バンッ
「金ぜーんっ!」
スッパーン
「煩せーバカ猿っ!」

今日も今日とて、効果音と罵声の響き渡る麗らかな初夏の昼下がり……



 『金蝉パパのコザル子育て奮闘記@ 〜星に願いを〜』



「う゛〜〜〜、痛ぇ…」
頭を押さえながら涙目でその場にへたり込んでいる悟空、もといコザルが一匹。
頭の上にのせている手にはジャラジャラと嫌な金属音をたてる枷。
尤も、気にしているのはコザルを溺愛しているごく少数の者たちだけで本人は気にしてはいないが。
背中には尻尾のごとく、悟空の感情を露わにする長い大地色の髪。
魅了してやまない鼈甲色の瞳は涙で今は霞んでいる。
「こんぜ〜ん」
自分を残してさっさと執務机に戻ってしまう彼に、もう一度声をかける。
それでも金蝉はこちらをチラリともせず、何もなかったのかのように仕事を再開する。
呼んでもだめだと悟った悟空は、テトテトと金蝉の元へ歩き出す。
そして座っている金蝉と向かい合わせの位置に手をかけ机に乗り上がる。


「なぁこんぜん〜」
「………」
「ねぇってばぁ」
「………」
「聞いてよ金蝉っ!」
「………」
ひたすら無視。
これが金蝉のとった煩いコザル対策だった。
「うぅ………」
しばらく声をかけ続けていた悟空も、何を言っても金蝉が返事をしてくれ何のを見て呼ぶのを止めてしまった。
(大人しくなったか…?)
チラリと書類から目を上げ机の上の悟空を盗み見れば何やら俯いて唸っている。
(邪魔だな……)
普通と比べれば幾分広い机でも3分の1ほど悟空にとられてしまってはちょっと狭い。
本当は悟空を構ってやりたくて仕方ないのだが、昨日構ってやって貯まってしまった分を片づけなくてはいけない。
「おいサル、つ……」
めんどくさそうに視線を悟空に戻しながら「机の上からどけ」と続くはずだった言葉は呑み込まれた。
「ふにゅぅ……」
悟空が瞳を涙でいっぱいにしながら、唇を噛みしめているのである。
はぁ…、と金蝉が盛大なため息をつく。
それを聞いた悟空は、ビクッと身体を震わせる。
そして「こんぜんー………」と、机の上を四つん這いで彼の方へと向かう。
彼の座っている真ん前までくると、ぺたりと両足の間に腰を落とし両腕を思いっきり伸ばす。
「ったく……」
こうなってしまった悟空は一頻り甘えるまで落ち着かない。
それを知っている金蝉は仕方なさそうに華奢な身体を抱き上げる。
そして自分と向かい合うように跨がせると、背中を優しくさすってやる。
「どうしたってんだよ…」
「…ひっく…だってぇ…っ」
「だってじゃねぇよ、昨日一緒にいてやっただろうが」
「やだもん〜〜っ」
「ずっと、…ひっく…一緒じゃなきゃぁ…っ…やなのぉ…」
そして、金蝉はずっと一緒じゃなくても良いの?っと泣きながら聴いてくる。
「………」
ここで「良いわけねぇだろうが!どこまでも一緒だ、一分一秒だって離さない!」とでも、金蝉パパが大告白をしたのなら事態は丸く収まっただろう。
しかし、金蝉がそんなことを言うはずもない。
言うような人間なら、退屈などしなくてすんだだろう。
まっすぐ見つめてくる瞳に耐えきれなくなって、ふっと視線を泳がせる。
それを無言の肯定だと取った悟空はますます激しく泣き出してしまった。
泣きじゃくる悟空を見て、焦ったがもう遅い。
「…金蝉のばかぁ…ひくっ」
そう言って、首に絡めていた腕をほどき金蝉の肩に自分の腕を突っ張る。
「もういいもんっ…離せぇ…っ」
その間にもぼたぼたと悟空の涙は金蝉の衣服を濡らす。
しかし、このまま離してしまえば悟空は飛び出し、あまつさえきっと行くところは金蝉の考えているところで十中八九当たりであろう。
いつも無敵の笑みを絶やさず悟空を可愛がり甘やかしている高位な男と、大事な幼子にに余計な知恵ばかりを付けるR指定生物の顔がよぎる。
暇だと言っては何かといらないことを吹き込む露出魔の、楽しそうな含み笑いを思いだし「そういえば今日はババァのところへ遊びに行ってたな」と思い出した。
そして不安はよぎる。


