Wouldn't it be nice !



冬の足音が直ぐそこまで近付く秋晴れの空の下。

「はぁー…もぉ…」

悟空は寒さに染まった頬を膨らませ、膝を抱えたまま項垂れた。
そうして溜息ばかり吐いて既に小一時間。
小さな頭を一生懸命悩ませるが、一向に解決策は浮かんでいない。
「マジで…どーしよう」
ベンチの上で膝を抱え、悟空はゆらゆらと身体を揺らした。
右手にはシッカリ八戒お手製白ニャンコのお財布が握り締められている。
三蔵が朝のお務めで留守の時、悟空が毎朝見ている情報番組で人気のあるキャラクターだった。
いつも小銭をポケットへ入れっぱなしにしている悟空を見かねて、八戒が作ってくれたお財布だ。
その愛用のお財布を大切そうに握って、悟空は哀しげな表情で俯いている。

悟空が居るのは街の中央にある広場だった。

午後の街中は買い物客で賑わい、活気に溢れている。
老若男女問わず、色々な人々が楽しげに買い物する姿を、悟空は羨ましそうに眺めた。
別にお金がなくて困ってる訳じゃない。
白ニャンコ財布にはお札だって入っていた。
大事な今日のため、悟空は1年間必死でお小遣いを貯めてきたのだ。
三蔵にお使いを頼まれた時に貰ったおつりや月々のお小遣い、それに近所の農家や八戒の手伝いをして貰ったお駄賃等々。
いつもならお菓子を買ってしまう所をぐっと堪え、こっそり貯金箱に貯めてきた大事な大事なお金だった。
一生懸命我慢して貯金したのも今日の為。
漸く貯まったお金を財布に入れ、意気揚々と街へ繰り出して来たものの。

「はぁ…何買っていいか全然思いつかねーや」

初っぱなから本来の目的を前に挫折気味だった。
楽しそうに買い物する家族連れや恋人達を、悟空は恨めしそうに眺める。
ホントはこんなはずじゃなかった。
「もぅ…三蔵が悪いんだっ!」
ぷぅっと頬を膨らませて、今頃超絶不機嫌に行事を堪える三蔵へ悪態を吐く。
今日は三蔵は朝早くから本殿で拘束されていた。

年に1度の大行事。
玄奘三蔵の聖誕祭が寺院で厳かに催されていた。

誕生日と言っても三蔵の場合、師匠である光明三蔵が川で拾った日を名目上誕生日にしているだけで、本人さえ本当の誕生日は分からない。
しかし、三蔵は桃源郷を司る最高僧。
その聖誕祭は職務の一環で、張本人がバッくれる訳にはいかなかった。
自分の誕生日に浮かれるどころか有り難みも全く皆無で、何より面倒臭がり嫌悪する三蔵だが、今は亡き光明の手前、現存する唯一の最高僧として辞退することも出来ない。
朝っぱらから僧正自ら笑顔で拘束…いやいや迎えに来られ、超絶不機嫌な表情のまま、あっさり連行されて行く羽目になる。
何度か逃走を企てたことのある三蔵に対して、寺院の者達も抜かりなかった。
真っ黒な不機嫌オーラを撒き散らしながら着替える三蔵を寂しそうに眺めていると、悟空の様子に気付いた僧正が優しく頭を撫でる。
「すまんの?今日1日三蔵様をお借りする」
「あ…うん。お仕事だから、しょーがないよね?」
「悟空は良い子だのぉ…誰かさんにも見習って貰いたいもんじゃ」
ほっほっほっ、と長閑な笑いを上げる僧正を、三蔵は射殺す勢いで睨み付けた。
三蔵からの殺人光線を浴びても僧正は全く動ずることなく、のほほんと笑みを浮かべるだけ。
忌々しげに三蔵は小さく舌打すると、小坊主に八つ当たりしながら着替える。
「悟空、適当に遊んでこい。ただし暗くなる前には帰れ」
「分かった。八戒達の所に遊び行ってくるから」

