*****The Future Child*****

朝、悟浄がパチッと目を覚ます。
昨夜は出かけずに居たので、珍しく朝と呼べる時間に目を覚ましてしまった。
時計を見ればまだ9時。
何だか損した気分で寝直そうともしたのだが、そういうときに限って全く眠気がない。
仕方なしにのそのそとベッドから起き上がり、勢いよくカーテンを開けた。
真っ青な空には雲一つ無い快晴。
しかし。
何故かそこには見慣れないモノがあった。
「…何だ、ありゃ?」
悟浄の視界の先には派手で巨大な魚が気持ちよさそうに泳いでいる…3匹も。
確か昨日まであんなモノは悟浄宅に無かったはずなんだが。
すっと視線を下げると、その根元では見知った小ザルちゃんが楽しげに飛び跳ねてはしゃいでいた。
アイツ一体何時に寺院を出てきたんだ?とか。
あーあー、子供は朝から元気だなぁ〜とかとか、ボンヤリ考えながら口端に笑みが浮かぶ。
だが、それよりも。
視線を正面へと戻した。
「で?結局あの魚は何なんだぁ??」
寝グセのついた髪をガシガシと掻き乱しながら、悟浄は不思議そうに首を捻った。






悟浄は簡単に着替えて、ぺたぺたとダイニングへ向かう。
「お〜い、八戒〜?アレってさぁ…」
声を掛けながらダイニングへと入り、悟浄はそのまま入口で硬直した。
テーブルの上にはこれでもかっ!と言うほど大量の白い物体が、所狭しと並べられている。
ざっと見ても50個はあるだろう。
何やらプニプニと柔らかそうな白い物体。
悟浄はそっと近づいて、間近でじっくり観察した。
「…モチ?」
指を伸ばして突っついてみる。
ムニッとした柔らかい感触に、餅だと言うことは分かった。
分かったけれど。
正月でもないのにこの大量の餅は一体何なんだと、悟浄はますます訳が分からず首を捻った。
椅子に座って目の前の餅を指先で突っついてると、キッチンから八戒が現れる。
「あっ!悟浄ってばダメですっ!お餅で遊ばないで下さいよ〜」
「…朝一番の挨拶がソレかよ」
むっと悟浄は不機嫌そうに八戒を見上げた。
子供のように拗ねる悟浄へ、八戒は苦笑しながら近付く。
「おはようございます。今日は随分と早起きなんですね」
「…はよ。なぁんか目が覚めちまってさ」
肩を竦めながら見上げる悟浄に、微笑みながら顔を伏せた。
唇に暖かくて柔らかい感触。
全然物足りなくて直ぐに離れていこうとする存在を、腕を回して引き留める。
「ん…っ」
強請るように舌先で唇を舐めると、笑みを刻んだ唇がそっと開かれた。
強引に歯列を割って舌を潜り込ませ、口蓋を舐め上げると熱い舌が絡みついてくる。
舌先が痺れるほど吸い上げられると背筋がゾクゾクと震えて、覚えのある重さのある熱が腰にじわりと落ちてきた。
夢中になって口腔を味わっていると、背に回った掌がシャツを潜って素肌に触れてくる。
「あっ…ん…」
下から上へとゆっくり撫で上げられると、敏感になった皮膚がざわめいた。
触れられるだけで痛いほど感じてしまう。
『ちょ…と…マズイかも…すっげ気持ちイイー…』
頭がフワフワとして心地良い浮遊感にぼーっと漂っていると、ふいに音を立てて唇が外された。
「ん〜」
全然物足りなくて悟浄が再度八戒の頭を引き寄せようとすると、コツンと額を当てられる。
「…朝から誘惑しないで下さいよ」
「あっれ〜?ヤだったの?」
