Sweetest medicine

2日程前から寺院は大騒ぎしていた。
寺院中の位の上下は関係なく、僧侶達があっちへこっちへとバタバタ走り回っている。
なぜなら。
流行はとっくに過ぎ去った時期だというのに三蔵が風邪で倒れたからだ。
仕事の進捗が問題なのはモチロンだが、何よりも三蔵が倒れたというのが寺院を恐怖に陥れている。
三蔵の機嫌までもが悪化しかねないと誰もが危惧していた。
触らぬ神に祟りなし。
『ウルセー』
の一声で僧侶を震え上がらせ、必要最低限は近付くことさえ許さない。
『メシと薬を持ってくるだけでいい。あとはこの猿にやらせる』
ということで、三蔵の住む離れは本殿側とは違って静まりかえっていた。
しかし、僧侶達は一つ勘違いをしている。
三蔵は、
ものすっごく機嫌が宜しかった。



「おとっつぁん、おかゆができたわよん」
「いつもスミマセンねぇ…」
「いやんvvそれは言わないって約束よん♪」
「…てめぇら、何しに来たんだ」
食事を取るためベッドで半身を起こしている三蔵は、額に青筋を立てながら八戒と悟浄を睨み付けた。
その傍らで悟空が一生懸命おかずを小分けしている。
「いやぁ、三蔵が倒れたと訊いたんで様子を伺いにきたんですけど、思った程酷くはない様ですから」
八戒がニコニコとお見舞いのリンゴを剥きつつ答えた。
「そうそう、こんな時期に風邪なんて、さぞかし機嫌最悪で小ザルちゃんも大変だろうなぁ〜と思ったから」
なぁ?と悟浄は八戒に同意を求める。
「まぁ、いつも忙しくて悟空ともゆっくり居られないんですから、お休みできて丁度いいんじゃないですか?三蔵」
三蔵は憮然とした表情で八戒の顔を眺める。
捻くれ者の三蔵は無言のまま、何も答えなかった。
『それが肯定しているってことなんですけどねぇ』
内心で八戒は苦笑する。
「はい、悟空。リンゴ剥けましたよ」
綺麗に剥いて切り分けたリンゴを皿に置き、悟空へと差し出した。
「ありがと、八戒!そっちのテーブルに置いといてくれる?」
先程から悟空はおかずを小分けするのに必死で、八戒の方に顔も向けない。
「おい、まだか?」
不器用でいつまでも終わらない悟空に、三蔵は呆れながら催促した。
しかし口調は素っ気なくても、三蔵がすこぶるご機嫌なのは纏う空気で分かる。
「さっきっから何やってんの?」
悟浄は八戒の剥いたリンゴを食べながら、悟空の後頭部を突っついた。
「はぁ…できたっ!三蔵お待たせ〜♪」
悟空はニッコリと三蔵に微笑む。
「いーから、早くしろ。何分かかってやがんだよ」
ベッドでふんぞり返って三蔵は偉そうに文句を言った。
「えっと…そんじゃ、お粥からな!」
悟空がレンゲで行平から茶碗にお粥を移す。
そこから一口分を掬うと、ふーふーと息を吹きかけ、お粥を冷ました。
「はい、三蔵あーん…」
零さない様に悟空が三蔵の口元へレンゲを運ぶ。
それを三蔵は当たり前の様に口にした。
「三蔵、熱くない?おいしい??」
悟空がどきどきしながら三蔵の表情を伺う。
「大丈夫だ…もっと寄越せ」
「うんっ!」
嬉しそうに返事をすると、悟空は先程と同じ様にお粥を冷ます。
その凄まじい光景を目の当たりにして、八戒と悟浄は金縛りにあった。
はっきりいって、恐ろしいを通り越して視覚の凶器だ。
「三蔵、次は何がいい?」
