Boys Just Want To Have Fun  



放課後の生徒会室で、会長の天蓬は各部から上がってきた予算報告書を眺めていた。
どこも切実な訴えは尤もだが、はいそうですか。と全ての要望を受け容れるわけにはいかない。
配分される予算は無尽蔵じゃないのだ。
平等に万遍なく少しずつ譲歩して貰うために、会計の金蝉と顔を付き合わせて各部の予算配分を検討していたのだが。

どこからともなく、ものすごい音が聞こえてきた。
いや、聞こえると言うより近づいてる。

予算案の書類へ視線を落としていた金蝉の眉間にクッキリと皺が刻まれた。
「どこのバカだ。廊下を全力疾走しているヤツは」
「さぁ?少なくともウチのメンバーじゃないのは確かですね」
のほほんとお茶を啜りながら天蓬は首を傾げる。
会長の天蓬と会計の金蝉以外は、皆部活動中で今日集まる予定はなかった。
ましてや緊急の招集もかけていない。

だがしかし、けたたましい足音は確実に生徒会室へ向かっている、ようだ。

「どんな御用なんでしょうかねぇ」
「お前…また何かやらかしたのか?」
「いえ?取り立てては…記憶にないですけど」
「お前になくても向こうは大有りなんじゃねーか。ったく…面倒くせぇ」
心底厭そうに金蝉が吐き捨てると、天蓬は可笑しそうに笑う。
「まぁまぁ。まだ問題が起きると限った訳じゃありませんし〜」
「…そう言って今まで何か起きなかった試しがあるかよ」
「……………無かったですっけ?」
全く悪びれない天蓬に対して金蝉が忌々しげに舌打ちするのと同時に、生徒会室の引き戸扉が勢いよく吹っ飛ばされた。

「天蓬おおおぉぉっ!好きだっっ!!ラブレター読んでくれーーーっっ!!!」

扉を粉砕して飛び込んできたのは、運動部長の捲簾だ。
頬を真っ赤に染めながら大きく息を弾ませ、天蓬に向かって拳を突き出している。
「ホレ見ろ。やっぱりテメェの面倒事じゃねーか」
「…果たし状では無いみたいですが?」
プルプルと震える掌に握られているのは、どうやら封筒らしい。
飛び込んできた本人が『ラブレター』だと言ってるのでそうなんだろう。
それにしても。

「金蝉…何でラブレター差し出しながら愛の告白、なんですかね?」
「俺に聞くなっ!」

一切係わりたくないと意思表示して耳を塞ぐ旧知の友に肩を竦め、未だ腕を突き出したまま立ち尽くす捲簾へ視線を戻した。
「えーっと…隣のクラスの捲簾ですよね?」
「あれ?俺のこと知ってたの?」
「それはもう…ウチの前会長が貴方には手を焼いてましたから」
「あぁ、あの堅物敖潤な。なっつかし〜♪」
人懐っこい笑顔で答える捲簾に、つい天蓬の口元にも笑みが浮かんだ、が。
横から金蝉が肘を突いてきた。
視線が早くどうにかしろと訴えている。
「ところで捲簾?貴方、僕のこと好きなんですか?」
「おうっ!だからラブレター持ってきた!」
「うーん…正面切って堂々と告白してるのに、何でラブレターまで?」
「え?だってお前ってラブレターマニアなんだろ?」
「ラブレターマニアって…」
「みんな言ってるけど?『生徒会長の天蓬は自分の理想のラブレターを書く素晴らしい恋人を探してる』って。でもって、毎日すっげー量のラブレター貰って読んでるっつーから、俺も書いてみたvvv」
はい。っと上機嫌に手渡され、つい受け取ってしまった。
天蓬は最近流行の小悪魔ウサちゃん絵柄の封筒をマジマジと見つめ、大きく溜息を零した。
「何時の間にそんな噂が…」
「間違ってねーだろ」
額を押さえて唸る天蓬に、金蝉は容赦ないツッコミを入れる。
「違いますよ。全く…ただ最近貰うラブレターを暇つぶしに目を通したら、あまりにも滅茶苦茶な文章というか日本語ばかりなんで、つい添削採点してから突っ返してただけです」
「ふーん…そうなんだ?」
「ギャル文字なんて論外です。口語体そのままの文章も却下。そうしたらどこかのお馬鹿さんは、百人一首の短歌そのまま書いて来たり…せめて源氏物語の一節を引用するぐらいの小技は欲しいモンです」
「難しいこと言ってんなぁ。気持ちがそのまま伝わればいーんじゃねーの?」
捲簾が腕を組んで首を捻ると、天蓬は不遜に笑う。
「普段はともかく。美しい日本語を書くことも出来ないヒトと親しくお付き合いするつもりは無いですから」
「コイツは文章フェチなんだ」
「あぁ…そういや、いっつも図書館に居るよなぁ」
金蝉のあんまりな説明にも、捲簾は納得して頷いた。
そのことに関しては天蓬も反論しない。
天蓬は机からペーパーナイフを取り出して、手にした封筒の封を切った。
手渡した本人の居る目の前でラブレターを広げる。

