「食ってきたってよ。もっとも食欲ねーらしいけど?」
「えっ!?」
目をまん丸く見開いて八戒も驚く。
一体悟空に何が起きたのか?
瞳に物騒な光を湛えて、八戒の眉が顰められた。
「八戒さん八戒さん、とりあえずお茶ね」
あまりの凶悪さに悟浄が口端を引きつらせる。
「あ、そうでしたね。今持っていきますから」
ニッコリ頬笑むとキッチンへと踵を返した。
悟浄は大きく息を吐くと、ズルズルと背もたれを滑る。
『こえぇぇぇ〜!面倒なことにならなきゃいーけどなぁ』
俯いたままの悟空を見下ろしながら、悟浄は心の中で思いっきり十字を切った。






「それで?何があったんですか、悟空」
悟空の向かいに座って八戒は穏やかに問い掛ける。
何度も言い淀んでは口を噤む悟空を、八戒と悟浄は根気よく待った。
「あの…あのさ、三蔵のね…」
俯いたまま悟空が小さな声で呟く。
「んー?三蔵がどうかしたのか?」
悟浄も茶化さずにその先を即した。
八戒は頬笑んだまま悟空を覗き込む。
漸く意を決した悟空が顔を上げた。
「三蔵のね、誕生日がもうすぐなのっ!」
大きな声で叫ぶと、悟空はふにゃっとテーブルに突っ伏す。
「………は?」
悟浄は思いっきり呆れ返るとベシッと悟空の頭を叩いた。
「何だそりゃっ!?そーんなことで深刻な顔してたのかよぉ!」
「あはははは〜」
八戒も気の抜けた笑いを漏らす。
「そんなことって何だよっ!俺…すっげぇ悩んでるんだぞーっ!!」
真っ赤な顔をして悟空が喚き立てた。
「そんなことだろーが!どうせお前の悩みなんて『三蔵のプレゼントどうしよ〜』とか、そんなモンだろ?あー!ばっかばかしい!!」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら悟浄がからかう。
「違うよっ!赤エロガッパ!!」
癇癪を起こして悟空が悟浄へと掴みかかった。
「え?違うんですか??」
状況を見守っていた八戒が意外そうな声を上げる。
その声に振り向いた悟空は、突然かぁっと頬を紅潮させた。
「何だよ?誕生日プレゼントの相談じゃねーのか?」
悟浄にしても意外な展開だったらしく、悟空を掴みかからせたままボソッと呟く。
おずおずと悟浄の服から指を離すと、悟空は顔を真っ赤にしたまま恥ずかしそうに俯いてしまった。
ますます訳が分からず、悟浄と八戒は顔を見合わす。
「プレゼントはさ…きっと去年と同じだと思うんだ。三蔵が勝手に決めちゃってるし」
ごにょごにょと悟空が言い淀む。
「なに?アイツ自分の誕生日プレゼント、自分で決めてお前に要求してんのか?」
相変わらずというか何というか、あまりにらしくて悟浄も苦笑してしまう。
「まぁ、どうせなら自分が欲しい物貰う方が嬉しいでしょう?その方が悟空も頭悩ませなくて済みますし、三蔵が喜べる物をプレゼント出来るんですからいいんじゃないですか?」
八戒がさり気なくフォローを入れて頬笑んだ。
「そういえば、三蔵の誕生日はいつでしたっけ?」
「…11月29日」
「ああ、3日後なんですか…」
壁掛けのカレンダーを眺めながら八戒が確認する。
同じようにチラッと視線を向けると、悟空は大きな溜息をついた。
「だってさぁ…去年だってあんなコトになるなんて全然思わなかったから」
カップを手に悟空は愚痴を零す。
「あんなコト?」
「去年は三蔵に何をプレゼントしたんですか?」
あまりに悟空が落ち込んでいるので、八戒も悟浄も首を傾げた。
あの三蔵が一体何を要求したのか?
三蔵に養われている悟空の贈れる物なんてたかが知れている。
いくら鬼畜生臭坊主と言えども、端から見ればこれ見よがしに溺愛している小ザルちゃんに、そうそう無茶な要求はしないだろうと八戒と悟浄は思っていた。
…しかし、二人は目測を誤っている。
それがプレゼント=物品という固定概念に基づいていればの話、だ。
「…現物支給で寄越せって」
「はぁ?何だそりゃ??」
「現物支給…ですか??」
三蔵の真意を計りかねて八戒と悟浄は目を見合わせた。






ちょうどその頃、三蔵の着任している寺院は殺伐とした雰囲気に包まれていた。
足音を立てるのさえ憚れる様な状況の中、お茶を持った僧侶が執務室の扉を遠慮がちに叩く。
「あの…三蔵様、お茶をお持ちしま―――」

パンパンパンッ!!

