あなたへの月 |
天蓬の担当医に呼び出された捲簾は、神妙な面持ちで座っていた。 ここ最近リハビリでの歩行訓練も順調に進み、以前は全体重をバーに掛けないと動かせなかった足が、今ではバランスを取るために支える程度まで回復している。 リハビリ室まで通うのも車椅子だったのが、多少の難はあるが杖で補助するけでも充分な状態だ。 生活に支障がない程度歩けるまでリハビリは1年掛かると言われていた天蓬の足も、半年で自分の体重を支えられるようになっている。 驚異的な回復力にリハビリ担当の医師も感嘆していた。 しかし天蓬はそれだけ辛く過酷なリハビリ訓練を、人一倍我慢して頑張っていることになる。 捲簾は天蓬がリハビリしている姿を見たことない。 天蓬が厭がるのだ。 苦痛に顔を歪ませて、汗だくになっているみっともない自分の姿を見せたくない。 それに捲簾の顔を見れば、何かしら甘えが出てしまう、と。 捲簾がリハビリに付き添うことを頑なに固持していた。 みっともない天蓬なんかそれこそ今までだって見ているし知っている。 生活の全てがいい加減でだらしなく情けないのに。 今更何を言ってるんだと思うけど。 いつものように微笑みながら拒絶する天蓬を見て、捲簾は何も言えなくなった。 きっと天蓬は歩く為だけに悪戦苦闘する姿を晒して、捲簾にこれ以上事故を思い起こさせて自分を責めて欲しくなかったのだろう。 何てことはないように笑ってはぐらかしているが、天蓬の気持ちは捲簾に分かっていた。 自己非難することでもっと天蓬を苦しめることになるのは厭だ。 捲簾は小さく頷いて、リハビリ室までの送り迎えだけしていた。 天蓬の体調は順調に回復しているとばかり思っていたのに。 何かあったんだろうか。 捲簾は固唾を呑んで、医師の言葉を待つ。 目の前の医師は頭部のレントゲンやカルテを眺めると確認するように頷いた。 「脳の方も問題ないですし、リハビリも進んでいるようですね。担当の先生も天蓬さんの回復力に驚いてますよ。最終的に精密検査は必要ですが、どうでしょう?退院も視野に入れて、一度外泊してみましょうか」 「え?あの…退院って」 予想外の言葉に捲簾の声が上擦って掠れる。 きつく握りしめた拳が座っている膝の上で微かに震えた。 担当の医師は穏やかに笑いかける。 「上半身の機能は充分戻っていますし、このままで行けば足の方も問題ないでしょう。ただ天蓬さんの場合一番損傷していたのは脳なので。最終的な精密検査をして問題が無ければ、退院しても構わないでしょう。暫くは通院して貰うことになりますけどね」 医師の言葉に、捲簾は深々と頭を下げた。 「ありがとうございます…」 「いえいえ。貴方も大変でしたでしょうが、一番頑張ったのは天蓬さんですよ。僕らは天蓬さんの治癒力を促進するためにお手伝いしただけです。天蓬さんのケースは僕だけじゃない、此処に入院している患者さん達の…全ての希望なんですよ」 「………。」 医師の言葉が捲簾の心に痛みを伴って浸透する。 此処に入院している全ての患者の家族達が、大切な人が回復することを懸命に願っていた。 一年前までは自分も同じで。 毎日、一分一秒どんな時でも、天蓬が目覚めることだけを信じて待ち望んでいた。 天蓬に取り残された現実で不安に押し潰されそうになり、いるのかどうかも分からない神様に、気が狂いそうな想いでどれだけ懇願したか。 あの心に空いた暗闇の虚空を想い出すだけでも、恐くて身体が震えた。 「捲簾さん?」 「あぁ…何でもないです。それで外泊って?」 「とりあえず一日様子見という形で。外へ出るのは久々ですし、いきなり退院しては身体が返って疲れてしまいますからね。何時にしましょうか?」 