あなたへの月(猫てんの受難)



「にゃぁ〜」
ペロリと食事を平らげ満足げに顔を洗っていると、ふいに背中へ何かが被せられた。
「うにゃ?」
何事かと振り返ってみれば、真剣な顔で捲簾が自分の身体へ布を巻き付けている。
「ほれ、てんぽう。ちょい脚上げろ〜」
「にゃ??」
上げるも何も有無を言わさず勝手に脚を上げられ、強引に布の中へと通されてしまった。
猫は訳が分からず自分の背中を覗き込む。
「で、ココを留めて〜っと。おっし出来た♪」
「………うにゃ?」
上機嫌に頷く捲簾に抱えられ、そのまま姿見の前まで連れていかれた。
鏡に映った自分の姿を眺め、猫は真ん丸く目を見開く。
「にゃーーーっっ!?」
「よしよし♪やっぱ似合うなぁ〜」
鏡の中の猫は何故かセーラー服を着ていた。

何で猫なのに女子高生っ!?

吃驚しすぎて、猫はその場で固まる。
ダリダリと肉球に汗を握って硬直している猫にもお構いなしで、捲簾は楽しそうに袋の中を漁っていた。
「最近のペットってすっげぇよな〜!色んな洋服が売ってるんだぞ?てんぽう知ってたか?」
「にゃ…にゃ…」
猫は捲簾が漁っている大きな袋が気懸かりでならない。
まさかとは思うが。
「ほれ、こぉ〜んなにたくさん♪」

バサバサバサーーーッッ!!

「○◆□▲☆×◎■★△っっ!?」
袋の中から出るわ出るわ。
猫の目の前に、カラフルで小さな洋服がこんもり山積みにされた。
フリフリのワンピースやらパーカーにジャージ、忍者装束やらウサギやパンダ着ぐるみなどコスプレのような服まで。
「面白いからお前に似合いそうなの全部買っちゃった♪」
「………。」
猫はガックリとその場に前足付いて項垂れる。

捲簾にそんな趣味があったなんて…盲点でしたね。

「てんぽぉ〜折角だから写真撮ろうぜ♪」
「うにゃーっ!?」

ニッコリ微笑む捲簾に、猫は必死に首を振った。
普通の洋服ならまだしも、よりによってセーラー服姿は厭すぎる。
じりじりと後ずさりする猫を見下ろし、捲簾はきょとんと不思議そうに瞳を瞬かせた。
「何でヤなんだよ?可愛いじゃん。似合ってるぞ?」
「にゃー…」
「いーだろぉ?今のお前は猫なんだから。猫のお前はそーいうの似合ってるんだし」
「うにゃにゃっ!」
猫が前足で捲簾の膝をポンッと叩く。
何だか瞳をキラキラ輝かせて捲簾を見上げてきた。
捲簾の頬が引き攣って、双眸が剣呑と眇められる。
「…俺がセーラー服なんか着たら変態だろうがっ!」
「うにゃvvv」
「似合うかボケッ!!」
捲簾が猫の小さな頭を叩きながら真っ赤な顔で怒鳴った。
それでも懲りずに猫は強請るように捲簾の膝頭へ顔をスリスリ擦り付ける。
「俺じゃねーのっ!お前なのっ!!」
「にゃっ!」
猫はプイッと視線を逸らして拒絶した。
捲簾の表情が見る見る寂しそうに曇る。
1枚1枚服を手にとっては聞こえるように溜息まで零した。
さすがに猫もバツが悪い。
恐る恐る視線を戻せば、捲簾がじっと猫を見つめていた。

「ホントにイヤか?絶対?てんぽうすっげ似合ってて可愛いのに?」
「う…にゃぁ…」
「俺すっげお前に似合うだろうなーって選んで買ってきたのにさ…」
「にゃ…」
「はぁー…そっか…ダメかぁ」

いかにも残念でしたと言わんばかりに肩を落として服を片付け始める捲簾を見上げると、猫は罪悪感に苛まれて居たたまれない。

こんなのイヤですけど…でもでも…っ!

