Kiss on my list |
「…一体これを僕にどうしろと言うんでしょうかねぇ」 思いっきり顔に『理解不能』と露わにして、天蓬がぼやいた。 ただでさえ書庫と化すほど狭い部屋に、所狭しと並べられた品物の数々。 その殆どは乱雑に放置されている状態であったが。 訓練の合間に様子を見に来た捲簾も、室内を見た途端顔を引きつらせた。 「天蓬お前っ!本だけでも見境なく増やしまくってるのに…あれ程物増やすなって言っただろう!!誰が片づけると思ってんだーーーっっ!!」 捲簾の叫びはごもっとも。 毎回増やすだけ増やして片づけるという言葉を知らない天蓬の為に、整理整頓の重労働を担っているのは捲簾だから。 「え?捲簾が片づけてくれるのでしょう?」 ニッコリ爽やか笑顔で天蓬が即答する。 全く邪気のない笑顔に、捲簾はガックリと脱力した。 「俺はお前んトコの家政婦じゃねーんだぞ、コラッ!」 言ってもムダだと分かってはいるが、言わずには居られない。 「捲簾がお掃除好きのマメな奥さんで大変助かりますvvv」 「誰が奥さんだっ!」 「身体が♪」 楽しげに暴言を吐く天蓬に、いい加減捲簾もキレる。 「っざけんな…だ・れ・がっ!てめぇの奥さんだって?」 他人が見たら恐怖で震え上がってしまいそうな低い声で唸ると、鋭い眼光で天蓬を睨み付けた。 しかし、恋は盲目を実践中の天蓬には一切通用しない。 内心『捲簾ってば照れちゃって…カワイイですねぇ』などと暢気にウットリしてたりする。 唐突に天蓬が捲簾の手をガシッと両手で握りしめた。 いきなり間近に詰め寄られて何事かと捲簾は身構える。 「やはり…捲簾は僕の内縁の妻では満足してなかったんですね。分かりました!さっそく正式に婚姻届を出しましょうvvv」 溶けそうなほど嬉しそうに頬笑みながら、天蓬は啄むように何度もキスをしてきた。 捲簾はつい条件反射で唇を開いてしまい、遠慮もなく進入してきた舌に口腔を舐められて、ようやく我に返る。 慌てて天蓬の肩を掴んで、ムリヤリ身体を引き離した。 「お前なああぁぁっ!冗談もいい加減にしろっっ!!」 「はい?何が冗談なんですか??」 「………え?」 本気で分からない顔をして首を傾げる天蓬を見返し、捲簾は唖然とする。 天蓬なら道理も理屈もニッコリ笑顔で強引に捻じ曲げて、本気で入籍しかねない。 捲簾の額にいや〜な汗が流れた。 「は…ははは…。ところで、コレは一体何事な訳?」 誤魔化すように引きつった笑いを漏らして、捲簾は室内に散乱する物を指差す。 「ぜ〜んぶ頂き物です」 「…コレ全部?」 捲簾は愕然と室内を見回した。 物が収まったままの箱や梱包を解かれた品物が大量に積み上がっている。 一目で高価そうな物と分かる物や、捲簾には用途が謎な物など多種多様。 「何でいきなりこんなに物を貰うんだ?」 捲簾の疑問は至極当たり前だろう。 コレと言って何があった訳でもなさそうだし。 第一それなら天蓬が捲簾に黙っている訳がない。 う〜んと唸りながら捲簾は首を捻る。 「最近、僕下界に降りてないじゃないですか?」 「進軍命令も出ねーし、第一出たとしてもお前は本部に拘束だろ?」 的はずれな天蓬の説明に、捲簾は眉を顰めながらも相槌を打つ。 ここの所忙しく下界へ遠征を繰り返しているのは闘神軍で、捲簾達西方軍はせいぜいその事後処理か残党討伐に出向くのみとなっていた。 「それで、本などで欲しい物が見つかったとしても、手に入れることが出来ない訳ですよ」 「そうだろうな…俺は助かってるけど」 ボソッと捲簾が本音を漏らす。 