Station jungle



捲簾はホームから上がった途端、思いっきり瞠目した。
見慣れない光景にキョロキョロと首を巡らせる。

「…うっわー、びっくり〜」

つい先月この駅に来たときは全面工事中の白壁に覆われていて、かなり殺風景だった。
数年前から月に1度、某県庁所在地にある顧客の会社を担当している捲簾は、仕事を終えて会社へ戻る途中電車を乗り換えるため、何度も訪れていた、が。
地方都市では新幹線も乗り入れているので、割と大きい部類に入る駅だ。
中央に東西へ抜ける広いコンコースがあり、その両サイドに改札口がある。
その改札口の片方に居るわけだが。
あまりの変わり様に、捲簾は呆然と立ち尽くしてしまう。

以前とは比べものにならないぐらい明るいフロア。
壁しか無かったはずの空間は広く開けて、数々のテナントが所狭しと入っている。
雑貨屋に花屋、洋服や鞄の店舗に、都心のデパ地下並に食料品店が区分けされて賑やかだ。
今まで無かったその奥にも通路が出来て、そこにも某高級スーパーやパン屋、それに駅ビルでよく見かける書店が並んでいる。
そこもかしこも乗り換え客や、店舗目当てで途中下車したらしい客で大盛況だ。
あまりにも様変わりしてしまった構内で、捲簾は漸く歩き出す。
下のホームからも人がどんどん上がってくるし、通路の人波も押し寄せてきた。
ぼんやり立ち竦んでいるのは邪魔だろうと、壁際にあるやけにオシャレなキオスクの前まで避難する。
捲簾は時計を確認して、小さく溜息を零した。

「こんな変わったんじゃ…天蓬分かるかぁ?」

少し前に天蓬が乗った新幹線は駅へ到着しているはず。
東北の某都市で学会に参加していた天蓬から連絡があって、捲簾は仕事の予定を伝えてこの駅で待ち合わせをしていた。
お互い通過する駅で合流してから一緒に食事でもしようか?と言うことになって、一番分かりやすい改札口を待ち合わせ場所にしたつもりなのだが。
これだけ人が多いと、かなり探しにくいんじゃ?と捲簾が危惧していると。

「…おっと!」

バイブにしていた携帯が胸ポケットで鳴った。
着信を見ると天蓬だ。
時間通りに新幹線は着いたらしい。
捲簾が通話ボタンを押して携帯を耳に当てると。

『ここはどこの駅なんですかあああぁぁっ!?』

困惑した大絶叫に、捲簾は慌てて携帯を遠ざける。

『捲簾どこに居るんですか!?っていうより僕はどこに居るんでしょうっ!?捲簾っ!捲簾っ!けーんーれーんーっっ!!』
「やっかましいわっ!!」
あまりの煩さに捲簾が携帯へ一喝すると、途端に相手は口を噤んだ。
捲簾は小さく肩を竦めて、携帯を耳へ当て直す。

「んで?今どの辺に居んの?」
『え?えーっと…新幹線の改札出たところ…です』
「んじゃ、中央のコンコース出る改札の方まで来い。上見りゃ案内出てんだろ?」
『あ、出てます。捲簾は改札の辺りに居るんですね?』
「おう。改札近くのキオスクん所に居るから」
『分かりましたっ!すぐそっちへ行きますねっ!!』
待ち合わせ場所を伝えると、天蓬は一方的に通話を切った。
捲簾も通話を切ると携帯をポケットへしまう。
天蓬だって立派…かどうかは甚だ怪しいがいちおう大人だ。
案内板を見ていながら迷子になることは無いだろうと、捲簾はこちらへ向かってくる天蓬を待った。

待ったが。

「あ…の野郎っ!どれだけ掛かってんだっ!?」
既に電話を切ってから30分経つが、天蓬は一向に来る気配がない。
途中何度か携帯を鳴らしてみても、散々呼び出した挙げ句に留守電へ切り替わってしまった。
まさか本当に迷子になったんじゃねーよな?と、捲簾のイライラがピークに達しようとした時。

