Milky Way Attraction |
「さーさーのーはーさぁ〜らさらぁ〜♪」 上機嫌な鼻歌交じりに、悟浄はご近所の兄の部屋へ向かっている。 最近駅前に出来た美味しいと評判のケーキ屋に寄り、フルーツの沢山乗ったタルトをホールで買った。 肩には青々とした葉が涼しげに揺れている。 今日は7月7日、七夕の日。 大学のゼミ研修で近郊の山まで出かけていた悟浄は、地主さんのご厚意で小振りの笹を分けて貰った。 きっと可愛い甥っ子は喜んでくれるに違いない。 悟浄自体こういう地味なイベントは殊更意識してしたことないが、甥っ子簾のためなら話は別。 それに熱烈お付き合い中の八戒は案外古風で、こういう趣のある風習が好きだった。 明日は休日。 二人で飾り付けた笹を眺めながら冷酒でも傾けてゆっくり過ごすのもいいかもしれない。 朝、いつもどおり簾を保育園へ送って行ったとき、玄関に大きな笹飾りが立てかけてあった。 『綺麗に飾られてるでしょう?みんな結構はりきちゃって。こういうのも楽しいですよねぇ』 そう言って八戒は揺れる短冊を見上げて笑っていた。 色取り取りの紙に書かれた、園児達の小さな可愛らしい願い事。 天上に居る神様達から見えるだろうか。 『そういや俺も小学校の時に行事で書いたような気がするけど…それ以来七夕なんて気にしたことなかったかも』 『まぁ、普通そうですよねぇ。僕だってこういう仕事してなければ、こうやって今日空なんか見上げなかったかもしれないです』 引き裂かれた恋人達は天の川を越えて無事に出会えるだろうか。 『でもさ。季節が季節だから仕方ねぇんだけど、七夕の日って大抵天気悪くね?』 『…梅雨明けしてるかしてないか、ギリギリですもんね』 でも七夕祭りって8月に多いんですよ。 八戒は苦笑いを浮かべて、少し雲の重い空を仰いでいた。 夕方になって天候は崩れ、今にも雨が降るかも知りそうな気配。 星が見られなくて少し残念だが、願いを込めるのに天気は関係ないだろう。 八戒には仕事が終わったら捲簾の部屋の方へ来るよう伝えてあった。 ピンポーン☆ 兄の部屋のインターフォンを押すと、直ぐに返事が返ってくる。 『天蓬?やけに早くねーか??』 「悪いねぇ?愛しの天蓬じゃなくって」 『……………悟浄か』 明らかにガッカリした溜息混じりの声音で呟かれ、悟浄は苦笑を零した。 開けられたドアへ向かって、持っていた笹を差し出す。 「うわっ!ビックリさせんなっ!この笹どーしたんだ?」 「今日七夕じゃん。簾喜ぶかなーっと思って。分けて貰ってきたの」 「へぇ〜。そっか…今日七夕だっけ」 やっぱり捲簾も忘れていたらしく、珍しそうに笹の枝を見上げた。 「折角だからさ。みんなで飾り付けよーぜ」 「簾は喜びそうだけど…飾りって言われてもなぁ」 捲簾は腕を組んで思案する。 定番の飾りと言えば、短冊に折り紙飾りだが。 簾もたまに折り紙で遊んだりしているが、今家にあったろうか? 「いちおう適当に折り紙とか持ってきた〜。あとハサミと糊もあった方がいいだろ?」 悟浄は持参したケーキの袋と一緒に、文具の入った袋を捲簾へ手渡した。 準備万全の弟に、捲簾が目を丸くする。 「お前…普段折り紙なんかやんの?」 一般的な成人した男性は、趣味で無い限り折り紙など持っていない。 生憎捲簾の知っている弟は、何事も勢いと思いつきという感覚で行動するような大雑把なので、折り紙をモクモクと折るような性格ではないはずだ、が。 その弟の恋人は違っていた。 「んー?たまーに八戒が保育園で使ったりするから、手伝って折ることあるんだよ」 「…そーいうことな」 「なーんでそこで納得すんかなぁ?俺が折り紙やってたら可笑しいか?」 「すっげ似合わねぇよ」 「ひっどぉーいっ!俺こーみえても手先器用よー?八戒にだって綺麗に折れてるって褒められるんだからなっ!」 「褒められるって…園児と一緒かよ…っ」 二人っきりの時に向かい合ってコツコツ折り紙を折る弟カップルを想像し、捲簾は笑いを殺して飲み込んだ。 「うわぁーっ!ごじょちゃん!ソレどーしたのっ!?」 リビングで絵本を読んでいた捲簾の愛息である簾が、笹を見つけて嬉しそうに飛びついた。 瞳をキラッキラ輝かせて見上げてくる甥っ子に、悟浄は満足げに破顔する。 「簾と一緒に飾ろうと思って持ってきたんだよ。