しかし、都合の悪いことは右から左に聞き流し、天蓬が話の先を続ける。 「先日の軍本部での会議後に世間話でちょっと零したんですよねぇ」 何となく話が見えてきた。 捲簾の頬がわずかに強張る。 「そうしたら、次々と品物が運ばれてきましてこのような状態に」 天蓬は困った顔で溜息を零した。 「僕は自分で吟味しながら欲しい物を手に入れたいって話をしたはずなのに、いつの間にか下界の品物を欲しいと誤解されてしまったようですねぇ」 この天然ボケオトコ殺しがっ! ちょっと呟いたぐらいでこんなに高価な品物を送るヤツラなんか、下心アリに決まっている。 しかも軍会議場に居るような連中は、それなりの地位を確立している者や上級神ばかりだ。 ちなみに捲簾は天蓬や部下達の追っ手を振りきり、その会議はサボっていた。 天蓬の本性を激しく誤解している者は多く、その見目麗しい愛想笑いにコロッと騙されている。 ただ天蓬は『僕には愛する捲簾が居ますからvvv』と自分から公言して吹聴しまくっているので、直接的にアプローチしてくる輩は今のところ居ないようだ。 その分捲簾に対する嫉妬の風向きはかなり厳しい。 しかし、その捲簾自身にも熱烈な恋慕を抱く連中が多いことに、本人は全く気づいても居なかった。 これも天蓬がひそかに水面下行っている、虫除け裏工作の賜だったりするのだが。 「まぁ、適当にお礼状でも書いてコピー取って配ればいいかなと」 全く以て贈り甲斐の無い天蓬の反応に、捲簾は呆れながらも内心安堵する。 「置物とか装飾品とか…ざっと見てもガラクタばっかりなんですよねぇ」 人よりかなり歪んだ美意識の天蓬にガラクタ呼ばわりされる高級品。 下界でこれらを創作した名工も浮かばれない。 「一番の困りものはコレなんですよ」 天蓬が指差したのは純白の布地。 上品で細かい花の刺繍が同糸で丁寧に施されている。 光沢からいって絹織物に間違いないだろう。 「何で?コレで好きな服作ればいいじゃん」 「服なんかいりませんよ。白衣で十分です」 きっぱりと天蓬は言い切った。 これを贈った相手にはムカつくが、この美しい布で仕立てた服を纏った天蓬はちょっと見てみたいと捲簾は思う。 いつもヨレヨレで汚れたままの白衣よりかは少なくともマシだ。 「これキレーじゃん。礼装でも作ればいいのに」 華やかな礼装で着飾った天蓬はさぞかし美麗だろうと。 「礼装なんてどこで着るんです?そんなものは軍服で間に合うでしょう」 ああ言えばこう言う。 のれんに腕押し。 どうしてこうも自分の美貌に鈍感なのか、捲簾は不思議でしょうがない。 「でもコレ絹だぞ?もったいねーなぁ…」 布地を手に取り感触を確かめると、捲簾は残念そうにぼやいた。 「何でしたら捲簾持って帰りますか?捲簾こそこれで礼装を仕立てればいいじゃないですか。そういうの好きでしょう?」 「生憎と、俺は白が驚くほど似合わねーんだよ」 確かに捲簾がいつも身に纏っている軍服も、普段来ている私服も黒が殆ど。 「そうですねぇ…確かにイメージが違うかな?やはり純白は結婚式の時に僕が仕立ててあげますからねvvv」 「何の話だっ!」 顔を真っ赤に紅潮させて捲簾が怒鳴った。 「さて?捲簾にも押しつけられないとすると、どうしましょうか。部屋にあっても邪魔なだけだし」 首を傾げて天蓬は思案する。 ふと、捲簾が何かを思いついてニヤッと笑った。 