Stay Close |
朝、目が覚めたら金蝉が居なかった。 「金蝉?こんぜ〜んっ!」 いつもは朝ご飯の前に必ず起こしに来てくれて、着替えも手伝ってくれるのに。 今日は女官のお姉ちゃん達が来た。 おいしいご飯が目の前にいっぱいあるけど、全然お腹が空かない。 どうしてだろう? 椅子に座ったまま脚をブラブラさせていたら、女官のお姉ちゃんがお茶を持ってきた。 「ねー?金蝉は?」 「金蝉様は朝早くにお出かけになられたのですよ」 「お仕事?」 「特別にはおっしゃってなかったので…お仕事だと思いますよ?」 女官のお姉ちゃんはニッコリと微笑んだ。 じゃぁ、早くご飯食べて金蝉のところに行こう! でも、やっぱり。 一人で食べるご飯はあんまり美味しくない。 「…ごちそーさま」 自分の背より高い椅子の上から悟空は飛び降りた。 「あら?悟空ちゃん、もういいの?」 「うん…残しちゃってごめんね?」 悟空は申し訳なさそうに小さく頭を下げる。 「どこか具合でも…身体が辛いとか、痛いところとか無い?」 女官は心配そうに屈み込んで悟空の様子を伺った。 いつも元気いっぱいの悟空が食事を残すこと自体おかしい。 「ううん!大丈夫だよ?」 ニッコリと笑うと、悟空はパタパタと部屋から飛び出していった。 急いで金蝉の執務室へと走っていく。 「こんぜんっ!!」 早く会いたくて、悟空は扉を思いっきり叩き開けた。 しかし。 いつもなら怒号と一緒に振り下ろされるゲンコツが来ない。 室内を見回しても、いつも金蝉が仕事をしている執務机に本人が居なかった。 「こんぜん…こんぜんってばっ!!」 大きな声で名前を呼びながら、悟空は全ての部屋の扉を開けて金蝉を探す。 悟空に答えてくれ声は一向に聞こえなかった。 「金蝉…どこ行っちゃったんだよぉ」 何処にいても感じる事が出来る金蝉の気配が。 悟空を暖かく包み込む様な優しい金蝉の気がまるで感じられない。 突然の損失感に、悟空の身体が大きく震えた。 どうしよう。 どうしよう。 金蝉がいなくなっちゃった。 金蝉が俺のこと置いてどっかに消えちゃったよぉ。 底の知れない恐怖に悟空はその場にへたり込んでしまう。 「どうしたんですか?悟空…こんなところに座り込んで」 振り返ると悟空の知っている優しい人達が。 「んー?どうしたんだ、小ザルちゃん♪」 荷物を抱えた天蓬と捲簾が、部屋の入口から顔を出していた。 「天ちゃんっ!ケン兄ちゃんっっ!!」 悟空は立ち上がると、思いっきり二人へとしがみ付く。 気が緩んだせいか、ボロボロと涙が零れてきた。 「ふっ…うわあああぁぁんっっ!!」 回廊を悟空の悲痛な泣き声が響き渡る。 「悟空!?何があったんだ?」 突然泣き出した子供に、捲簾はおろおろと慌てふためいた。 天蓬は窓の閉まった室内に目を走らせて、状況を瞬時に把握する。 小さく微笑むと、縋り付いて泣いている悟空の背中をさすって宥めた。 「…金蝉を探しているんですか?」 悟空が驚いた様に濡れたままの瞳で天蓬を見上げる。 「天…ちゃん…知ってるの?」 しゃくり上げながら悟空は天蓬へと尋ねた。 「あー、成る程ね。そういう訳か」 捲簾はポンッと手を打つと、したり顔でニヤニヤと楽し気に笑う。 「んー、僕たちも金蝉が何処に行ったかまでは知らないんですよ」 「うえぇっ…」 天蓬が申し訳なさそうに首を傾げると、途端に悟空の瞳が涙で溢れかえった。 「でも、心配はいりませんよ」 ニッコリ笑いながら天蓬はその場にしゃがみ込んで、悟空と視線を合わせる。 「金蝉が何処にいるか知りませんけど、何をしているかは知っているんです♪」 「こんぜん…何してるの?お仕事じゃないの?」 悟空は不安で瞳を揺らしながら天蓬を見た。 「仕事じゃぁねーよな?小ザルちゃんの為にお出かけしてるんだし?」 思いも掛けない言葉に、悟空はきょとんと捲簾を見上げる。 「俺のため?」 意味が分からず悟空は小さく首を傾げた。 俺のために何で金蝉がいなくなっちゃうの? 金蝉が側にいればそれでいいのに。 そんなのヤダよぉ。 悟空は溢れ出す寂寥感で涙が止まらない。 「捲簾ってば…言い方が悪いですよ」 「あー…悪ぃ」 天蓬が睨むと、バツ悪そうに捲簾は頭を掻いた。 「悟空、悲しむ必要なんかありませんよ?悟空が居るから金蝉が居なくなったんじゃないんですからね」 「…違うの?」 俯いたまま、悟空が震える声で呟く。 ええ、そうですよ。と、天蓬は穏やかな声で答えて、俯いた悟空の顔を上げさせた。 