*****The Future Family*****

とある長閑なお昼時。

「悟浄…もう昼ですよ〜?いい加減に起きて下さい。昼食も用意しましたから」
八戒はこんもりと盛り上がった布団をポンポンと叩いて、蓑虫のように布団に潜り込んだままピクリともしない悟浄に声を掛ける。
「んー…だりぃ…」
布団の中からの唸るような声音に、八戒は眉を顰めながら首を傾げた。
昨夜は賭場に出かけていたが大して実入りがなかったらしく、12時前には帰ってきている。
別段深酒もしている様子ではなかったが相当眠かったようで、早々に就寝してしまったのだ。
普段の悟浄の生活サイクルを考えれば、寝過ぎな程なのに。
「一体どうしたんでしょう?具合でも悪いんですか?」
姿を見なければ判断も付かないと、八戒は押さえ込まれている布団を勢いよく引き剥がした。
「う…眩しっ!」
「今日は良いお天気ですからね。それより顔伏せてないでこっち向いて下さいよ」
枕に突っ伏したままの頭を、八戒は優しく撫でる。
光に順応してない瞳を眇めながら、悟浄がのろのろと顔を横に向けた。
八戒は掌で悟浄の喉元と頬を触れていく。
「熱は…別にないですね。顔色もいつもと変わらないみたいですし」
悟浄の顔を覗き込みながら、困ったように八戒は首を捻った。
漸く明るさになれた悟浄は、上目遣いに八戒を見つめて苦笑する。
「ん…別に病気とかじゃねーだろ。多分寝過ぎちまって怠いだけじゃねーかな?」
のっそりと布団から這い出すと、ベッドヘッドに凭れたまま思いっきり身体を伸ばした。
ベッドの淵に腰掛けていた八戒を引き寄せると、柔らかく何度も唇を啄む。
「…はよ」
「おはようございます。起きて昼食食べられます?」
「作ってあるんだろ?勿体ないから食う」
ダラリと八戒の肩口に懐いたまま、悟浄はククッと上機嫌に笑った。
いつもと変わらない悟浄の様子に、八戒は安堵して小さく溜息を吐く。
「それじゃ、僕用意してきますから…悟浄?」
ダラリと力を抜いたまま、悟浄は八戒に貼り付いたままだ。
身体を離して立ち上がろうとすると、腕を回してガッチリしがみ付いてくる。
「悟浄ぉ〜?そんなに力一杯羽交い締めされたら、僕立ち上がれませんよ〜?」
苦笑しながら八戒は悟浄の背中をポンポンと叩いた。
「嘘付け。いつも俺が暴れたって、ひょいひょい持ち上げてベッドに放り投げるじゃん」
さらりと簡単に言い返されて、八戒が一瞬鼻白む。
珍しく無言で硬直している八戒を楽しげに眺めながら、悟浄はますます身体を擦り寄せてきて、全く離れる気が無いようだ。
仕方なさそうに溜息を吐くと、八戒は悟浄をくっつけたまま立ち上がる。
「お?らっくち〜ん♪」
「もう…頭ぶつけないように気を付けて下さいよ〜?」
まるでコアラを抱きかかえたような状態で悟浄を貼り付かせたまま、八戒はスタスタと部屋を出た。
そのままリビングへ入ると、ソファの上へと悟浄を下ろす。
「すぐに用意しますから、先に顔洗って来て下さい」
「りょ〜かい」
悟浄は漸く自力で立ち上がると、気怠そうに髪を掻き上げながら洗面所へと向かった。
歯を磨いてから冷たい水で顔を洗い、ふと鏡の中の自分を覗き込む。
「んー?相変わらずの男前だけど…別に顔色は悪くねぇよなぁ」
まじまじと鏡を見つめながら首を傾げた。
どうも今日は身体が怠くて調子が悪い。
喉や鼻に違和感もないので、風邪という訳ではなさそうだが。
「寝起きだからか?ま、いっけど」
洗い立てのタオルで顔を拭いていると、暖かな食欲を刺激する良い匂いが漂ってきた。
「今日ぐらいは大人しくしてるか…」
タオルをかけ直すと、手櫛で適当に髪を整える。
匂いに誘われるように悟浄はダイニングへと向かった。