「口は死ぬ程悪いけど、清廉を地でいってるヤツがいるじゃないの〜」 「金蝉…ですか?」 あっ!と天蓬も気づく。 金蝉は普段から好んで白い服を纏っている。 きっと、この布地も気に入るに違いなかった。 「灯台もと暗し、ですね。でも…」 ふと天蓬が腕を組みながら考え込む。 「何だよ?何か問題でもあるのか??」 「僕…別に着飾った金蝉見たくないです」 あんまりな天蓬の言い草に、捲簾はズルッとソファから落ちた。 「お前ねぇ…あ、だったら悟空にどうだよ?金蝉パパも喜んで一石二鳥じゃん」 「成る程!それは良い案ですねぇ〜♪悟空だったら僕も贈った甲斐がありますし」 「いや…もともとお前のモンじゃねーだろ?」 捲簾は呆れながらツッコミを入れる。 相変わらず都合の悪いことは聞き流して、天蓬はウキウキを計画を考え出した。 「とりあえず悟空のサイズを取らないと。デザインはどうしましょう…可愛いチャイナ服なんかいいですよねぇ」 「あ?いーんでないの?どうせなら金蝉とお揃いの服でも作ってやったら?悟空も喜ぶんじゃねーか?」 無邪気な悟空の姿を想像して、捲簾の顔からも自然と笑みが零れた。 捲簾の楽しそうな様子に、天蓬は不機嫌に眉を顰める。 「金蝉も喜びそうだから僕は嬉しくないです」 「…あ、そう」 あれこれと算段し始めた天蓬に、捲簾はこれ以上口を挟むのをとっとと放棄した。 「天蓬様、いかがでしょう?」 部屋付きの女官に声を掛けられ、窓辺で喫煙していた天蓬が振り返る。 「へぇ…想像以上にいいですねぇ」 天蓬はニッコリと満足げに頬笑んだ。 「天ちゃん、どうどう?」 悟空が嬉しそうに跳ねながら天蓬に尋ねる。 「よく似合ってますよ〜。やはり僕の見立てに狂いはなかったですね♪」 「えへへ…」 天蓬に褒められて、悟空はもじもじと照れた。 「天蓬様。折角ですから御髪の方もこう結い上げてはどうでしょう?」 「ああ、いいですね。そうしましょうか」 姿見の前でクルクルと回って嬉しそうに眺めている悟空を、天蓬は頬笑みながら手招く。 悟空が鏡越しに気づいて戻ってきた。 「なに?天ちゃん」 「悟空、折角ですから髪の方も結いましょうね」 女官の前に椅子を置き、天蓬がそこへ座るように勧めた。 言われるとおり悟空はちょこんと座る。 「悟空ちゃんはどんな髪型がいいかしら?」 優しげに頬笑んだ女官が後ろから悟空を覗き込んだ。 うーんと悟空は少し考え込む。 「んとね?金蝉みたいのっ!」 期待でキラキラと瞳を輝かせて悟空が答えた。 大切で綺麗な金蝉とお揃い。 想像しただけで悟空はドキドキしてしまう。 健気な悟空に天蓬は小さく笑みを零した。 「それじゃぁ…ここの髪はこう残して、後ろはこの高さで結い上げてくれますか」 テキパキと天蓬が女官に指示を出す。 「ほら、悟空。少しじっとしてて下さいね」 「うんっ!分かった!!」 悟空は元気に返事をした。 良くできましたと軽く頭を撫でて、天蓬は煙草を銜えながら窓辺へと戻る。 ふと視界の先にこちらへとやってくる捲簾が見えた。 向こうも天蓬に気づくとニッコリと人懐っこい笑顔を向け、歩みを早めて近づいてくる。 「ど?出来上がった??」 「今髪を結っているんですよ」 「へぇ?随分と念入りにおめかししてるんだな」 笑いながら捲簾が煙草を銜えると、天蓬の煙草から火を奪った。 「やるからには手を抜かず、徹底的に完璧なのが僕の方針ですからね」 天蓬が不適に頬笑む。 