言い終える前に、扉に向かって数発銃弾が撃ち込まれる。
「うぜぇんだよ、殺すぞ」
部屋の中からは殺気立った三蔵の低い声。
「しっ…失礼しましたっ!」
あまりの恐怖に腰を抜かした僧侶は、茶器を拾い上げると慌ててその場を立ち去った。
このような状態が既に1週間も続いている。
大量の書類を持ち込んで執務室に籠城状態。
その重い扉を閉ざしたまま、何人たりとも近寄ることを許さなかった。
それは悟空も同様。
さすがに銃弾は飛んでこなかったが『ジャマだ』の一言で、とりつく島もない。
食事や睡眠を取っているのかどうかさえ怪しかった。
と、ここまでの異常な状態だけなら悟空だって実力行使で突破するだろう。
しかし、去年も同じ時期に同様の事態になったのだ。
その時は悟空も躍起になって三蔵陥落に頑張ったのだが…。
今年は違う。
三蔵が天の岩戸宜しく執務室に籠もっている理由を知っているから。

三蔵の引き籠もりの理由。
それは自分の誕生日から5日間、行方を眩ませるためだ。

その5日分の仕事と今日の仕事をこなすために、三蔵は執務室で書類と格闘している。
まぁ、早い話が『5日間は絶対誰にもジャマさせねー!』この信念のみ。
信念と言うには些か物騒ではあるのだが。
どちらかというと執念に近い。
今更だが、最高僧サマは欲まみれの煩悩生臭坊主だった…ただし悟空限定。
よって、何が何でも後3日で片づける!と口端に下卑た笑みを浮かべながら仕事に没頭した。
遠目で扉を眺めつつ、悟空の溜息も数を増す。
言うまでもないがその5日間、モチロン悟空も三蔵と共に行方不明となる…予定。
何せ現物支給、三蔵へのプレゼントが悟空なのだから当然だ。
行き先はどこで探したのか山の麓の貸し別荘地。
しかも、この時期はシーズンオフで借りる者など誰もいない。
少し離れた場所に数件同じように別荘があるが、人など訪れる訳がなかった。
その別荘地自体が外界からぽっかりと切り離されたような場所だった。
要は誰にも邪魔されずに思うがまま、悟空を好き勝手に出来るということなのだが。
じゃあ今まで好き勝手してなかったのか?というと三蔵に限ってそんなことある訳がない。
単純に気分の問題だ。
それに三蔵しか居なければ、好奇心旺盛な悟空の目が他にいくこともない。
悟空だって三蔵しかいなければ三蔵しか見ない…見ることが出来ないから。
早い話三蔵にとっては年に1度、独占欲の集大成行事とも言うべきか。
そんな状況で三蔵が遠慮などするはずもなく…いや、元からそんなモンするはず無いが200%増量ということで。
朝から晩まで1日24時間、飽く事も無くずっと悟空を抱き締めている。
その際悟空は一糸も纏わない全裸のままだ。
別荘に滞在中、悟空は誰とも会うことがない。
食事だけは朝昼晩と決まった時間に別荘に運ばれる。
受け取るのは三蔵で、それを悟空の待つ寝室へとわざわざ運ぶのだ。
悟空が唯一、一人になれるのはトイレの時だけ。
それだって早く出てこいと言わんばかりにガンガンと扉を叩くのだ。
確かに普段仕事の忙しい三蔵とずっと一緒にいれるのは嬉しい。
しかし、こう極端だと悟空はどうすればいいか困惑してしまう。
それに加えて膨大な体力を消耗させられるから。
別荘では1日の大半をベッドで過ごす。
四六時中三蔵を受け挿れさせられて、足腰立たなくなるのだ。
3日も過ごすと啼かされすぎて声だって出ない。
帰る頃には精根尽き果てて、人形のように三蔵に抱えられて帰路につく羽目になった。
そして、今年もまた。
体力勝負の猥褻トライアスロンがやってくる。






