V.D. battlefield |
「…バレンタインって何時からバツゲームになった訳?」 ブランチの目玉焼きをフォークでぶすぶす刺しながら、悟浄が不機嫌そうにぼやいた。 「もぅ…悟浄ってばお行儀悪いですよ。テーブルに肘はつかない!目玉焼きも掻き回して遊ばないで下さいよ。小さな子供みたいですよ?」 むぅっとむくれながら悟浄は上目遣いに八戒を睨め付ける。 グチャグチャに崩された目玉焼きをパンに乗せると、バクッとかじり付いた。 「何を朝からそんなに拗ねてるんですか?」 八戒はくすくす笑いながら、悟浄のカップにコーヒーを注ぐ。 打って変わって八戒の方はすこぶる上機嫌だ。 「はぁ…去年は無理矢理極甘ケーキを1個丸々詰め込まれて、今年は3日間ベッドに軟禁だし…って俺の話を聞けーーーっっ!!」 知らん顔で鼻歌を歌いながら窓辺の花に水をやっている八戒へと悟浄が叫ぶ。 「悟浄…もしかして疳の虫が強いんですか?」 「俺を乳幼児扱いするんじゃねーよ!誰のせいだと思ってんだ!!」 思いっきり額に血管を浮き立たせて悟浄が睨んだ。 八戒はきょとんと小さく首を傾げる。 「え〜?僕何かしましたっけ?」 愛嬌を振りまいて、八戒は可憐に頬笑んで見せた。 あまりのわざとらしさに、悟浄の眉間がますます歪む。 「3日間…俺の身体、好き放題にあ〜んなコトやこぉ〜んなコトしやがって、よく言うよなぁ?」 「だって、悟浄が離してくれなかったんじゃないですか?あの薬は完全に抜かないと苦しいだけなんですよ〜?」 「そんなヤバイ薬、俺に盛るんじゃねーよっ!」 爽やかな笑顔でとんでもない事実を話す八戒に、悟浄は今更ながら背筋に冷たい汗が噴きだしてきた。 そぉっと、さり気なく八戒が近づいて、悟浄の真後ろに立つ。 「…悦くなかったんですか?」 悟浄の耳元で声落として八戒が囁いた。 耳朶を擽る吐息に悟浄の肩がビクッと揺れる。 慌てて耳を押さえると、背後の八戒を振り返った。 「どうしました?悟浄」 八戒は腰を屈めてニッコリと悟浄を覗き込む。 顔を真っ赤に紅潮させながら、悟浄は涙目でキツク睨み付けた。 「はっかいいぃぃ〜〜〜っっ!!!」 「おや?もしかして、まだ薬抜け切れてないんですかね?」 悟浄を観察するように目を眇めると、八戒は顔を近づけて頬の傷をねっとりと舌で舐め上げる。 「――――――――――っっ!!」 悟浄は必死に嬌声を噛み殺して耐えるが、ビクビクと身体が小刻みに震えてしまう。 つい、縋るようにとっさに八戒の腕を掴んでしまった。 「…どうしますか?今からベッドに行きます?僕は全然構いませんけど」 八戒の腕の中に抱き締められると伝わってくる身体の熱にさえ、ゾクゾクと快感が背筋を走り抜ける。 「も〜〜〜っっ!!何なんだよっ!!」 涙声で情けなく呟きながら、悟浄はどうにか意識を逸らそうと強く頭を振った。 八戒と言えばしてやったりと悟浄の様子に満足げに微笑みながら、更に強く抱き締める。 「ね?我慢しないで…ベッドに行きましょう?」 「…ぜってぇヤ!」 「そんな強がり言って…我慢出来るんですか?」 今度は耳朶を直接舐め上げ、舌まで差し込んできた。 「やだ…て…っ」 口では拒絶しても、身体は八戒へとしがみ付いてしまう。 もう一押しかな?と八戒がほくそ笑んでいると、 ドンドンドンドンッ!! もの凄い勢いでドアが叩かれた。 その後にゴツッと何かがぶつかる鈍い音まで聞こえてくる。 「…何だぁ?」 はっと我に返って、悟浄が八戒から身体を離した。 内心で舌打ちしながら、八戒は身体を起こす。 「誰でしょうかねぇ…まだ午前中なのに、ねぇ?」 ニッコリと振り返って微笑む八戒に、悟浄はビクッと竦み上がった。 「こ…恐ぇ」 悟浄は満開笑顔の背後にドス黒いオーラを敏感に感じ取る。 「どちら様ですか?」 扉の前で八戒が声を掛けた。 気のせいではなく、いいところを邪魔した招かれざる客に対して声も刺々しい。 