何かアレやコレやと色々含んでいるような気がするが、ヘタに突っ込んでも藪蛇になりそうなので捲簾は適当に相槌を打った。 「天ちゃ〜ん!やってもらった〜♪あ、ケン兄ちゃんも居たんだ!」 悟空が二人に向かってぱたぱたと走ってくる。 「なかなかでしょ?」 「成る程ね。やるじゃん、天蓬」 仕上がった悟空の姿に天蓬は満足そうに頷き、捲簾はニヤニヤと笑った。 「どう?ケン兄ちゃんカッコイイ?」 捲簾の前で悟空が見せびらかすようにくるりと回る。 「おう!似合う似合う♪金蝉もすっげぇビックリするぞ〜」 「そっかな…金蝉なんて言うかなぁ」 照れまくる悟空の頭を捲簾はポンポンと叩いた。 「んー?大喜びするんじゃねーか?なぁ、天蓬」 何気なく天蓬に話を向けると、そこには邪気を含んだ全開笑顔。 一瞬捲簾がビクッと竦む。 「そりゃぁもう大喜びでしょうねぇ?僕としては菓子折の一つでも欲しいぐらいですよ」 「…コワッ」 「なに?何話してんの!?」 きょろきょろと悟空が二人を交互に見上げた。 「いえいえ、何でもないですよ〜♪さぁ、悟空。金蝉に見せて上げましょうね」 「でも…金蝉お仕事中だし」 しゅんと項垂れる悟空の頭を天蓬が優しく撫でる。 「それに関しては全く気にしなくても大丈夫ですよ♪」 天蓬はにこやかに断言した。 傍らで捲簾もうんうんと頷く。 「怒るどころじゃなくなるもんなぁ?ははっ!」 金蝉の動揺する姿を想像して、捲簾が腹を抱えて笑い出した。 「んじゃ…俺金蝉に見せてくるね!」 「はい、いってらっしゃい」 悟空が元気に走り出すと、天蓬はニッコリ頬笑んでその姿を見送る。 相変わらず捲簾は、咽せながら笑いの発作を起こしていた。 天蓬が呆れながら肘で捲簾の脇を突く。 「もう悟空行っちゃいましたよ?いつまで笑ってるんですか」 「や…っ…金蝉も大変だなぁって…思っ…ぶっ…」 やれやれと肩を竦めながら、天蓬が煙草を銜えた。 漸く笑いを収めて、捲簾が意味深に天蓬に視線を向ける。 「何ですか?」 「賭け…しねーか?」 ニヤッと捲簾が不適に笑う。 天蓬は一瞬目を見開いた後、小さく肩を竦めた。 「そんなの…分かり切った結末じゃ賭けにならないでしょう?」 「…だな」 互いに顔を見合わせると、ぷっと吹き出し笑いだす。 「明日の金蝉の反応が楽しみですねぇ♪」 上機嫌で天蓬が呟いた。 すっと捲簾は視線を逸らして、空を見上げる。 「結局ヒマすぎるんだな…お前」 誰にともなく呟いて、捲簾は密かに悟空の身を案じてやまなかった。 金蝉が執務室で膨大な書類と格闘していると、徐々に近づいてくる騒がしい足音が聞こえてくる。 いつものことながら、金蝉の額にクッキリと血管が浮かび上がった。 眉間を押さえながら大きく嘆息する。 「あのバカ…今日は忙しいって言ったのに」 お仕置きのゲンコツを喰らわせようと、金蝉は椅子から立ち上がって扉に近づいた。 しかし、いつまで経っても元気な小ザルちゃんは飛び込んでこない。 気が付くとあれ程騒がしかった足音が聞こえなくなっていた。 「…勘違いか?」 金蝉が首を傾げていると、目の前の扉がそっと開く。 扉の隙間にはこちらの様子を伺う大きな金目。 あまりのらしくなさに金蝉は目を見開くが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。 「おい、何覗いてやがんだサル」 いきなり声を掛けられて、悟空の瞳がそわそわと落ち着かなげに揺れる。 ますます不可解な悟空の反応に、自然と金蝉の眉が不審を露わに顰められた。 