涙でグチャグチャに濡れた顔を、ポケットから取り出したハンカチで優しく拭ってやる。 「金蝉はね?きっと悟空にプレゼントするものを探しに出かけてるんです」 「俺に?プレゼント??」 「ええ。だって今日は悟空のお誕生日ですからね」 「俺の…たんじょうび…ああっ!?」 前に教えてもらった。 俺が産まれた日。 俺が産まれて、金蝉も産まれて。 二人ともこの世界に産まれたから出逢えたんだって。 だから、産まれた『たんじょうび』はとっても大切な日なんだ。 「思い出しましたか?」 天蓬は悟空の頭を撫でながら、ニッコリと微笑んだ。 悟空もコクコクと頷く。 「大切な悟空が産まれたお祝いの日ですからね。今頃金蝉は一生懸命悟空のためにプレゼントを探してるんだと思いますよ?」 「こんぜん…」 金蝉が自分を大切に思っていてくれる。 それだけで、悟空の胸はホンワカと暖かくなった。 悟空は頬を染めながら、照れながら俯く。 「もちろん、僕たちにとっても悟空は大切ですからね〜、はいvvv」 「金蝉だけにオイシイトコ取りさせねーってな」 天蓬と捲簾はそれぞれ持っていた袋を悟空へと手渡す。 「え…ええっ!?」 「これは、俺たちからのプレゼント♪」 「悟空、お誕生日おめでとう」 「天ちゃん…ケン兄ちゃんっ!」 悟空は満面の笑みを浮かべると、二人に向かって飛びついた。 「おわっ!」 「おっと…」 「天ちゃんもケン兄ちゃんもありがとっ!俺すっげー嬉しい!!」 二人に抱きついたまま悟空は顔をあげ、ニッコリと微笑む。 「そっかそっか♪」 悟空の喜ぶ顔を見て、天蓬と捲簾も満足げに笑い返した。 「さてと。悟空、僕の部屋でお茶でも飲みませんか?多分金蝉が戻ってくるのは夕方になると思いますよ?」 「そうだなぁ。アイツの気性だとそれぐらいにはなるかもなぁ…」 何やら意味深な発言を捲簾が呟いた。 「捲簾?何か知ってるんですか?」 「まぁ…ちょーっとな?」 ニヤッと口端に笑みを刻む。 「け・ん・れ・ん?」 ニッコリと爽やかな微笑みを浮かべながら、天蓬が捲簾へとにじり寄っていった。 しかし、背後にはドス黒いオーラが噴き出している。 「俺はちょこーっと金蝉にアドバイスしただけだって!」 「余計なことしなかったでしょうねぇ?」 「お前じゃあるまいし、するかっ!」 話が分からず、悟空はキョロキョロと二人交互にを見上げた。 「金蝉が探したいモノがあるって。で、俺も詳しくは知らねーけど、ありそうな場所をいくつか教えたの〜」 「金蝉は何を探して居るんです?」 この天界で探せるモノなんてたかが知れている。 それでも金蝉が探し当てたいというモノに、天蓬は興味を引かれた。 「それはお前でも教えらんねーなぁ?一番最初に知る権利は悟空にあるだろ?」 「…成る程。それはそうですねぇ」 悟空は話の展開に着いていけずに、しきりに首を捻っている。 「あははは♪悟空は今悩まなくってもいいんですよ〜?さ、僕の部屋へ行きましょうか。お茶菓子は何がいいですかね〜」 きゅるるるるる… お茶菓子と聞いた途端に、悟空の腹の虫が盛大に泣き喚いた。 「天ちゃん…俺お腹減っちゃったぁ」 「そうですか?それじゃ昼もすぐですし、軽く食事でも用意させましょうね」 「わぁ〜い♪」 悟空は嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねる。 「現金だなぁ…ま、泣いてる小ザルちゃんなんてらしくねーけどな」 捲簾は苦笑しながらポンポンと悟空の頭を叩いた。 「じゃぁ、行きましょうか?あっと…念のために」 天蓬は何か思いついたのか執務室の中へと入っていく。 机上のペンを取って、あいている紙にすらすらとペンを走らせた。 「お待たせしました。それじゃ行きましょうか?」 「何書いて来たんだよ?」 捲簾は不思議そうに室内を振り返る。 「悟空の所在を書いてきたんですよ。金蝉が戻ってきて大騒ぎしない様にね。僕ら誘拐犯にされちゃいますから」 「あー、金蝉パパってば心狭いからね〜」 二人して一斉に噴き出すと、お互い腹を押さえて笑い出した。 夕方。 そろそろ陽が傾き出す頃、天蓬に見送られて悟空は観音の宮へと戻ってきた。 そのまま金蝉の私室へは向かわずに、執務室の方へと歩いていく。 天蓬の部屋を出る際に寄る様に言われたからだ。 下の回廊から執務室を見上げると、締めてあったはずの窓が大きく開け放たれている。 