Unchained
天界西方軍はナタクの隊とは別行動で地上へと降りていた。
妖怪の討伐というよりは諜報的な任務であったため、ここぞとばかりに地上の変なモノ好きな天蓬元帥も進んで出かけた。
そしてようやくご帰還。
「…お前なぁ、まぁた変なモノごちゃごちゃと持って帰ってきただろ」
天蓬の部屋を訪れた捲簾は室内を一瞥してげんなりとぼやく。
地上から持って帰ってきた品物が大小20〜30個ばかり、ただでさえ狭い部屋を占領していた。
「えー?みんなそれぞれ興味深い面白いモノばかりですよ?」
天蓬はニコニコしながら持って帰ってきた品物の梱包を外している。
「ほら、これなんてめずらしいんですよぉ」
包みから出した焼き物らしきモノの蓋をパカッと外して見せた。
「…なに、そのブサイクなアヒル」
捲簾は興味なさげにチラッと一瞥する。
「入れ歯ケースだそうです」
「いらんわっ!!」
つまらない人ですねぇ、とブツブツいいながら天蓬はまた別の梱包を解き始めた。
どうせコイツらの片付けをするのは俺なんだ、と捲簾は大きな溜息をつく。
とりあえず腰を落ち着けようと乱雑に積み重なった本を一塊りに寄せて、ソファの上にどっかりと座った。
捲簾は梱包から解いた品物を楽しげに眺める天蓬を放置して、勝手に茶を注いで一服する。
「あっ!捲簾も楽しめるモノがありましたよ〜」
天蓬は背中越しに捲簾を振り返り、ニッコリと微笑んだ。
その笑顔にゾクッといやーな予感が走る。
「楽しめるって…なに?」
パンパンと白衣の裾を払い、天蓬が近寄ってきた。
「コレなんですけどね」
天蓬は掌にすっぽりと隠れるぐらいの華奢な瓶を差し出す。
中には飴色の液体が半分ほど入っていた。
「何だよ…香水?薬??」
捲簾は胡散臭げに瓶を眺める。
「実は年齢不詳の怪しげな呪術士に会いましてね、なかなか興味深いお話を沢山聞いたんですよ」
「…お前がいないって部下達が大騒ぎしてたのに、んなコトしてたのかよ」
怒る気も失せて捲簾はガックリと力を抜いた。
捲簾の説教など耳に入っていない天蓬はそのまま話を続ける。
「昔、その呪術士さんの一族は地方の貴族や豪族のお抱えで仕事をしていたそうです。今は権力闘争も落ち着いてきているので、依頼があると出向いていくらしいんですけどね…捲簾、聞いてます?」
「あー、聞いてるって」
かなり投げやりな態度で捲簾は返事を返した。
「その呪術士さんの主な仕事って言うのが、権力争いに付きモノの同盟工作…まぁ、早い話が政略結婚ですね。」
瓶の中味を眺めながら天蓬は意味ありげに微笑む。
「…それと、どんな関係があるんだよ」
いや〜な予感を覚えつつ、捲簾は話の先を即した。
「一時は和睦が成り立って平静を取り戻すでしょうが、所詮は覇権争い…いつ同盟関係が壊れるか分からないじゃないですか。今は妻でも明日は自分の寝首を掻く暗殺者になりかねませんからねぇ。そこでコレの登場です!」
天蓬は大袈裟な程力説して、捲簾へと瓶を突きつける。
「何かの通販番組かってーの」
捲簾はあからさまに嫌そうな顔をして、天蓬の手を自分の目の前から退かした。
「で、結局何な訳?ソレ」
「捲簾ならどーすれば政略結婚…体裁だけの妻が自分に危害を加えないように出来ると思いますか?」
謎かけのような問いを天蓬はする。
捲簾はしばし首を捻って考える。
しかし思いつく訳もなくさっさと考えることを放棄した。
「分かんねーよ、同盟が破棄したら即刻離縁して国に返せばいーんじゃねーの?」
一番もっともな意見を出してみる。
「同盟を破棄する方が妻の国で、娘に裏切るよう内密に知らせて、暗殺を指示してたらどうするんですか」
天蓬がやれやれとわざとらしく呆れた。
