Cherish our love

今日も仕事で慌ただしい1日が終わろうとしている。
崩れるんじゃないかと思うほど積み上げられた大量の書類をムリヤリ終わらせて、ニヤつく観世音菩薩に先刻叩き付けてやった。
これで2〜3日は時間が空くだろう。
それというのも、金蝉の溺愛している小ざるちゃん―悟空が、仕事で構ってくれない金蝉に癇癪を起こしたからだ。
ただ癇癪を起こしただけならいい。
金蝉の精神衛生上のことはともかく、とりあえずの実害はないから。
しかし悟空は泣き喚きながら暴れに暴れまくって、執務室を半壊寸前にまでしかけたのだ。
金蝉が少し席を外した隙に。
そこまで豪快に拗ねられるとさすがの金蝉も怒気を削がれ、ただ呆然とメチャクチャにされた室内を眺めて大きな溜息をつくしかない。
原型を留めない物が散乱した部屋の真ん中で、悟空はくすんくすんと泣いている。
ズキズキと痛む頭を押さえつつ、金蝉は悟空へと歩み寄った。
「…悟空、何泣いてんだ」
後ろから頭をぽんっと叩くと、悟空はびくっと肩を震わせ縮こまる。
「こんぜぇん…」
涙声で悟空が金蝉を振り仰いだ。
大きな金色の瞳からはポロポロと途切れることなく涙が零れ落ちる。
悟空はえぐえぐと声を詰まらせながら、金蝉に向かって両手を伸ばした。
金蝉は膝をつくと、悟空の手を引いて自分の腕の中に抱き寄せる。
引かれるままに悟空は金蝉の胸にぎゅっとしがみついた。
「ったく…こんなにメチャクチャにしやがって。言いたいことがあるなら物にヤツ当たったりしねーで、きちんと俺に言え」
泣き止まない悟空を宥めるようにぽんぽんと背中を叩く。
「だってぇ…金蝉ちっとも遊んでくれないしっ…話も訊いてくれないんだもっ…」
悟空は金蝉を見上げると、顔を歪ませ涙を零す。
「金蝉ずっとお仕事忙しくってさ…ごはんだって一緒に食べてないしぃ〜」
今までの寂しさが蘇ったのか、金蝉の腕の中でわーわーと泣き出した。
「…分かったよ。今持ってる仕事がもう少しで片づくから、その後しばらくは一緒に遊んでやる」
金蝉の言葉に悟空の鳴き声がピタッと止まる。
「ほんと?金蝉いっぱい遊んでくれるの?」
分かりやすい悟空の様子に苦笑しながらも金蝉は相槌を打つ。
「ああ、前にお前が言ってた桜の場所にも一緒に行ってやるよ」
金蝉の言葉にぱぁっと陽が射したように笑みが零れた。
金色の瞳も嬉しさでキラキラと輝いてる。
「約束だよっ!おべんと持って一緒に行こうね?」
「ああ、分かったよ」
あんなに喜んでいる悟空との約束を破れる訳がない。
そんなことをしたら今度は執務室どころか、観世音菩薩の宮ごと壊滅状態になるだろう。
それもちょっと面白いな、と金蝉が思ったかどうかはさておき。
それからの金蝉はそれこそ悟空のために、不眠不休でものすごい勢いで仕事を片づけた。
あまりの鬼気とした様子に金蝉の世話係はおろか、天蓬さえも遠慮して近づかなかった程だ。
観世音菩薩だけは面白そうに、色々と適当な理由を付けてはからかいにやって来てはいたが。
それも先程漸く終わった。
もうすっかり陽は落ちたので、悟空と遊んでやるのは明日からに決める。
金蝉はベッドに腰掛け、読みかけの本を手に取るとページを捲った。
ちらっと足下に目をやると、悟空は大人しく敷布に寝っ転がりながら、天蓬に借りてきた絵本を熱心に読んでいる。
「はぁ…やっぱ面白いなっ!あんぱん!!」
ぱたっと本を閉じると悟空は金蝉を見上げた。
「今日は天蓬の所に行ってたのか?」
悟空の視線を感じ、金蝉が言葉をかける。
「うん!天ちゃんのところでお片づけの手伝いした」
悟空は起きあがって金蝉の足下に座り込んだ。
「…またアイツは適当に誤魔化して片づけ手伝わせたのか」
ぼそっと小声で金蝉が悪態をつく。
悟空に引きずられて天蓬の私室に行くと、必ずと言っていいほど柱のように積み上がった本の整理を手伝わされたのを思い出し、金蝉は不愉快そうに顔を顰めた。
しかし悟空の方はそんなことには全く頓着しない。
「そんでね、明日金蝉と桜見に行くって言ったら天ちゃんおべんと作ってくれるって!」
悟空は嬉しそうに笑う。
金蝉の方は悟空の話に眉を顰めた。
「悟空…お前、天蓬に話したのか?」
いやな胸騒ぎにますます金蝉の眉間に皺が刻まれる。
「うん!」
何も気付いていない悟空は元気良く相槌をうった。
「…それで?まさか一緒に行くなんて言ってねーだろーな?」
不機嫌さを隠しもせず悟空に問いただす。
「ううん、言ってないよぉ?天ちゃん『一緒に行くなんて言ったら金蝉がヘソ曲げちゃいますからねぇ〜、今回は引いてあげますよ』ってゆってた」
悟空には天蓬の話の内容がよく分からず、小首を傾げて金蝉にそのままを伝えた。
「…あのヤロー」
金蝉のこめかみが怒りに引きつる。
「ねーねー、金蝉のヘソってどーやって曲がるの?」
自分の服を捲って、悟空は不思議そうにお腹を眺めた。