「……魚」
「魚ね…はい、あ〜ん♪」
悟空は三蔵の世話をするのに夢中で、二人の反応など全く気づいていない。
三蔵は分かっていながら、わざと見せつける様に無視していた。
「あ、三蔵ご飯ついてるよ〜」
悟空は身を乗り出して、三蔵の口元に着いたご飯粒をペロリと舐め取る。
八戒と悟浄は恐いモノ見たさの気分で視線を外せなかった。
「おい、悟空お茶」
「うん!」
悟空はお盆の上から湯飲みを取り上げる。
『ま…まさかっ!?』
八戒と悟浄の背をいや〜な汗が伝い落ちた。
「はい、三蔵!零さない様に気を付けてね」
悟空はそのまま湯飲みを三蔵へと渡す。
受け取ると三蔵はずずずーとお茶を啜った。
『…なーんだ』
八戒と悟浄は、ほっと胸を撫で下ろす。
先程までの展開から行くと、お茶さえも口移しで飲ましかねないと思っていたからだ。
「おい、何さっきっから百面相してるんだ、お前ら」
呆れた表情で三蔵は二人を睨み付ける。
『誰のせいだっ!ヘンなモン見せつけやがって!!』
『三蔵も人が悪いですよねぇ…』
八戒と悟浄は顔を見合わせて、小さく溜息を漏らした。
「三蔵、おかわりは?」
空になった器を見て、悟空は三蔵を覗き込む。
「もういい。厨房に食器返してこい」
「わかった!」
悟空はお盆を取ると部屋を出ていった。
バタンと扉の閉まる音を聞いて、八戒と悟浄は思いっきり脱力する。
「おいおい…さっきのは何な訳ぇ〜」
悟浄は呆れた様に三蔵に目をやった。
「何がだ?あいつが世話させろってピーピーうるせーから、させてるだけだが?」
何を分かり切ったことを、と言わんばかりに三蔵が答える。
「それにしてもアレはちょっと…なぁ?」
悟浄は同意を求めながら八戒を伺った。
「まー、確かに僕もちょっとビックリしましたけど…悟空は嬉しそうなんだからいいじゃないですか」
八戒は苦笑しながら三蔵へとリンゴの皿を渡す。
「そっかぁ?」
悟浄は呆れながら眉間に皺を寄せた。
「それに、もし悟浄が病気になったときは、僕が超スペシャルコースでバッチリ看病シテあげますからね…もちろんオプション付きでvvv」
八戒がニッコリと悟浄へ頬笑む。
「…いえ、謹んでエンリョしておきます」
ゾゾゾッと全身に鳥肌を立てて、悟浄は椅子ごと後ずさった。
「おい、鬱陶しいんだよ、お前ら。余計具合悪くなるモン見せるんじゃねーよ」
不機嫌丸出しな声で三蔵は毒づく。
『どっちが!』
口には出さずに、八戒と悟浄は心の中で突っ込んだ。
「さんぞ〜!薬と水貰ってきたよ〜」
険悪な空気を破って、悟空が厨房から戻ってきた。
はい、と三蔵へ薬を差し出す。
「おーおー、マメだねぇ、チビ猿ちゃんは」
悟浄が開き直って悟空をからかった。
「なんだよっ!エロガッパ!!」
むぅ、と頬を膨らまして悟浄を睨む。
「それにしても、悟空も頑張ってますねぇ…大変じゃないですか?」
八戒は睨み合う二人の間を割って、悟空に声をかけた。
「え?俺平気だよ!いっつも三蔵に世話ばっかかけてるからさ…こんな時じゃねーと三蔵のために何かできないし」
悟空は照れくさそうに頬笑む。
「でも結構病人の世話って大変でしょう?」
八戒は悟空を気遣う。
手伝えることがあればしますよ、と。
「そんなことないよ。世話って言ってもご飯食べるの手伝ったり、身体拭いて…あげたり…」
