あなたへの月(猫てんの1日)



生憎と今日は1日雨だった。

仕事を終えて帰ってきた捲簾は、傘を差したままマンションの階上を見上げる。
いちおう自宅には明かりが点いていた。
自宅の照明はリモコンでも操作出来るので、そう心配もしてなかったのだが。

「多分…だろうなぁ」

捲簾は何気なくポツリと呟いて、マンションへと入っていった。






いつもなら。
鍵の回る音で、捲簾の帰宅を待ち侘びている足音が聞こえてくる。

『捲簾、お帰りなさいっ!』

嬉しそうに微笑みを浮かべた天蓬が、玄関先まで迎えに来ていた。
天気が晴れていて、夜空に月が浮かんでいる日は。

天蓬は今交通事故の後遺症で、植物状態のまま病院にいる。
その天蓬がどういう訳か、瀕死の身体から魂が離れて猫に入り込んでしまった。
現在猫の身体に寄生している状態。
偶然か小指と小指が赤いワイヤーロープで結ばれている運命か、ぐったりと行き倒れていたその天蓬の魂が入った猫を、捲簾が拾ってしまった。
これまた、天蓬の捲簾を慕うあまりの恋心か執念か。
数日前。
捲簾は金蝉と猫を飼うという話をしていたばかりだった。
衰弱していたが懸命に瞼を開けて覗かせた瞳があまりに綺麗で、捲簾は一目で気に入ってしまう。
その瞳は今は眠っている天蓬と同じ色で。
直ぐにこの猫を飼おうと決めた。
元気になってみれば、その猫は普通とはちょっと違う猫で、最初は捲簾も戸惑う。
元々猫を飼うのは初めてだった事もあるが、自分がイメージしていた”猫”とは何か違うのだ。
『まぁ、人だって十人十色。猫だって猫なりに性格も違うよな』と思えない程、実に奇妙だった。
捲簾の拾った猫は、全然猫らしくない。
いや、猫らしくないと言うよりは、人間を相手にしているように錯覚してしまう。
それでも捲簾は、自分の拾った猫がたまたまそうだっただけ。だと思った。

その捲簾の拾った猫が。
まさか天蓬の化身だったなんて、夢にも思わなかった。

神様の気紛れか悪戯か。
今世紀最長の皆既月食の日。
薄暗闇の夜明け前、空に光り輝く輪が浮かび上がった。
その時、猫の身体に異変が起きる。
唐突に昏倒した猫の身体を淡い光が包み始め、身体を包むような光の球体になった。
次第に膨張した光が急に破裂して、周囲を眩い閃光が乱反射する。
光が鎮まった後には。
突然目の前に天蓬が現れ、悪態を吐いてブツブツ独り言ちていた。
しかし。
捲簾を抱き締めている天蓬には、何故か焦げ茶色の長い尻尾と、お揃いの猫耳がオプションサービスで付いていた。

初めはそのままの姿で居るのかと思っていたが、翌朝になると元の猫の姿へ戻ってしまう。
捲簾と猫は原因を考えた。
昨夜の皆既月食から不思議な力が作用して、天蓬の魂を具現化したのではないか、と。
しかし、その仮説もその日の夜にはあっさり覆った。
またもや天蓬は人間の姿に戻ったのだ。
やっぱり尻尾と猫耳は付いたまま。

空を見上げれば天上に浮かんだ明るい月。

これはもしかして。
皆既月食は単純にきっかけであって、月の力が猫の身体を天蓬の魂本来の姿へ戻しているのかも知れない。
そうとしか考えようがなかった。
今度の仮説は夜天候が崩れて月が出ない時、天蓬が猫の姿から変化していなければ証明される。

