† 歓びのうた †

「…怪しい」
夕食後にソファで転がりながら、悟浄はチラリと視線を流す。
その先にはキッチンがあり、八戒が後片付けで食器を洗っている音が聞こえていた。

それは、いつもの日常、いつもの風景…のはず。

「今度はな〜に企んでるんだか…」
悟浄は不審気に眉を顰めながら、じっとキッチンの様子を伺った。
ここ半月、八戒の様子がおかしい。
かといって、あからさまに態度がヘンだとかそういうモンではないのだが。
ただ、悟浄に備わっている八戒専用危険察知センサーが『要注意』と警告していた。
あえてその違和感を言葉にしろと言うなら、八戒の機嫌がメチャクチャいいのだ。

それでも、いつもの日常、いつもの風景…なのだが。

よほど何かいいことでもあったのかと思い、八戒に訊いてみると、
「え?別に特にこれといっては…そんなに僕浮かれてますか?」
首を傾げながら逆に聞き返されて、悟浄は言葉に詰まってしまった。
ここのところ天気もいいし、ただ気分がいいだけなのか?とも思ったのだが、悟浄にはどうにも何か引っかかってしまう。
こう、居心地のしっくりこない違和感とでも言うのだろうか。
何だろう?と考えていると、その違和感がぱっと頭の中に閃いた。