「おい悟空」
腕の中から何とか脱出しようとしているサルに声をかける。
悟空は一端攻撃の手を休め、声の主を見上げる。
金の瞳に涙を浮かべ、少し赤い眼で上目使いに見上げてくる。
拗ねたようにつきだした唇は紅く、可愛らしい。
一瞬くらっとしてしまったが、何とか思いとどまる。
「てめぇ、また余計なことババァに教わったんじゃねぇだろうな?」
きょと、っとしていた悟空だがぱっと思いついたように話す。
「余計なことじゃねーもん!たなぼたのお話だもんっ。」
「たなぼた……?」
眉間に皺を寄せ、悟空の言った言葉を反復する。
(たなぼた…たなぼた…?棚からぼた餅……とは違うのか?何なんだ、たなぼたって)
【棚からぼた餅】と言うのを教わったというのなら、悟空が癇癪など起こすはずは無い。
それに意味を理解するにはサル頭では無理だろう、と金蝉は考えた。
(ババァがそんなこと教えるわけねぇしな。そもそもババァは意味を知ってるのか?)
餅なんぞ落ちて来なくても、あの手この手できっと棚の上から取ってしまうだろう人。
そして、それを取りに行かされる哀れな面々。
(そう言えば最近次郎神の姿を見ないな)
常に胃が痛いといっている、観世音菩薩付きの彼を最後に見たのはいつだったか。
金蝉がそんなことを考えていると未だに理解し得ないのだと思った悟空は焦れたように言う。
「だーかーらっ!たなぼたなのっ、たなぼたぁ。彦星ってゆーお兄ちゃんと織り姫ってゆーお姉ちゃんが一年に一回会うんだってぇ」
それを聞いて年中行事などくだらないと思っているため大して気にもとめていなかったが、ようやく合点がいったとでも言うように金蝉が言う。
「それを言うなら、たなぼたじゃなく七夕だろうが!」
「…え?たなぼたじゃないの??」
はぁ…とまたため息。
サルを引き取ってから絶対にため息が増えたな…などと考えていると悟空が下から話しかける。
「ねぇこーんぜん〜〜」
下を見やれば「たなぼ…へ?たなぶた…?あれ??」などと無茶苦茶なことを言っている。
(たなぶたって何だよ…)
などと、呆れて顔を引きつらせながら答える。
「バカざる七夕だ、た・な・ば・た」
「…たなばた?」
「あぁ」
「そっか、‘たなばた’か‘たなばた’」
と繰り返し呟いている悟空の眼にはもう涙はなかった。
代わりに、金蝉に教えてもらったという満足感からか嬉々とした表情が伺える。


「で、その七夕が何なんだ?」
逃げようとしていたため、ずり落ちてしまっていた悟空をしっかりと抱き直す。
そして大地色の髪に顔を埋めるかのように抱きしめる。
悟空も腕を金蝉の首に絡め力一杯抱きつき、また寂しそうに話し出す。
「ん…あのね、彦星と織り姫って一年に一回しかあえないんだって。それで、寂しくないのかなって。オレは金蝉と一年に一回しか会えないなんてぜってー嫌だ。ずっと、ぎゅってしてて欲しい…」
愛し子の小さな我が侭に、目に見えて機嫌をよくする金蝉。
(それでずっと一緒ってわけか…)
「でも…金蝉は……」
先刻の金蝉の曖昧な返事を思いだし、また涙を溜める。
そんな悟空に内心舌打ちし、引き出しの中から色紙を取り出す。
机の上にあったハサミでそれらを切ってゆく。
シャキンと音を立てて切り終えた色紙は、真っ青な快晴を思わせる曇りのない空色と、大地の息吹を感じるような鮮やかな若草色。
「知ってるか?」
コトリとハサミをおくと悟空に向き直り問う。
「え?」
金蝉のいきなりの行動に、泣くのも忘れぽかんと口を開ける。
「短冊ってんだよ。7月7日の七夕に、これに願い事を書いて笹につるすんだ。」
「…どうなるの?」
やや遅れて返事をすれば、ふっと綺麗な笑みを浮かべてさぁな、と答えられた。
「…叶う…かな?」
まだ金蝉の手の中にある短冊を見つめて、悟空が呟く。
「試してみたらどうだ?」
金蝉にしては珍しい発言に、バッと顔を上げそれから満面の笑みで頷く。
それから、金蝉の膝から飛び降り渡された短冊のうち青い方を取る。
床に寝っ転がると、マジックのキャップを音を立ててはずす。
さぁ、と言ったところで金蝉の視線に気づく。
なに?と首を傾げられればまさか、「何を書くか気になる」などと言えず別に、とそっぽを向いた。
「金蝉も書きなよ」
ね?と言われ、渋々悟空の提案に従がい、もう一枚の短冊に書くことにした。
悟空は願い事は一つしかない、とばかりにキュッキュッと音を楽しむかのように書き始めた。


