Cherish our love

「おや、金蝉一人ですか?悟空はどうしたんです??」
天蓬は入口で出迎えると、金蝉の後ろを覗き込んだ。
あんなに楽しみにしていたはずなのに。
どうしたことかと天蓬は首を傾げた。
天蓬の何気ない疑問に朝っぱらから不機嫌オーラ全開で金蝉は睨み付ける。
「…まだ寝ている」
吐き捨てるように答えると天蓬から視線を逸らした。
「??…そうですか、あ!お弁当の準備出来てますよ」
形ばかり片づけられた机の上に、風呂敷につつまれた三段重ねの重箱が置かれている。
「中味は悟空のリクエストに応えましたからね〜、きっと喜びますよ」
「……そうか」
相変わらず不機嫌8割り増しの金蝉に、天蓬は表情には出さず思案する。
「…何かあったんですか?」
にこやかな笑みを浮かべてはいるが、天蓬の目は全く笑っていない。
言うか言うまいか逡巡していると、突然天蓬が何かに気付いたように手を叩いた。
「あ!そうだ、忘れるトコでした〜」
一人頷きながらまた別の机へと向かう。
「コレを忘れてましたよ」
天蓬は焼き物の瓶を手に戻ってきた。
「昨日のおやつに出したら悟空が気に入りましてね」
言いながら金蝉に手渡す。
瓶を手に取ると随分と暖められていた。
「…何だ、これは?」
「甘酒ですよ。やっぱり花見ですからねぇ…どうしました?金蝉」
天蓬の言葉に金蝉が固まる。
「…甘酒?」
「そうですよ?昨日は悟空が大変だったんですよぉ〜、甘くて口当たりが良いからゴクゴクと飲んでしまったんです。その後酔ってしまったらしくて、熱いって大騒ぎしてそこの池に飛び込んでしまうし…あの?金蝉、訊いてます??」
天蓬の話にようやっと自分の勘違いに気付き、バツが悪そうに眉間に皺を寄せた。
『これは…何かあったんですねぇ。今度悟空に訊いてみましょう』
天蓬は金蝉に気付かれないように、人の悪い笑みを浮かべる。
「ほら、ぼーっとしてないで!悟空が待ってるんじゃないですか?」
金蝉がはっと我に返った。
「あ、ああ…すまなかったな」
とりあえず荷物を持ち直すと天蓬に礼を言う。
「どういたしまして。二人で仲良く食べてくださいね」
ニッコリ微笑むと自室に向かう金蝉を見送った。
部屋の中に戻ると天蓬はもう一つの同じ様な包みを抱える。
「さてと、僕も出かけますか。捲簾が待ちわびてイライラしているでしょうし」
人知れず笑みを零しながら包みと酒瓶を抱えると、天蓬もまた捲簾の待つ桜の木へと出かけていった。



天蓬の部屋から戻ってきた金蝉は、荷物を一端机の上へと置く。
一つ溜息をつくと、髪を掻き上げながら椅子へと座った。
「…ちっ、どうやって誤魔化すか」
昨晩の自分の所業を棚に上げ、悟空を懐柔する方法をあれこれ考える。
「言葉の使い方はちゃんと教えねーとな」
元はと言えば悟空の言い方も悪かったのだ、と。
しかし悟空には全く身に覚えのないことで勝手に嫉妬したのは自分だ。
手酷い仕打ちをした自覚は金蝉にもあった。
「ったく…バカ猿のクセに人んコト振り回しやがって」
どうも悟空が絡むと金蝉は冷静さを欠いてしまう。
チョロチョロと動き回り、金蝉の周りで騒ぎは起こし放題。
どんなに怒鳴ろうがど突こうが悟空は一向に懲りない。
しかし太陽のように満面の笑みを向けられると、金蝉は結局許してしまう。
いつしか悟空の存在そのものが金蝉の全て、となっていた。
金蝉にとってこの澱んだ楽園で存在する意味が悟空と出会って初めて分かったのだ。
だから同じ物を金蝉は悟空に求めてしまう。
悟空にとっても自分が全てになって欲しいと。
周りなどに目を向けずに、その金色の瞳で自分だけを見ていればいいと。
歪んだ想いは時として悟空を酷く傷つけてしまう。
昨夜のことがその最たる証拠だ。
思い詰めそうな自分に気付いて、金蝉は苦笑を漏らす。
「…とりあえず様子を見に行くか」
金蝉は席を立つと、執務室を後にした。