ここ最近、八戒の物分りが妙に良すぎるのだ。

八戒は決して強要はしないが、悟浄と一緒に居たがる。
言葉にしない代わりに瞳で、身を纏う空気で伝えてきた。
「もっと、一緒に居たい」と。
いつもは悟浄が賭場に行くときも笑顔で見送りに出るが、本音では自分も一緒に行くか悟浄に家に居て貰いたいのかもしれない。
ただ、八戒は賭場の空気とか雰囲気が好きではないので、勝負にはめっぽう強いが悟浄と連れ立って賭場へ出かけることはなかった。
そんな八戒に出かけるたびに縋るような瞳で見つめられ、悟浄もすっかり絆されてしまい、ほぼ皆勤賞だった賭場通いも今では週の半分に回数を減らしたのだが。
ところが最近の八戒ときたら、
「え?悟浄出かけないんですか?困りましたねぇ…明日あたりちょっと日用品の買出しに行きたいんですけど〜」とか、
「え?今日は出かけたほうがいいですよ。新聞に載っていた占いによると、今日の悟浄の運勢は賭け事についてるって書いてありましたから」などなど。
毎日のように悟浄が出かけるように仕向けている様な気がする。
いや、絶対気のせいなんかじゃない。
「何か無茶なコト企んでるんじゃねーだろうなぁ…」
その辺、八戒の悪巧みについては、散々身に滲みて分かっているだけに、悟浄としては戦々恐々としているのだ。
その割には毎回面白いぐらいにハメられているのだが。
どうしたものかと悟浄は天井を眺めながら思案する。
まぁ、悟浄を夜に追い出したがるぐらいで、他はコレといって不審なところはなかった。
これが普通の同棲(?)生活を送っている様なカップルなら、相手がそんなことをしようものなら絶対自分がいない間に誰か連れ込んでいるに違いない!と疑うところなのだろうが、八戒に関してはその心配は皆無だ。
その証拠に最近理由を付けては悟浄を追い出したがるくせに、帰ってくるとどんなに朝早かろうがしっかり起きてて、ニッコリ笑顔で寝込みを襲われる。
それで悟浄は大抵気絶するまで貪られるので、起床するのは遊びに来ている小ザルちゃんがリビングでおやつを頂く3時ぐらいと、すっかり体内時計が狂ってきていた。
まぁ、悟浄が寝ている時間帯はきっちり家事に専念している様なので、その隙に誰かを連れ込んで『よろめき団地妻・昼下がりの情事』的なこともまずありえない。
最近頻繁に底なし胃袋の悟空が遊びに来るので、大量おやつ作りで大忙しなんだろうが。
「おやつ…お菓子…そういやぁ八戒のヤツ、最近毎日の様に作ってるよなぁ」
悟空が来ない日でも大量の菓子を作っているのを、ふと悟浄は思い出す。
最近では窓を開け放って部屋の換気をしても、甘い匂いが染みついているぐらいだ。
「でも…あの大量の菓子…いつの間にか無くなってるんだよな」
八戒が作るお菓子の量は悟浄の目から見ても、普段悟空が食べる量の倍はあったと踏んでいる。
それこそ店で売るぐらいの量だ。
それだけ大量の菓子が毎日毎日ドコに消えてしまうのか?
まさか八戒が全て自分で食べているとは思えないし。
「あー…わっけ分かんねーよなぁ〜」
「何が分からないんですか?」
いつの間にか八戒がソファに転がる悟浄を上から覗き込んでいる。
「うわっ!ビックリしたっ!脅かすなよなぁ」
悟浄は自分の不審を誤魔化しながら八戒に文句を言った。
「驚かせるつもりはなかったんですけど、何度呼んでも悟浄ってば天井睨んだまま反応がなかったもんですから…何か考え事でもしてたんですか?」
八戒は悟浄の真意を見透かそうとしてか、じっと瞳を見つめる。
その視線に内心ヒヤヒヤしながら、悟浄は逆に探りを入れてみた。
「だってよぉ、俺ってば最近いっぱいお金稼いで来てるのに、八戒さんってばお小遣い増やしてくれないんですもの」
恨めしそうに悟浄が見上げる。
八戒は小首を傾げると、ニッコリと極上の笑みを浮かべた。
「今までだって十分やりくりしていたじゃないですか。悟浄が普段使うお金と言ったらタバコ代と飲み代ぐらいなもんでしょう?それ以上何に遣う気なんでしょうかねぇ?まさか女性にでも?」
笑顔の背後にドス黒いオーラが立ち上る。
そのあまりの凶悪さにピキッと悟浄が硬直した。
悟浄の答えによっては惨劇筆致の構え。
慌てて悟浄は必死な形相で言い訳をする。
「そうじゃなくてっ!俺だってたまには自分で買いたい物とかあるんだよ。寒くなってきたし上着とか靴とか〜」
「…新しいビデオデッキとか新作AVビデオとか?」
八戒のツッコミに、悟浄の背筋を冷たい汗が流れ落ちる。
「全く…余計なお金渡すと悟浄はろくなモン買いませんからね。服とかは今度僕が一緒に街へ出て買って上げます」
悟浄の小さな野望でもあった小遣い賃上げ交渉は、八戒の前にあっさりと玉砕した。
これでは何だか何年も連れ添った夫婦の様な会話だ。
そのへん悟浄はまるっきり気づいていない。
ガックリと落ち込む悟浄へ八戒は苦笑した。
「まぁ、でも近いうちに何かいいことがあるかもしれませんよ?」
八戒が悟浄から視線を逸らしながら意味深に呟く。
「あ〜?いいことぉ〜??」
思いっきりふて腐れたまま悟浄がチラッと八戒を見上げた。
「だからと言ってお小遣いは値上がりしませんよ」
八戒が頬笑みながらきっぱり言い切ると、悟浄はますます拗ねてソファに懐く。
「ほら、そんな背中向けていじけないで下さいよ〜。今日は出かけないんですか?」
苦笑しながら八戒は悟浄の肩をポンポンと叩いた。
悟浄は背中越しに八戒を振り返るが、すぐにクッションへと顔を埋める。
「…今日は気分が乗らねーから行かない」
どうも本格的に拗ねだした様だ。
結局八戒の真意は分からないままだし、小遣いは増えないし。
悟浄はブツブツとクッションに八つ当たりし始めた。
「それじゃお風呂の準備できてますから、先に入ってきたらどうですか?」
「………。」
八戒に抗議するかのごとく悟浄は無言で答えない。
「悟浄?」
「………。」
八戒が優しい声で呼んでも無視。
「仕方ない人ですねぇ…」
溜息混じりに八戒が呟くと、悟浄の耳がピクッと動く。
八戒が引き出しから財布を取り出した。
「ほら、悟浄。これだけですからね」
ものすごい勢いで悟浄が起きあがると、その手に八戒は札を置いた。
「でもっ!絶対無駄遣いしちゃダメですよ?」
「わーってるって!八戒サンキュ♪」
上機嫌で悟浄が満面の笑みを浮かべる。
いそいそとジーンズのポケットに札を締まって、八戒に視線を戻すと…
「八戒?何しゃがみ込んでんだよ??」
こちらに背中を向けながら、悟浄の足許に八戒が震えながら屈んでいた。
「いえ…ちょっと…あまりに眩しくて目眩が…」
「は?眩しいって何が??」