今までは仮定の話だったが、今日現実が分かる訳で。

捲簾は濡れた傘を持ち直すと、何となく緊張した面持ちでドアノブをガチャと回す。

「ただーいまぁー…?」
「にゃっ!」

そこに天蓬の微笑みは無くて。
視線を落とせば、猫のてんぽうが嬉しそうに捲簾を見上げて尻尾を振っていた。
「やっぱり…俺らの考えは間違ってなかったんだなぁ」
「うにゃ〜」
捲簾は猫を抱え上げると、ダイニングへ入っていく。
肩に提げていた鞄を床へそのまま落として、キッチンのキャビネットを開けて猫用のエサを取り出した。
「…昨日買ったマグロのブツも食うか?」
「にゃっ!」
捲簾に抱き抱えられたまま、猫は嬉しそうにパタパタ尻尾を振る。
エサ入れの前へ猫を下ろすと、ドライフードを少なめにカラカラと器へ入れた。
流しで手を洗ってから冷蔵庫のチルドを開けてマグロを取りだし、小皿へ乗せるとエサ入れの横へ置いてやる。
側にしゃがんで食べている様子を眺めていると、猫が捲簾を見上げた。
「うにゃ?」
「ん?俺は昼飯遅かったんだよ。もうちょっとしてからちゃんと食うって」
捲簾は心配げに見つめてくる猫の耳を指で撫でて笑いかける。
漸く安心したのか、猫は食事を再開し始めた。
猫の食欲を確認してから、捲簾は水を新しく入れ替える。
とりあえず楽な格好に着替えようとして、寝室に足を向けたが。
リビングのデスクにおいてあるノートパソコンが目に付いた。
電源が入ったままで、ブラウザーが立ち上がっている。
今日も猫は自分の身体に戻れる方法を探して、パソコンを使っていたらしい。
猫が器用に爪を使ってキーボードを打っている姿を見た時は、何とも言えない複雑な気持ちになった。

…妙に辿々しくて可愛いというか。

どうも猫の姿をした天蓬を、捲簾は甘やかしてしまう。
それは月が出て、人間の姿になった時も同じで。
感情を如実に表す尻尾を見ていると、撫でてしまいたくてウズウズする。
ついつい構いたくなると言うか。
勿論小さな猫の姿ではないので、躾は厳しくしているつもりだ。
バカなことをすれば、問答無用でど突くし、蹴り倒した。
それでもあの触り心地のイイ長い尻尾を目の前でパタパタ振られると、どんなに怒っていても呆気なく気が殺がれてしまう。
捲簾自身が自覚している以上に、天蓬の尻尾が気に入っていた。
片や天蓬の方は。
元々が猫気質ではあったが、正真正銘猫になってますます猫らしくなった。
絶妙なタイミングで甘えるのが上手くなっている。
何より、今は捲簾撃沈確実の最終手段がある。

パタパタ。

天蓬の感情を雄弁に物語る自慢の尻尾。
縋るような上目遣いで捲簾を見つめて尻尾を振れば、捲簾は悶絶する。
捲簾が顔を真っ赤にして床に突っ伏すのを見た時は、さすがに天蓬も唖然としたが。

そこまで捲簾が尻尾フェチだとは盲点でしたね、僕としたことが。

それからはここぞとばかりに尻尾を有効活用している。
何より捲簾も喜んでくれるし、自分は可愛がって甘やかして貰えた。
その尻尾をご機嫌にフリフリ食事をしている猫を、捲簾は振り返る。
「てんぽう。今日もパソコンずっと弄ってたのか?」
「にゃ?うにゃぁ〜」
「ほどほどにしとけよ?猫の目にはキツイだろーし」
「にゃっ!」
エサを食べながら返事をする猫に肩を竦めると、捲簾は寝室へ着替えに入った。






Tシャツにワイドのスケーターパンツに着替えると、捲簾がリビングへ戻る。
エサ入れの前に猫が居なかった。
首を巡らせた先に、まん丸くなった姿を見つける。
ソファのクッションへ寄り掛かって、猫は浅い眠りに入ったらしい。
丸めた身体が規則正しく上下に動いていた。
捲簾は微笑むと、点けっぱなしになっていたパソコンへ近付く。
ブラウザーを閉じて終了させようとしたが、ふと画面に見慣れないアイコンを見つけた。
「…何だコレ?」

猫の顔をしたアイコン。

何かのショートカットだと言うことは分かる。
アイコン名には”てん”とだけ書いてあった。
天蓬が捲簾の留守中に何かのファイルを落としたらしい。
最近は専ら天蓬がこのノートパソコンを使っていて、捲簾は弄っていなかった。
いつも仕事用に薄型サイズの小さいノートパソコンを持っているので、自宅のは天蓬に使わせているのだが。
何となく気になって、捲簾は後ろを振り返って猫の様子を窺った。
こちらの様子には気付いていない。
身動ぎもせずにのんびりと眠っていた。

特に何にも言ってなかったよな、アイツ。
何か情報でも見つかれば、俺にだって報告するはずだけど。
コレ、何なんだろ?