「何かあったのか?」 相変わらず悟空は隙間から覗いたままで、室内には入ってこない。 「あ、あのね?天ちゃんトコに遊びに行ってたの!」 「…天蓬だと?」 人を食ったような既知の笑顔を思い浮かべ、金蝉の機嫌がますます斜めに下降していった。 大体において、天蓬が係わるとロクな目に遭わない。 「えと…そんでね?んとぉ…」 「早く言え!」 ごにょごにょと言葉を濁す悟空に、金蝉はイラつきながら先を即す。 すると。 目の前で静かに扉が開かれた。 恥ずかしそうに笑いながら、悟空が佇んでいる。 悟空の姿を見た途端、あまりの驚きに金蝉は声を詰まらせた。 目を見開いて呆然と悟空を眺める。 「お前っ…どうしたんだ?その姿は!?」 一目で分かる程高級な布地で作られているだろう、白のチャイナ服姿の悟空。 生地は絹で、細かく花柄の刺繍が全体に施されているが、決して華美ではなく上品に仕上がっている。 短めに切り揃えられた袖口とズボンからは、悟空の陽に焼けた健康そうな肌が覗いていた。 その肌に純白の色が美しく引き立って、とても良く似合っている。 しかも清楚で汚れのない白は、金蝉がもっとも気に入っている色だった。 髪も一つに束ねて綺麗に結い上げられ、チャイナ服に合わせた小さな白い花が飾られている。 「これね、天ちゃんが俺に作ってくれたのvvv」 瞬間、天蓬に対して金蝉の胸に嫉妬と憎悪が沸き上がる。 あまりの怒りに視界が歪んだ。 金蝉の心情なんか全く気付かないで、悟空は嬉しそうに金蝉の腰に甘える。 「あのね!天ちゃんが布貰ったんだけど、いつもの白い洋服あるからいらないんだって。ケン兄ちゃんにあげようと思ったらケン兄ちゃんは似合わないからいらないって。そんでね、金蝉にあげてもかわいげなくてつまんないから俺に作ってくれるって!だから金蝉みたいにお揃いにしてもらったの!」 無邪気に悟空が説明をする。 ドサクサ紛れにかなりの暴言を吐かれたような。 とりあえず気を取り直して、金蝉は悟空を見下ろした。 成る程、悟空のために誂えたのなら似合って当然だろう。 言われてみれば確かに髪型も金蝉を真似ているようだ。 「ねね?似合う??」 ニコニコと見上げられて、金蝉は何とも言えない複雑な表情をする。 似合っている。 ものすっごーく似合っている。 確かにあまりの愛らしさに、このままベッドに強制連行したいぐらい似合ってはいるが。 全く素直じゃない金蝉は、ぷいっと視線を逸らした。 「サル真似…」 ボソッと金蝉が呟く。 「え…えと…似合わない…かな?そうだよね…金蝉みたいにきれーじゃないし…っ」 不意に小さく震える声を聞き、金蝉が慌てて視線を戻す。 金色の大きな瞳に今にも零れそうなほど涙を浮かべて、悟空が哀しそうに金蝉を見上げていた。 表情にこそ表さないが、金蝉の心中は大パニック。 『何俺は余計なこと言ってんだ、バカッ!』と大きな後悔の念に苛まれる。 硬直して動かない金蝉の裾を小さな手が握り締めた。 「俺…着替えてくる」 腕でぐいっと涙を拭うと、悟空が痛々しく微笑む。 踵を返して部屋から出ていこうとした悟空の腕を、とっさに金蝉は掴んだ。 「あっ…え?」 強い力で引き留められて、悟空は驚いて振り返る。 相変わらず金蝉はそっぽを向いたまま。 「ったく…これじゃババァ辺りに、ますます親子みてぇだって言われるじゃねーか」 ボソボソと金蝉が不機嫌そうに呟いた。 ぽかんと悟空は金蝉を見上げる。 