こいのぼり。

金蝉がとりあえず仕事を一段落させて、大きく伸びをする。
「フン…毎回つまんねーもの持ってきやがって」
処理の終わった書類を興味なさげに適当に投げて、ぞんざいに扱う。
「そろそろおやつの時間だな…」
窓から見える陽の高さを確認してから金蝉は部屋付きの女官を呼び、お茶の準備をする様に言いつけた。
しかし、先ほどから妙な違和感を感じる。
金蝉は眉間に皺を寄せて考えた。
「そういえば…」
いつもは『腹減ったぁー!遊んでーっ!』とまとわりついてうるさい金蝉の溺愛している子ザルちゃんがいないのだ。
出かけていても必ずおやつの時間前には戻ってきて、そりゃもう2〜3発殴っても治まらないぐらいやかましく金蝉にまとわりついているのだが。
ふと、今朝の悟空の言葉を思い返す。
「今日はねぇ〜、天ちゃんがいいものくれるっていうから遊びに行ってくるねぇ〜!」
たしか、そう言っていた。
しかし、昼前にはちゃんと戻ってきて、金蝉は一緒に昼食を食べた。
その後は…悟空の姿を見ていない。
しかし、悟空は金蝉のしつけで、出かける時はきちんと行き先を告げてから出かけている。
別に誰の所、と遊び場所が決まっていなくても、どの辺りに行くとは言わせるようにしているのだが。
「どこいったんだ?あのバカ猿…」
とりあえずと思い、金蝉は寝室を確認しようとドアを開けた。
そしてそのままの体勢で固まる。
硬直すること3分間。
「……何だ、あのでっかい魚は?」
何故か金蝉のベッドに巨大な魚の形をした物が横たわっていた。
不審に思いながら金蝉が近付くと、魚の腹辺りがゴロンと動く。
近付いてよく見ると、その魚は布で出来ていて、鮮やかな彩色が施されていた。
金蝉はこめかみを引きつらせて、額を押さえ込む。
そうして確信を持って魚の腹をベシッと叩いた。
「おいっ!悟空、何やってやがんだっ!」
良く通る声で金蝉が呼ぶと、魚がビクッと跳ねる。
腹の辺りの固まりがもぞもぞと蠢いて、口の辺りまで上がってきた。
すると魚の口から茶色い大地色の髪が現れ、続いて大きな金色の瞳がボンヤリと金蝉を見上げる。
コシコシと目を擦り、次第に目の前の像がハッキリとし、悟空の大好きな太陽の光を確認すると、ぱぁっと嬉しそうな笑顔が零れ落ちた。
「あっ!こんぜん、おはよ〜」
魚の口から頭だけを出して、ニッコリと微笑む悟空の姿は妙に滑稽だ。
「おい、その魚はどうしたんだ?」
尤もなことを金蝉は問いかける。
「あ、これね!天ちゃんからもらったの〜。前にゆってた『こいのぼり』ってゆー空飛ぶおさかなだよ!」
悟空はニコニコと答えた。
「それなら窓に飾るモンなんだろ?何でお前が入ってるんだよ」
呆れながら金蝉が悟空を見下ろす。
すると金蝉を見上げながら悟空がぷぅっと膨れた。
「だって!俺にはおっきすぎてコレ飾れないもん!」
金蝉は苦笑しながら悟空の頭をポンポンと叩く。
「それなら俺を呼べばよかっただろう?」
金蝉が屈んで悟空の瞳を覗き込んだ。
「だってぇ…こんぜんお仕事忙しそうだったから、後で言おうと思ってたんだもん。そしたらね!俺気が付いたんだ〜♪」
「ああ?」
相変わらず状況をムシした悟空の言葉の展開に、金蝉が片眉を吊り上げた。
「前にね、天ちゃんに借りた本に出てきたお姫様なの〜♪」
そのままの体勢で悟空はずりずりと身体を這い出す。
しかし、なぜか悟空は服を着ていなかった。
「…おい、何で服着てねーんだ?」
金蝉は訳が分からず、ズキズキと痛み出す額を押さえ込む。
「だからね、お姫様なの!金蝉も一緒に読んだじゃん!」
掌をグーにして懸命に主張する悟空の言葉に、金蝉はしばし思案した。
悟空の頭からじーっとしっぽの先までを見下ろしてみる。
「あ?もしかして『人魚姫』ってやつか?」
「そーっ!そのお姫様なのっ!」
金蝉の答えに悟空が嬉しそうにはしゃぎだした。
「ねっねっ!こーするとさ、その本のお姫様みたいだろ!?」
鯉の口を腰の辺りにまで下げると、足をばたつかせて悟空が自慢する。