「はっ…かい…俺ぇー…」 「悟空!?」 今にも息絶え絶えな悟空の声に、八戒は慌てて扉を開ける。 ドサッ… いきなり悟空の小柄な身体が倒れ込んできた。 「どうしました?悟空!大丈夫ですか!?」 すぐに八戒が悟空の身体を抱え上げる。 唯ならぬ悟空の様子に、悟浄も駆け寄ってきた。 「おい、サル!どうしたんだよ!何があったんだ!?」 悟空は二人の声に応えず、真っ青な顔で意識朦朧としている。 悟浄は掌で軽く悟空の頬を叩いた。 ふっと瞳が開いて、焦点の合わない視線がボンヤリと二人を見上げる。 「悟空、気が付きましたか?」 八戒が優しく声を掛けると、悟空は弱々しく八戒の服を掴んだ。 一体何が起こったんだろうと、二人がそれぞれ思案していると、 ぐうううううぅぅぅ… 「…あ?何だぁ!?」 「悟空…もしかして」 「腹減った…何か食わせて」 要求だけ口にすると、悟空はグッタリと身体から力を抜いた。 「はっかい〜!おかわり〜♪」 お弁当を口の回りに付けながら、元気に悟空が茶碗を掲げる。 「あの…あと1杯で最後なんですよ」 八戒が申し訳なさそうに悟空へ告げた。 「うんっ!あと1杯食べたら丁度イイぐらいかな?」 「はぁ!?お前もうどんぶりで10杯目だぞ!」 さすがに悟浄も心配を通り越して呆れ返ってしまう。 先程の騒動後、ごはんを炊いていなかったのでとりあえず炊きあがるまではと、追加で作ったおかずと食パンを焼いて食べさせたのが2斤。 ごはんが炊きあがってからは、それに合わせておかずを更に作って、既にどんぶり10杯目に突入している。 全てが悟空の小柄な身体に、あっという間に吸収されてしまった。 「何だよ…三蔵にメシ抜きにでもされたのかぁ?」 それにしてもコレはちょっと凄まじすぎる。 いつも腹減ったが合い言葉のような悟空だが、悟浄宅に遊びに来た時でも此処までは食べたりしない。 「ん?メシは食ってきたけどさ。あんなんじゃ全然足りねーもん!普段から精進料理だし少ないとは思うけど…ずっと疲れてばっかで食べなきゃ保たないからさぁ」 悟空はブツブツと呟きながらも、忙しなくご飯を口へと掻き込んだ。 「あ?疲れてばっかって…お前なんか日がな1日遊んでるだけだろうが。どんな遊びしたらそんなに腹が減るんだよ?」 悟空の食事を眺めて胸焼けを起こした悟浄は、視線を逸らしながら疑問を口にする。 傍らで悟空の湯飲みにお茶を注ぎながら、八戒も悟浄と同じ疑問を抱いていたらしく、小さく首を傾げていた。 「そういえば悟空。最近遊びに来ていませんでしたよね?確か…この前のバレンタイン以来ですか?」 何気なく呟いた『バレンタイン』の言葉に、悟空はビクッ!と肩を跳ね上げる。 「悟空?どうかしましたか??」 過剰な反応に不思議そうな顔で、八戒が悟空の顔を覗き込んだ。 途端に悟空の頬が見る見る真っ赤に紅潮し始める。 悟空は自分の頬を手で包むと、恥ずかしそうに俯いてしまった。 「何だ?なぁに真っ赤になっちゃってんの?小ザルちゃんは〜♪」 ニヤニヤ笑いながら、悟浄がからかうように悟空の頬を指で突く。 「ふむ…」 悟空の様子を観察しながら、八戒は腕を組んでしばし考え込んだ。 多分、自分の見解に間違いはないだろうと思うけれど。 当初の思惑とはちょっと違うような…。 「悟空、僕と一緒に作ったチョコ、三蔵は食べました?」 「えっ!?あ…うん…食べて…くれたけど…」 悟空が俯きながらゴニョゴニョと言葉を濁す。 実は。 八戒はチョコレートケーキに媚薬を入れたが、分量をそれぞれに変えてあったのだ。 三蔵の方にはかなりの分量、対して悟空の方へはそれよりも少し少なめに仕込んでいた。 今までモンモンと手を出さずにいる三蔵には、きっかけ程度になればいいかな?と。 要は悟空の方から可愛らしく誘った方が、三蔵もいい加減薬を言い訳にして観念するだろうと八戒は考えたのだ。 