顔は反らされているので分からないが、見つめているとだんだんと髪から覗く耳朶が赤く染まってきた。 「…親子なの?」 悟空は考え込むように、ちょこんと首を傾げる。 意外と健気な金蝉の男心を全く分かっていない愛し子に、金蝉は盛大に溜息を零した。 ドッカリと備え付けのソファへ腰を落とすと、金蝉は悟空を手招く。 「なに?金蝉」 とてとてと近づいてきた悟空の腰に手を回すと、膝の上に抱え上げた。 そのまま引き寄せると、軽く触れるだけの口付けをする。 「こっ…こんぜん!?」 かぁっと頬を真っ赤に染めながら、悟空は恥ずかしげに俯いてしまった。 ぎゅっと金蝉の服を掴んで、胸元に顔を埋める。 素直で可愛らしい悟空に、金蝉は小さく微笑んだ。 「お前は俺と親子だって言われて嬉しいのか?」 悟空の頬に指をかけて上向かせ、蜂蜜のように潤んだ大きな瞳を覗き込む。 何度か瞬きをすると悟空は少し考え込んだ。 「んと…親子ってそっくりで仲よしなんだよね?金蝉とだったら嬉しいよ?俺」 ヘンかな?と悟空が伺うと、金蝉はまたもや大げさに溜息を零す。 「え?え?ダメなの??」 不機嫌に眉を顰める紫暗の双眸に見つめられて、金蝉に抱えられた姿勢のまま悟空はオロオロとうろたえた。 不敵に口端を上げると、金蝉は目の前の小さな唇に口付ける。 「…親子はキスできねーんだぞ?」 「ええっ!?ウソ!!」 悟空の瞳がまん丸と見開かれた。 すっかりと金蝉の口から出まかせを信じ込んでしまう。 「悟空は俺とキス出来なくなってもいいんだな?」 「…やだっ」 即答するとぷくっと頬を膨らまして拗ねた。 「じゃぁ、チュウもしてて仲よしなのは何て言うの?」 拗ねたまま悟空はじっと金蝉を上目遣いで見つめる。 ふっと穏やかな笑みを浮かべながら、金蝉が再度口付けた。 途端にポンッと音を立てるように、悟空の全身がゆでだこ状態で真っ赤になってしまう。 「恋人っていうんだよ、覚えておけ、サル」 「もぅっ!またサルってゆーっっ!!」 悟空が癇癪を起こしながら、じたばたと膝の上で暴れた。 「バカッ!暴れるんじゃねーよ」 小さな悟空の身体を強く抱き締めて、金蝉はくくっと耳元で笑いを噛み殺す。 腕の中の悟空がいきなりピタッと暴れるのをやめた。 再び何事か考え込んで首を傾げている。 「ねぇねぇ、金蝉」 「何だ?」 「じゃぁさ…俺と金蝉は『こいびと』なの?」 「…だろうな」 う〜んと悟空は更に考え込んだ。 「んと…じゃぁ、こいびとってゆーのは、いっぱいエッチするんだね♪」 ニッコリと全開の笑顔で、無邪気なバクダンを落とす。 金蝉の脳裏のどこかでブチッ!っと何かがキレる音が聞こえた。 「…おや?」 窓の外に元気いっぱい走り回る悟空を見つけて、天蓬が小さく目を見開く。 「今日も悟空は元気でいいですねぇ、金蝉」 「ぎゃーぎゃーウルセーから外に叩き出した」 天蓬の存在を黙殺しつつ、金蝉は室内で黙々と書類と格闘中。 話を振られると短く返事は返すが、書類から視線を外すことは無い。 「僕が贈ったチャイナ服…気に入って貰えたようですね?」 煙草を吸いながら壁に背を凭れさせ、天蓬は視線を外に向けた。 チャイナ服と訊いて、金蝉の肩がピクッと揺れる。 気まずそうに金蝉が少し視線を上げると、腕を組んで楽しげに頬笑む天蓬と視線が合った。 「ちょっと、お訊きしたいんですけどね?」 「…何だ?」 金蝉に非がある訳でもなかったが、何かを含んだ天蓬の企み笑顔につい声が上擦る。 