悟空の的はずれな疑問に金蝉はガクッと力が抜ける。
「ばか猿…本当にそんなもんが曲がるか」
呆れながら金蝉は額を押さえた。
「えー?じゃぁ天ちゃんウソゆったの〜??」
悟空は腕を組んで考え込む。
「物の例えってのがあるんだよ」
いい加減疲れて、金蝉もかなり投げやりに答える。
「…もののたとえ?」
悟空は意味さえ分からず棒読みでそのまま繰り返した。
このまま悟空の質問責めが長くなりそうな予感がして、金蝉は先手を打つ。
「そーいうことは言った張本人の天蓬に訊け」
面倒くさいことは全て天蓬に押しつけるに限る。
金蝉にしてみればほんの意趣返しだ。
それにどうせ言ったところで、悟空は他に気を取られるとそれが例え1分前の出来事だろうが、きれいさっぱり忘れてしまうから問題はない。
唯一通用しないのは食べ物に関してぐらいだ。
「そっか、今度天ちゃんに訊いて見よ〜」
きっと明日天蓬に会っても思い出しもしないだろうと、金蝉は確信する。
「それで、天蓬はいつ弁当取りに来いって言ってたんだ?」
下を向いて話すのに疲れ、足下に居た悟空を引き上げて自分の方のベッドに載せた。
「んと『準備しておきますから、出かける前に寄ってくださいね』って天ちゃんゆってたよ」
金蝉を覗き込みながら嬉しそうにニコニコ話す。
天蓬の世話係か天蓬自身が準備するにしても、あまり早くに行っても出来てはいないだろう。
『こいつが騒ぎ出すのが昼食前だからそれに合わせて出かければいいだろう』と金蝉は明日の予定に考えを巡らせる。
「…っぜん、こんぜんってばーっっ!」
身体を揺さぶりながら悟空は大声で金蝉を呼んでいた。
はっと我に返って悟空に視線をやると、思いっきり頬を膨らませて拗ねている。
「…大声で喚くな、ばか猿」
「もーっ!ばか猿じゃないもんっ!!」
手をグーに突き上げて悟空はプリプリと怒った。
「んじゃ、ちび猿」
「こーんーぜーんーっっ!!」
「あー、うるせー!だから何が言いたかったんだよ?」
悟空の大声に金蝉がぺしっと頭を叩く。
「あ、そうだ。今日ね天ちゃんとこでおやつもらったの」
叩かれたことも忘れケロッと話を始める。
金蝉は悟空に分からないように苦笑を漏らした。
「それがね、初めてだったの」
「あ?おやつなんかいつも貰ってるじゃねーか」
悟空は肝心なセンテンスを飛ばして話すので、理解をするのにかなりの手間がかかる。
「そーじゃなくて、初めて飲んだの!」
「…よーするに、今日貰ったおやつってーのが飲んだことないモンだったっていうコトか?」
さすが、溺愛する小ざるちゃんの保護者。
どうにか話が通じた様だ。
「そーっ!それがね?最初白くて、なまあったかいし何だろーって思ったんだけどね?」
そこまで訊いて金蝉のこめかみがピクッと引きつる。
「…それで?」
金蝉の周りを取り巻く不穏なオーラにも気付かず、悟空は楽しそうに先を続けた。
「そんでね、飲んだらすっごく甘くっておいしかったの!飲んでちょっとしたら何か身体ん中熱くなってきて…いっぱい飲んじゃった」
よっぽど気に入ったのか一人興奮し、力説し終わってからチラッと金蝉を見上げる。
「…金蝉の白いのはマズイけど、天ちゃんのほうはおいしかったな」
悟空の一言で金蝉の周りの空気が一気に急速冷却。
ブチッとハデに理性の焼き切れる音が頭の中で響いた。
金蝉は無言のまま悟空を乱暴に押し倒す。
「いたっ…ちょっと…こんぜん、なんだよぉ!?」
金蝉の身体を押し戻そうとした手を掴み上げ、悟空の頭上に縫いつけた。
悟空の真上に覆い被さり、刺すような視線で睨め付ける。
「こ…んぜん…?」
突然態度の豹変した金蝉を悟空は震えながら呼んだ。
「悟空、お前今日一日天蓬の部屋で何してた?」
感情の見えない冷たい声で悟空に問い正す。
「え…だから…片づけ手伝って…」
「嘘付け!」
即答で否定され、悟空は怯えた様に金蝉を見つめる。
「ねぇ…こんぜん、どうしたの?何で怒ってるの?」
悟空の言葉に何も応えず、服に手を掛けると力任せに引き裂いた。
「ーーーーーっ!?」
あまりの驚愕に悟空は声も出せずに目を見開く。
「何驚いてるんだ?今日だって同じコトを天蓬とヤッたんだろ?」
金蝉は卑下するような目で悟空を見下ろす。
「何のことだよっ!俺そんなことしてな…」
「言い訳しなくたってすぐ分かるさ。お前の身体に訊けばいいんだからな」
酷薄な笑みを浮かべて、金蝉は目の前に晒された柔らかい肌に手を這わせた。
「んっ…」
悟空はギュッと目を瞑り声を噛む。
「ふん…跡はつけてねーみたいだな」
悟空の全身を舐める様な視線で見つめた。
「違っ…ホントにそんなことっ…」
胸元を這い回る掌の感触に、悟空はビクビクと肌を震わせる。
悟空の様子に口端だけで笑うと、瞳を覗き込むように顔を近づけた。
「…それはこれから調べてやるよ。夜は長いんだしな?」
何かを言おうとする悟空を拒むように、金蝉は深く唇を合わせた。