「…そろそろだよな」
29日の早朝、悟空はのそのそとベッドから這いだして身支度を整える。
昨日のうちに三蔵から旅行に出かけると言われていた。
旅行と言っても準備する物はたいして無い。
着替えだって1回分あればいいのだ。
悟空は用意したリュックを覗いて確認する。
「コレで本当に大丈夫なのかなぁ…八戒は大丈夫だって言ってたけど」
何やら八戒から秘策を授けられたらしい。
しかし本当にそんなものが三蔵に通用するのかどうか、いまいち不安だった。
「でも何もしないよりはいいよな…三蔵の誕生日には変わりないんだし」
自分を納得させると、悟空はリュックを背負う。
すると廊下の方から慌ただしい足音が近づいてきた。
バンッ!と遠慮無しに扉が開かれる。
「おい、悟空起きろっ…何だ起きてたのか」
片手にボストンバッグを掲げた三蔵が現れた。
普段の法衣姿ではなく、白のタートルネックニットに黒のカシミヤハーフコート、細身のストレートカーゴパンツという出で立ち。
至ってラフでシンプルな服装だが、その分三蔵の美貌が引き立っている。
あまり見られない三蔵の私服姿に、悟空はぽやんと見惚れてしまった。
「おい、猿。涎垂れてるぞ」
からかうように三蔵が鼻先で笑う。
はっ!と我に返ると悟空は慌てて口元を拭った。
「何だよっ!涎なんか出てないじゃん!!」
悟空は真っ赤になって三蔵へ文句を言う。
「朝っぱらからデッケー声で喚き立てるな。あんま寝てねーから頭に響くんだよ」
言われて三蔵の顔を見上げれば、確かに顔色が良くなかった。
悟空は心配そうに眉を顰める。
「さんぞ…ずっと仕事忙しかったんだろ?出かけたりして大丈夫なの?」
大好きな三蔵が倒れるなんてそれこそ一大事。
悟空はじっと三蔵を見つめる。
「気ぃ遣うんじゃねーよ。疲れてるから休み取るんじゃねーか」
三蔵は何でもないことのように言ってのけた。
わずかに苦笑しながら悟空の頭を撫でる。
しかし、悟空は複雑な表情だ。
『だって、今よりももっと疲れるコトしに行くんじゃねーの?』
今も全然寝てないのに、三蔵はこれから5日間更に睡眠が減るようなコトを企んでいるのに。
う〜んと考え込んでいると、三蔵が人の悪い笑顔で悟空を覗き込んだ。
「お前はいっぱい寝てるから、少しぐらい寝なくったって平気だろ?」
「ええっ!?」
あからさまに『寝かさねーほど可愛がってやる』と宣言されたようなモンだ。
悟空は頬を紅潮させたまま恨めしそうに三蔵を睨む。
そんな悟空を三蔵は楽しげに眺めた。
懐からタバコを取り出して銜え、火を点ける。
「おい、さっさと出かけねーと向こうに着くのが遅れるんだよ。行くぞ」
そう言うとさっさと歩いて行ってしまう。
「あ、待てよ〜!」
悟空は慌てて部屋を出ると三蔵に駆け寄った。
追いつくと素直に後ろを付いて歩く。
ちらっと背後に視線を向けると三蔵が掌を差し出した。
「…ほら」
悟空は意味が分からず、ぼんやり三蔵の掌を眺める。
「さっさと手ぇ貸せ!」
イライラと三蔵が悟空の小さな手を掴んだ。
「あ…」
掌と三蔵の横顔を悟空は交互に眺める。
ぎゅっと握り返してくる三蔵の掌に、自然と悟空の顔から笑みが零れた。
悟空も嬉しそうに握り返す。
「なーなー、三蔵!朝飯どーすんの?俺腹減った〜!!」
「街に出るまで我慢しやがれ!」
ぎゃーぎゃーと言い合いながらも、繋いだ手が離れることはなかった。






「それでは、何かございましたらあちらの電話でお呼び下さいませ」
深々とお辞儀をして別荘の管理者が帰っていく。
静かに扉が閉まって完全に外界から隔離された途端、三蔵の腕が悟空を捉えようと伸ばされた。