「あ、丁度用意できたところですよ」
八戒がニコニコ微笑みながら、ご飯を盛った茶碗をテーブルへと置く。
「何?わざわざメシ炊いたんだぁ」
「だって悟浄朝ご飯食べてないでしょう?きちんと栄養を考えて取らないと、身体だってエネルギー不足になるんですよ?」
「ほ〜い…」
生返事をしながら悟浄は席に着こうと、椅子の背に手を掛けた。
座ろうとした途端、胃液が迫り上がる不快感に、悟浄は慌てて口元抑える。
見る見る顔面蒼白となり、その場で動けなくなった。
「悟浄…?」
様子のおかしい悟浄に八戒が声を掛けると、弾かれたように洗面所へと駆け込んでいく。
「悟浄?どうしたんですか!?」
唯ならぬ状態に、八戒は悟浄の後を追いかけた。
急いで洗面所へ入ると、悟浄は水を流しながら洗面台に顔を突っ込んでいる。
「悟浄?大丈夫ですか??」
八戒は悟浄へと寄り添って、屈んだままの背中を宥めるように優しく撫でた。
それでも悟浄は洗面台に俯いたまま、時折大きく咳き込んでいる。
とてもじゃないが声を掛けて、答えられるような状態じゃなかった。
どうすることも出来ずに、八戒は厳しい表情で何度も何度も悟浄の背中を撫であやす。
暫くすると悟浄の指先が動いて、蛇口を捻って止めた。
洗面台に腕をついて顔を埋めたまま、浅く深呼吸を繰り返している。
「悟浄…歩けますか?」
「ん…だいじょ…ぶ…」
肘に力を入れて立ち上がるが、すぐにバランスを崩してふらついてしまった。
慌てて八戒が抱き留める。
「とりあえずソファまで行きましょうね?」
膝裏に腕を回して抱き上げると、悟浄はグッタリと力を抜いて身体を預けてきた。
普段なら嫌がって暴れる『お姫様抱っこ』も、そんな気力も起きないほど参ってるようだ。
大人しく八戒に運ばれるままソファへと移動する。
八戒は出来るだけ振動を与えないよう気を配り、ゆっくりと悟浄の身体をソファに横たえた。
仰向けに寝かされると、悟浄は胃を抑えながら小さく溜息を吐く。
「それにしても急に…吐いてしまったんですか?」
八戒は心配そうに悟浄の顔を覗き込んだ。
「ん…食ってねーから胃液しか出なかったけど。何か急に気持ち悪くなって…我慢できなくってさ」
「起きたときは何ともなかったんですよね?」
「別に…身体が怠かったけど、吐き気なんかなかったぞ?」
悟浄は額に手を当てながら苦しそうに眉を顰める。
「まだ吐き気は治まってません?」
「いや…吐き気はもうない。でも何でだろうなぁ…何かご飯の匂い嗅いだらいきなりだし」
水を持ってこようかと立ち上がりかけた八戒が、中腰の体勢でピタリと固まった。
そのままもの凄い勢いで悟浄へと顔を向ける。
「今…何て言いました?」
「へ?」
悟浄はきょとんと目を丸くした。
「今ですよっ!今何て…何で気持ち悪くなったって!?」
恐ろしい形相で、八戒が悟浄へと詰め寄ってくる。
突然豹変した八戒の態度に、悟浄は頬を引きつらせた。
「何でって…だからご飯の匂い嗅いだら…なんか胃がムカムカして…」
「ご飯の匂いで?」
「そう…だけど?」
八戒は何やら一人ふんふんと頷いている。
あ、何かすっげぇヤな予感。
悟浄の全身にゾクゾクと鳥肌が立った。
「それで、今日は朝から身体が怠いんですよね?」
「え…う、うん」
腕を組みながら、八戒はじっと天井を見上げて考え込む。
はっと何かに気付いたように愕然とし、急にローテーブルの引き出しをガサゴソとひっくり返し始めた。
一体何をする気かと、その様子をぼんやり眺めていると、ふと視界の端に悟浄宅にはあり得ない不審なモノが目に付く。