突然悟空がカーッと真っ赤になって俯いてしまう。
「どうかしたんですか、悟空?」
悟空の様子に八戒が首を傾げた。
悟浄はすぐにピンッときて、二人の様子をニヤニヤ眺めてから三蔵へ視線を向けた。
「…何だ?」
三蔵は眉を顰めて、思いっきり不機嫌に悟浄を睨む。
「三蔵サマってば、チビ猿ちゃんにドコ拭かせちゃってるのかしら〜ん♪」
ニンマリ楽しげに笑いながら三蔵をからかった。
「そんなもの、全身に決まってるだろーが」
フンッと鼻で笑い、当然のことだと三蔵は即答する。
「さんぞーってば…俺身体拭いてあげてるだけなのに……スゴイんだもんっ」
ポッと頬を朱色に染めながら、悟空は恥ずかしそうに三蔵を見つめた。
「えー、いやぁんvvv三蔵サマのナニがスゴイの〜?」
悟浄は楽しげに悟空をからかう。
「悟浄、何を馬鹿なこと…」
八戒が調子に乗る悟浄を窘めようとした。
「だってだってっ!…さんぞーってば…」
悟空は真っ赤な顔でぼやき始める。


『三蔵、汗いっぱいかいたから着替えた方がいいよね?』
悟空は洗面器にお湯を貰ってきて、ベッドの横へと置いた。
それからタンスへと行き、タオルと着替えを持って戻ってくる。
三蔵は何の迷いもなく、さっさと寝間着を脱いで全裸になった。
三蔵の鍛え上げられた裸身に、ぼーっと悟空は見惚れてしまう。
『…おい、何固まってるんだ』
三蔵の呆れた声に悟空ははっと我に返る。
少し頬を染めながら悟空はブンブンと頭を振った。
その様子に三蔵は不適な笑みを浮かべる。
『あ…ゴメンッ、早くしないと寒いよな!』
悟空はタオルを湯に浸して絞ると、三蔵の背中から汗を拭っていく。
何だか恥ずかしいので、悟空はあまり三蔵を見ない様にしながらもくもくと手を動かした。
ちょこまか動きながらどうにか上半身を拭き終わり、もう1度タオルをお湯で浸して絞る。
『それじゃ、次は脚を―――!?』
タオルを持ったまま悟空はピキッと硬直した。
次の瞬間かーっと全身真っ赤に紅潮させ、慌てて俯く。
『どうしたんだ?悟空』
三蔵は楽しげに悟空を眺めた。
『だって…さんぞ…っ』
チラッと三蔵の方を盗み見るが、すぐにぎゅっと眼を瞑ってしまう。
『ホラ、寒ぃだろーが…さっさと拭けよ。いつまでも着替えらんねーだろ?』
枕をクッション代わりにドッカリと背を預けて、三蔵は悟空に続きを催促した。
『わかったよぉ…』
悟空は極力三蔵の身体を見ない様にして、足首の方からタオルで拭っていく。
『おい、何さっきっから脚ばっか拭いてんだよ』
三蔵の不機嫌な声に悟空はビクッと身体を震わせた。
『…後は三蔵が自分で拭いてよ』
悟空は真っ赤な顔で俯いたまま、スッと三蔵へタオルを差し出す。
三蔵は悟空の態度に眉を顰めた。
『あー?俺は熱のせいで身体がかったりーんだよ。ちょっとでも動くと直るのが遅くなるんだがな?それなのにテメェは俺に自分でやれって言うのか?』
思いっきり不遜な口調で悟空を追い込む。
悟空は恥ずかしげに三蔵を見上げてから、チラリと下肢へ視線を向けた。
『だって…三蔵の…何でおっきくなってるの?』
『寝起きは誰だってこーなるんだよ、お前だってそうだろうが』
『…そんなの覚えてない』
三蔵に言われて悟空は首を傾げた。
『それに…今更恥ずかしがることでもねーだろ?散々見慣れてんじゃねーか』