額を合わせながら互いに可笑しそうに笑い合った。
朝っぱらだろうが呆気なく欲情して俄然ヤル気の悟浄は、目の前の首筋に齧り付きながら八戒のシャツを引っ張り出してボタンをプチプチと外していく。
「ちょーっと待って下さい!ストップ!!」
器用にボタンを外していく指先を、八戒が慌てて押し止めた。
悟浄は快感に潤んだ瞳で、艶やかに微笑みながら八戒を見つめる。
「なに…八戒シタくねー?」
グラグラと理性を揺さ振られるのを、八戒は必死になって押さえつけた。
悟浄は珍しく頑なな態度の八戒に、不思議そうに首を傾げる。
俺の押しが弱かったか?と勘違いな解釈をして、悟浄は掌で八戒の股間を緩く握った。
「ごっ…ごごごごご悟浄っっ!!」
「んー?気持ち悦くなってきたか〜?」
焦りまくる八戒を全く気にせず、煽るように指先を器用に蠢かす。
八戒は理性が切れる寸前で悟浄の肩を掴むと、悪戯を仕掛ける指を思いっきり引きはがした。
「なぁ〜んだよぉ!」
ムッとして八戒を睨み付けると、目の前で勢いよく八戒が窓際を指差す。
「ん?」
視線でその腕を辿っていくとそこには。
窓枠から大きな金色の瞳がじーっと覗いていた。
「うわっ!?」
悟浄は慌てて八戒の身体を突き飛ばす。
油断していた八戒は勢いのまま床へとひっくり返った。
そうだ、そうだった。
す〜っかり悟空の存在を忘れていた。
バクバクと早鳴る鼓動を宥めようと深呼吸を繰り返す。
「…悟浄ぉ」
禍々しい怒りのオーラを撒き散らし、地を這う声音で八戒が立ち上がった。
つい勢いで突き飛ばしてしまった八戒を、悟浄ははっと我に返って思い出す。
『こっ…コワッ!』
あまりの恐ろしさに逃げ出したいのだが、脚が竦んで動かない。
目の前でじっと見下ろしてくる八戒の視線に嫌な汗が噴き出してきた。
「八戒っ!怒っちゃイヤーーーッッ!!」
悟浄はガシッと目の前の腰に抱きついて、グリグリと頭を擦り付ける。
とりあえず悟浄の甘えて誤魔化せ作戦。
以外にも効果があったようで、刺々しい空気がふっと無くなった。
八戒に抱きついたまま視線を上げると、仕方なさそうに苦笑する笑顔。
頭を優しく撫でる感触に、悟浄は気持ちよさそうに双眸を細めた。
「悟浄ヘ〜ン!でっかいクセに八戒に甘えてる〜」
ひょこひょこと窓際で飛び上がりながら、悟空が悟浄をからかう。
「なになに?チビ猿ちゃんは羨ましいのかなぁ?どっかの生臭坊主は甘えさせてくれないの〜ん?」
悟浄はわざと八戒の腰に擦り寄りながら、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた。
「悟浄ってば…」
大人げない態度に八戒は呆れながらも、珍しく甘えてくる悟浄に満更悪い気もしない。
というよりは、内心かなり喜んでいた。
調子に乗ってナデナデと悟浄の頭を撫でている。
仲睦まじい二人を眺めて、悟空はふと表情を曇らせた。
「別に…羨ましくなんか…ねーもん」
ストンと飛び上がるのを止めた悟空は、言葉とは裏腹にしゅんと俯いてしまう。
そんな気は無かったが苛めてしまったような罪悪感に、悟浄は頭を掻いた。
「タイミングがね…」
八戒が苦笑しながら悟浄を見下ろす。
「何でも早朝から悟空が眠ってる間に、三蔵が説法に出かけてしまったらしくて」
「あー、そういうことね」
降参と手を挙げながら、悟浄は小さく肩を竦めた。