スカ☆

思いっきり腕が空を切って空振りした。
ついさっきまで自分の後ろに居たはずの悟空が居ない。
「おい、バカ猿!」
不機嫌丸出しの声で悟空を呼んだ。
玄関ホールからリビングへ行くと悟空は応接セットのソファに乗り、リュックの中をごそごそと漁っている。
「いきなり居なくなるんじゃねーよ」
三蔵は溜息をつきながら悟空の横へと腰掛けた。
座った三蔵の重みでソファのクッションバランスが傾き、悟空がコロンと三蔵へと倒れ込む。
「あ、ゴメン」
慌てて起き上がろうとした悟空の肩を、三蔵は強く押さえつけた。
悟空の小さな顎を捉えると、三蔵は覆い被さっていく。
「さんぞ…っ」
何か言おうと悟空が口を開いた瞬間、その声を吸い取るように深く口付けられた。
「ん…っ…ぅ」
歯列を無理矢理こじ開けて、無遠慮な舌が悟空の口腔を我が物顔で蹂躙する。
あまりの激しさに悟空の頭がクラクラしてきた。
どうにか呼吸をしたくても、三蔵は自分との僅かな隙間さえも許してくれない。
息苦しさに三蔵の腕を掴んだが、顎を捉えたままの指は強くてピクリとも動かせなかった。
「ふっ…んんーっ!!」
いよいよ酸欠になってきて、悟空は真っ赤な顔で必死に三蔵の胸を叩く。
自然と込み上げてきた涙が幾筋も頬を伝い落ちた。
「ふあっ…」
濡れた音を響かせて漸く三蔵が唇を解放してくれる。
悟空は大きく胸を仰がせて何度も荒い呼吸を繰り返した。
「三蔵のバカ!死ぬかと思ったじゃねーかよぉ!!」
瞳を涙で濡らし、紅潮した頬で悟空はむくれる。
唇も艶やかに濡れて、三蔵を誘うように紅く色付いていた。
「いやか?」
悟空の頭を膝に置いたまま、三蔵はじっと上から覗き込む。
間近で綺麗な紫暗の瞳に見つめられ、悟空の心臓が小さく跳ね上がった。
いつもの厳しい清廉な紫ではなく、欲に濡れた卑猥な瞳に自分が映っている。
そう思うだけで、悟空の背筋を甘い痺れが這い上がった。
悟空は三蔵の綺麗な瞳が好きだ。
その綺麗な紫暗の瞳の中に自分の姿を見つけることが何よりも大好きだった。
悟空が惚けていると、三蔵の瞳が楽しげに細められる。
再度長い指が悟空の顎を捉えた、が。
「あっ!そうだ!!」
悟空が何か思い出したのか勢いよく起き上がった。

ガツッ!!!

「いってーーーーっっ!!」
突然頭を襲った激痛に悟空が大声を上げる。
頭を押さえ込んだまま三蔵に視線を向けると、三蔵が身体を屈めて突っ伏していた。
その肩が僅かに震えている。
「さんぞ…?」
悟空はきょとんとしながら首を傾げた。
「この…っ」
「え?何?どうしたの??」
「こんの、バカ猿があああぁぁっっ!!!」

バッシイイィィーンッ!!!!!