「う〜ん…今日明日は仕事のアポが入ってるんで。明後日なら休日だし迎えに来れますから。天蓬にも言っておきます」 「分かりました。それじゃ明後日と言うことで。戻りは翌日の夕方でいいですね。夕食はどうなさいますか?」 「あ、それじゃ…夕食は取ってから戻ります」 「分かりました。栄養士の方へも伝えておきますね」 「宜しくお願いします」 捲簾は医師と外出の段取りを決めて、ナースステーションを後にした。 天蓬の病室へ向かう足取りも自然と軽くなる。 退院、かぁ。 近い将来、また天蓬と元通りの生活が過ごせる現実感に、捲簾の頬が嬉しさで綻んだ。 天蓬が目覚めてから季節は夏と秋を通り越し、もうすぐ冬も終わる。 今度こそ、約束していた桜を二人で眺めることが出来るだろう。 廊下の突き当たり。 天蓬の病室が近付くと、何やら騒々しい声が室内から聞こえてきた。 何事かと捲簾は首を傾げる。 聞き覚えのある看護師の声が、誰かを叱りつけていた。 誰か、とは間違いなく天蓬だ。 「…またアイツ何かやらかしたのか?」 捲簾は額を押さえて扉をノックする。 そっとドアを開けると、室内の視線が一斉に捲簾へ集中した。 看護師長と病棟担当の看護師達が天蓬を囲んでいる。 その雰囲気は殺気立っていて尋常じゃなかった。 …来るタイミング間違えたか? 捲簾は頬を引き攣らせて、看護師長へ愛想笑いをする。 「丁度良いところに。捲簾さんからもキッチリ叱って下さいねっ!全くとんでもないコトですよっ!」 やっぱり天蓬が何かしでかしたらしい。 「あのー…コイツ今度は何をしたんですか?」 「よりによって、まむしドリンクなんか持ち込んで飲んでいたんですよっ!」 「はぁ?まむしドリンクぅ?」 天蓬は窓の方を向いて、バツ悪そうに視線を逸らしていた。 捲簾は呆れてぽかんと口を開けたまま天蓬を注視する。 天蓬の考えていたことなど、捲簾にはお見通しだ。 「全く。確かに身体自体は回復しているからとはいえ、病院の栄養士も先生も天蓬さんの体調を考えて薬の処方や食事のメニューを考えてるんです。お茶やコーヒーを飲むことぐらい構いませんが、栄養ドリンクなんか飲んじゃいけませんからねっ!分かってるんですか天蓬さんっ!」 「…はぁ〜い」 天蓬は気のない返事をして、ポリポリ頭を掻いた。 「ホントすみません。俺がしっかり管理してれば気づけたんですけど…」 一応この場を収めようと、捲簾は看護師長へ頭を下げる。 殊勝に謝られて、看護師長も怒りが削がれたようだ。 大きく肩で息を吐くと、とぼけている天蓬をキツク睨み付ける。 「いいですか?二度と飲んじゃダメですよ」 もう一度天蓬へ念を押してから、看護師長達は病室を立ち去った。 扉の閉まる音が聞こえると捲簾は天蓬へ近付き、思いっきり頭を張り飛ばす。 「いだっ!」 「お前なぁ…寄りによって、まむしドリンクなんか飲んでんじゃねーよ!病室で精力増強してナニするつもりだっ!」 「だって!捲簾約束したじゃないですかぁ。僕が自分の力だけで歩けるようになったら、僕の好きなこと何でもシテいいって!」 「病院でシテもいいなんて言ってねーだろっ!つーか出来るかっ!」 「えぇ〜?何かプレイっぽくて結構興奮しそ…」 言い終わる前に、捲簾の拳が天蓬の頭上にめり込む。 「っだ!もぅっ!痛いですって!」 「テメェが馬鹿なことばっか言うからだ」 「えー?別に捲簾にナース服来て欲しいなんて言ってないでしょう?」 「そうか。俺が今すぐ戻って、お前の外泊許可を取り消してきてもいいんだな?」 「えっ!外出許可下りたんですか?」 途端に天蓬の表情が明るくなった。 捲簾は溜息を零すと椅子を引いて座る。 