確かに言われてみればそうかもしれないけど。
『だって、恥ずかしいんだからしょーがないじゃんっ!』
真っ赤な顔のまま悟空はぷくっとむくれた。
『…ゴホゴホッ』
いつまでも動こうとしない悟空に焦れて、三蔵はわざとらしく咳き込んで見せる。
『三蔵!?大丈夫??』
我に返ると悟空は心配そうに三蔵を覗き込んだ。
『いつまでもこんな格好じゃ風邪酷くなるかもしれんな…』
ぼそぼそっとトドメの言葉を三蔵が呟く。
『…わかったよぉ』
悟空は涙目になりながら決心した様に、ぎゅっとタオルを握りしめた。
どきどきしながら三蔵のモノに指を触れた。
その途端、
『ひゃっ!!』
三蔵のモノがビクンと硬くなり、悟空は驚いて指を引っ込める。
じっと三蔵へ縋る様な視線を送った。
『ゲホゴホッ』
またしても三蔵がこれ見よがしに咳き込んだ。
悟空は慌てて再度タオルを握りしめる。
拭くだけなんだから、
と自分に言い聞かせて、タオルで三蔵の下肢を清め始めた。
しかし、
『さんぞー…コレ、どうにかなんないの?』
困りはてて悟空は三蔵を見つめる。
『あー?』
『だってさ…拭いても拭いても濡れるんだもん』
これじゃいつまで経っても終わらないと、悟空はぷぅっと頬を膨らました。
『仕方ねーだろ?出さなきゃそのままだな』
さも当たり前の様に三蔵は言い返す。
『そっか!出しちゃえばいーんだ!!』
三蔵の打開策にぱぁっと悟空の眼が輝いた。
してやったりと、内心で三蔵はほくそ笑む。
『そんじゃ…えっとぉ』
悟空が三蔵の起立する雄に手を添えた。
『おい、口でヤレよ』
三蔵が悟空に強要する。
『えー?出すだけじゃん』
口での奉仕があまり好きでない悟空は不平を漏らした。
『手でヤッたら飛び散って寝具が汚れるだろーが』
尤もらしいことを三蔵が言う。
『そういえば…そうだよなぁ』
悟空は小さく溜息つくと、諦めて三蔵のモノを口に咥えた。


「…騙されてるぞ、おい」
「……三蔵」
八戒と悟浄は悟空の話を聞き終わり呆然とした。
呆れ返りすぎて、開いた口も塞がらない。
「その後何度もさせられてさぁ…結局『もっと汗かいた方が直るのが早い』とかいって…」
そこまで言うと、悟空は頬を染めながら恥ずかしそうに言い澱む。
「…最低」
悟浄がボソッと本音を漏らした。
八戒は不穏な空気を纏いながら三蔵に鋭い視線をやる。
「…何だよ」
陰険な空気を物ともせず、三蔵は不遜に鼻で笑った。
「でもさぁ、ホントに三蔵の熱下がったもんなぁ」
悟空はニッコリと三蔵に頬笑む。
「お前の看病のおかげだな」
三蔵はよしよし、と悟空の頭を撫でた。
「えへへ…俺三蔵の役にたった?」
嬉しそうに悟空は三蔵へ寄り添う。
「…そうだな」
三蔵が口端に笑みを刻むと、悟空はぎゅっと三蔵にしがみついた。
すっかり二人だけの世界に浸っている。
「アホらし…帰るか」
「…そうですね」
八戒と悟浄は椅子から立ち上がった。
「あー、すっげぇ胸焼けがする」
「奇遇ですね、僕もですよ」
二人は散々ぼやきながら部屋から出ていく。
「さっさと直せよ、生臭エロボーズ!」
捨て台詞を残してバタンと扉が閉まった。
「さんぞ…早く直ってね?」
「ああ、直ったら思いっきり可愛がってやるよ」
「もうっ!三蔵のえっち〜!!」

…いつまでもイチャついていましたとさ。