捲簾は猫アイコンをダブルクリックしてみる。
パッと画面が切り替わって立ち上がったのは。

「…日記?」

画面上にはここ最近の日付が、新しい順に上から並んでいた。
丁度天蓬がこのパソコンを使い始めた日にちから始まっている。
捲簾は一番初めの日にちをクリックした。

○月×日
どういう訳か猫になってしまったことだし、記録でも残しておこうと思います。
今日は捲簾との約束で、僕がこうして猫になってしまった原因を解明するため、1日ネットを回ってみた。
分かっては居たけど、単純には見つからないです。
探し方を色々変えた方がいいのかもしれません。
久しぶりに画面をずっと眺めていたせいか、結構目が疲れてしまいました。
ついクセでメガネを上げようとしてしまい、ちょっと恥ずかしかったです。
捲簾に見られてたらきっと大笑いされるでしょうね。
明日は海外の方も探ってみようと思います。

「…ぷっ」
日記に目を走らせていた捲簾が小さく噴き出し、慌てて掌で口を押さえた。
そっと背後を窺ってみる。
猫は先程と変わらず、クッションへ顔を乗せて眠っていた。
ホッと内心胸を撫で下ろして、捲簾は次の日にちをクリックする。

○月△日
今日は天気がもの凄く良くて、窓際のカゴで寝ていると暑すぎました。
捲簾は今日クライアント回りだって行ってましたけど、大変そうだなぁ。
夕方になると気温が下がるから、汗掻いて風邪を引かなければいいんですけど。
色々ネットを回ってみましたが、これと言った情報はありませんでした。
伝承とか心霊とか、オカルト要素の強いモノを当たった方が何かしら見つかるかも知れませんね。
狼男の例だってある訳ですし。
まぁ僕の場合、狼男とは完全に逆ですし何より猫じゃ迫力はありませんけど。
英文の細かいスペルを拾って読んでいたので、今日は疲れました。

「結構慣れない姿で頑張ってんだなぁ…」
捲簾は感心しつつも、すまない気持ちになってしまう。
天蓬が自分の身体に戻る方法を探すのを、殆ど任せっきりにしていた。
どうしたって捲簾には仕事があるし、経営者としてスタッフの管理もしなければならない。
早く戻って欲しいと願っていても、思うだけで本人任せにしていることは内心心苦しかった。
捲簾の気持ちを分かっているからこそ、天蓬も猫の身体にも係わらず無理をして居るんじゃないか、と。
「明日目薬とか、何か目に良さそうなモン買ってくっか」
猫の視力がどれぐらいのモノか分からないが、負担を掛けていることは間違いない。
せめて人間に変化した時には労ってやろうと思った。
調子に乗って甘えてきそうだが、この日記を見てしまうと無下にも出来ない。

まぁ、ちょっとぐらいは…許してやろう。

自分に言い聞かせながら僅かに頬を染め、捲簾は照れ臭そうに次の日にちをクリックした。

○月□日
今日も外は良い天気です。
昨日カゴで昼寝をしたのは失敗でした。
最初ソファで寝ようと思いましたけど、陽の当たり方は変わらないんですよね。
どうしようかと家の中を回って探しました。
ふと気付いたんですけど。
猫の時だと下から見上げるので、何だか部屋の印象が違って面白いです。
よく知っている家なのに、何だか新たな発見があったりして。
今日はベッドサイド脇のキャスターの下で指輪を発見しました。
確か前に気に入っていたシルバーリングを無くしたと、捲簾が大騒ぎしていたはずです。
僕のお手柄ですよね。
とりあえず捲簾がアクセサリーを置いてあるボックスの上に戻しておきましょう。
見つけたらきっとビックリするでしょうね。
今日はベッドで昼寝をすることにしました。
やっぱり捲簾の匂いがするので、落ち着きます。
後で海外サイトでオカルト関係のチャットを覗いてみようかな。