ぽた…。

悟浄の眉が思いっきり顰められる。
「八戒…俺別にお前が鼻血噴く様なことした覚えねーんだけど」
わざとらしく大きな溜息をつくと、悟浄は呆れながらぼやいた。
ここまで惚れられて男冥利に尽きるというのか、何というのか。
「悟浄が可愛いすぎるのがいけないんですよ〜」
エプロンで鼻を押さえながら八戒がニッコリと頬笑んだ。
鼻血滴らせながらの笑顔なんて、どんなに八戒が美人でもハッキリ言って恐い。
「自分よりデッカイ男つかまえて可愛いとかゆーなっ!俺、風呂入ってくらぁ〜」
思いっきり脱力してヒラヒラ手を振ると、悟浄はリビングを出ていく。
八戒は立ち上がりながらその姿を見送る。
「悟浄って…ホントに照れ屋さんですねvvv」
…やはりどこかピントがずれている八戒だった。






「んー…もう5時か」
薄暗くなった外を眺めた後、悟浄が時計を確認する。
何だか今日は朝から八戒がバタバタと働いていて、悟浄としても身の置き場に困っていた。
ソファに転がっていると掃除のジャマだと追い出され、それじゃベッドで寝ようと寝室へ行けば布団から枕から全て外に干されている始末。
仕方ないので外に出て、1日ぼんやりとご隠居お年寄りの様に庭のベンチで過ごしてしまった。
そうして悟浄が黄昏れている間も、八戒は慌ただしく買い物へ出たり家事をこなす。
かといってほっとかれっぱなしという訳ではなく、ちゃんと昼食や時間を見計らってお茶だのコーヒーだのを持ってきてくれてはいたのだが。
何だかこのまま居ても夜まで追い立てられそうだよなぁ、と悟浄は椅子から立ち上がった。
その音を聞きつけ、八戒がキッチンから顔を出す。
「悟浄、出かけるんですか?」
「んー…何か今日八戒忙しそうだし、ちょっと早いけど賭場行ってくるわ」
掛けてあった上着を掴むと悟浄が玄関へ足を向ける。
「あっ!悟浄ちょっと待って下さい!!」
八戒が慌てて悟浄の元へとやってきた。
そのままじーっと真っ直ぐな瞳で悟浄を見つめる。
「な…何だよ?」
あまりに真摯な八戒の表情に悟浄が怯む。
「悟浄、今日は…今日だけは!ぜーったいにっ!11時までに帰ってきて下さいね!約束して下さい!!」
「は?11時??」
妙に力の籠もった八戒のお願いに悟浄は首を捻る。
11時なんてカモがほろ酔いでやってきて、さぁこれからっていう稼ぎ時なのだ。
その辺は八戒も知っているはずなのに、何だって急にそんなコトを言い出すのか?
「いいですね?ぜ〜〜〜ったい何が何でも11時に帰ってくるんですよ?今日だけは午前様は許しませんからね!お願いですよ?」
八戒お得意の悪魔の頬笑み。
暗に『約束破ったら…分かっていますよね?』と言葉にしなくても瞳の奥が凄んでいた。
「それってお願いじゃなくて脅し…」
「お願いしますねvvv」
駄目押しの極上笑顔でニッコリ。
「………はい」
小さな声で返事をし、悟浄はガックリと項垂れながら出かけていった。
とぼとぼと出かけていく悟浄の後ろ姿を見送ると、八戒の瞳がキラリと光る。
「さてと、あまり時間がないから急がなくては!」
気合いを入れると、八戒は慌ただしくキッチンへと戻っていった。





暗い夜道の帰路を悟浄は走っていた。
「やっべぇっ!もう11時過ぎちまったじゃねーかよ〜」
走っている汗とは別物の冷たい汗が噴き出してくる。
出がけにイヤと言うほど八戒に念を押されたので、賭場を出たのは10時半頃。
早めに切り上げた割にはそこそこ実入りもあったので、夜中までやっている点心屋で土産でも買うかと寄り道したのが不味かった。
その店のお持ち帰りコーナーで、バッタリと悟浄お知り合いのお姉ちゃん連中に出会してしまったのだ。
そこから一悶着。
今日だけは用があるからダメだと逃げようとすると、ガッチリ四方を囲まれて捕まれて『飲みに行こう』だの『最近つれなすぎる』だの大合唱。
どんどん周りに人は群がってくるわ、通りがかった知り合い連中はお姉ちゃん達を煽るわで散々な目に遭った。
それでもどうにか振り切ったのだが、気が付けば既に11時を回っている。
午前様はダメだと言ってたから、せめて日付が変わる前には帰らないと!
どんなに恐ろしく手酷い報復が待ちかまえてるか…
「うわあああぁぁっっ!!ぜってーいやだああぁぁぁっっ!!!」
静まりかえった闇夜に悟浄の悲鳴が空しく響いた。