「うぎゃっ!」
いきなり後頭部に三蔵ご自慢のハリセンが炸裂する。
あまりの衝撃に悟空が頭を抱えて床に落ちた。
ぜーぜーと息を乱しながら三蔵がハリセンを持ったまま仁王立ちで悟空を見下ろす。
「よくも顎に頭突き喰らわせやがったな…お仕置きだ」
ニンマリと凶悪な笑みが唇に刻まれた。
「ちょっ!わざとじゃないってば!」
「ウルセー!理由なんかどうでもいいんだよ、痛ぇことには変わりねーんだからな」
三蔵はひょいっと悟空の首根っこを掴むと、ぽいっとソファへ投げた。
弾む勢いの身体をそのまま押さえつける。
「ちょっと待って!ちょっとでいいから!待てってばぁ〜っっ!!」
強引に服を脱がしに掛かる三蔵の手を押さえつけて、悟空がジタバタと暴れた。
いつにない抵抗に三蔵は不審気に眉を潜める。
「ちょっと…待って。逃げるとか、イヤだとか…そーゆーんじゃねーから」
悟空の言葉から強い意志を感じ取った三蔵は、無言のまま身体を起こした。
「ありがと…」
悟空は嬉しそうにニッコリと微笑む。
「で?何なんだ、一体」
三蔵はタバコに火を点けながら悟空に問いただした。
「あ、ちょっと待ってて!」
暴れた勢いでソファから落ちたリュックを悟空が拾い上げる。
その中を確認すると綺麗にラッピングされた箱を取り出した。
「はい、三蔵…誕生日おめでとう」
照れながら微笑むと悟空が三蔵へと箱を差し出す。
三蔵の瞳が驚愕で大きく開かれた。
「お前…こんなモンどうしたんだ?」
驚くのも無理はない。
三蔵は決まった小遣いしか悟空に渡してない。
それも本当に必要な時だけ、理由を聞いてだ。
プレゼントを買う程の金額を渡した覚えなどなかった。
「あ、これね。八戒が誕生日には絶対必要なモノだからって教えてくれて…俺が作ったの」
一瞬八戒の名を聞いて三蔵の額に血管が浮かぶが、悟空が作ったと聞いてとりあえず怒りを治める。
三蔵は受け取った箱のラッピングを解いた。
箱を開けると中には形は大分いびつだが、カップケーキが入っている。
「ホントはさ…ちゃんとしたケーキにしたかったんだけど、日持ちしないし三蔵って洋菓子好きじゃないだろ?だから、八戒に相談して和菓子っぽい味のカップケーキにしたんだ」
「和菓子?」
悟空に言われて箱を見ると、カップケーキは薄いグリーンとえんじ色をしていた。
「抹茶と小豆のカップケーキ…三蔵あんこもお茶も好きだろ?いちおう八戒に教えてもらいながら作ったから味は大丈夫だと思うけどさ」
少し自信なさそうに悟空が俯く。
三蔵は抹茶のカップケーキを取ると、一口囓った。
「…悪くねー」
甘さも十分抑えてあり、何よりも抹茶の香りがいい。
「ほんと?三蔵おいしい??」
悟空はどきどきしながら三蔵の服を掴んだ。
真剣な表情に三蔵は小さく苦笑する。
「ああ、これなら俺でも食える」
「よかったぁ…」
三蔵にお墨付きを貰い、嬉しそうに悟空が微笑んだ。
「それにしても何だっていきなり…」
カップケーキの最後の一口を放り込むと、三蔵は悟空に問いただす。
「だって…ケーキは誕生日の必須アイテムだって八戒言ってたもん」
「そんなもんか?」
どちらかというとそんなことを悟空に吹き込んだ八戒の真意の方が引っかかる。
「それに…俺だってちゃんと三蔵をお祝いしたかったんだもん」
恥ずかしそうに悟空が三蔵から視線を逸らした。
「別に…本当の誕生日じゃねーけどな。お師匠様が俺を拾った日ってだけだし」
「それでもっ!」
突然強い口調で悟空が口を開く。
「それでも…三蔵はちゃんと生まれて、ココにいるっていうお祝いには変わりないじゃん」
真っ直ぐな瞳で悟空は三蔵を見つめた。
「三蔵がココにいる…俺と一緒にいてくれるってお祝い出来ればいいんだ」
「悟空…」
三蔵が曇りのない鮮やかな笑みで悟空を見下ろす。
いつもの皮肉を含んだ自嘲的な笑みではなく…
「さんぞ…」
悟空はぎゅっと三蔵に抱きついた。
その小さな身体を三蔵も強く抱き寄せる。
「俺…ずっと三蔵の側にいるから。来年もその後もずっとずっとお祝いしようね」
三蔵の胸に頬を当てたまま、悟空が小さく呟いた。
「とりあえずは今年の分だな」
悟空の身体を抱き上げると、三蔵はベッドルームへと向かった。






「…今頃三蔵と悟空はどうしてますかねぇ」
お茶を飲みながらしみじみと八戒は呟く。
「あー?イチャイチャベタベタとラブラブに過ごしてんじゃねーの?あー寒っ!」
茶菓子のせんべいをバリバリ食べながら、悟浄が雑誌に視線を落としたまま八戒に答えた。
「いいですねぇ…ラブラブ」
どことなく夢心地な八戒の声に、悟浄の背筋へゾクッと悪寒が走る。
「でも良いこと聞いちゃいました。来年は是非僕らも実践しましょうねvvv」
眉を潜める悟浄に八戒がニッコリと微笑んだ。
「実践…て何が?」
気のせいなんかじゃなく唯ならぬ予感。
「来年の僕の誕生日には悟浄と二人っきり…1日24時間不眠不休でラブラブに過ごしましょうね!」
「なっにーーーっっ!?」
八戒の爆弾宣言に悟浄の全身からイヤな汗が噴き出してくる。
「あ、別に悟浄の誕生日でもいいですけどvvv」
上機嫌で八戒が提案した。
「あのー…それって俺に選択権は」
「モチロン無いです!」
八戒がきっぱりにっこりと断言する。
『余計なこと相談しやがってーーーっっ!!』
ここにはいない悟空に向かって、悟浄は心の中だけで泣き叫んだ。


Happy Birthday ! Sanzo…のハズ