そのつもりだったのだが…。 三蔵も悟空も周りから見れば、どう見たって相思相愛。 それなのに本人達は、その辺の自覚が変なところで欠けていた。 三蔵に至っては立派な成人男性。 悟浄曰く、ソッチ方面に関してまぁ人よりは淡泊かも知れないけど、だからといって悟空をちょっと構っただけで射殺すように睨み付け、挙げ句の果てに銃乱射の的にされたんじゃたまったモンじゃない…そうだ。 かと言えば、一線を踏み切れないけれどチョットぐらいは…と丸分かりな三蔵の行動など、冷静な第三者から見れば幼気な青少年にセクハラ働く坊主にしかみえない。 過剰な愛情を示してはいるが、何か進展がある訳でもなく。 端から見ている八戒と悟浄はイライラの連続だった。 「どうせお互い好きなら三蔵もチンタラしてねーで、さっさと喰っちまえばいーんだよっ!どう考えたって据え膳じゃん!あーっもう!じれってぇっっ!!」 「まぁまぁ…小さな子供の時から三蔵は悟空を面倒見て居るんですよ?いきなり保護者から恋人に変われったって色々考えてしまうんじゃないですか?それほど三蔵は悟空を大切に慈しんでいる訳ですから」 さも常識的なこと言って悟浄を宥めていた八戒の方こそが、実はキレていたのだ。 「三蔵あんまチョコ好きじゃないから…でも俺が作ったからって、ちょっとは食べてくれたんだ。で、全部は無理だから残りを俺に食えって」 「え…じゃぁ、悟空の分のケーキと三蔵の分と…いっぺんに食べたんですか!?」 八戒は少し慌てながら悟空に確認する。 双方のケーキに入れた媚薬は結構な量だ。 それでも悟浄に仕込んだ分量に比べれば少ないけれど、身体の大きさから考えれば悟空の方が相当強い効果が現れていたはず。 「あの…悟空?チョコケーキいっぱい食べて、身体の方は大丈夫でした?」 恐る恐ると言った感じで八戒が悟空に尋ねた。 「え?美味しかったよ。何で??」 「………。」 さすがにどう説明すればいいのかと、八戒が口籠もる。 「んで?チョコ食った後、三蔵サマと何かあった?」 全く人ごとではなく、自身の身体でもって媚薬の効能を体感している悟浄としても、ちょっと…いや、かなり気になるところだ。 「えっと…何か俺、三蔵待ってる間に寝ちゃってたらしくって…あんま覚えてねーんだけど。気が付いたら三蔵が…っ」 その時の状況を思い出してか、悟空の顔がゆでだこのように真っ赤に染まる。 聞かずとも今の悟空を見れば、その時のことが手に取るように理解出来た。 「…本願成就な訳ね、三蔵サマ」 「う〜〜〜ん?でも…」 難しい顔で八戒が首を捻っている。 何かが納得出来ないようだ。 「何唸ってんだよ。いーじゃん、コイツら片づいたなら別に」 「いえ…ちょっと気になるんですよね」 「何が?」 悟浄も攣られるように首を傾げた。 「三蔵の方へ入れた媚薬は結構な量なんですよ。でも結局三蔵は殆ど食べない訳ですからね予想した成果が出てないハズなんです…でも」 「まぁ、早々予想通りにはいかないっしょ?だって、コレだぜ?」 言いながら悟浄は悟空の着ていたTシャツの襟に指を突っ込んで、下へグイッと引っ張る。 服の隙間から覗いた健康そうな肌には無数の赤い痣。 「な?ケダモノだろ」 ニヤッと悟浄が口端を吊り上げて笑う。 「…思ってた以上に我慢していたんですねぇ」 「きっかけにはなったけど、薬の効能なんてお構いなしなんじゃね?あの生臭坊主には」 「そうみたいですね」 二人はうんうんと頷きながらしみじみと呟いた。 「あっ!何すんだよ〜、伸びちゃうだろっ!」 慌てて悟空が悟浄の指を振り払う。 食事そっちのけで悟空はキッと悟浄を睨み付けた。 「せっかく三蔵に買ってもらったばっかなんだからな!もぅっ!!」 ブツブツと文句を言いながら、悟空はズズズッとお茶を啜る。 「はぁ…ご馳走様vvv」 「いえいえ、お粗末様でした。