Fugitive again


「…終わっちゃいましたね、花火」
「…だな」
寺の縁台に転がって、捲簾は暗い空を見上げた。
煙草の煙が漂いながら暗闇に溶けて消える。
「まぁ、クライマックスはきっちり見れたけどな」
機嫌良く捲簾は双眸を眇めて笑った。
時折蝉の声が聞こえてくるだけで、寺の境内は静まりかえっている。
汗の浮いた肌をそのままにして、捲簾はゴロンと寝返りを打った。
「捲簾、そのままにしていると身体が冷えますよ?」
天蓬は脱いで放置されていたシャツを、捲簾の肩口にかけてやる。
そういう天蓬も白い肌を晒したまま、シャツを羽織っただけの状態でぼんやりと煙草をふかしていた。
頬杖を付いて、捲簾はじっと天蓬の横顔を見上げる。
「…どうかしましたか?」
捲簾の視線に気づき、天蓬が振り返った。
「ん…」
腕を上げると、捲簾が天蓬の腰に腕を回して引き寄せる。
頬に当たる背中は、しっとりと冷えて心地いい。
「どうしたんですか?」
常にない捲簾の甘えた仕草に、天蓬が苦笑を漏らした。
「さっきまですっげー熱かったのになぁ…今はこんなに冷めてる」
「何となく…寂しい?」
「そういう訳じゃねーよ…ねーけど」
捲簾は身体を起き上がらせると、腕を天蓬の腰に回したまま背中から抱き締めた。
背中から伝わる熱い体温が、冷えた身体に心地いい。
「貴方は相変わらず体温が高いですねぇ」
「んだよ…ガキとでも言いてぇの?」
「いいえ。僕が体温低いので丁度良いですよ」
天蓬が笑みを零すと、捲簾が後から強く抱き竦めた。
まるで、冷えた身体に再び温度を移すように。
互いの身体に腕を伸ばし、近づいて。
これ以上ないほど混ざり合って。
冷めた身体に自分の体温が移って、次第に天蓬の身体が紅潮していく様を見るのが好きだ。
抱き合ううちに、どんどん体温が上がって。
自分よりも熱くなった身体に、身体の隅々まで愛撫され。
最奥まで犯され満たされるのが、溜まらなく心地悦かった。
こうして冷めた身体に触れると、またあの熱が欲しくて身体が次第に熱を帯びる。
不意に天蓬の掌が捲簾の腕に触れた。
「捲簾…また欲しくなったでしょ?」
「えっ…」
驚いて捲簾は天蓬の肩口から顔を上げる。
身体をずらして振り向いた天蓬が、捲簾の唇に柔らかく口付けた。
「捲簾の身体…だんだん熱くなってきてますよ」
「…何で分かった?」
「だって…捲簾っていつもそう言う時、いきなり体温が上がるから分かるんです」
「そっか」
「僕に欲情しちゃいました?」
「うん…すっげーしたいかも」
抱き締めた腕に力を込めると、天蓬の肩口に唇を這わせて噛みついた。
熱が籠もり始めた自身を、天蓬の腰に押しつける。
くすぐったそうに身体を震わせて、天蓬は捲簾に身を任せた。
「どうします?このままココで?」
「んー…腰にあんま力入んねーから、ムリかも」
「さっきはちょっと頑張っちゃいましたもんね」
天蓬は可笑しそうに声を震わせる。
「全くだよ。まさか俺みたいなデカイ身体、抱え上げられるとは思ってもなかったしな。元帥ってば以外と男前でビックリよ♪」
「以外は余計です。初めてでした?あの体位」
「つーか、オトコはテメェとしかシタことねーんだから、初めてに決まってんだろっ!」
ジットリ据わった目付きで、捲簾が思いっきり天蓬の頭を小突いた。
「イタッ!でも悦かったんでしょ?すっごく捲簾ってば乱れまくって…可愛かったですよ」
「まぁな〜。でもおかげで背中が木に擦れて、すっげぇヒリヒリ痛ぇけど」
天蓬に下から貫かれ、身体を抱え上げられた不安定な状態で散々揺さ振られたため、捲簾は背中を木に付けてバランスを取らざるをえなかった。
おかげで捲簾の背中は摩擦と擦り傷で赤くなっている。