「悟空、柏餅出来ましたからお茶にしましょう」
努めて明るく八戒が声を掛けると、悟空はパッと瞳を輝かせる。
嬉しそうに玄関に回って駆け込んできた。
「とりあえず食い気優先な…ま、チビ猿ちゃんらしいけど〜」
悟浄は苦笑しながら煙草を銜えて灰皿を探す。
ふと目の前にはズラリと並べられた柏餅。
成る程、悟空のおやつなら大量な訳だ。
「すっげぇ、旨そうっ!」
涎を垂らしながら柏餅に伸びる手を、悟浄はピシッと叩き落とす。
「いってぇっ!何すんだよっっ!!」
「手。直にモチ触って食うんだから、先に手ぇ洗ってこい」
「あ、そうか!」
椅子から飛び降りると、悟空は大慌てで洗面所へと走っていった。
煙を外へ逃がそうと窓を向けば、そよ風に泳ぐ極彩色の魚。
「なぁ。あの魚は何か意味あんの?つーかうちにあんなモン無かっただろ?」
茶器を持ってきた八戒を、悟浄は指差しながら振り返った。
「悟浄はこいのぼり知らないんですか?」
「こいのぼり?アノ魚がこいのぼりっつーの?」
パタパタと手を洗って戻ってきた悟空が、すっと悠然と泳ぐ魚を見上げる。
「あれってカッコイイよなっ!」
悟空はこいのぼりが泳ぐ様をニコニコと楽しそうに眺めた。
大きな黒い鯉と、それより少し小さい赤い鯉。
その下には小さめの青い鯉が、仲良く並んで風の中を泳いでいる。
「今日って子供の日ですからねぇ。まぁ、折角あるんだから飾ってみようと思いまして」
「ふぅん今日って子供の日なのか…いや、だからっ!折角も何も無かっただろ、アレ!」
お茶を受け取りながら、悟浄は胡乱な表情で八戒を見つめた。
「当たったんですよ、アレ」
「当たったって…」
あんなモンをドコで?
呆れ返って悟浄はあんぐりと口を開ける。
「いやぁ、一昨日商店街がゴールデンウィーク特別売出し週間で、食料品ご奉仕セールしてたんですよね」
「何だか生活感溢れるセールだこと…」
「いいじゃないですか。それでレシートを溜めると3千円で1回くじが引けましてね?」
「ますます生活感が滲み出て…溜めた訳ね?八戒さん」
「だって、買い物すればレシートは貰うんですから。まぁ、買い出ししたばっかりだったのでそんなには堪らなかったんですけど、3回引けたんです」
嬉しそうに八戒が微笑んだ。
1回はあそこで泳いでる『こいのぼり』が当たったとして、残りの2回は?
羨ましすぎて妬んでしまうほど強運の持ち主、賭け運くじ運の女神様から惚れまくられているらしい八戒が、はずれくじを引いたとは思えない。
「1回目はこいのぼりで、2回目はトイレットペーパーや洗剤などの生活用品セットを当てちゃいました♪」
「で?3回目は」
「3回目…」
ふと八戒が視線を窓の外へと泳がせた。
「3回目は………はずれでした」
怪しい。
微妙に間が空いたところがかなり怪しい。
何を当てやがったんだ?
言わないで誤魔化そうとするところが、メチャクチャ怪しいんだっつーのっ!
悟浄は不信感も露わにジロッと八戒を睨み付けた。
絶対何か企んでるに決まってる。
「さっ!お茶が入りましたよ〜♪悟浄vvv」
全然怯みもせず、爽やか笑顔で八戒がお茶を差し出す。
まぁ、どうせ後で分かるんだろうと、悟浄は深く溜息を吐きながらお茶を受け取った。
「ななっ!八戒、コレ全部食ってもいーの!?」
「おまっ…全部って」
このモチを全部固めたらお前の胴体より容量デカイだろっ!
