おめでとう。

「おっやっつ〜♪今日のおやつは何かなぁ〜♪♪」
ピョコピョコと跳ねながら、悟空が回廊を元気良く歩いていると、
「悟空、悟空!」
名前を呼ばれてクルッと振り返った。
視線の先では天蓬がニッコリ微笑みながら手招きをしている。
「あーっ!天ちゃーん!!」
悟空は天蓬に向かって猛ダッシュで走り寄った。
「天ちゃん、こんにちはー」
ペコッと頭を下げて、金蝉のしつけにより元気にご挨拶をする。
「はい、こんにちは。丁度よかった、あとで悟空の所へ行こうと思ってたんですよー」
天蓬は悟空の頭を撫でてから、自室へと悟空を呼ぶ。
「なになに?天ちゃん」
「悟空にね、渡したいモノがあるんです」
ここで待ってて下さいね、と言い残し天蓬は別室へと入っていく。
「……??」
悟空は首を傾げながら、言われたとおりちょこんとソファに座って天蓬が戻ってくるのを待った。




『…そろそろ帰ってくるな』
金蝉は書類から目を上げて、金蝉付きの世話係を呼ぶ。
お茶の準備を言いつけると、未決の書類を机の端へと寄せた。
すると、
「こんぜーん…」
入口の方から悟空の声がした。
しかし、何だかいつもと様子が違う。
何度静かにしろと言ってもドタバタと煩く部屋に飛び込んでくるのに、今日は走り込んでくる足音さえしない。
「悟空、先に手を洗ってからじゃないと、おやつは食わせねー…!?」
小言を言う金蝉が悟空の姿を見て固まった。
「…お前、何だその格好は?」
入口からよろよろと入ってきた悟空は大きな風呂敷包みを背中に背負っている。
まるで、どこからか家出でもしてきたようだ。
「はー、疲れた」
よいしょ、とかけ声とともに、悟空は風呂敷包みを床へと置く。
眉間に皺を刻んだ金蝉が悟空へと近づいた。
「どーしたんだ、そんなもん…」
金蝉は不審感を隠しもせず、悟空へ問いただす。
「あ、これね!おたんじょーびなんだって!!」
悟空が嬉しそうにニッコリと笑った。
「誕生日…だとぉ!?」




「はい、悟空お誕生日おめでとう」
天蓬はキレイにラッピングされた大きな袋を悟空へと渡した。
「おたんじょーび…ってなに?天ちゃん」
袋を抱えながら悟空は首を傾げる。
「おや?誕生日を知らないんですか…」
悟空はコクコクと頷いた。
「お誕生日って言うのはですね、悟空が生まれた日ですよ。毎年生まれた日に『おめでとう』って、みんなで生まれたのを喜んでお祝いするんです。今日がその悟空のお誕生日なんですよ」
「へぇー、そうなんだ…俺が生まれてみんな喜んでくれてるの?」
悟空は何かを感じ取って不安げに天蓬を見上げた。
「当たり前ですよ、僕も捲簾も…もちろん金蝉も、みんな悟空が生まれてよかったって、悟空に出会えて嬉しく思ってますよ」
天蓬が優しく悟空に微笑む。
「…こんぜんも?」
「ええ、悟空が生まれて一番喜んでいるのはきっと金蝉でしょうね。悟空と出会う前の金蝉は…ただ生きていただけでしたから」
天蓬は以前の、表情のまるでない人形のような金蝉を思い浮かべる。
「…よくわかんない」
天蓬の説明に悟空はうーんと考え込んだ。
「ようするに!金蝉は悟空が大好きですから、ものすごく喜んでますよってことですかねぇ〜」
『モチロン、僕たちもですよ?』と付け加え、あははと暢気に天蓬は笑う。
「そっかな…えへへ…」
悟空は天蓬と一緒に照れながら嬉しそうに笑った。
「悟空だって、金蝉が生まれなかったら今こうして一緒にいられないんですよ?金蝉が生まれてよかったと悟空も思うでしょ?」
天蓬がしゃがみ込んで、悟空に視線を合わせる。
「うん!俺、金蝉が生まれて嬉しいっ!!」
「なら、金蝉も同じだってことです」
よく言えましたと、天蓬は悟空の頭を撫でた。
「あ、いたいた〜!んだよ、天蓬につかまってたのかぁ」
これまた、大きな袋を持った捲廉が声を掛けながらやってきた。