一方金蝉は何を書けばいいか悩んでいた。
願いなど無い。
少なくとも、少し前まではそう思っていた。
死すら存在しない世界。
一年中温和な気候の中、植物は咲き乱れ終わりを知らない。
鳥たちも、雛の声が聞こえるなどというのは珍しい。
退屈で…退屈で…
死と引き替えのスリルを望んでも、それは不可能に終わる。
結局、籠の中の鳥なのだと思い知らされていた。
モノクロの世界。
そんな世界に光を、色を着けたのは煩くて、バカで、よく食って、よく寝る、手の掛かるコザル。
こんなやつに一喜一憂しているのかと思うと、腹が立つ。
けれど、それは不快ではないから…
ふっと、息を吐き出しペンを取る。
どこか悪戯な笑みを浮かべて金蝉は短冊に願いを書いた。




「なぁこんぜん、これどうすんの?」
やって来たのは、金蝉の住む宮の裏手で少し高くなった丘。
その丘の真ん中には、結構な規模の笹畑がある。
「笹に吊すんだよ」
そう言って、予めくる前に通しておいた紐を笹の木に吊す。
悟空もそれに習い自分の身長より少し高い位置へと短冊を吊す。
(そういや、コイツの願い事見てなかったな)
自分の短冊にらしくもなく夢中になりすっかり忘れていたことを思い出す。
紐をつけるときも、自分でやると言って利かないのでやらせておいた。
その甲斐あってか、夜目から見る悟空の短冊は上の方だけ変に縮れている。
「何書いたんだ?」
悟空にあわせるようにかがみ込み、短冊を見やる。
へへへ…と照れた笑いを浮かべて、短冊を笹からちょっと引っ張り金蝉に見せる。

そこには―――

『こんぜんと ずっといっしょにいられますように ―ごくう―』

ひらがなだらけで、お世辞にもうまいとは言えない字体がったが、それでも悟空の願いを表現するには十分だった。

「悟空……」
ふっと笑い、抱きすくめる。
突然のことに対応の遅れる悟空。
それでも、ぎゅっと抱きしめてくれる少し低めの体温や顔にかかるきらきらの髪に気持ちよくなって目を閉じた。
「これは願いじゃねーな…」
金蝉の言葉にえっ、と悲しそうな眼をする。
「どう…」
「どうして」と続くはずだった言葉は、金蝉に無理矢理口をふさがれ消えてしまった。
一瞬の出来事に何がなんだかわからない悟空だったが、金蝉にキスされたのだとわかると顔をリンゴのように真っ赤にした。
その初々しい姿に思わず口元が緩んでしまう。
「叶うことは願いって言わねぇんだよ」
そこには、珍しく笑った金蝉と、数秒後に意味に気づき花の綻ぶような笑顔をみせた悟空がいた。



まだまだ何もわかっていない幼子だが、これから教えてゆけばいい。
どうせなら、自分色に染め上げよう。
何も知らない子供に教え込むというのも一興かもしれない。
そのためには、どんなことをしてでも繋ぎ止めよう。
自分以外を見れないように、この笑顔を自分以外に向けている余裕が無いぐらいに………