さすがに悟浄も呆れ果てて絶句する。
「無理して食べたらお昼ごはん食べられなくなりますよ?お昼は三蔵が戻ってきて一緒に食べるんでしょう?」
「あっ!そうだったぁ…」
悟空は余程残念なのか、涎を垂らしながら涙目で俯いてしまう。
ポタポタとテーブルには水たまりが。
「ああ、悟空。そんなに泣かないで下さい」
「八戒、違う。ソレ涎」
「え…」
じゅるっと悟空が涎を啜った。
台拭きでテーブルの涎を拭いながら、八戒が苦笑する。
「悟空。食べきれなかった分は、お土産で持ち帰って三蔵と食べて下さい」
「え?いいの!?」
キラキラと瞳を輝かせて悟空は八戒を見上げる。
きっとシッポがあれば千切れんばかりに振っているに違いない。
「じゃっ!いっただきまぁ〜っす!!」
両手で柏餅を掴むと、悟空がもの凄い勢いでかぶりついた。
「おいし〜っvvv」
1個、また1個と、次々と柏餅が悟空の口の中へと消えていく。
豪快に食べている悟空を八戒は嬉しそうに眺めた。
悟浄も食べようと柏餅に手を伸ばすと、ビシッとその手を弾かれる。
「なっ!?何だよ八戒!!」
「悟浄は食べちゃダメです」
「んな…1個ぐれぇいーじゃねーか」
ムスッとむくれて、悟浄は恨めしそうに八戒を睨め付けた。
「そういう意味じゃなくて。これは悟空と三蔵用にあんこをかなり甘くしてあるんですよ。悟浄は甘いモノ好きじゃないでしょう?」
「そーだけど…さ」
八戒は立ち上がるとキッチンの方へと入っていき、何やらカゴを持って戻ってくる。
それを悟浄の目の前に置いた。
「ん?」
カゴの中にはやはり柏餅が入っている。
「悟浄用にと思って、砂糖を抑えて甘くないあんを入れたのを、別に作っておいたんですよ」
八戒はニッコリと微笑んだ。
「どうせなら、悟浄に美味しいって言って貰いたいですからね」
「別に…八戒が作ったのなら全部旨いけど」
何となく気恥ずかしくなって悟浄は俯く。
「うんっ!八戒の作るごはんもお菓子もみ〜んなメチャクチャ旨いっ!コレもすっげ旨い〜♪」
悟空がニッコリと幸せそうに笑った。
「作り手としては、美味しそうに食べて貰うのが何よりも嬉しいんですよ?」
八戒は悟浄をじっと見つめる
どうやら悟浄に柏餅の感想を言って欲しいらしい。
柔らかい柏餅を一つ掴むと、悟浄はパクッと口にした。
「あ、すっげー旨いかも」
素直に感想を零すと、八戒は嬉しそうに微笑んだ。
悟浄はそのままパクパクと口に運び、あっという間に一つを食べきる。
「そういや…何でこいのぼりと柏餅なんだ?」
「ですから、子供の日の必須アイテムです」
「はぁ?何だそりゃ??」
「他にも菖蒲のお風呂にはいるとか、甲を飾るとかあるんですけどね。まぁ、子供の成長を願うお祝いですから」
「んじゃっ!俺のお祝い?」
悟空がきょとんと首を傾げた。
「普段はガキ扱いしたら怒るクセに、調子いーんだよっ!」
悟浄は腕を伸ばして悟空の頭をグリグリ撫で回す。
「うっせーなぁっ!いーだろ別にっ!!」
「まーまー、落ち着いて。折角作ったんですから食べて下さいよ」
放っておけばそのまま取っ組み合いを始めそうな様子に、八戒はやんわりと間に入って制した。
悟浄はふて腐れながら椅子にどっかりと座り直す。
「でもよぉ〜、悟空は三蔵が祝えばいーんだろ?うちなんか子供いないんだから関係ねーじゃん」
煙草を銜えて悟浄はブツブツと愚痴った。