あ、ケーキもあるからメシの後にみんなで食おうなvvv」 「…そのみんなで食うメシは俺が作るのか?」 「わぁーいっ!ごじょちゃんありがとーっっ♪」 ぴょこぴょこ跳ねて大はしゃぎする息子を見ると、さすがに捲簾も厭だとは言えなかった。 まぁ、悟浄だって天蓬が来ると分かっていながら、夜更けまで居座るつもりはないだろう。 それに八戒だって来るだろうし。 あ。 「お前、八戒はどーしたんだよ?」 「え?仕事終わったらこっちに来るよう言ってある♪」 「用意周到だな、オイ。んじゃ5人分のメシ作らないとじゃねーか。そういうつもりなら朝言っていけよなぁ…材料あるか?」 捲簾が溜息混じりに冷蔵庫の食材をチェックした。 人数が増えるなら、メニューも大皿で食べられるモノへ変更しなければならないだろう。 「ケン兄悪ぃ!俺もコイツ見なけりゃ七夕なんて忘れてたんだけどさ。多分八戒が気ぃきかせて何か持ってくると思うけど」 「だったらお前も気ぃ使えよ!」 「使ってるじゃん。ケーキも持ってきたし?」 「も…いい。お前をそんな子に育てた俺の責任だからな」 「何だよソレッ!?」 訳が分からないとむくれる弟をきっぱり無視して、捲簾は夕飯のメニューを考え込んだ。 放置された悟浄は一瞬顔を顰めるが、簾に引っ張られてリビングへ行く。 「ごじょちゃん!一緒に飾り作ろー?レンね〜昨日保育園で八戒センセーにいっぱい教わったんだよ〜」 「おおっ!そっかそっかぁ。じゃぁ俺に作り方教えてくれる?」 「まかせてっ!お星さまとか〜輪っかとか〜。あとねじれて折るのとかっ!ごじょちゃんに教えてあげるっ!」 折り紙をテーブルに広げて楽しそうに飾りを作り始める弟と息子を振り返り、捲簾は口元へ笑みを浮かべてエプロンを付けた。 冷蔵庫から食材を取り出して準備を始めていると。 ピンポーン☆ 「ほいよ〜」 捲簾は返事をしつつインターフォンを取った。 この時間の来訪者は限られている。 「天蓬か?」 『はーい、僕です〜。八戒もそこで一緒になりました〜』 『こんばんわ。悟浄に言われてお邪魔したんですけど…』 「おう。悟浄もう来てるぞ。今開けるから」 インターフォンを切って玄関へ迎えに出ると、仕事帰りの天蓬と八戒が大荷物で待っていた。 悟浄の予想通り、律儀な八戒は食材を買い出ししてきたらしい。 「いらっしゃい…って、スゴイ荷物だな」 「おっきなお買い物袋持った八戒を見つけまして。悟浄はもう来てるんですか?」 「何か悟浄から突然捲簾さんのお宅で七夕パーティーするって電話がありまして…」 「パーティーねぇ…あの野郎」 捲簾が肩を竦めると、八戒が恐縮して頭を下げた。 「ごめんなさいっ!せっかくの週末に…あの…」 「え?あぁ、いーって!八戒が気にすることねーよ。全く…どうせなら思いつきじゃなくって最初っから言ってれば、ちゃんと準備出来たのにな〜って」 「あ、僕っ!お手伝い出来るかなって思って、材料買ってきましたから」 「ん。頼むよ。さすがに俺だけじゃ短時間に品数作れねーし。どーせコイツは腹減ったって騒ぐしな」 コイツ。と差された天蓬は、ヘラッと笑って胃の辺りを押さえる。 「だって…捲簾の美味しいご飯、早く食べたいんですもん」 「な?」 「天ちゃんはもぅ…」 従兄弟の子供じみた言い分に、八戒はひたすら呆れかえった。 「さてと。天蓬は邪魔!あっちで悟浄達と笹飾り作るの手伝えよ。八戒は何買ってきた?」 「えっと…取り分けられる大皿料理がいいと思いまして」 テーブルに食材を置いて打ち合わせを始める捲簾と八戒に追い払われ、天蓬は仕方なしにリビングへ入る。 「天ちゃんセンセー、おかえり〜」 「おっつかれ!天蓬も手伝えよ?コレ、折り紙切ったヤツ輪っかにしてって!」 「はいはい。へぇ…結構作ったんですねぇ」 「後で短冊も書かねーとな!」 「えっと…コレを糊で付けて繋げればいいんですか?」 「うんっ!」 ローテーブルの上には色取り取りの折り紙が用意されていた。 既に笹へは星や輪っか、細い紙を交互に折って繋げた飾りが付けられている。 「それじゃ。捲簾や八戒が美味しいご飯を作ってる間に、いーっぱい綺麗に飾り付けましょうっ!」 「はぁーいvvv」 「とーぜんっ♪」 3人は大きく頷くと、モクモクと折り紙飾り作成に没頭した。 「おっし!