星になんて願わないが、もし叶えられるというのなら叶えてみろ。
この願いは俺以外のやつには叶えられねぇから。



『バカざるが居なくならないように  ―金蝉―』


空には光る
星たちが………


                     END


☆おまけ(笑)☆

天「金蝉〜見ちゃいましたよ、あなたの書いた短冊」
金「あぁ?」
捲「ご丁寧に、見やすい位置に吊してあるんだもんなぁ」
金「見たのか貴様ら……(怒)」
天「怒らないでください。あんな人目に付くところに吊しておくあなたが悪いんでしょう?」
金「……(怒)」
捲「『バカざるが居なくならないように』だっけかぁ?すげぇ独占欲丸出しの願いだよなぁ」
天「そんなことより、金蝉が短冊なんて書くことの方が凄いと思いますけどねぇ」
捲「あぁ、そうだよなぁ。もしかして、コザルちゃんと二人でかいたわけぇ?お父さんだねぇ」
悟「ただいまぁ〜」
天「お帰りなさい悟空」
捲「よ、ちびざる」
悟「天ちゃん、ケン兄ちゃん!」
捲「お前、金蝉の短冊見たか?」
悟「え?短冊?あ、そう言えば見てない」
悟「なんて書いたのこんぜん?」
金「知らなくて良い」
悟「えー!なんでだようっ。こんぜんは俺の見たじゃん」
天「教えてあげますよ悟空。金蝉はね…ゴニョゴニョ」
金「おい天蓬っ!」
悟「え〜〜〜!」
捲「あぁあ、バレちったっ(喜)」
悟「ひでぇこんぜんっ」
金&天&捲「「「?」」」
悟「俺迷子になってならねぇもん!そりゃぁ、たまにわかんなくなることもあるけど…(ゴニョゴニョ)」
天「あの…悟空?」
悟「でもちゃんと帰ってこれるモン!そこまでガキ扱いすること無いじゃんか!こんぜんのハゲ!」
バターン!(←部屋から飛び出していった)
天「なんか…意味違ってません?」
捲「要するにお子ちゃまなんだろ?大変だなぁ、金蝉も…クックックッ」
捲「何なら、俺様が直々に大人ってモンを…」
天「捲廉?」室内気温5度低下
捲「ハイ…え〜っと」
天「それじゃぁそれ、僕に教えてください」
捲「いやぁ…天蓬は十分知ってるんじゃないか?な?(焦)」
天「いえいえ、そんなこと無いですよ。それじゃあ行きましょうか?(ズルズル)」
捲「イヤーーーっ!!」
天「そんな大きな声出してみっともないですよ。大きな声とみっともない姿はベットの中にしましょうねぇv」
捲「やめろーーー!こんぜーん!」
金「失せろ……」
天「そう言うことで。それじゃぁ☆」
捲「ぎゃー!」
金「サルでも探しに行くか。また夕飯くわねぇと煩いしな」


終われ!
  あとがき(とかいて遺書と読む)

園生様…見捨てないでください。初書き金空は甘々を目指したはずが、ギャグになりました(大汗)。
ストーリーもいい加減ですねぇ(しみじみ)金蝉がかなり偽物です(汗)しかも七夕すぎました!(銃殺)
こんな、バカ紫蘭の書いた駄文ですが、どうぞ受け取ってやってください。煮ても焼いても、食っても(消化不良を起こす)良いです。最後までお付き合いいただきありがとうございました。しかし、たなぼたって……
ふふふふ…(コワッ)。
悟空が激烈カワイイじゃないですか〜、紫蘭さん♪
きっとチビ悟空マニアのお嬢さん方にはごちそうです「テイクアウトしたぁ〜い」という叫びが聞こえてくるようです…もっともその前に金蝉にどつかれるでしょうが(笑)。
しかも七夕ネタで「たなぼた」が園生と被ってたのには大爆笑。
いやぁ、みんな考えるコトなのねん、つーかチビ悟空って…。(遠い目)
可愛らしい金空、ありがとうございましたっ!
…で、みなさん「その2」も頂けるようですよ〜、くふくふ(確約済み)。
次回作も大変楽しみです♪