「………ん?」
ポンポンと。
捲簾の背中を猫の前足が叩いた。
「何?てんぽう?」
猫はポテポテ捲簾の前へ回り込み、そして。

「うにゃ…」

そっと忍者装束へ前足を伸した。
捲簾の表情がぱぁーっと明るくなる。
「何?コレならいーのか?」
「にゃぁ〜」
少なくてもセーラー服よりはマシだ。
「そっかそっか♪そんじゃコッチに着替えて一緒にデジカメで撮ろうな!悟空にも見せてやんねぇとvvv」
「うにゃ?」
「あぁ、この忍者装束選んだの悟空だから♪」
「にゃー…」
浮かれた捲簾から鼻歌交じりに着せ替えられ、忍者猫は捲簾と一緒に記念写真を撮らされた。






そんなこともあって。

「捲簾捲簾っ!どうですかっ!僕可愛いでしょう〜vvv」

いつも通りやってきた天蓬の姿を眺め、捲簾は目を見開いたまま呆然とする。
晩ご飯を食べていた猫は天蓬の姿を見るなり、思いっきりエサを噴き出した。
「天蓬…何?ソレ」
「見ての通りセーラー服じゃないですかっ!ちゃんとその辺の女子高生をリサーチしてスカート丈も短くしましたっ!」
「わーっ!回るんじゃねーっ!!パンツ見え…って、何でノーパンッッ!?」
天蓬がクルリと回ると短いスカートが翻り、下着を穿いてない尻が丸見えになる。
猫はトイレに向かって顔を突っ込んでオエッとえづいている。
「こら、そこのチビ猫。この僕のラブリーな姿を見て何吐いてるんですかっ!」
「てんぽう大丈夫か〜?そりゃ気色悪ぃモン見たら消化不良起こすよなぁ…可哀想に」
猫の背中を撫でてあやす捲簾に、天蓬が地団駄を踏んで憤慨した。
「何でですかっ!捲簾がセーラー服好きだから、わざわざオーダーして着てきたのにっ!」
「俺がいつ好きだって言ったっ!バカ天っっ!!」
「だって僕が猫の時、それはそれは嬉しそうにセーラー服着せたじゃないですかぁっ!」
「バカッ!あれは猫のてんぽうにだっ!ちっちゃな猫が着るから可愛いんであって、デッカ
イ野郎のお前じゃねーよっ!」
コスプレマニア呼ばわりされて激怒する捲簾を、天蓬はポカンと見つめる。

「僕…髪の毛もちゃんと結って可愛くリボンまで着けたのに」
「………。」
「捲簾はルーズソックスよりも正統派の紺ソックスの方が好きかなーって思って穿いてきたのに」
「………。」
「僕、そんなに似合いませんか?」
「…そこまでやんならスネ毛も剃れよ」
「はっ!忘れてましたっ!じゃぁすぐに剃って…」
「もういいっての!!」

捲簾は力任せに天蓬の頭を叩いた。
抗議してくる前に捲簾が痛そうに頭を抱えている天蓬を抱き寄せる。
「お前…マジでバカ」
「う…そんなにバカバカ言わないで下さいよ」
「ほーんとバカ。何で俺のことになるとそこまでバカになんの?」
「だって…捲簾が喜んでくれるんじゃないかと思ったから…」
しゅんと項垂れる天蓬の身体を捲簾はギュッと抱き締めた。
天蓬の耳朶を捲簾の吐息が擽る。

「そーんなお前が可愛いなぁ〜とか思っちゃう俺も大概バカなんだけど」
「………え?」

天蓬が驚いて顔を上げた。
捲簾は優しい顔で笑っている。
「ま、折角だから記念写真撮るか?」
ククッと捲簾が喉で笑うと、天蓬が小首を傾げた。
「あぁ、それなら…」
天蓬の視線が下がる。
釣られて捲簾も視線を落とせば。

「うにゃ?」

訳も分からず猫が二人を見上げていた。






「こんぜーん!ケン兄ちゃんからメール来た〜」
「あぁ?お前にだろーが」
「違うー。俺と金蝉にだってさ!」
悟空の為に夕食の用意をしていた金蝉が不審気に眉を顰めた。
未だ嘗て捲簾から金蝉宛に来たメールはろくなモノが無い。
用事なら直接来るなり電話でもいいはず。
それがわざわざメールを送ってくるなんて。

「今度は何しやがったんだ?」

悟空が煩く騒いで金蝉を呼んでいるので、仕方なしに火を止めノートパソコンの置いてあるリビングへ行ってみれば。
「見て見て金蝉っ!天ちゃんとてんぽう可愛い〜vvv」
「………何考えてんだアイツら」
写真を見た途端、金蝉は眉間を押さえて思いっきり脱力する。
捲簾からメールで送られてきた写真には、忍者装束の猫と女子高生コスプレをした天蓬が睨み合って写っていた。



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