「今悟空が着ているのは…僕が贈ったチャイナ服、ですよね?」 「…そうだったか?知らん」 平素の無表情を保ちつつも、金蝉の視線はどこかそわそわと落ち着かない。 そんな金蝉の反応にますます天蓬の笑みが深まった。 「そうですよ。だってデザインは僕が決めて発注したんですから…でもね?」 勿体振った素振りで、天蓬はわざと言葉を切る。 「何が言いてーんだ?さっさと言え」 じわじわと攻められているような感覚に、金蝉はキレかかった。 「僕が贈ったチャイナ服は純白の綺麗な白だったはずですけど、今悟空が着ている物は朱色ですよねぇ…金蝉、貴方白が一番のお気に入りでしょう?どうして染め直す必要があったんですか?」 ニコニコと穏やかに頬笑みながら、天蓬が思いっきり核心を突いてくる。 さすがの金蝉もグッと言葉に詰まった。 無言のまま不機嫌全開で天蓬を睨み付ける。 楽しげに金蝉の様子を眺めながら、天蓬がつかつかと近づいてきた。 「金蝉…貴方、悟空があんまりにも『チクショー!喰っちまいてぇ程可愛いじゃねーかっ!』なぁ〜んて思ったりしちゃったモンだから、我慢できずに鼻血噴いちゃいましたね?白チャイナへ。豪快に」 天蓬に図星を突かれて、金蝉はバツ悪そうに視線を逸らす。 あの後。 理性がぶち切れた金蝉は、悟空を抱えて寝室へと直行した。 ベッドに横たわり、じっと不安げに瞳を揺らす悟空に、金蝉は何時にない欲望を滾らせる。 純白のチャイナ服に手を掛けて着崩した悟空の姿が何とも可憐で、純真無垢な者を自分の色に汚すという擬似的な快感に金蝉は震えが走った。 抵抗もしないまま金蝉に身を委ねていた悟空は、ふと縋るような視線を向けてくる。 「…どうした?」 かなり余裕は無かったが、それでも冷静な振りをして金蝉は悟空の頬に優しく触れた。 「あのね?あんまり…恥ずかしいことしないでね?」 全身を紅潮させながら、潤んだ瞳で悟空が小さく囁く。 愛しさが溢れすぎて、目眩がした。 その瞬間。 ポタポタッ… 「こっ…こんぜんっ!?」 悟空が驚いて悲鳴を上げる。 自分の欲望に逆上せてしまった金蝉は、勢い余って鼻血を噴いてしまった。 「まぁ、純白ですからねぇ〜。血液は洗えばほぼ落ちますけど生地が絹だから…むやみに洗えませんし?結局シミを誤魔化すには朱色に染めるしか無かったんでしょう?」 金蝉の無言を肯定と捉えて、天蓬は勝手に納得して話を進める。 実際天蓬の見解が間違っては居ないから、尚更金蝉は腹が立って仕方ない。 どんどんと金蝉の機嫌が急下降を辿っていた。 「てめぇ…また捲簾と賭けてやがるな?」 金蝉は腹立ち紛れにツッコミを入れる。 こうして毎回何かしでかす時には、必ずと言っていい程ワンセットで捲簾も1枚咬んでいた。 天蓬は心外だと言わんばかりに、大げさに肩を竦める。 「だって、分かり切ったことを対象にしても賭は成立しないでしょう?僕も捲簾も貴方が我慢出来ずに理性ブチ切れるって思ってましたもん♪」 のほほんと全く悪びれずに天蓬が答えた。 耐えに耐え、黙って聞いていた金蝉の肩が小刻みに震え出す。 手に力が入りすぎて、使っていたペンがベキッと鈍い音を立てて折れた。 「お前ら…」 金蝉が地の底を這うような低い声で唸る。 対して天蓬はそんな声音にも全く怯まず、相変わらずニコニコと楽しげに金蝉の反応を眺めていた。 「はい?何ですか?」 「お前ら…俺で遊んでんじゃねーーーーーっっ!!!」 長閑な天界に金蝉の虚しい絶叫が響き渡った。 |