…何でうちに『たまごくらぶ』『ひよこくらぶ』なんて置いてあるんだ?
しかも所々のページに折り目なんかつけてるし。

一気に悟浄の身体からイヤな汗が噴き出してくる。
不吉な予感に硬直していると、目の前で八戒は引っ張り出したノートを、真剣な面持ちで眺めていた。
「今日はバイオリズムから見ると低体温期の最終日ですから…で、体調が悪いと。逆算して行くと…丁度この辺り。あ、低体温期ですねっ!それでこの日はっと…うんうん、いつにも増して連日連夜頑張りましたもんねvvv」

おいコラ、ちょっと待て。
一体何の話をしてるんだ?
しかもその折れ線グラフは何なんだっ!?

「おい…八戒?」
恐る恐る悟浄が声を掛けると、ほぅっと感極まった溜息が漏れ聞こえてくる。
「悟浄っ!」
クルッと振り返った八戒の表情は、キラキラと輝き喜びに満ち溢れていた。
咄嗟に危険を感じて、悟浄の身体がソファでずり上がる。
八戒は悟浄の腰に手を掛けると、何故か耳を腹部に押しつけた。
「…何やってんの?」
「ん〜?さすがにまだ心音は聞こえませんか」
「はぁ!?」
悟浄は驚愕のあまり開いた口が塞がらない。
八戒は何を言ってるんだ?
確認したくねーけど。
マジで確認はしたくないんだけどもっ!
さすがに聞かずにはいられない。
「あの…八戒さん?俺の腹から心音って」
「もちろん、僕と悟浄のベイビーですよっ!」

ベイビィ〜?
つーことは……………子供!?

「聞こえるかっ!つーか誰が妊娠してるんだ!?」
自分の腹にすり寄っている八戒の頭を、悟浄は思いっきり殴りつけた。
「いたっ!もぅ…いきなり何するんですかぁ〜?」
「ちょっと具合が悪いからって、何で妊娠になるんだよっ!お前脳みそクサッてんだろっ!!」
「いえ、もう完璧ですよ!僕はこの日の為に綿密な計画を立ててましたから!」
「め…綿密な計画ぅ??」
自信満々な八戒の態度に、呆れるあまり悟浄の声が裏返る。
「もう3ヶ月前から計画してましたから。食事にも気を遣い、毎日毎日悟浄の基礎体温を測って、低体温期を狙って頑張って仕込みをして」
「食事はともかく、いつの間に基礎体温なんか測ってたんだよっ!狙って仕込みって…全っ然関係無しにヤリまくってたんじゃねーのか!?」
「…その辺りは悟浄の可愛らしい魅力に負けてしまいました。でもっ!キッチリ低体温期は逃さず外さず!普段よりも頑張りましたから僕!!」
「威張るようなことかっ!ボケッ!!」
腰に手を当て得意げにふんぞり返る八戒を、悟浄は真っ赤な顔で激怒のままに蹴りつけた。
悟浄の足が鳩尾にしっかりと入ったらしく低い声で呻くが、八戒の表情は相変わらず弛みまくってへらへら笑っている。
「駄目ですよ〜?そんなに暴れたりしたら。お腹の子に障るじゃないですか」
「オトコが孕む訳ねーだろっ!何だって俺が妊娠したなんてバカなこと思いつくんだよっ!」
「悟浄は知らないんですね?」
いきなり八戒が真剣な顔で、悟浄の手を両手でぎゅっと握り締めた。
「な…何が?」
「妊娠の兆候ですよ」
ずいっと八戒が悟浄へ顔を寄せてくる。
思わず悟浄の腰も引けるが、手をしっかりと掴まれたままじゃ逃げられない。
このまま馬鹿な妄想に付き合わされる前に、精神衛生上さっさと逃げ出してしまいたいのだが。
「まず病気でもないのに身体の倦怠感、そして食事の匂いを嗅いだだけで吐き気を催すっ!まさに妊娠の証ですよっ!!」
「お前が想像妊娠してんじゃねーーーっっ!!」
我慢も限界を超え、悟浄が憤怒しながら絶叫する。
その時。