まだ悟空は寝ているだろうと思い、金蝉は静かに寝室を覗く。
しかし予想に反して悟空は起きていた。
上掛けを身体に巻き付けて、思いっきり頬を膨らましている。
「…こんぜん、ドコ行ってたの?」
悟空は拗ねながらじっと金蝉を見上げた。
金蝉は悟空の側までいき、ベッドに腰を下ろす。
「目覚めたら金蝉どこにも居ないしさ…」
咎める様な文句を言いながらも、悟空の手は金蝉の服を甘えるように掴んだ。
昨夜あんな仕打ちをされたのに、この悟空の態度はどういうことなんだろうか?
どれだけ罵声を浴びせられるかと覚悟していたのに。
最悪は金蝉に冷めた蔑みの瞳を向けて、二度と笑顔など見れないと思っていたから。
「もぅ!お仕事お休みだから、ずっと一緒に居てくれる約束だったのにっ!!」
悟空はぐいぐいと服の裾を引っ張る。
「伸びるからヤメロ!…天蓬のところに行ってたんだよ」
金蝉は溜息をつきながら悟空の頭を軽く叩いた。
「天ちゃん?……あーっ!おべんとーっっ!!」
悟空は大声を出して立ち上がろうとした…が、そのままの勢いで金蝉へと倒れ込む。
「…立てないよぉ、こんぜん〜」
情けない顔で金蝉に泣きついた。
金蝉の方も困ったような顔で悟空を見下ろす。
「…悪かったな」
悟空はぽかんと金蝉を見つめた。
「何が?」
唐突に謝られても、悟空には何で謝ってるのかよく分かってない。
「だからっ…昨夜を酷いことをしたから」
金蝉の言葉に悟空はカーッと顔を真っ赤にする。
「何がひどいのか分かんないけど…もしかして立てないのはそのせいなの?」
金蝉は驚いて目を見開いた。
「お前…あんなことされたのに何とも思ってないのか?」
きょとんとして悟空は首を傾げる。
「だっていつもと一緒じゃん。今日お仕事おやすみだからいっぱいしたんでしょ?」
「……。」
金蝉は驚きすぎて絶句する。
悟空の認識はその程度だったのかと。
呆れながらも安堵感で思いっきり力が抜けた。
「金蝉、どーしたの?もしかしておなか減った??」
「てめぇじゃねーんだ、ばか猿…」
「もーっ!またさるって言うーっっ!!」
悟空はまたプゥッと頬を膨らます。
そんな悟空を眺めながら金蝉は苦笑を漏らした。
「大体腹減ってるのはお前だろ。こっちに弁当持ってくるから待ってろ」
金蝉は悟空の頭をぐりぐりと撫でる。
「え?お花見は…」
さみしそうな顔で悟空は金蝉を見上げた。
「立てねーんじゃ無理だろ…明日弁当用意させるから今日はおとなしくしてろ」
「ホント?明日は絶対だよ??」
「…ああ」
金蝉の返事に悟空はぱぁっと明るい笑みを零す。
「あー、金蝉〜!腹減ったよぉ〜!!」
悟空はベッドにコロコロ転がりながら駄々を捏ねた。
「おとなしくしろって言ったばかりだろっ!」
悟空に怒鳴ると金蝉は弁当を取りに寝室を出ていった。



そして翌日。
悟空にせがまれるままに手を繋ぎ、二人で花見へと出かけた。
しかし、金蝉は悟空に二度と甘酒を飲ませなかった。