一度も立ち止まることなく走り切り、悟浄はどうにか自宅へと辿り着く。
やはり部屋の明かりは煌々と点いていた。
乱れて苦しい呼吸を整えながら時計を見ると11時半。
「ぎっ…ぎりぎり…かな…っ?」
これだけ頑張ったんだから30分ぐらいは勘弁して欲しい。
膝に手を付きながら何度も深呼吸を繰り返すと、意を決して悟浄は扉を開いた。
「八戒、悪い―――――」
とりあえず謝ったモン勝ち、と声をかけるが…
悟浄はその場で金縛りにあう。
目をまん丸く見開き、あまりの驚きにあんぐりと口は開いたまま。
呆然とその場で立ち竦んでしまった。
「ああ、やっと帰ってきましたか。まぁ、悟浄のことだから30分ぐらいの遅れは元々見込んでましたけどね」
ニッコリ頬笑みながら八戒が近寄ってくる。
それでも悟浄は硬直したままだ。
「おや…随分と急いで帰ってきたんですねぇ。こんなに寒いのに汗びっしょりですよ?」
自分との約束を守ろうと走って帰ってきた悟浄に、八戒は自然と顔を綻ばせる。
「早く入って、そのままだと風邪ひいてしまいますから」
悟浄の手を引き、開け放したままだった扉を八戒が閉めた。
「本当にすごい汗ですねぇ」
ポケットの中からハンカチを取り出すと、八戒は悟浄の額を流れる汗を拭う。
その間も悟浄は微動だにしない。
「悟浄?どうしたんですか??」
さすがに八戒も気づいて、悟浄の瞳を覗き込みながらポンと肩に手を載せた。
ようやく金縛りから解けた悟浄が、ぎこちない動きで八戒に視線を向ける。
「八戒…これは一体何事なんだ?」
「綺麗でしょvvv」
悟浄は思いっきり笑顔を引きつらせながら部屋を見回した。
割と物が少ないシンプルなリビング…のハズだった、数時間前までは。
それが今は壁から天井から金銀煌びやかなモールが幾重にも垂れ下がり、更に色とりどり鮮やかな輪っかやら花やらが飾り付けられ、これでもかと言うぐらい派手にデコレーションされている。
あまりの悪趣味に悟浄の膝から力が抜け、床へとへたり込んでしまった。
急いで帰ってきてみればコレ?
八戒新手のイヤガラセにしてもあんまりじゃねーか!?
「あれ?悟浄気に入りませんでしたー?」
頭を抱えて座り込む悟浄に八戒は首を傾げる。
「あのなぁ…八戒…」
「ふむ。やはり急ごしらえでしたからねぇ…派手さが足りませんでしたか」
「ちっがぁーうっ!!」
的はずれな事を言いだす八戒に、悟浄の頭痛は酷くなる。
「やはりおめでたいことですし、演出も思いっきり派手にしたかったんですけどねぇ」
「いえ、もう十分ですから…え?おめでたい??」
きょとんと悟浄が八戒を見上げた。
そんな悟浄に八戒は苦笑する。
「悟浄…自分の誕生日も忘れちゃったんですか?」
「誕生日…え…あぁ!?」
悟浄は壁に掛けられてあるカレンダーへと視線を向けた。
今日は…11月8日だが?
「…俺の誕生日って明日だけど?」
よりによって誕生日をわざわざフライングで間違えた挙げ句にこの仕打ちか?
つくづく悟浄は自分の不幸を呪いたくなる。
「確かにそうですけどね、ほら」
八戒はニッコリ微笑みながら時計を指差した。
「あと10分で11月9日…悟浄の誕生日でしょう?」
「そりゃ…そうだけど」
床に座り込んだ悟浄に手を差し出して八戒が立ち上がらせる。
八戒は掴んだ手を握り締めたまま、悟浄をテーブルへと招いた。
「う…わぁ…」
悟浄が感嘆の声を上げる。
テーブルの上には肉、魚、野菜と見た目も美しい料理の数々が所狭しと並べられていた。
シャンパンまで用意してある。
「本当は大きなケーキも用意しようと思ったんですけどね…どうせなら悟浄の好きな物だけをご馳走したかったので」
八戒は小さな箱をテーブルの真ん中に置いた。
箱を開けるとフルーツがふんだんに使われた小さめのタルトが入っている。
「買った物ではないのでフルーツそのままの甘さだけにして作りましたから、悟浄でも食べられると思いますよ」
そこに八戒が少し長さの違う小さなろうそくを5本立てて火を点けた。
「ん?何このロウソク…なんか意味あんのか?」
悟浄は訳が分からず首を傾げる。
「お祝いをするケーキにはその人の年の数だけロウソクを立てるんですよ。そしてそれを本人が吹き消すんです…悟浄知らなかったんですか?」
「んなこと…今までしたことなかったからな」
八戒は驚きで目を見開く。
悟浄には物心着いた時から誕生日を祝って貰ったことなんかなかった。
それでもまだ家族で暮らしていた時は、兄が小遣いで買ったお菓子を母には内緒で貰ったりもしたのだが。
こうして誰かに誕生日だからとご馳走を作ってもらい、ケーキまで用意してくれて、的はずれな飾り付けまでして祝って貰ったことがなかったから。
「…それじゃ、これからは毎年僕が祝ってあげますよ」
八戒の優しい声に悟浄が顔を上げた。
「さ、早く悟浄座ってください。もうすぐ9日ですよ」
即されて悟浄が席に着くと、八戒はリビングの明かりだけ消した。
室内が薄暗くなり、ケーキに飾られたロウソクの明かりが暖かく感じる。