こんだけありゃ充分だろ」 「結構作っちゃいましたねぇ」 ダイニングテーブルにはこれでもかと数々の料理が並べられた。 八戒作成のハーブで香ばしく焼いたチキンを乗せたトマトとルッコラのサラダに、チーズをタップリ乗せたラザニア。 捲簾作成のペンネを使ったスモークサーモンとクリーム、ニンニクとアンチョビを和えた2種類のパスタ料理に、マッシュポテトを薄切り牛肉で包んだフライ、それとミートローフをデミグラスソースで煮込んだ料理。 八戒がワインを買ってきてくれたので、ツマミにレバーペーストやオリーブオイルで和えた野菜を乗せてブルスケッタも作った。 これにデザートもあるので5人でも満足できるだろう。 「おーい、メシ出来たぞ〜」 「冷めないうちに頂きましょうよ」 捲簾と八戒はエプロンを外して、リビングで笹に飾り付けている3人へ声を掛けた。 「二人とも手が空いたならこっち来て下さいよ」 「あー?まだやってんのかよぉ」 「違うってっ!短冊!ほら、ケン兄と八戒も書いて書いて♪」 「はいっ!レンがパパと八戒センセーの分、たんざく切ったの〜」 大はしゃぎで呼ばれた二人は顔を見合わせ、可笑しそうに笑い合う。 リビングに立てかけられた笹には、沢山の折り紙で飾り付けられていた。 「ほらっ!二人も書いて笹に付けろよ」 「はいはい。願い事ですよねー…」 「んんー?お前らは何書いたんだよ?」 捲簾が既に付けられている短冊を手にとって『願い事』を眺める。 ずっとずっと八戒とラブラブでいられますよーにv 「…悟浄は分かりやすいな」 「いーじゃんか別にっ!」 「んで?天蓬は〜?」 今晩捲簾が可愛いお強請りをしてくれますようにv 「…そんな目先のこと。つーか何書いてんだっっ!!」 「だって僕にはそれが今一番重要なんですっ!」 「開き直るなっ!簾だって見るんだぞっ!」 「読めないから大丈夫ですって〜」 「お前は…このっ!このっ!!」 「イタッ!イタタ…痛いですってっ!照れ屋さんですね〜捲簾はvvv」 真っ赤な顔で頭をベシベシ叩いてくる捲簾に、天蓬はウットリ微笑んだ。 そんな痴話喧嘩を始めるバカップルは見ない振りして、八戒は少しだけ考えてから短冊にペンを走らせる。 「こんなもんですかね」 書き上がった短冊を笹へ付け、八戒が満足そうに頷いた。 後ろからひょこっと悟浄が覗き込む。 「八戒は?何願い事したんだ?」 「ありきたりですけどね?」 みんなが幸せで楽しく過ごせますように 「…俺と八戒でいーじゃねぇか」 「…心狭いですよ、悟浄」 頬を膨らませて拗ねる悟浄に、八戒が思いっきり呆れた。 「俺も付けよーっと」 願い事を書いた捲簾も笹へ短冊を吊す。 興味津々で八戒と悟浄、それと天蓬が短冊へ視線を向けた。 天蓬と二人の時間がもっと増えますように 「もぅ…捲簾ってばvvv」 「仕事とか無理をして、ってゆーんじゃねーぞ?二人で過ごせる時間はめーいっぱい一緒にいような?ってことだからな」 「当たり前じゃないですか〜っ!いーっぱいラブラブでいましょうねvvv」 「天蓬ぉー…vvv」 二人手を取り合って見つめ合う甘ったるい雰囲気から、悟浄と八戒は顔を背ける。 ちょっと羨ましい悟浄は、物言いたげな視線を八戒に向けた。 「…俺もあーいうこと書いて欲しかったなぁ」 「…僕は常に思ってるから取り立てて書く必要ないんです」 「でも書いて欲しかったっ!」 「あ、簾クンは?どんなお願い事したのかなー?」 これ以上グジグジいじけられても鬱陶しいので、八戒は話を逸らして笹を見上げる簾へ声を掛ける。 簾はニッコリ笑って、自分の書いた短冊を指差した。 「どれどれ?」 八戒が短冊へ目をやると、やっぱり甥っ子の願いが気になる悟浄と、人目も憚らずイチャついていた天蓬と捲簾も短冊へ注目する。 可愛らしい願い事ならすぐにでも叶えてやるつもりで、短冊の文字を見れば。 せかいへいわ 「………。」 「………。」 「………。」 「………ず、随分とグローバルですねぇ」 目先のちっちゃな幸せに固執している大人達は、気恥ずかしくなり黙り込んだ。 小さな子供の願いは大人達なんかより普遍的で大きい。 「どーしたの?」 バツ悪げに視線を泳がせる大人の事情が分からない簾は、可愛らしく小首を傾げた。 |
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