「はっかーいっ!!」

扉をブチ壊す勢いで悟空が飛び込んできた。
「おや?悟空いらっしゃい」
怒りと羞恥でジタバタ暴れる悟浄を押さえ込みながら、八戒はニッコリと頬笑む。
「八戒に渡すモンがあってさ。どうせなら早く渡しちゃおうと思って」
悟空はリビングに入ってくると、ソファで暴れる悟浄を見下ろした。
「悟浄…どうかしたの?」
「てめっ!離せっ!八戒いいぃぃっっ!!」
「…何かすっげー怒ってるみたいだけど?」
悟空は不思議そうに首を傾げる。
「あははは。ちょっと恥ずかしがって照れてるだけなんですよvvv」
「誰がだっ!!」
耳元で喚く悟浄を、八戒はキッパリと無視した。
「ところで、僕に渡したいモノって言うのは?」
「あ、そうだっ!」
八戒に言われて、悟空はポケットの中をゴソゴソと探る。
小さめの紙袋を八戒へと差し出した。
「はい、コレ!」
「何ですか?」
八戒は袋を受け取ると、裏表を眺める。
悟浄も気になるのか暴れるのをやめて、八戒の手元を覗き込んだ。
「開けてみてよ」
悟空に即されて、八戒は早速袋を開ける。
袋を逆さにして、中身を掌へと落とした。
「お守り…ですか?」
八戒は掌に乗った2つのお守りをしげしげと眺める。
「うんっ!寺で売ってるヤツなんだけどさ〜。あ、でもソレ、ちゃんと三蔵に頼んで祈祷ってのシテ貰ったからな!」
「三蔵が御祈祷…」
お守りに刺繍された文字を見て、八戒は目を見開いた。
「コレ…子宝と安産祈願のお守りですね」
「はぁ?何だとおおおぉぉぉっっ!?」
悟浄は驚愕のあまり勢いよく飛び起きる。
八戒の手からお守りを奪い取ると、じーっとその文字を睨め付けた。
「俺もさ、何か八戒を手伝いたくて色々考えてたんだ。そしたらお守り有るのを思い出して。よく分かんねーけど三蔵に祈祷っての頼んだらすっげぇイヤがってさぁ。絶対八戒に渡すんだって言ったら、さっきようやっとシテくれたんだぁ。折角だから早く八戒に渡そうと思って!」
悟空はニッコリと笑う。
「さっそく御祈祷の効力が現れたんですねぇ…」
八戒がウットリしながら小さく呟いた。
お守りを持つ悟浄の手が小刻みに震え出す。

まさかとは思うけど。
日頃の行いが鬼畜生臭坊主とはいえ、アレでもいちおう最高僧サマだし?
しかも溺愛している小ザルちゃんに頼まれれば、さすがにいい加減な祈祷なんかしないだろう。
と、いうことは?
御利益バッチリ霊験灼かな有り難〜いお守り。
しかも子宝と安産祈願…。