ポンポン。

悟空の頭を軽く叩いて、三蔵は本殿へと向かった。
壮麗な正装で悠然と歩く三蔵を見送ってから、上機嫌で街へと繰り出してきたのだが。
いざ街へ着いてキョロキョロ物珍しげに店を見渡している悟空の表情が、次第に暗く沈んでいった。
ウィンドウを眺めては溜息を零し、隣の店へ移動してまた溜息を零すの繰り返し。
途方に暮れた悟空はとぼとぼ街の広場まで来て、とうとうベンチへ座り込んでしまった。

三蔵のプレゼントが選べない。

三蔵が喜んでくれる物が全然思いつかなかった。
今日街まで出かけてきたのは、当然三蔵への誕生日プレゼントを買いに来るため。
この日のために一生懸命お金を貯めてきたが、いざプレゼントを選ぶことになった途端、悟空の頭の中は真っ白になってしまう。
これといって決めてもいなかったけど、街に出て探せば何か見つかると簡単に考えていた。
それなら三蔵本人に何が欲しいか聞いてくればよかったはず。
悟空も最初はそう考え、三蔵に欲しい物があるかお窺いを立てた。
ところが、三蔵から帰ってきた言葉と言ったら。

「あ?プレゼントだぁ?んなモン身体でいい」
「身体?」

サラリと言われた言葉が理解できず、悟空はきょとんと瞬きする。
何の身体だろうと首を傾げる悟空の腕を、三蔵は強引に引き寄せた。
「テメェの身体で良いつってんだよ、サル」
「え?俺??」
暫し考えること数分。
ポンッ!と音が出そうな程悟空の顔が真っ赤に染まった。
「三蔵のエッチーッ!!それはもうあげちゃってるからプレゼントになんないじゃんっ!そうなじゃくって!三蔵が欲しいモノを聞いてるのっ!」
キャーキャーと照れまくってはしゃぐ悟空へ三蔵はすかさず要求する。
「じゃぁ、テメェのすっげぇ身体
「な…何がす…すげぇのっ!?」
何を言われてるかさっぱり意味が分からず、悟空が腕を組んで唸っていると、三蔵が顔を寄せて不敵に呟く。
「俺の誕生日プレゼントになるんだろ?だったら好き勝手にいつもよりすげぇコトさせろ」

いつもよりすげぇコトって何っ!?

小っちゃな頭の許容量を超える三蔵の要求に、悟空はパニック状態のまま硬直する。
呆然としているウチに何だか約束までさせられ、結局三蔵が欲しいモノのリサーチは出来なかったのだ。

「…さんぞのバーカ」

悟空は膝を抱えて顔を伏せる。
三蔵の誕生日に、何か残るモノをプレゼントしたかった。
ソレを見るたび今日を思い出してくれるような、贈った自分の心を感じてくれるようなモノを。
それなのに。
三蔵は教えてくれないし、自分じゃ思いつかないし。
このまま寺院へも帰れない。
いっそ誰かに相談すればよかった。
八戒とかだったらきっと良い案が浮かぶかも。