PPPPP…

時計のアラームが0時を知らせる。
「悟浄、誕生日おめでとうございます」
「え…あぁ…」
明かりが消してあって悟浄はホッと胸を撫で下ろした。
きっと今、自分の顔は真っ赤になっているに違いないから。
「さぁ、ロウソクを一息で吹き消してくださいね」
暖かな炎の向こうで八戒が微笑んだ。
悟浄は軽く息を吸い込むと、ロウソクを一気に消す。
「あははは、悟浄ってば一気に消せましたね〜。これ結構難しいんですよ?」
楽しげに笑うと八戒はリビングの明かりを付けた。
八戒はクーラーからシャンパンを取り出すと栓を抜き、まず悟浄のグラスに、次いで自分のグラスへも注ぐ。
「それでは改めまして。誕生日おめでとうございます、悟浄…また追いつかれちゃいましたね」
カチとグラスの淵を合わせながら八戒が微笑んだ。
「たった1月半しか違わねーじゃんかよ…でもサンキュ」
照れているのか悟浄が顔を逸らしながら小さく呟く。
「さてと。悟浄の為にめーいっぱい用意したんですから、食べてくださいね…それとも何か食べて来ちゃいました?」
伺う様に八戒は悟浄を見つめた。
悟浄はシャンパンを飲み干すとグラスを置く。
「いや?ずっとカードやってたから…そういや今日何も食ってねーや俺」
苦笑しながら悟浄は箸を手に取った。
「それならよかった…夜中ですし、どうしようかとも思ったんですけどね」
ふと、悟浄は首を傾げる。
「そういやぁ、何で夜中なんだ?」
まぁ八戒の時も夜にやったけど、夜中ではなかった。
普通は食事時にするもんじゃないのかと悟浄は思ったのだが。
「…一番に言いたかったんですよ」
八戒は悟浄の前で微笑んでいる。
「え?何が…」
「悟浄の誕生日に、僕が一番にお祝いを言いたかったんです。一番最初にこうしてお祝いがしたかったんですよ…ちょっとした僕の我が儘なんですけどね」
八戒の告白を訊き、悟浄は口を塞いで俯いてしまう。
「悟浄?どうかしましたか??」
心配そうに八戒が見ているけど、今は顔を上げられない。

ちょっと…こういうのは………困る。
こんな不意打ちは反則だ。
何だか、すごい…嬉しすぎて………涙腺がどうにかなりそうだってば!