「ちょっと見せてください。ああ…血は出てませんけど、結構赤くなってますねぇ」
「シャツが擦れて痛ぇ」
「宿に戻ったら薬塗りましょう」
「ん…でもその前に風呂入りてぇな。汗とアレでベトベト」
捲簾は煙草を銜えたまま、楽しげに喉で笑った。
「捲簾は元気良く出し過ぎですよ〜」
「お前に言われたくねーよ、バァカ」
ヨッと掛け声と共に、腹筋に力を入れて捲簾が起き上がった。
そのままの勢いで地面へと飛び降りる。
「んじゃ宿戻るか」
手を差し出し天蓬の手を掴むと、そのまま引き寄せた。
二人は手を繋いで階段をゆっくりと下りていく。
「そう言えば、花火の写真ちゃんと撮れました?」
「もーバッチリ!とはいかねーか。最後の派手なのは撮れなかったしな」
捲簾は残念そうに肩を竦めた。
「まぁ、他のも綺麗でしたからね。きっと悟空も喜びますよ」
「つーか、見たいって大騒ぎして、金蝉困らせるんじゃねーか?」
「あははは。ありえますね〜」
「小ザルちゃん駄々捏ねまくって、金蝉パパ大弱りの巻」
二人顔を見合わせると、同時にプッと噴き出す。
大笑いしながら階段を下りると、天上を見上げた。
「今頃クシャミしてるでしょうね」
「…だな」
明かりもない、舗装さえされていない道を、手を繋いだままのんびりと歩く。
「フィルムはあとどれぐらい残ってるんですか?」
「ん?どうだろ…えっと〜?」
捲簾はシャツのポケットに入れっぱなしのカメラを取り出して、フィルム残量を確認した。
「…15枚残ってんな。でも何だかんだ結構撮ったなぁ」
「捲簾ココに来る途中も、鳥とか動物、花なんかを撮ってましたもんね」
この辺りは自然が多く、生命力に満ち溢れている。
「だって天界には同じモンねーだろ?悟空も懐かしいんじゃねーかと思ってさ」
「ああ…そうでしたね。悟空は下界で産まれたんでしたっけ」
居るのが当たり前に感じるほど悟空の存在は日常なので、天蓬はすっかり失念していた。
以前聞いた話だと、悟空の産まれた場所も自然に溢れていたとか。
もっとも悟空自体、自然が産み出した生命なのだが。
「結構天蓬のトコの図鑑なんか見て、楽しそうにはしゃいでたからな」
「へぇ…そうだったんですか」
「この前も図鑑のパンダさして『これ飼いたいっ!』って金蝉に強請りまくって。金蝉のヤツ顔思いっきり引きつってた」
「パンダですか?悟空らしいですねぇ」
困り果てている友人の顔を想像して、天蓬は苦笑を漏らす。
取り留めもなく話ながら歩いていると、漸く街の明かりが見えてきた。
「あ〜早く風呂入りてぇっ!」
「もうちょっとの我慢ですから。だけど本当に捲簾はお風呂好きですよね」
「お前がめんどくさがり過ぎなんだよ。あんなに気持ちいいのに」
「う〜ん…面倒なのもあるんですけど、僕逆上せやすいんです」
「それは単純に入り慣れてねーからだろ?」
「そうなんですか?」
「そうに決まってる!」
「そうですかねぇ?」
天蓬は誤魔化すように、わざとらしく視線を逸らす。
「今日の宿は温泉だし、お前もちゃんと入れよ?汗もかいたんだから」
「え〜?どうせまた汗かくのに…」
「…独り寝するか?」
「分かりました。じゃぁ捲簾と一緒なら僕も入ります」
「逆上せやすいんじゃなかったっけ?」
「やだなぁ〜、お風呂に入るだけですよ。お風呂で捲簾と…っていう誘惑も捨てがたいんですけど、本当に逆上せて動けなくなりそうですから」
残念そうに笑みを浮かべて天蓬は肩を竦めた。
捲簾も口端を上げて、ククッと笑いを零す。
「まぁ確かに。マジで湯あたりして寝込みそうだもんな」
「捲簾のご期待に添えなくて、非常に残念なんですけど」
「じゃぁ、天界に戻ったら水風呂でチャレンジすっか?」
「捲簾…そんなにお風呂でしたいんですか?」
妙に拘る捲簾に、天蓬は首を傾げた。