「まー、確かにな。でも足の部分が随分とデカすぎるがな」
さずがの金蝉も悟空の様子につい笑みが零れた。
「だってぇ…このおさかな、おっきいんだもん。天ちゃんが下界で一番おっきいの選んでくれたんだよ?」
相変わらず天界一の変わり者、天蓬元帥もこの子ザルちゃんには甘い様だ。
「フン…ちゃんと天蓬に礼は言ってきたのか?」
悟空はぱちくりと目を見開いて金蝉を見上げる。
「うんっ!ありがとうってゆったよ?」
ニッコリと悟空は金蝉に微笑んだ。
自分以外が悟空を甘やかすのをあまり快く思っていない金蝉だが、こうして悟空が喜ぶ姿を見てしまうと何も言えなくなってしまう。
「そっか、ならいい。それよりも、おやつ食わねーのか?用意は出来ているが…」
悟空に分からない様に小さく溜息をつくと、金蝉は当初の目的を思い出し、悟空に告げた。
「ええっ!もうそんな時間なの!?食べるよぉ〜」
悟空は慌てて魚の口から這い出してくる。
完全に身体が魚から抜け出した悟空を眺めて、金蝉が唖然とした。
「…何でお前、全部服脱いでるんだ!?」
「え?だって…さかなのお姫様服着てないじゃん」
ケロッと悟空は何でもないことの様に答える。
金蝉はこめかみをピクピクと引きつらせながら、悟空の頭を思いっきりひっぱたいた。
「いってえぇぇぇっ!!」
頭を抱え込み、悟空が突っ伏して呻く。
「下まで脱ぐ必要はねーだろーがっ!んな格好でいて風邪でも引いたらどーすんだ、このバカ猿!」
脱ぎ捨ててある服を見つけると、金蝉は拾い上げて悟空に投げた。
悟空は涙目になって恨めしそうに金蝉をチラッと見上げる。
「だってだって…おさかなのお姫様、ハダカだったもーん」
「そこまで真似しなくてもいーんだよ、バカ…」
深く溜息をついて金蝉が服を掴むと、悟空に着せようと近付いた。
ふと悟空の身体に目をやると自分がつけた情交の証が、白い肌にいくつも花を散らした様に赤く色づいている。
金蝉の視線を不思議そうに追った悟空が、それに気付くと金蝉をじっと覗き込んだ。
「こんぜんのエッチ〜」
ぎょっとして、金蝉は悟空から離れる。
「なっ!お前何言ってやがるっ!」
慌てふためく金蝉の様子を悟空はきょとんと見上げた。
「なにあわててんの?こんぜん」
不思議そうに悟空は首を傾げる。
「…お前、そんな言葉誰に教わった?」
瞳に剣呑な光を湛えて金蝉が不機嫌全開で悟空を問い正した。
「えー?ケン兄ちゃんがね、コレ金蝉がつけたって俺がゆったら『そういうのは金蝉はエッチってゆーんだぞ〜』って」
馬鹿正直に悟空はそのままを金蝉に報告する。
「あのバカ大将が…ぶっ殺す!」
金蝉は捲簾に弱みを握られた様な気がして、ギリギリと歯噛みした。
「こんぜん、どーしたのぉ?」
服の裾をクイクイと引いて悟空は金蝉を見上げている。
金蝉は見下ろした視線の先の赤い花へと唇を落とした。
「やんっ…」
可愛らしい声を上げて悟空が首を竦める。
その声に機嫌を良くした金蝉は、その周辺を吸い上げたり何度も舌で辿り上げた。
「やっ…こんぜ…っ」
悟空はその都度ビクビクと身体を捩らせながら、金蝉に腕を回して抱きついた。
が、その直後。

きゅるるるるる…

「おなか空いたよぉ…こんぜん〜!」
途端に騒ぎ出した悟空に、金蝉はがっくりと突っ伏した。
小さく溜息を付くと、苦笑しながら悟空の服を首から被せる。
「早く服着ろ、じゃねーとおやつ抜き!」
金蝉はいつもの調子に戻り、立ち上がって悟空を叱りつけた。
「や…やだっ!おやつ食うもん!」
わたわたと慌てて悟空は服に腕を通す。
悟空が着替えている間、金蝉はベッドに広げたままの鮮やかな布にちらっと視線を走らせた。
「あとで、窓に飾るか?」
金蝉の声に悟空の動作がビタッと止まる。
視線の先に鯉のぼりを見つけると、悟空は満面の笑みを浮かべた。
「うんっ!後で一緒に飾ろうね!」
どうにか服を身につけると、悟空は嬉しそうに金蝉の腰に抱きつく。
しがみついてはしゃぐ悟空の肩に腕を回すと、金蝉は微かに笑みを零しながら悟空を伴って部屋を後にした。