「何だ…アレ天蓬が見つけてくれたのか。言ってくれりゃいーのに」
先日時計を変えようとアクセサリー類が置いてあるボックスを開けた時、その上にちょこんと置いてあったシルバーリングを発見して、捲簾はやっと見つかったと大喜びした。
勿論天蓬にも嬉しくて話したが、その時は猫の姿で。
はしゃぐ捲簾を、嬉しそうに尻尾を振って見上げていたのを思い出した。
捲簾が背後をそっと盗み見ると。

「…おいおい」

猫はダラリと腹を出して、大の字になって寝入っていた。
食後の満腹感で熟睡している。
その証拠にいつもは忙しなく振られている尻尾も、垂れ下がったままだ。
あまりにも安心しきった無防備な姿に、捲簾は頬を緩める。
それだけ捲簾に気を許しているのだろう。
そうやって天蓬の挙動で分かるのが嬉しかった。
捲簾は次の日にちをクリックして、また同じように猫の一日をちょっと覗き見る。
大体が今まで読んできたような内容のモノだったが、ふと捲簾の眉間に皺が寄った。
日にちを進めて行くに連れ、その皺が段々と深くなる。
画面を見つめる視線も鋭く、物騒に眇められた。
捲簾の雰囲気が徐々に不穏に変化する。
また次の日にちをクリックすると、思いっきり頬が強張った。

○月☆日
今日はいつもより涼しいみたいです。
昨夜は捲簾があんまりにも可愛く僕にしがみ付いてお強請りしてきたので、頑張り過ぎちゃったみたいで腰の筋肉が張ってるみたいですね。
とりあえず床に伸びてストレッチしてみましたが…まぁ、気休めです。
床に転がっていると、ついつい昨夜の捲簾を思い出してしまって大変でした。
ちょっと床を汚してしまったのでティッシュで拭いたんですが、何だか肉球がベタベタしちゃって。
洗うと言ってもまさか水入れに前足を突っ込む訳にもいかないし。
第一その器で水を飲むのはイヤですよね。
どうしようかと考えて、とりあえず洗面所へ行ってみました。
もしかしたらお風呂の洗面器にでも水が残ってないかって思ったのですが。
こういう時、捲簾の綺麗好きにちょっと困ってしまいました。
お風呂はちゃんと洗ってあって、換気もしてあるらしく水なんか残ってません。
洗えないと思えば思う程、肉球のべたつきがすっごく気になってダメです。
洗えないまでも拭くぐらいはしようと、洗面所を見上げてみました。
すると洗濯機横のサニタリーボックスには、まだ洗濯していない昨日の衣類がカゴの中に入ったままでした。
どうせ洗濯するモノなら肉球を拭くぐらいいいですよね。
僕は横の洗濯機へ飛び乗って、カゴの中からTシャツを取ろうと前足を伸ばしました。
そこで気付いたんです。
もの凄ぉ〜く捲簾の匂いがプンプンしてくることに。
思わずクラッときてしまいました。
またもや昨夜の捲簾の痴態を思い出しちゃって大変です。
でも僕我慢するのは嫌いなので、そのままカゴの中へ飛び込んじゃいました♪
…どうせ洗濯するんですから大丈夫ですよね。
捲簾のパンツの中に顔を突っ込んでみたら、もーダメですっ!
スッキリしたら眠くなったので、前足で捲簾のシャツを下に敷いてそのままカゴの中で寝ちゃいました。
はぁー、捲簾に抱き締められてるみたいで幸せです。
明日から昼寝はここでしましょう。


「…どうりで。最近洗濯モンが掻き回されてると思ったら…っ!」
よりによって昼寝してただと?
しかも俺のパンツに顔突っ込んでっ!?