「退院を視野に入れて、様子を看ましょうってさ。明後日、俺が迎えに来るから」 「一晩…泊まって大丈夫なんですよね?」 「明後日の朝、朝食が済んだら出て、翌日の夕方まで許可貰ってる」 「そっかぁ…一日中ずっと捲簾と一緒に居れるんですねぇ」 天蓬は嬉しそうにニコニコ微笑んだ。 僅かに捲簾の頬が赤く染まる。 一晩外泊するということは、当然。 「…あんま無茶なことはさせねーからな」 「分かってますよ」 久々に触れ合える期待に鼓動を昂ぶらせているのは、捲簾も一緒だ。 照れてわざとぶっきらぼうに振る舞う捲簾を、天蓬は愛おしげに見つめた。 外泊日は快晴になった。 朝食を取り終えて、天蓬はもそもそと久しぶりに洋服へ着替える。 捲簾が用意してくれたモノだ。 さすがにまだ以前の体型までは戻っておらず、袖を通したシャツ感触やズボンのウエスト周りはかなり緩い。 「う〜ん。もう少し歩けるようになったら筋トレも必要ですねぇ」 元から細身のタイプだが、在るべき所に筋肉はシッカリ付いていた。 今の状態は本当にただの痩身だ。 このままでは捲簾を抱き上げることも、押さえ込むことも出来ない。 天蓬にとっては由々しき問題だった。 「退院したらジムに通いましょ♪」 欲望が絡むと、天蓬は普段のズボラさからは想像できない程生真面目になる。 理由が理由だけに、捲簾も手放しで褒めることはないだろうが。 ベッドに座ってぼんやりしていると、病室の扉がノックされた。 「よっ!お待たせ〜。ん?もう準備出来てんのか」 着替えを済ませている天蓬を眺めて、捲簾は目を丸くする。 「もう直ぐに出かけられますよ〜」 天蓬が嬉しそうに立ち上がると、捲簾は苦笑いした。 久しぶりに病院外へ出れることに、天蓬も浮かれているようだ。 一泊だけなので、特に持っていくモノもない。 「そんじゃナースステーションで挨拶して。車は正面玄関のすぐ横に止めてあっから」 大丈夫か?と捲簾が腰へ手を回すのを、天蓬が笑って制する。 扉を開けてやると、天蓬がゆっくりと歩いて出た。 天蓬の歩調に合わせて廊下を歩きながら、捲簾は今日の予定を話す。 「とりあえず途中で晩飯の買い物して行くから。天蓬何か食いたいモンある?」 「そうですねぇ…僕お鍋がいいです。病院だと食事に出ないでしょう?冬と言ったらやっぱりお鍋食べたいです〜」 「鍋ね。どんな鍋にすっか?」 「捲簾の作る鶏団子の入ったのがいいです〜」 「ふーん。じゃぁ、鶏団子と野菜と…ちゃんこみたいな感じにすっか」 「はいっ!」 捲簾はメニューが決まると、材料を思い出してうんうん頷いた。 ナースステーションで看護師達へ外泊の挨拶を済ませ、病院の正面玄関まで降りてくる。 自動ドアーが開いた瞬間、冷たいが心地良い空気が天蓬を取り巻いた。 病院内の作られた空気ではなく外の自然な温度と風に、天蓬は双眸を眇めて頬笑む。 捲簾に即され駐車場へ歩いていく途中で、天蓬がふと立ち止まった。 「天蓬?どうした?」 「…あそこ、だったんです」 天蓬は駐車場脇の一角を指差す。 そこは何てことはないただの植え込みだった。 患者達が散歩をする小道と駐車場に挟まれた場所に、広葉樹や花が植えられている。 天蓬は感慨深げに眺めた。 「事故の後、僕が目覚めた場所です。その植え込みの中で、僕は猫になって倒れていました」 「そっか…」 もし、あの場所に猫がいなかったら? きっと今の天蓬は居なかったかも知れない。 立ち竦む天蓬の肩へ、捲簾は額を落とした。 「よかった…」 捲簾が安堵の溜息を零しながら小さく呟く。 あの場所に『てんぽう』がいてくれて、本当によかった。 捲簾は心の底から天蓬と『てんぽう』の巡り会った偶然に感謝する。 