捲簾は子供のように無邪気な笑みを浮かべる。
「だってよぉ〜、どうせなら色んなシチュエーションで楽しみたくねー?」
「成る程。それじゃ今度、当番兵や部下達に見られないかっていうスリルをドキドキ体感!軍の待機所とか深夜の回廊とか軍舎に向かう途中の渡り廊下とか、階段とかでグチャグチャにしましょうね〜vvv」
天蓬が楽しそうに指折り色んな場所を数え上げていった。
「それは却下!前だってお前出征前に武器庫で盛りやがって…すっげぇ大変だったじゃねーかっ!なかなか俺が戻らねーから部下達が入れ替わり探しに来て…アノ後、誤魔化すのに苦労したんだからなっ!!」
いきなりその時のコトを思い出し、捲簾が真っ赤な顔で憤慨する。
部下達からはドコに行ってたんだ、何してたんだと詮索されまくり、司令官にはこっぴどく叱責され散々な目にあったのだ。
しかし、天蓬は上機嫌に頬笑む。
「あの時の捲簾ってば…必死になって声を殺して。いつも以上に敏感で、どこに触れても身体中性感帯じゃないかって思うぐらい凄く乱れてましたよねぇ。ちょっと動くだけですぐイッちゃって…壮絶に可愛かったですvvv」
天蓬はウットリ惚けながら、捲簾の身体を舐めるように見つめた。
一瞬その視線に背筋がゾクリと粟立つが、捲簾はどうにかやり過ごして睨め付ける。
「いっくら悦くたって、あんなのは二度とゴメンだ!!」
「またまた…遠慮しちゃって」
「遠慮なんかするかっ!この色ボケ元帥!!」
捲簾が悪態吐きつつ、抱え込んだ天蓬の頭をグイグイ締め上げた。
「いたたっ!痛いですってば!」
「うっせー!チョットは反省しやがれ〜」
じゃれながら歩いているうちに宿まで辿り着く。
花火会場から離れてはいても、宿には結構泊まり客が居た。
会場から戻ってきた客達が、食堂で話ながらくつろいでいる。
入口で宿の女将に会釈だけして、二人は泊まっている2階へと上がった。
部屋にはいると捲簾はベッドへとダイブする。
「捲簾、すぐお風呂入るんでしょ?」
「んー入る〜」
「じゃぁ、お湯溜めておきますね」
声だけ掛けて返事を待たずに、天蓬はバスルームへと向かった。
ベッドに仰向けで転がりながら、捲簾はカメラを取り出し、サイドテーブルへと置く。
すぐに戻ってきた天蓬が、寝そべる捲簾へと覆い被さった。
「お茶でも飲みます?」
「喉乾いたから冷たいウーロン茶がいい」
「はいはい」
天蓬は備え付けの冷蔵庫からお茶を出すと、グラスに注いで捲簾へ渡す。
ソレを受け取ると、捲簾は一気に飲み干した。
「あーっ!旨い!!汗かいたからすっげぇ旨く感じる」
「おかわり入れましょうか?」
「もらう〜」
差し出したグラスに、天蓬は笑ってウーロン茶を継ぎ足す。
天蓬も向かいのベッドへ腰を下ろした。
「明日は朝カメラを写真屋へ出して…今度は忘れずに受け取って帰らないと」
「全くだよ。まぁた忘れて脱走されたら適わねーっての」
「でも予定外に休暇が取れてよかったでしょ?」
「それは結果論だろ〜?敖潤が出かけてたからよかったものの…」
「ラッキーでしたね♪」
全く悪びれずに天蓬がニッコリ頬笑む。
「もういいけどな…明日はどうする?」
「そうですねぇ。朝写真屋へ行って、適当に街を散策して買い物でもどうです?そうしたら直ぐにお昼になりますし、昼食食べてから写真引き取りに行って、それから戻っても大丈夫でしょ?」
「ああ。部下達には適当に理由言っておけよ?」
「分かってますって」
天蓬は頭を掻きながら溜息を吐いた
ふと視線がバスルームへと逸れる。
「そろそろお湯溜まったんじゃないですか?捲簾先にどうぞ」
「あ?お前が先の方がいいだろ。どうせ烏の行水なんだし」
「それもそうですね。じゃぁ、お先に〜」
「服は脱衣所に置いとけよ〜。俺洗っておくから」
「はぁ〜い」