「悟浄?あの…料理口に合いませんでした?」
顔を上げず返事もしてくれない悟浄に八戒の不安が募る。
どうしようかと思案していると、開いている左手でちょいちょいと悟浄が八戒を手招いた。
「何ですか…」
悟浄の傍らに寄り、八戒が悟浄を覗き込もうとするが…出来なかった。
いきなり腕が伸び、悟浄が八戒にしがみ付いたからだ。
「え…あの…悟浄??」
突然のことに八戒は慌てながら悟浄の様子を伺おうとするが、肩口に顔を伏せてしまってその表情が分からない。
「八戒…」
「はい…どうしたんですか?」
八戒は悟浄を宥める様に背中をさすった。
「俺ってば…もしかしてすっげー愛されちゃってるの?」
籠もった声が肩口から聞こえる。
「…やだなぁ、今頃気付いたんですか?」
くすくすと笑いながら八戒が悟浄の身体を抱き締め返した。
「そうかなーと思ったんだけどな…でもこの飾り付けは趣味悪くねー?」
顔を上げるといつもの悟浄で、口端をあげて苦笑する。
「そうですかねぇ?お祝い事の基本かと思ったんですけどね。それにこの飾り作りは悟空も手伝ってくれたんですよ」
「小ザルちゃんが?」
「そうですよ。悟浄の誕生日が近いって言ったら『それじゃ俺も手伝う』って、一生懸命作ってくれたんですからね。だからこのお祝いには悟空の気持ちも入ってるんです」
八戒が微笑むと、悟浄はまたしても肩口に顔を伏せてしまう。
髪から覗く耳は真っ赤に染まっていた。
「ったく…どいつもこいつも……俺は不意打ちに弱いんだよ」
「それは知りませんでした」
八戒は照れまくる悟浄を愛おしそうに抱き締めた。
「あ…名残惜しいんですけど、食事食べちゃいませんか?折角作りましたし、暖かいうちに食べた方がおいしいですよ」
八戒は微笑みながら悟浄から身体を離す。
まだ少し頬に赤みを残しながら、悟浄も頷いた。
「そうだよな…こーんなに豪勢な食事、誕生日ぐらいだもんな?」
「もちろんですよ。毎日こんな食事作ってたら破産してしまいます」
八戒が大袈裟に肩を竦めてみせる。
確かに…よくよく考えてみれば、目の前の料理は手間も時間も材料も費用も相当掛かっているということは悟浄にも一目で分かった。
「もしかして…八戒さん?」
「はい、何でしょう?」
「俺はコレのために毎日賭場へ行かされてたのかしらん?」
思いっきり不審気に眉間をヒクつかせながら悟浄が詰問する。
もし、そうだとしたら嬉しさも半減…いやマイナスかもしれない。
「いくらなんでも違いますよ〜。だって悟浄が家に居たらこれらの準備が出来ないでしょう?それに悟浄の稼いできたお金でお祝いしたって意味がないですから」
それなら、これらを工面した費用は一体どこから?
疑問が顔に出ていたのか、八戒がくすくすと笑いを零した。
「最近僕、毎日お菓子作っていたでしょう?あれは悟空のためだけに作っていた訳じゃないんですよ」
「んじゃ何で?」
確かにそこら辺は悟浄も疑問に思っていたことだ。
「街に行きつけのパン屋さんがありましてね。そこのご主人にお願いして、期間限定で僕が作ったお菓子を置いて販売して頂いたんですよ。思いのほか好評だったらしくて、お陰様でこうして予定通りの準備資金が出来ました」
八戒がニッコリと種明かしをした。
確かに、八戒の作る菓子は常日頃食い物には人一番ウルサイ悟空が大絶賛している。
食べる量も食い意地もハンパじゃない分、悟空は旨い不味いにはものすごく厳しいのだ。
悟浄はあまり食べたことは無かったが、八戒の作る菓子なら売れるだろう。
「本当は賭場に出かけて一気に稼いでもよかったんですけど、それじゃ悟浄にすぐバレてしまうでしょう?普段とあまり変わらない生活をして、お金を稼ぐ方法っていったらそれぐらいしか思い浮かばなくて」
八戒は照れながら微笑んだ。
どうしても悟浄に内緒にして驚かせたかったんだと。
「ふーん…ま、驚いたけどな」
悟浄は顔が紅潮するのを誤魔化しながら、目の前の食事に集中して箸を運ぶ。
その様子を八戒も嬉しそうに見つめた。
「あ、悟浄シャンパンまだありますからね」
「ん、サンキュ」
悟浄がグラスを差し出すと八戒が注ぐ。
ふと、何かを思いだした様に悟浄が八戒に視線を向けた。
「そんで?誕生日のお祝いってコレなんだよな」
「え?ええ…そうですけど…」
八戒は悟浄の真意が分からずに首を傾げる。
「それってさぁ…オプションサービスはつかねーの?」
「………は?」
驚いて目を見開く八戒に、悟浄がニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた。
「だって、お前の誕生日の時には、俺が散々八戒の言うとおりにサービスしてやったろ?」
珍しく八戒が動揺して、瞳がソワソワと落ち着かな気に揺れる
「って言うことは…モチロン俺にもシテくれるんだよな?」