「でね、こっちの袋が天ちゃんに、こっちがケン兄ちゃんにもらったのー」
どちらもかなりの大きさの袋だ。
きっと中味はお菓子でいっぱいなんだろう。
金蝉は先程から恐ろしいほど機嫌が悪い。
天蓬や捲簾にまで先を越された、ということよりもまず金蝉自身悟空の誕生日を知らなかったのだ。
『いつのまに…アイツらっ!』
不機嫌な表情のまま、ふと目に付いた袋を指さす。
「んじゃ、こっちの袋はどーしたんだ?」
もうひとつ、更に一回りほど大きな袋がある。
「こっちはね〜、二郎おじちゃんにもらったの」
「あ?ババァの所にも行ったのか!?」
観世音菩薩にまで先を越されたのかと思うと、ムカツキと悔しさで金蝉の神経が焼き切れそうになった。
「おう、チビ!もう戻ってたのか」
「あ、おねーちゃんっ!」
どんよりと陰険な空気をものともせず、ズカズカと観世音菩薩が入ってきた。
「…おい、ババァ。今日が悟空の誕生日だとてめぇ知ってて教えなかったな?」
金蝉は視線で射殺す勢いで観世音菩薩を睨み付ける。
「あー?だってお前は訊いてこなかっただろ?」
「お前は…って…」
「天蓬と捲簾は俺に訊きにきたから教えてやったんだけどな」
ニヤニヤと意地悪く観世音菩薩は笑った。
「ちっ…クソババァ」
吐き捨てるように金蝉が悪態を付く。
「さてと…悟空、俺サマからのプレゼント、約束通りやるからな」
「え?おねーちゃんホント!?」
観世音菩薩の言葉に悟空は全開の笑みを浮かべて喜ぶ。
その笑顔が更に金蝉の不機嫌に拍車をかけた。
「っていうことで!おい、今残ってる書類、全部俺に渡しな」
不遜な態度で観世音菩薩は金蝉へと手を出す。
「あ?何言ってんだ。てめぇが明日までによこせって、今朝押しつけていったんじゃねーか」
額に青筋を浮かべて金蝉が睨み付ける。
「しょーがねぇだろ?これがチビへの、俺サマからの誕生日プレゼントなんだからよ」
「……あぁ?」
状況が飲み込めず金蝉は眉間に皺を寄せた。
「おねーちゃん、ありがとうっ!!」
悟空は嬉しそうに観世音菩薩にしがみつく。
「おい、どういう意味なんだ?」
金蝉は慌ててベリッと観世音菩薩から悟空を引き剥がした。
「…知りたいか?」
不敵な笑いを浮かべて観世音菩薩が金蝉に視線を向けた。




「ほんとーに何でもいいの?」
悟空は天蓬たちと別れて金蝉の元へ向かう途中、今度は観世音菩薩に拉致された。
「ああ、俺サマに不可能はないからな〜。で、何が欲しいんだ?」
悟空はしばし考え込むように俯く。
そして何か思いついたように顔を上げた。
「あのね…俺、金蝉ともっと一緒にいたい」
「あ?何だって??」
意味が分からず観世音菩薩は眉を顰める。
「最近金蝉おしごと忙しくて、あんまり一緒にいられないから、いっぱい金蝉と一緒にいたい…ダメ?」
真摯な表情で悟空は観世音菩薩を見上げた。
観世音菩薩は片眉を吊り上げてニヤッと笑う。
「ったく…アイツはいつのまにこんな教育をしたんだろうなぁ」
楽しげに笑いながら観世音菩薩は悟空の頭をぐりぐりと撫でた。



「…悟空」
観世音菩薩の言葉を訊いて、金蝉は悟空を優しい眼差しで見つめる。
先程から視線を逸らさず、じっと見上げている悟空を愛おしげに引き寄せた。
嬉しそうに悟空も金蝉に抱きつく。
「コイツはモノを貰うよりもお前と一緒にいられるのが何よりも嬉しいんだとよ」
『そういうことだから』と、観世音菩薩は机の上の未決書類を取り上げると、ひらひらと手を振り部屋を出ていった。
「悟空」
「なぁに、金蝉?」
ニコニコと悟空は金蝉に抱きついたまま見上げる。
「今日はお前の誕生日だからな…ずっとお前につきあってやるよ」
穏やかな表情で金蝉は悟空の頭を撫でた。
「それじゃねっ!一緒におやつ食べて、一緒に遊んで、一緒にご飯食べて、一緒に寝て…ずぅーっと金蝉と一緒にいたい」
悟空はまっすぐな瞳で金蝉を見つめる。
「…バカ猿」
金蝉はしゃがみ込んで悟空と視線を合わせると、悟空の唇へ柔らかくキスを落とした。
「―――こんぜんっ」
悟空は真っ赤になりながら恥ずかしそうに金蝉の肩へと顔を伏せ、ぎゅっと抱きついた。
悟空の初々しい様子に金蝉は楽しげに微笑む。
とりあえず一つ目の願いを叶えるべく、金蝉はお茶の用意してある応接室へと悟空の手を引いて一緒に向かった。

A HAPPY BIRTHDAY!