「あっ!悟浄!?」
お守りを握り締めたまま、悟浄はフラ〜っとソファへと倒れ込んだ。
「悟浄?ごじょ〜!?」
八戒は悟浄の頬をペチペチ叩くが、昏倒したままピクリとも動かない。
「悟浄、どうしちゃったんだ?」
心配そうに悟空がソファを覗き込んだ。
八戒は苦笑しながら悟空の頭を撫でる。
「きっともの凄〜く嬉しすぎて気を失っちゃったんですよvvv」
「そうなの?」
「ええ。だって三蔵自らがわざわざ御祈祷してくれたんでしょう?早速バッチリ効果が利き始めたようですし」
「えっ!?」
悟空はまん丸く瞳を見開いた。
八戒は幸せそうに満面の笑みを浮かべている。
「もしかして…悟浄、赤ちゃん出来たの?」
「かも、しれないんですよ〜vvv」
「うっわぁ〜っ!すっげぇ!!」
悟空はピョンピョンと飛び上がって喜んだ。
「あ、でもお医者さんに行ってないんで、まだハッキリとは分からないんですけどね」
「でもさっ!でも赤ちゃん出来たかも知れないんだろ?」
「はいvvv」
「すっげーよっ!うわっ!何か俺も嬉しいっ!!」
興奮してはしゃぎまくる悟空を、八戒は嬉しそうに見つめた。
「悟空は喜んでくれるんですね」
「あったり前じゃんっ!あ、あのさ!俺に何か手伝えることあれば言ってな!」
「そうですね。その時はお願いしますね」
「まかして!」
悟空はドンと胸を叩いてニッコリ笑う。
「まぁ、とりあえず…悟浄が起きたら病院へ行かないと」
「ねね?俺もついてった方がいい?大丈夫?」
「僕らは大丈夫ですよ。それにどれぐらい時間掛かるか分かりませんし、遅くなったら三蔵が心配しちゃいますよ?」
「そっか…」
悟空は残念そうに溜息を零した。
でも早く三蔵に教えてあげたい気持ちもある。
どうせなら三蔵と一緒にお祝いしてあげたいから。
悟空はじっと悟浄のお腹を見つめた。
「八戒と悟浄の赤ちゃんかぁ…男かな?女かな?」
小さく首を傾げながら、悟空は悟浄のお腹を撫でる。
「そうですねぇ…僕は悟浄似ならどちらでも構わないんですけどvvv」
「そうなの?」
「ええ、あとは五体満足、健康に産まれてくれれば」
「そっかぁ…そうだよな!」
悟浄がうっかり気絶している間に常識を逸脱した二人の間で、妄想がどんどんと膨れあがっていった。
絶対にありえないコトでもここまで念じて思い込めば、現実にならんばかりの勢いだ。
生憎とここには二人の暴走を止める者は、誰一人として居ない。
「モチロン子供が産まれたら、三蔵と悟空も招待しますからね」
「うんっ!あ、子供の名前とかどうすんの?」
「はっ!僕としたことが!そうですよねっ!早速明日にでも街へ行って姓名判断の本を買ってこなくては!!」
「三蔵に見てもらうってのは?よく信者の人が産まれた子供の名前決めるのに、三蔵へ相談に来てるみたいだよ?」
「成る程。そうですね…いくつか候補を決めて、三蔵に見て貰うっていうのも良い案ですね〜」
朦朧とした悟浄の意識の遠くで、聞き捨てならない相談事が進められているのが微かに聞こえてくる。
しかし、頭が拒絶反応を起こし、目覚めを拒否していた。
『俺が何したって言うんだよぉ〜っっ!!』
閉ざされた心の中で悟浄はさめざめと泣く。
もう俺は知らねーっ!勝手にほざいてろ!!
どうせ妊娠なんかしてないんだしな。
病院へ行ったところで、風邪か何かの初期症状だって言われるに決まってる。

しかし、それにしても。
俺が妊娠するなんて本気で思ってんのかよ…八戒ってバカだよなぁ。

そう思って呆れながらも、心のどこかで小さな痛みを感じてしまう。
そんなにしてまで欲しがっている子供を、俺は八戒に上げられない。
俺が女だったらなんて、思いもしねーし、なりたいとも思わないけど。
それでも。
罪悪感みたいなモノを感じてしまうのも事実だ。
俺は八戒に色んなモノを貰っているけど、俺は八戒に何もあげられない。
俺が持ってるモノなんて身体ぐらいしかないから。
身体…