これは、もしかして…いや、もしかしなくても…

「悟浄…あの………誘ってるんですか?」
「………そのつもりなんだけど?」
悟浄は怒った様な表情で八戒を見つめるが、ほんのり頬は紅潮している。

ガッターーーンッ!!!

「うわっ!は…はっかいぃ〜!?」
突然八戒が椅子から転げ落ちた。
「は…八戒、大丈夫か?」
恐る恐る悟浄は八戒の様子を見下ろす。
「いえ…大丈夫です。あまりの歓喜に気が遠くなってしまって…」
「あ…そ、なの?」
ちょっと悟浄は後悔してしまう。
愛され過ぎってのもコイツの場合問題かも…。
復活した八戒が席へと戻った。
「任せてくださいっ!誠意を尽くして悟浄を満足させてみせますからね!」
「いや…気合い入れるのはいいから、まずその鼻血を拭けって」
思いっきり呆れながら近くにあったティッシュ箱を八戒へと投げる。
「あれ?どうも最近血の気が多くって…溜まってるんですかねぇ?」
「溜まるか!バカッ!!」
ほぼ毎日人の寝込みを襲っておいて、そんな訳あるか!と悟浄が唸った。
それもそうですね、と八戒は笑う。
全く悪びれない八戒に悟浄も呆れるのを通り越して、笑いが込み上げてきた。
二人して顔を見合わせて笑い合う。
「で?とりあえずどんなサービスしてくれんの?」
「そうですねぇ…」
八戒は腕を組んで考える。
「とりあえず食事が済んだら、一緒にお風呂に入りますか。悟浄も走って帰ってきて汗かいたままですし」
「それから?」
続きを即して悟浄が首を傾げる。
「その後悟浄の髪を乾かして…少し飲みますか?」
「…それで?」
悟浄の声音に甘えが含んだのを感じ取り、八戒の瞳の色が変化する。
「ベッドに行って…悟浄が欲しいだけ、僕を上げますよ」
「ふーん…」
生返事をしながら悟浄はテーブルに乗りだし、八戒に顔を寄せた。
そのまま八戒の形いい唇をペロリと舐める。
「じゃ、ケチくさいこと言わねーで全部寄越せ」
全開の笑みで悟浄が笑った。
「本当にもぅ…そんなこと言って知りませんよ?」
お返しとばかりに、八戒が悟浄の唇に舌を這わせる。
更にお返しと互いの唇を舐めあってるうちに、どちらともなく深く口腔を貪りだした。
「んぅ…う…っ」
何度も角度を変えて互いの喉に唾液を送り込む。
暫くすると満足した様に唇が僅かに離れた。
「なぁ…八戒」
「何ですか?」
「とりあえずさ…風呂このまま行かねー?」
悟浄が小さく呟いて八戒を誘う。
「悟浄…我慢出来なくなったの?」
情欲で潤んだ瞳を八戒は楽しげに覗き込んだ。
「んー…ベッド行くのメンドくさいし、それに〜」
「それに?」
腰砕け状態の悟浄を抱え上げると八戒はスタスタとバスルームへ向かう。
「風呂入ればとりあえず脱ぐだろ?」
ククッと悟浄は楽しそうに喉で笑った。
悟浄の顔を見つめ、八戒は視線の先にあるバスルームを眺める。
何が言いたいのだろう?
悟浄は当たり前のことを言ってるのだが、どうも違う意味らしい。
悟浄からの謎かけに八戒は首を傾げる。
「だからさ…やっぱ抱き合うならハダカだろ?」
してやったりと、悟浄は上機嫌に笑った。
「…成る程、確かに」
納得して八戒も幸せそうに微笑む。

ハダカになって確かめる様に愛し合おう。
今目の前に居る貴方が産まれた日に感謝しよう。

Happy Birtday!