途端に悟空の顔が喜びで輝き、もの凄い勢いで走り出した。 立ち止まることもせず真っ直ぐに、金蝉の執務室へと向かう。 「こんぜんっ!!」 走る勢いそのままに扉へとぶつかりながら開けると、頭上へ容赦ない鉄拳がめり込んできた。 「いってえええっっ!!」 「てめーは何度言ったら分かるんだっ!廊下は走るな!扉は静かに開けろ!!またブッ壊す気かっ!!」 あまりの痛みに頭を抱えながら見上げると。 会いたくて会いたくて、泣いてしまう程会いたかった大切な人が居た。 「うえっ…うええぇぇ〜こんじぇんっ!!」 今まで押さえてきた寂しさが一気に悟空の胸に押し寄せて、確かめる様に金蝉へとしがみ付く。 「…何だ?そんなに痛かったのか??」 突然自分の腰へ縋り付いて泣きじゃくる養い子に、金蝉は困惑してしまう。 どうしていいか分からずに、とりあえず背中を優しくさすった。 「こんぜっ…こんぜんっ…」 強く強くしがみ付き、ひたすら自分の名前を呼んでいる。 小さな身体を震わせて、必死になって縋り付き、存在を確かめる様に何度も何度も。 ただひたすら金蝉の名を呼ぶ。 依存されている快感を自覚して、金蝉は自嘲の笑みを刻んだ。 「何時までも泣いてちゃ分かんねーだろ?どうしたんだ?」 「らってぇ…っく…起きたらこんぜんいないっ…だも…」 「…ババァが部屋に来なかったか?」 「観音のお姉ちゃん?来なかったよ??」 「あんのクソババァーーーッッ!!」 今朝。 出かける際に金蝉は観音の執務室へと書類を届けた。 その際に次の書類を悟空の顔を見に行くがてら届けるというので、出かける旨を観音に言伝しておいたのだ。 「あー、任せろ。ちゃんとチビの面倒は俺サマが見ておいてやる」 「別に放っておいてもアイツは勝手に遊ぶ。ただ俺が出かけることだけは伝えろよ!」 「わーったわーった!さっさとお出かけしてこいよ」 観音はヒラヒラと手を振りながら金蝉をさっさと追い立てた。 あれだけ念押ししたのに! 「ん?それじゃ、お前何処に行ってたんだ?」 金蝉は不機嫌なまま眉を顰めて悟空を見下ろした。 「天ちゃんの所でケン兄ちゃんと3人でお菓子食べて遊んでたの」 「チッ…また俺がいねーところで餌付けしやがって」 「なーなー金蝉?今日はドコ行ってたの?」 金蝉に抱きついた状態で悟空がじっと金蝉を見つめる。 「あ…そうだった」 悟空を即すと、金蝉は執務机の方へ歩いていった。 机の前で立ち止まると、金蝉は身体を椅子の方へ乗り出す。 「悟空…手ぇ出せ」 金蝉に言われて、訳が分からないまま悟空は手を差し出した。 「ほら、お前にやる」 広げた腕の中に飛び込んできたのは真っ白い綺麗な花。 純白で可憐な花が沢山束にされてあった。 「金蝉…この花…」 「お前、その花が好きなんだろ?」 視線を逸らしたまま、金蝉が小さく呟いた。 悟空の瞳が驚きで大きく見開かれる。 『金蝉っ!こんぜん〜!見て見てvvv』 『あー?んだよ…仕事してっから後にしろ!』 『いーじゃんかよぉ〜っ!ちょこっと見るぐらい!!』 『ったく…何なんだよ?』 『ほら、コレ!きれーな花だろ?』 『花ぁ?』 『そうだよ?すっげぇ真っ白で綺麗でさ…金蝉みたいだろ?俺この花大好きなんだ!』 『…そうかよ』 観音の敷地を探検していて偶然見つけた花畑。 一面が真っ白で光り輝く様に綺麗で。 その花々に囲まれていると何だか金蝉の側に居るみたいで寂しくなかった。 大好きな大好きな、金蝉みたいな綺麗な純白の花。 「こんぜん…覚えててくれた…の?」 嬉しくて悟空の声が震えながら掠れる。 「…まぁな」 ボソッと呟くと、金蝉は照れくささを隠して背中を向けた。 「金蝉…ありがと」 嬉しすぎても涙って出るモンなんだ。 金蝉の気持ちが嬉しくて、あったかくって。 涙が止まらない。 「えへへ…」 悟空は笑いながらコシコシと涙を一生懸命拭う。 その様子に気付いて、金蝉は仕方なさそうに微笑みながら悟空に向かって腕を広げた。 「こんぜんっ!!」 悟空は思いっきり金蝉の腕の中へと飛び込む。 小さな身体を大切そうに抱き締めると、金蝉は身体を屈めた。 悟空の耳元へ唇を寄せると小さく、微かな声で囁く。 金蝉の言葉に、悟空の瞳が幸せで輝いた。 「こんぜん…大好きっ!」 小さな掌で金蝉の頬を包むと、悟空は柔らかいキスを贈った。 『悟空、これからも誕生日祝ってやるから…ずっと俺の側に居ろよ』 Happy Birthday Goku! |