「てんぽーっっ!!」
「うにゃっ!?」

突然大声で怒鳴りつけられ、猫が驚いて跳び上がった。
そのままバランスを崩して、ぼてっと床に落ちる。
「にゃー…」
ぶつけた頭を痛そうに前足で撫でていると、ふと影が掛かった。
「にゃ?」
見上げると、捲簾がニッコリ笑顔で猫を見下ろしている。
しかし頬やこめかみが思いっきり引き攣っていた。
どうやら怒っているらしいことは分かったが、寝ていた自分には心当たりが無く、小さく首を傾げる。
「てんぽぉ〜?」
「…うにゃ」
殊更優しげな声音で名前を呼ぶ時の捲簾は要注意だ。
何だか分からないが、猫は戦々恐々と捲簾の様子を上目遣いで窺い見る。
怒られそうだと言うことは察知したので、ぺたりと猫耳が頭に伏せられた。
しゃがみ込んで視線を落としてきた捲簾は、笑顔を浮かべたまま指で無理矢理寝ている猫耳を持ち上げる。
「てーんぽっ♪」
「………にゃぁ」
ちょこんと座って、猫はビクッと震えると小さく返事をした。
「俺さぁ〜仕事で出かけてる間、お前がどんな風に過ごしてるのかずっと気にしてたんだよな」
「にゃ?」
「ヒトリで寂しいんじゃねーか、とか。ずっとパソコンで調べたりして、疲れてるのに無理してるんじゃねーかって」
「うにゃっ!」
そんなことはないと言いたげに、猫は鳴きながら首を振る。
「そうだよな〜?結構愉しんでたみてぇだな〜?おいっ!」
「にゃっ!?」
突然ガッチリ肩を掴まれ、猫がビックリして鳴き声をひっくり返らせた。

「俺の留守中にパンツに顔突っ込んで、オナニーぶっ扱いてんじゃねーよっ!このバカ天!!」
「うにゃっ!?」

内緒にしていたのに何で捲簾が!と、猫が驚愕で目を見開く。
すい、と。
捲簾の指が真横に動いて何かを指差した。
その先にあったのはパソコン。
「うにゃああぁぁっっ!!」
漸く捲簾に日記を読まれたと気付いた猫は、ぺしぺし猫パンチを捲簾へ浴びせる。
「にゃーっ!にゃーっっ!!」
今度はしゃがんでいる捲簾の脚をガッチリ掴んで、ムキになって猫キックを連打した。
涙目になって詰ってくる猫を、捲簾は何も言わずにじっと見下ろす。
「にゃー…」
猫はピタッと動きを止めると、捲簾の脚に頭を付けてそのまま動かなくなった。
何だか打ち拉がれている様子の猫に、捲簾も悪い気がしてくる。
確かに気になるからと、勝手に日記を読んだのは悪いと思った。
しかし、書いてる内容がとんでもない。
捲簾は深々と溜息を零して、脚にまとわりついて丸くなっている背中をポンポン叩いた。
「日記読んだのは悪かったって、ゴメン」
「…にゃ」
それでもまだ機嫌を損ねたまま、猫は顔も上げない。
「でもお前だって。戻ってる時は…まぁ回数はまちまちだけど、毎晩ヤッてんじゃねーか。な〜んで俺のパンツをオカズにしてこっそり抜いてんだよ、バカ」
「うにゃ〜」
溜息交じりに呆れて文句を言えば、前足がペシッと捲簾の腰を叩く。
「…あれでも気ぃ使って我慢してんのかよっ!?」
「にゃっ!」
「お前…ケモノになって、無駄に絶倫じゃねーか?」
「にゃぁっvvv」
「いや、だから。誉めてねーし」
「うにゃっ!?」
いじけて丸くなった猫を、捲簾はひょいっと抱き上げた。
そのままソファへと腰を下ろす。
「とにかくだ。洗濯カゴで昼寝すんのも抜くのも厳禁!」
「うにゃぁ〜」
猫が不満げな鳴き声を上げる。
日常の楽しみを取り上げられる抗議か、尻尾をグルグルと激しく回した。
「んな顔したってダメッ!」
「にゃー…」
今度は打って変わって、甘えた鳴き声を上げて捲簾をじっと見つめてくる。
猫耳をプルプル震わせ、尻尾をクリンッと捲簾の腕に巻き付けて擦り付けた。

「………。」
「うにゃ?」
「…………………昼寝カゴに俺のTシャツ入れてやるから、それで我慢しろ」
「にゃぁ〜vvv」

今日も猫の尻尾攻撃に呆気なく撃沈した。
捲簾は嬉しそうに甘えて擦り寄ってきた猫の尻尾を指先で撫でる。
猫になって見た目の可愛らしさを遺憾なく発揮する天蓬の甘えは、捲簾を悩殺して日々エスカレートしていったのは言うまでもない。




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