「捲簾…行きましょうか?」 「あぁ。悪ぃ…寒いよな」 二人は笑いを零すと、駐車場へ歩いていった。 エレベーターの扉が開いて、二人は荷物を抱えながら降りた。 捲簾が先に行って鍵を開けていると、杖をついて天蓬も直ぐに追いつく。 「…何かすごく久しぶりですよねぇ」 「ま、一年ぶりだしな」 天蓬が通りやすいよう、捲簾が扉を大きく開いた。 中へ即して扉を閉めると、持っていた荷物を玄関先へ下ろす。 部屋の雰囲気は全然変わっていなかった。 久しぶりに訪れた部屋をキョロキョロ見回していると、先に上がった捲簾が天蓬の腕を掴む。 「靴脱げるか?」 「大丈夫ですよ。スニーカーとかじゃないですし」 心配性の捲簾に頬笑んだ天蓬は、靴を脱いで足を下ろした状態のまま硬直した。 固まって動かない天蓬に、捲簾が首を傾げる。 「どした?」 「捲簾…僕の足許に毛玉が居るんですけど?」 「毛玉?」 言われて視線を落とした捲簾は、直ぐに天蓬の動かない理由が分かった。 「てんぽうっ!何やってんだよぉ〜っっ!」 天蓬の足許に、身体中の毛を逆立てた猫がまん丸くなって転がっている。 ニョキッと飛び出した爪が天蓬の足を掴んで抱え込み、爪先に思いっきり噛みついていた。 後ろ足はゲシゲシと猫キックを炸裂している。 「捲簾…ちょっと取ってくれますかね?僕この状態じゃ屈めないんで」 「悪ぃっ!コラッ!てんぽう!ダメだろっ!」 「うにゃぁ〜っ!」 捲簾が猫の身体を掴んで抱き上げると、不満げな鳴き声が上がった。 引き離されても身体中の毛を逆立て、天蓬を睨みながら威嚇する。 警戒心剥き出しの毛玉をじっと天蓬は眺めると。 「………ふふん♪」 「〜〜〜〜〜っっ!」 得意げに口端を上げて鼻で笑うと、猫は捲簾の腕の中で猛烈に暴れた。 「…天蓬。お前ねぇ」 「うにゃっ!にゃーっっ!」 「何ですか?捲簾」 「…猫と張り合ってどーすんだよ」 捲簾は肩を落として呆れ、癇癪を起こす猫を必死にあやして部屋へ入る。 抱えていた猫を下ろすと、途端に攻撃の態勢になった。 天蓬はつーんとそっぽを向いて余裕の構え。 「お前らなぁ〜」 捲簾のこめかみがピクピクと引き攣った。 同族嫌悪だな、こりゃ。 しかし猫と人間で似た者同士というのも何だか情けない。 深々と溜息を零して、捲簾は腰に手を当てる。 「…お前達」 一触即発な険悪な空気を霧散させるような、底冷えする程不穏な声音が静かに響いた。 あまりにも恐ろしい声に、猫と天蓬はビクッと身体を跳ね上げる。 「け…捲簾?」 「にゃぁ…」 猫と天蓬が恐る恐る捲簾を振り返った。 捲簾はニッコリ微笑んでいるが、瞳が笑っていない。 「お前ら、ちょっとソコへ座れ」 指差したソファに、一匹と一人はギクシャクと座った。 大人しく並んで縮こまり、上目遣いで捲簾の様子を窺う。 ソファの前に仁王立ちした捲簾が、冷ややかな視線を落とした。 「まず、てんぽう」 「にゃ…」 呼ばれた猫が尻尾を丸めて項垂れる。 「今日は天蓬が戻ってくるから、ケンカしたりしねーで仲良く遊んで貰えって言ったよな?」 「うにゃ…」 「ケンカするようなら今日のおやつは抜きだ」 「にゃぁっ!」 ガーンとショックを受けた猫が縋り付く目で捲簾を見上げた。 「ふ…ふふふ」 「笑ってる場合じゃねーぞ、天蓬」 キツイ視線で睨み付けられて、今度は天蓬が緊張する。 自分は何もしていないが、明らかに捲簾は怒っていた。 それもかなり、物凄く、壮絶に。 一体何を言われるのかと、天蓬は怯えながら待ち構える。 「お前なぁ…何で猫とガキみてぇに張り合うんだよ。折角久しぶりに外泊出来るのに、騒々しいのはゴメンだから」 「でもっ!このチビがっ!」 