「………あ…っ!?」

急激に意識が掬い上げられる。
ゾクッと背筋を這い上がる感覚に、悟浄はボンヤリと瞳を開けた。
「あれ?目ぇ覚めちゃいました?」
綺麗な翡翠色が間近で悟浄を覗き込んでいる。
その瞳は情欲に濡れて、卑猥に輝いていた。
悟浄のお気に入りの、八戒の瞳。
つい条件反射で首へと腕を回して引き寄せる。
角度を変えて何度も唇を啄まれて、自然と誘うように悟浄の舌先が差し出された。
嬉しそうに八戒が頬笑み、悟浄の舌を口腔へと引き込んで、ねっとりと舐め上げる。
「ん…んぅっ」
口蓋に舌を這わせ、絡みついてくる舌を飲み込むように吸い上げると、悟浄の口から甘い溜息が零れた。
もっと深く強く交わりたくて、悟浄は八戒の身体を引き寄せようとする。
すると。
「んっ…んあぁっ!?」
ズルッと熱い芯が身体の内側を擦り上げた。
声を上げた拍子に、唇が外れる。
「え…や…なに…っ?」
はっと気が付けば、身体の奥深くまで八戒の雄を咥え込んでいた。
漸く我に返って自分の身体を見下ろせば、シャツは大きくはだけられ、下半身は何も穿いていない状態。
身体中あちこちに赤い朱印が散らされて、自身の雄は硬く勃ち上がり濡れている。
「八戒いいいぃぃぃっっ!!」
「何ですか?」
返事をしながら八戒は大きく悟浄を突き上げた。
「ひっ…ちょっ…何だっていきなっ…ぅあっ!?」
「別にいきなりじゃないですけど〜?」
八戒は悟浄の下肢を胸元まで大きく押し開く。
腰をグラインドさせて押しつけるように注挿を繰り返すと、悟浄の身体がビクビクと大きく跳ね上がった。
「やっ…んで…ごく…は?」
「悟空ですか?もう30分前には帰りましたよ?」
「へ?いつの間に…あぅっ!」
八戒が肉芯を押し込みながら、悟浄の顔を覗き込む。
「悟浄の意識が戻ったら…すぐに病院に連れて行こうと思ってたんですけどね?」
八戒は双眸を細めながら微笑んだ。
病院へ連れて行くはずが何で寝込み襲ってるんだよっ!
思いっきり文句を言いたいが、口を開けば甘ったるい嬌声が漏れそうで、唇を噛みしめながら八戒を睨み付ける。
「その前に念押しして保険も掛けておこうかとvvv」
「な…にを…っ」
「まぁ、仮に妊娠してなかったとしても、悟浄の低体温期は今日まで…もの凄ぉ〜っく妊娠しやすい体質になってる時期なんですよ。なので、今のうち次の子種もたっぷり仕込んでおこうかな〜ってvvv」
楽しそうに微笑みながら、八戒は激しく律動し始める。
「ひっ…んなの…っ…てめっ…」
悟浄はガクガクと揺さ振られながら、内壁いっぱいに八戒の雄を咥え込んで、最奥を何度も突き上げられた。
「い〜っぱい僕の濃いのを、悟浄のナカに出して上げますからねvvv」
「うぎゃあああああぁぁぁっっ!!!」

果たして、悟浄の運命は?






「観世音菩薩…宜しいのですか?」
「あー?アイツら…転生しても相変わらずのバカだな」
天界では観世音菩薩が双眼鏡片手に、先程までの様子を覗いていた。
「それにしても…捲簾殿は本当に懐妊されたのですか?」
「んな訳ねーだろ〜。それにアレは今悟浄って言うらしいぞ」
「はぁ…」
双眼鏡をサイドテーブルへと置いて、菩薩は傍らの二郎神を見上げながらククッと楽しげに笑う。
ローチェアに凭れ掛かると、菩薩は優雅に茶を口に含んだ。
「そんなに欲しけりゃ産ませてやってもいーんだがな?俺的には面白れぇし。でも…まだ駄目だ」
チラッと視線を向けた先には、人形のように動かないナタクが。
「アイツらには牛魔王蘇生実験の阻止っていうお仕事が控えてるからな。ガキ連れで成し遂げられるもんじゃねー」
「確かに。小さな御子を連れてはムリでしょうな」
「…だろ?」
パチッと菩薩が指を鳴らすと、女官が茶のお代わりを運んでくる。
「お前も座れ、二郎神」
菩薩が顎でしゃくって着席を即した。
眼下では相変わらず八戒と悟浄が大騒ぎしている。
「まぁ…でも。蘇生実験の阻止が成功した暁には、この観世音菩薩サマから御褒美をやってもいいけどな〜♪」
「………は?」
菩薩は手摺りに肘を着くと、不適に口端を吊り上げる。
暫くは退屈せずに済みそうだな?
現在、未来に思いを馳せて、菩薩は心底楽しげに下界を眺めながら笑った。