「欲しいですよねぇ…子供」

ゾクッと悟浄の背筋に悪寒が走る。
何だって?
今何て言った?
チラッと八戒に視線を向ければ、夢見るような瞳でどこか遠くを見つめている。
アレは見てはいけないと、悟浄の危険センサーが察知した。
ギクシャクと視線を逸らして、悟浄は思案する。
いくら何でもそりゃ無理だろう。
さすがの八戒もソコまでは。
生命の神秘を捻じ曲げるような真似は出来ない。
出来ないに決まってるし、あり得ないと思うのだが。
八戒なら生命の神秘も尊厳も関係なく、本気で何かしそうで恐ろしい。
ダラダラと脂汗を掻きながら、悟浄は怯えて硬直した。
すると。

「僕と悟浄の子供…絶対可愛いですよねぇ」

見るな、見ちゃダメだ。
無視して聞き流すんだ、俺っ!

「あのこいのぼり…黒くて一番大きいのがお父さんなんですよ。そのしたの赤いのがお母さん…赤いところがますます悟浄と同じ。その下を泳ぐ青い鯉が子供なんですよ?いいですよねぇ…仲良し家族って」

おいコラ!誰がお母さんだっ!
何切なそうに溜息なんか吐いてるんだよ!!
「…八戒」
「何ですか?悟浄vvv」
うっ!眩しい!
そんなキラキラと全開笑顔で振り向くんじゃねーよっ!
「お前…元教師なんだから、生命の繁殖については分かってるよな?」
「もちろんですよ〜?」
「そうか…」
悟浄はコホンと咳払いをしてから、一気に空気を肺一杯に吸い込む。
「俺はオトコだっ!子供なんか産めるかボケッ!!」
ぜーぜーと息を乱しながら、悟浄は大声で喚き散らした。
八戒はきょとんと首を傾げる。
「そうですけど…悟浄は半妖ですし僕は後天的妖怪だから、絶対常識は通用しないと思うんですよね、僕」
「んな訳あるかっ!そもそも性別を無視すんな!!」
「で・す・か・ら!それは常識の範疇でしょ?」
八戒は立ち上がると、すすすと悟浄へと近付いた。
ガシッと肩を掴むと、真剣な眼差しで悟浄を見下ろす。
「僕らの愛を以てすれば常識なんか関係ないと思うんですよね!努力すれば絶対何とかなりますって!!」
「努力って…なに?」
八戒のとち狂った力説に、思わず悟浄の頬が引きつった。
「それはモチロン子作りのための努力ですっ!」
「…例えば?」
ここで気を失えば何をされるか分からないと、悟浄は必死になって意識を繋ぎ止める。
「例えば、心身共にリラックスしてゆとりを持った生活習慣にするとか、母胎が妊娠しやすいような身体を作るとか…食事療法とか漢方とか。あ、モチロン僕もですけどね、やはり子種が元気じゃないと悟浄の体内にはいっても着床しづらいでしょうし」
「俺に産ます気かああぁぁぁっっ!!」
「だって…僕は悟浄との子供が欲しいんですもん」
八戒ははにかみながら頬を染める。

プチン。

「あっ!悟浄!?」
精神の限界を超えた悟浄は、とうとう意識を失った。
椅子から傾いで落ちる寸前を悟空が慌てて支える。
「どうしちゃったんでしょう?話の途中でいきなり眠ってしまうなんて」
八戒は不思議そうに首を傾げた。
悟浄を八戒の腕に渡しながら、悟空はう〜んと考える。
「あんま寝てないとか?だって悟浄が朝から起きてるのってヘンだもん」
「そんなハズは…昨夜は柏餅の仕込みを考えて、口と手で1回ずつ。正常位で3回、バックで2回。騎乗位と対面座位を1回ずつで止めたのに」
「…よく分かんねー」
悟空は意味が分からず、う〜んと唸ってしまう。
「ま、帰ったら三蔵にでも聞いて下さい。ああ、いけない!」
八戒はわざとらしく大袈裟に声を上げながら、壁の時計を見上げた。
「悟空、そろそろ戻らないと三蔵が帰ってきてしまいますよ」
「え?あ、ホントだっ!」
三蔵が戻ってきたときにちゃんと出迎えたい。
悟空はおろおろとしてしまう。
未だ気を失ったままの悟浄を八戒はひょいと抱き上げて、リビングのソファへと移す。
急いでテーブルに戻ると大きな袋を用意して、その中に残っている柏餅を全て収めた。
更に大きな風呂敷を持ってきて、ソレをくるむと悟空へと手渡す。
「はい、結構重いですから気を付けて持って帰って下さいね」
「うん、ありがとう!これぐらい大丈夫だよ」
「三蔵と一緒に仲良くおやつに食べて下さいね」
「うんっ!」
悟空はよいしょ、と掛け声と共に風呂敷を背負った。
「それじゃ、ごちそう様!」
「いいえ、どういたしまして」
悟空が扉から出ようとすると、視界に見慣れないものが入ってきた。
「八戒…アレなぁに?」
指差した方向には大きな藤製のバスケットがある。
今までこの家では見たことがなかった。
「アレですか?」
八戒はニコニコ微笑みながら、悟空を手招く。
何だろうと悟空がバスケットの中を覗くと、
「うっわぁ〜!すっげ小っちぇ〜!カワイイ〜!!」
バスケットの中にはパステル色のベビー服やおもちゃ、小さなタオル地のぬいぐるみが沢山入っていた。
「これも商店街のくじ引きで当たったんですvvv」
嬉しそうに八戒がベビー用品を眺める。
「じゃぁ、八戒と悟浄の赤ちゃんが産まれるの?」
「…悟空は僕と悟浄の赤ちゃん、見てみたいですか?」
「見たい〜♪」
今まで悟空は小さな赤ん坊を見たことがなかった。
しかもそれが仲の良い八戒と悟浄の赤ちゃんなら、尚更見てみたかった。
「八戒と悟浄の赤ちゃんならさ、絶対美人でカワイイよね〜」
無邪気に悟空が言うと、もの凄い力で八戒が手を握る。
「悟空もそう思います?」
真剣な眼差しで八戒が悟空に詰め寄った。
「う?うん…」
「僕、頑張りますからね!子供が生まれたらお祝いしてくれますか?」
「そんなのっ!当たり前じゃんっ!」
即答で答える悟空に、八戒は心底嬉しそうに微笑んだ。
「あ…と、いけない。つい引き留めてしまいましたね。間に合うでしょうか?」
申し訳なさそうに八戒が時計を見上げる。
「大丈夫っ!走って帰るから」
八戒が庭まで出て、悟空を見送った。
「八戒またね〜っ!」
元気良く腕を振ると、悟空は何度も振り返りながら走って帰っていった。