「コイツの神経逆撫でするような言動を慎まないと…」 「慎まないと?」 「…今日お前の寝床はそのソファだ」 「そんなのイヤですーーーっっ!」 天蓬が泣きそうな顔で捲簾の腰へ縋り付いた。 待ちに待った夜の時間を、ソファへ追いやられて寂しく独り寝なんかしたくない。 「だって漸く捲簾と一日中イチャイチャ出来るのにっ!放り出さないで下さいよぉ〜」 捲簾の腰に頭を擦りつけ、首を振って懇願した。 あまりの情けない涙声に、捲簾は唖然とする。 抱きついてグズグズ鼻を啜る天蓬を見下ろし、捲簾が溜息を漏らして髪を掻き上げた。 「これ以上お前らが騒いでケンカしねーなら、ちゃんと寝室に入れてやる」 「えええぇぇ〜?」 「うにゃぁ〜?」 速攻重なる不本意な声に、捲簾の眉間に皺が寄る。 「おやつ抜き…独り寝…」 ボソッと最後通告を呟くと、一匹と一人は慌てて口を噤んだ。 ソファに並んで座ったまま、シュンと俯く。 「そうそう。そうやって大人しくしてろよ?俺はちょっとタバコ買いに行ってくっから。もし、帰ってきて煩かったり部屋が荒らされてたりしたら…分かってるな?」 猫と天蓬は真っ青な顔で必死に頷いた。 「いーか?大人しく留守番してろよ?」 「はーい」 「にゃっ!」 玄関の扉が閉まって、部屋には静寂が落ちた。 猫と天蓬はそのまま並んでソファへ座っている。 気不味い空気を破ったのは天蓬だった。 「…チビてん」 「うにゃ」 「僕はまだ捲簾の側へは戻れません。その間捲簾のこと…頼みますよ」 「にゃ?」 猫が天蓬へ視線を向ける。 天蓬は真っ直ぐ正面を向いたままだ。 「捲簾が辛い時、哀しい時、悩んでる時、迷っている時…嬉しい時、楽しい時。そんな時、僕は彼の側にいて上げることが出来ません。今の捲簾の一番近くにいるのはお前です。捲簾の心の安らぎになって下さい。いつでも捲簾が笑っていられるように。いいですね?」 「うにゃっ!」 当然だと、猫は力強く鳴いた。 ふと天蓬の双眸に笑みが浮かぶ。 「捲簾は僕の事故に未だ負い目を持っています。何よりも僕が回復することが先決なんです。早く元の身体に戻って…また捲簾と並んで生きていくことが大切だから」 「にゃぁー…」 「僕は身体を回復させることに専念します。捲簾と逢っていても、気づけないことがあるかもしれない。きっと捲簾が本音を吐き出せるのはお前だけでしょうからね」 「にゃっ!」 天蓬は背凭れに身体を預けて、隣の猫へ視線を落とす。 「…でも。僕が戻ったら、捲簾とのラブラブライフを邪魔させませんからね〜」 「うにゃっー!」 猫が怒ってボワッと尻尾を膨らませた。 だけど。 意地悪げに口端を上げて微笑む天蓬の瞳の真摯な色に、猫はそっぽを向くだけで何もしなかった。 遊歩道に満開の桜が咲き誇る。 穏やかな風にはらはらと舞い散る一面の薄紅色。 差し込む陽射しに瞳を凝らすと、微笑みながら空を見上げた。 雲一つ無い快晴。 ゆっくりゆっくりと。 一歩ずつ踏みしめて確かめるように歩いていく。 もうすぐ、あとほんの少し。 誰よりも大切な人が直ぐ側に居る。 今度こそ約束を果たそう。 この美しい桜を二人で眺めたい。 きっとあの人は照れ臭そうに微笑んでくれるだろう。 月明かりの下、薄紅色に霞む夜空を眺めながら。 明日のことでもいい、一年後でも十年後でも。 二人で過ごす未来の話をしよう。 今度こそ、貴方を独りにしたりしないから。 ずっとずっと、二人で寄り添って笑い合って生きていこう。 「えっ!天蓬っ!」 「…ただいま。捲簾」 貴方のためなら、僕はどんな奇跡だって起こしてみせる。 |
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