「さて?貴方はどう僕に対して愛を綴ってくれていますかね?」

一瞬メガネの奥の瞳がキラリと光った。
徐に制服のポケットから愛用の赤ペンを取り出す。
「て…添削用にいつも赤ペン持ってんのかよっ!?」
「…そういうヤツだ」
驚く捲簾に金蝉は僅かばかり同情の視線を向けた。
天蓬はお構いなしに捲簾から受け取ったラブレターを真剣な目で読み始める。

だが、いつもと様子が変だ。

そのことに金蝉はすぐ気付く。
いつもなら既に赤ペンを走らせ、ラブレターの文章にダメ出しとばかりに線を引いたり、バツを入れたり、修正を書き込んでいるはずだった。
しかし、天蓬の持つ赤ペンは持ったままで全く動く気配すらない。
視線は確かに便箋の上を動いているが。

そうして数分。

便箋を持つ天蓬の指が小刻みに震えだした。
ゆっくりと上げた瞳は何故か潤み、頬が仄かに紅潮している。
金蝉はとてつもなくイヤな予感がした。

「捲簾…っ!素晴らしいですっ!完璧ですっっ!!何て情感の籠もった僕に対する愛に満ち溢れた、素晴らしく美しい手紙なんでしょうっっ!!」
「え?マジ??」
「マジですっ!これほど僕の心を捕らえて鷲掴みにした告白は初めてですっ!僕の理想そのものですっっ!!」
感極まって身を乗り出してくる天蓬に、捲簾は一瞬驚くが、直ぐ照れ臭そうにはにかんだ。
「えっと…じゃぁ、俺と付き合ってくれる?」
「勿論ですっ!貴方しかいませんっ!僕とお付き合いして下さいっ!一目惚れなんですっ!」

ラブレターに一目惚れって何だよ?

と、一人冷静な金蝉は心の中でツッコミを入れつつ、静かにそーっと椅子から立ち上がる。
この場にいて妙な事態に巻き込まれては堪らない。
ハイテンションで纏まりつつある奇妙な恋人達を置き去りにして、金蝉は部屋から退避しようと試みた。

「天蓬は…俺の恋人になってくれるんだよな?」
「僕はもう捲簾のモノです…愛してますよ」
「天蓬ぉー…vvv」
「捲簾〜〜〜っっvvv」

二人は互いに見つめ合って、手と手を取り合いそして。
「お前らっっ!!ドアぶっ壊して部屋ん中丸見えなんだぞっ!イチャ付くなら帰ってからにしやがれーっっ!!」
部屋から逃げる金蝉の怒号も無視して、天蓬は新たに手に入れた恋人を机の上へ押し倒した。



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