「あ、そっか!八戒に訊いてみればいいんだっ!」
「…八戒がどうしたって?」
「えっ!?」

真後ろから聞こえた声に、悟空は慌てて振り返った。
「こーんなトコで何やってんの?小ザルちゃん」
背後に立っていたのは悟空の見知った人物。
「悟浄っ!もう悟浄でもいーや!ちょっと訊きたいことあるんだよ俺!!」
『サルってゆーなっ!』とてっきり飛びかかってくると思いきや、どういう訳か全開笑顔で熱烈歓迎され、悟浄は逆に何事かと顔を顰める。
「何?八戒じゃなくていーのかよ?」
「そりゃ…八戒の方がいいけど。でも時間無いし〜」
「お前なぁ〜人にモノ訊くならそれなりの態度ってモンがあんだろーが」
「態度?何それ??」
「そうだなぁ…『格好いい悟浄様、お願いですからおバカなサルに教えて下さい』っつって見ろ?」
「んなコト言えっかっ!このバカッパ!!」
「ほほぉ?何か俺に教えて欲しいんじゃねーのかなぁ〜?」
「うっ…」
悟浄はニヤニヤ人の悪い笑みを浮かべながら、黙り込む悟空の頭を肘で小突いた。
しかしいつものように反撃が帰ってこない。
拍子抜けして俯く顔を覗き込めば、じんわり涙なんか浮かべていた。
さすがに悟浄も焦る。
「わーったって!俺に何を訊きたいんだよ?」
よいしょっとベンチの背を乗り越え、悟浄が悟空の隣へ腰を落とした。
悟空は俯いたまま、大切そうに白ニャンコ財布をぎゅっと握り締める。
「何だ?何か買いにきたのか?」
悟浄の問い掛けに悟空はコックリ頷いた。
「今日…さんぞの誕生日…だから」
あちゃー、と悟浄は空を見上げて顔を覆う。
確かこの前悟空が家へ遊びに来た時、そんなことを言って八戒に誕生日ケーキを焼いて貰う約束をしていた。
すっかり失念してたが、今日だったのか。
「そんで?プレゼント買いに来たのか」
これにも悟空はコクコク頷く、が。
「でも俺…何買っていいか…全然思いつかなくって」
しゅんと意気消沈する悟空を見下ろし、悟浄はポリポリ頭を掻いた。
「三蔵に訊かなかったのかよ?」
「訊いた。訊いたけど…っ」
途端首筋まで真っ赤に染めて恥ずかしがる悟空を眺め、三蔵が何を要求したか悟浄には何となく分かってしまう。
「ほーんと…三蔵ってば生臭坊主」
本音はそうであっても、誕生日にヤラせろって正直に強請るバカはそうそう居ない。
ましてや相手は三蔵にとって大事な大事な恋人、にも係わらず。
これが女性なら、平手の2〜3発は確実に喰らってるだろう。
こればっかりは悟浄も悟空に同情した。
「で?悟空は悟空なりに何か贈りたくって街まで買いに来たってことか」
「うん…」
「三蔵のプレゼントねぇ〜」
「何かあるかな?どういうモノ贈ったら喜んでくれるかな?」
悟空は期待と不安で瞳を揺らし、思案する悟浄へ縋りつく。
「アイツが喜ぶモノなら簡単だけどなぁ」
「え?なになにっ!?」
「ちょい、来てみ?」
そう言うと悟浄は立ち上がって、悟空を手招いた。
足取り軽く通りを横切ると、とあるショップの前で立ち止まった。
「コレなんか三蔵大喜び間違いなしっ!」
「はぁ??」
ビシッ!と力強く断言して悟浄が指差したウィンドウ内にディスプレイされているのは。

「…何で三蔵がスケスケのスカートで喜ぶんだ?」

悟浄が連れてきたのはランジェリーショップだった。
ウィンドウには色取り取りのセクシーナイティーが飾ってある。
「コレなんかぜってぇアイツ好きだな」
悟浄が勧めるのは淡いピンクのシルクキャミソール。
悟空は思いっきり顔を顰めた。
「こんなの三蔵喜んで着るかぁ?」
「ばーか。着るのはお前だ」
「へっ!?何で俺が??」
驚いて目を見開く悟空もお構いなしに、悟浄がじーっとキャミソールを観察する。
「ナイスバディのお姉ちゃんが着ればレースのTバック丸見えでエロいけど、お前ちっちぇから太腿ぐらいまで隠れんだろ。色気にはイマイチ欠ける気もすっけど、ベビードールみたいで丁度イイんじゃねー?」
「何が丁度いいんだよっ!」
真っ赤な顔で悟空が喚くと、悟浄がポンと手を打った。
「………あー、そっかそっか。うんうん」
勝手に何かを納得して頷きながら、店内へと入ってしまう。
いきなり放置されて悟空が呆然と立ち竦んでいると、すぐに悟浄は戻ってきた。
「ほい、コレ」
そう言うと悟空へ可愛くラッピングされた袋を手渡す。
「…何買ってきたの?」
「んー?さっきのエッチな下着ぃ〜♪『愉しい夜を過ごしてね〜ん』って俺サマからのプレゼントを三チャンへ渡しとけ」

スケスケの下着を三蔵に?
でも着るのは俺って…

「俺はっ!三蔵の誕生日プレゼントが買いたいんだよっっ!!」

悟空は涙目で絶叫すると、ゲラゲラ笑う悟浄の腹へ渾身の蹴りをお見舞いした。



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