それにしても…そんなにいっぺんに食べてお腹の方は大丈夫ですか?」 カラになった食器を纏めながら、八戒は苦笑する。 「へーき♪それにこんだけ食ったって、すぐに…腹減るもん」 悟空の語尾が恥ずかしそうに小さくなった。 「あっ!そういうことですか」 突然八戒がポンと手を叩く。 「はぁ?何がそういうことな訳〜?」 悟浄が不思議そうに首を傾げると、八戒はニッコリと満面の笑みを浮かべている。 しかし瞳の奥は笑うどころか怒っていた。 「な…何なのかなぁ…」 ビクビクと怯えながら、悟浄は八戒を伺い見る。 「全く…三蔵の性欲と悟空の食欲は比例するようですね」 「はぁ?それって…もしかして」 悟浄の額に冷たい汗が伝った。 「悟空がこれだけお腹が減ってしまうほど、三蔵のセックスは相当キツイっていうことですよ♪」 「これだけの食料をカロリー補給しないと身体が保たねぇって?」 悟浄はあんぐりと口を開いたまま呆れ返った。 悟空自体の基礎体力だって並ではない。 それを根こそぎ奪い取るなんて。 「三蔵ってば、あー見えてしつこそうですよねぇ〜」 「…お前が言うな」 ガックリと悟浄はテーブルに突っ伏す。 あーもぅヤダッ! 何で俺の周りってばこんなヤツばっかなの〜。 悟浄は波瀾万丈すぎる自分の運命をちょっと考えてしまった。 「まぁ、三蔵のセックスが強かろうがネチッこかろうが仮に変態だったとしてもっ!僕は全然気にしませんけど、多大に自粛して頂くように言わないといけませんね」 何かを企むように八戒が目を眇めて口元だけで微笑む。 『こっ…こ〜わ〜い〜〜〜っっ!!』 心の中で悲鳴を上げながら悟浄は怯える。 「ねーねー?三蔵に何かあったの、八戒?」 二人の会話に三蔵が出てきたので、悟空も気になるらしい。 心配そうに八戒をじっと見上げた。 「あ、悟空は心配しなくて大丈夫ですよ。ちょ〜っと三蔵にお願いすることがありまして。別に難しいことでもないんですよ〜♪」 八戒は悟空へ心配させないようにと優しく微笑む。 「そうだ。悟空、デザートもあるんですよ。冷蔵庫にマンゴープリンが入ってますから」 「ホント?貰ってきていい?」 「ええ、どうぞ」 悟空は嬉しそうに笑うと、パタパタとキッチンへと走っていった。 「なぁ…三蔵に頼むコトって何?」 恐々と悟浄が八戒に尋ねる。 「三蔵にセックスを控えて貰うんですよ。ヤメロとはいいませんけど、回数ぐらいは減らして頂かないと。うちが破産しちゃいますよ?悟空の食費で」 「確かに…そうかも」 こんなコトが毎日続いては堪ったもんじゃない。 悟浄の稼ぎだって、イイ日もあれば悪い日だってあるのだ。 悟空を構うのは楽しいが、生活と引き替えにはできない。 「と、言うことで。僕は悟空を送りがてら、三蔵にキッチリ話つけてきますからね♪」 八戒はそれはそれは楽しげにくぐもった声を漏らしながら微笑む。 「あー…ま、頑張ってよ」 ゾゾゾと背筋が怖気たつが、悟浄はとりあえず自分に被害は及ばないのでヨシとした。 しかし、悟浄は学習能力に欠けている。 八戒に思いっきり苛め抜かれた三蔵が腹いせの矛先に向けるのが、いつも悟浄であることをすっかりと忘れていた。 「あ、そうだ!」 八戒がふと何かに気付いて悟浄を振り返る。 「何だよ?」 「楽しみにしてますからね♪」 「は?何が??」 何を言ってるのか本気で分からない。 「ホワイトデー。もちろんお返しは悟浄でいいですからねvvv」 「何だとおぉぉぉーーーーーっっ!!!」 悲痛な悟浄の叫び声が響き渡った。 「もし、逃げたりしたら…分かってますよね?」 ニッコリ極上笑顔。 「………………………………はい」 俺も悟空みたいに食えばどーにかなるんならいーけどなぁ、などと悟浄はひっそり恐怖のホワイトデーまで涙に暮れるのだった。 END! 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