「あーっ!もう、分かんねーよっ!さっさと教えろ!!」
捲簾が回りくどい天蓬の物言いに焦れながら叫ぶ。
一瞬天蓬の目の色が変わった。
意味ありげにニッコリ微笑むとスッと捲簾へと近づいた。
「…てっ…天蓬??」
捲簾の天蓬危険センサーがレベル5で点滅し始める。
『マズイ!こういう顔をする時の天蓬は、絶対とんでもないコトを企んでる!!』
捲簾の背筋にゾクッと悪寒が走った。
「簡単じゃないですか…自分ナシでは生きられない様にしてしまえばいいんですよ」
捲簾の瞳を覗き込みながら天蓬は低い声で囁く。
今の捲簾は腹を空かせた獣の前で硬直する小動物の心境だ。
「ま、早い話がホレ薬なんですけどね〜」
突然コロッと態度を変えた脳天気な天蓬の調子に、捲簾はガクンとソファから転げ落ちる。
「ホレ薬だとぉ〜!?よりによってそんなオチかよ、コラッ!!」
捲簾はすっかりからかわれたと思い、天蓬に食って掛かった。
「何を怒ってんですかー?だって言われてみれば確かに有効だとは思いませんか?」
のほほんと天蓬は斬り返す。
「そうして味方に取り込んでしまえば、逆に絶対裏切らない優秀な諜報員になるんですよ?」
「かーっっ!夢がないねぇ、お前。第一ホントにそんなもん効くとでも思ってんのかぁ〜?」
捲簾は呆れかえりながらやれやれとソファへ座り直す。
その時天蓬の目が不気味にキラーンと光った。
普段からは想像もつかない強い力で捲簾をソファへと押さえ込む。
驚いて捲簾は天蓬を見上げる。
『しっ…しまったーっっ!俺ってば大ピーンチ!!』
冷たい汗が毛穴から噴き出してきた。
天蓬は人々を魅了する極上の微笑みを捲簾へと向ける。
しかし、瞳の奥は全く笑ってない。
「そこまで言うんでしたら、試してみましょうか…ね?捲簾」
「たっ…試すって?」
引きつった表情の捲簾は天蓬包囲網から逃げ出そうとゆっくりソファから腰を浮かせた。
しかし天蓬は見逃さず、ガツッとソファに脚をかけて捲簾の逃げ道を塞ぐ。
「…どこへ行くつもりですか?まさか捲簾大将ともあろう人が僕を恐れて逃げるとか?」
『こっ…こええぇぇぇっっ!!』
捲簾は心の中で悲鳴をあげた。
高い位置から捲簾を見下ろしながら、天蓬は片手で瓶の蓋を外す。
その途端キツイ花のような甘い香りが部屋に溢れ出した。
「うっ…なんだよっ、スッゲー匂いだな。頭クラクラしてくる」
鼻につく甘ったるい香りに捲簾は嫌そうに眉を潜める。
「たしかにスゴイですねぇ…天界でもこんな花の香りは嗅いだことがありませんね」
天蓬は口調ほどは気にせず、瓶の縁に鼻を近づけた。
「コレで捲簾がどんな風になってくれるのか…楽しみですねぇ」
人の悪い笑みを浮かべつつ、天蓬が間合いを狭めてくる。
「そっ、そんなモン俺に使ったってしょーがねーだろっ!第一お前、怪しい呪術士の言うコトなんかマジで信じてんのか!?」
捲簾は必死の形相で近づく天蓬を押し返した。
「だから〜、本当かどうか試してみるんじゃないんですか。それにコレ、ホレ薬って言うのは単なる建前ですよ?」
天蓬は怯える捲簾を楽しげに眺めながら、顎を掴んで顔を上げさせる。
「んじゃ、なんだよっ!んな怪しげなモン、俺はぜってーにイヤだっ!!」
捲簾は天蓬に押さえ込まれたままジタバタと暴れた。
蹴り上げれば逃げられるのだろうが、そこは軍師。
しっかり動きを封じるように片脚が捲簾の股間を押さえつけた。
これではいくら何でも抵抗のしようがない。
「てっ……っっ!?」
天蓬がソファへと乗り上げ、捲簾の股間へ更に脚をグイッと押しつける。
「コレね、早い話が媚薬…催淫剤なんですよ…持続効果のある」
捲簾の顔色がサーッと青くなる。