返事をして天蓬が扉を閉めた。
「自分で洗うって言えねーのかねぇ…ま、アイツじゃ無理か」
捲簾はベッドを転がってカメラに手を伸ばす。
その顔には不適な微笑み。
「すっげぇ卑猥な写真撮って、アイツに取りに行かせてやろ〜っと♪そんぐらいは仕返ししねーとな」
腕を伸ばして目の前に掲げると、捲簾は思いっきり舌を出してシャッターを切った。






写真屋の前で買った物の荷物番をしながら、捲簾はのんびりと煙草を燻らせている。
程なくしきりに首を捻って、天蓬が写真屋から袋を持って戻ってきた。
「よっ!どーした?そんなに複雑な顔して」
捲簾は声を掛けつつも、何食わない表情で必死に笑いを噛み殺す。
「よく分からんないんですけど…写真屋の娘さんが、真っ赤な顔でコレを渡してきたんですよ。会計する時も視線を全く合わせないで。かといって僕が見てないとスッゴイ視線を感じるんですよね。でも視線が合うと慌てて反らすんですよ?僕には何が何だかさっぱり…」
「それってただ天蓬に惚けてたんじゃねーの?お前見た目だけは極上品だし?」
「えー?全然そういう感じじゃなかったですよ〜?一体何なんでしょうねぇ」
「さぁ?その場にいない俺が分かる訳ねーじゃん。ところで、写真をその場で確認しなかったのか?」
「え?もちろんしましたけど…」
「へ!?したの…か??」
天蓬の返事に捲簾は唖然とする。
「ええ。だって枚数が足りなかったり、写りの確認は普通その場でするでしょう?ちゃんと娘さんと一緒に確認してきましたよ」
「確認して…お前何とも思わなかったの?」
「何がですか?」
平然と天蓬は聞き返してくる。
その表情は、本当に何も分かっていないらしい。
さすがに捲簾も絶句した。
「今回も綺麗に撮れてましたよ〜。いやぁ、結構使い捨てでも撮れるもんなんですね♪」
あまりにも暢気に答える天蓬に、捲簾はヘナヘナとしゃがみこんで頭を抱える。
昨夜あまったフィルムは、ベッドの上で使い果たした。
その殆どが、かなり際どいアングルばかり狙ったモノだ。
過激すぎると写真屋は現像してくれない。
そのギリギリの線で、捲簾は巧妙にシャッターを切った。
もちろん、約束してた天蓬の達く瞬間の表情もバッチリ収めている。
受け取る時に相当恥ずかしい思いをするはずだと、密かにほくそ笑んでいたのに。
大笑いしてやろうと思っていたアテが外れてしまい、捲簾は俯いて悔しげに唸った。
「…どうかしたんですか、捲簾?」
まるっきり分かってない天蓬は、不思議そうに首を傾げる。

ここまで厚顔無恥だとは。
恐るべし、天蓬元帥。

もっともそれぐらい肝が据わっていないと、あの天界軍で軍師なんか務まらないのかもしれない。
いや、コイツのは天然か。
捲簾はガックリと項垂れた。
「捲簾?けんれ〜ん??」
天蓬は捲簾の腕を掴んで、その身体を引っ張り上げた。
ノロノロと立ち上がると、捲簾は大きく息を吐く。
「…帰るか」
「何か…捲簾疲れてません?」
「ちょっとな」
「それはいけませんっ!早く天界に帰りましょうっ!!」
大慌てでガッチリ手を掴むと、天蓬は捲簾の身体を強引に引きずっていく。
「ちょっ…痛ぇよ!力任せに引っ張るんじゃねーよ、バカ天!!」
「貴方の身体を心配しているんじゃないですか!バカとは何ですバカとはっ!」
見目麗しい最上級の男前が手を繋いで痴話ゲンカしている異様な光景に、道を歩いている人々が一斉に好奇の目を向けて通り道を空けていった。
しかし、二人とも一向に気にしていない。
派手に口喧嘩しながらも、手は互いにしっかり繋いだまま。
奇妙な喧噪だけを街に残して、天蓬と捲簾は天界へと戻っていった。


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