「さてと…」

八戒は家に入ると、カチリと鍵を閉めた。
真っ直ぐリビングへ向かうと、ソファで伸びたままの悟浄を見下ろす。
口元には楽しげな微笑み。
指で愛おしそうに頬を撫でると、悟浄の瞼がうっすらと開いた。
「あ…れ…八戒?」
自分の身体にのし掛かかっている八戒を、悟浄はぼんやりと見上げる。
「悟空もああ言ってくれたことですし、頑張りましょうねvvv」
「ん?何が…?」
「モチロン子作りですvvv」
「へっ!?」
漸く我に返って見れば、下半身は既に脱がされていて。
「いやああああぁぁぁっっ!!」
爽やかな晴天の空に悟浄の絶叫が響き渡った。






「なーなー、三蔵」
頂き物の柏餅を背負ったまま、悟空は三蔵の袖口を引っ張る。
「あ?何だよ」
自室へと向かいながら、三蔵は煙草を銜えて火を点けた。
「何かね?八戒と悟浄が凄いんだよ?」
「アイツらがスゴイ?何がだよ」
どうせ下らないコトだろうと、三蔵は適当に聞き返す。
三蔵の袖口を掴んだまま並んで歩いて、悟空は瞳を輝かせながら三蔵を見上げた。
「あのね?八戒と悟浄ってもうすぐ赤ちゃん産まれるんだって!」
「……………は?」
唖然とした三蔵の口元から、ポロッと煙草が外れる。
「ぅあっちぃっ!!」
煙草の火が足袋の上へと落ち、あまりの熱さに三蔵が飛び上がった。
「三蔵!大丈夫!?」
悟空は慌てて三蔵の足下を見下ろす。
「おい、悟空」
「なぁに?」
「その…アイツらに子供が産まれるってぇのは…」
「うんっ!八戒が頑張るんだってさ」
悟空はニッコリと三蔵に笑いかけた。
とりあえず気持ちを落ち着けようと、三蔵は新しい煙草を銜えて火を点ける。
さすがに最低限の性教育は必要なのかも知れないと痛感した。
実施ではなく、知識として。
「あのな…悟空」
「ねーねー?さんぞ?」
悟空は小さく首を傾げた。
「俺と三蔵の赤ちゃんはいつ産まれるの?」
「はぁ!?」
驚愕してあんぐり開けた口元から煙草が零れる。
「うわあぁっっちいいぃぃぃっっ!!」
ジュッと煙草の火が足袋を焦がした。
「ささささ三蔵っ!?」
あまりの痛みに、三蔵はその場で屈み込む。
「大丈夫?三蔵!?」
悟空も一緒になって屈み込んで、三蔵の顔を覗き込んだ。
三蔵の屈んだ背中が、小刻みに震える。
「八戒のヤツ〜〜〜〜〜っっ!!」
虚しい怒号が静かな寺院中に響き渡った。