「あっ!けんれーんvvv」

暢気な声が人混みの中から聞こえてきた。
見知った笑顔が嬉しそうに駆け寄ってくる、が。
なぜかその両手には袋がいっぱい握られている。
「ふぅ…すっごい人ですよねぇ」
「ちょっと待て。お前その袋…何?」
捲簾のこめかみがピクピク引き攣った。
天蓬の両手いっぱいに握られたいろいろな店の袋は、どう見ても出かけた先のお土産には見えない。
「え、コレですか?ものすごーくいっぱいお店があって、どれ買おうか迷っちゃいました♪」
「迷ってたのはソレかーっっ!!」
散々待たされたのはこの場所へ来るのを迷ったのではなくて、ふらふらと買い物をしていたせいだと分かり、捲簾の鉄拳が思いっきり天蓬の脳天へ叩き落とされる。
「ぃだっ!?」
「俺と待ち合わせしてるクセに何放っておいてフラフラ買い食いしやがんだっ!」
「か…買い食いなんかしてませんっ!」
「ほぉ?じゃぁ、その口元に付いてるゴマは何だ?」
「こっ…これは…『如何ですかぁ?』って試食のお団子を差し出されたので頂いただけですっ!ほら、このお団子っ!美味しかったのでちゃんと捲簾の分も買いましたっ!」
「そんなこたぁ、俺と合流してからしやがれっ!!」
「ゴメンなさいっ!捲簾痛い痛いぃ〜っっ!!」
叩き落とした拳で脳天をグリグリ抉ると、天蓬は涙目になってひたすら謝り倒した。
とりあえず謝らせたのでスッキリした捲簾は、改めて天蓬の持っている袋へ視線を落とす。
「それにしても…そんなに何買ったんだよぉ。食いきれんのか?」
「えっとですね?ちゃんと捲簾も食べられそうなパンとかフルーツのぎっしり入ったゼリーとか簾クンの大好きなチョコレートケーキも買いましたし…あとあとこの桜の入ったおこわなんか美味しそうでっ!」
「はいはい、分かった分かった」
天蓬がガサガサと袋を開けて見せようとするのを捲簾が制した。
どうやら天蓬は食料品のフロアーを制覇してきたらしい。
それにしても買った袋が多すぎる。
食料だからそんなに日持ちもしない物を、天蓬はただ美味しそうだからと後先考えず欲しいだけ買ったようだ。
捲簾は賑やかで明るいフロアーへ視線を向ける。
確かにちょっと心惹かれる雰囲気はあった。
「しょーがねぇな…そんなに買ったんじゃさっさと食わねーとダメじゃん。今日はそのまま帰るか」
「えっ!?でも…一緒に食事して行こうって」
「お前ねぇ…食事してなおかつそれだけの食いモン、腹に入るわきゃねーだろ?」
「はうっ!?」
漸く気づいたらしい天蓬はショックで顔色を変えた。
捲簾は仕方なさそうに苦笑して、落ち込む天蓬の頭をポンポン叩く。
「まぁ、ケーキやパンは兎も角。おこわだけじゃ晩飯にならねーな。結構色んな店入ってるみてーだから、旨そうな総菜も買って家で食うか?」
「でも…捲簾…いいんですか?」
申し訳なさそうに天蓬が上目遣いに窺ってきた。
そもそも今日待ち合わせをして食事に誘ったのは天蓬の方だ。
それなのに自分がついつい真新しい店に心惹かれて食べ物ばかり買ってしまい、折角のデートを台無しにしてしまった。
「外だろうと家だろうと、天蓬と一緒ならデートに変わりねーだろ?」
「捲簾…」
「違うか?」
「ちっ…違わないですっ!僕は捲簾と一緒ならいつだってどこでだって嬉しいですっ!」
「じゃ、さ。何か買って帰って、一緒にのんびりすっか?」
「はいっ!」
天蓬は嬉しそうに頬を染めて、捲簾の提案に何度も頷く。
「それにしても…すっげ変わっちゃったよなぁ」
「ホントですねぇ。僕降りる駅間違ったかと思っちゃいました」
二人は人波を器用に避けながら、新しく出来た通路を歩いていった。
「天蓬、おこわの他に何か総菜買った?」
「えっとですねー………コロッケを」
「さすがにそれだけじゃオカズになんねぇなー」
「そ…そうですよね」
恐縮して首を竦める天蓬の向こうに高級そうなスーパーが見える。
「あ、あそこで買い物すっか。お総菜とか売ってるだろ?」
「そうですよねっ!あの店で買いましょうっ!」
途端元気になった天蓬は、捲簾をグイグイ引っ張って行った。
スーパーの中へ入ると、天蓬がいそいそ買い物カゴを取る。
「スーパーって感じじゃねーなぁ」
「そうですか?明治屋とか成城石井とか紀ノ国屋はこんな感じですよ?」
「お前…普段どんな贅沢してやがんだ」
天蓬が何気なく挙げた店名はどれもこれもセレブ御用達の高級スーパーだ。
捲簾は呆れた視線を天蓬へやり、置いてあったお総菜を手に取った。
その値段を見てまん丸く目を見開く。
「うわっ!高ぇっ!こっちも…そこら辺のコンビニやスーパーより200円は高いぞっ!」
「そーなんですか?でもコレ美味しそうですよ〜京のおばんざいセット」
「そりゃ旨そうだけど…ま、たまにはいっか」
そう言って捲簾が天蓬の持っているカゴへ商品を入れようとした途端。
「………おい、この商品は何だ?」
「え?美味しいですよ、この朝食パン」
「パンは買ったんだろうがっ!つーか何時の間にこんなに入れたんだよっ!!」
捲簾が怒鳴るのも無理はない。
天蓬が持っていたカゴには既にお総菜やらパンやらバターやら、あれもこれもと突っ込まれていた。
「パンは戻してこいっ!」
「でもでもっ!このバターを塗ったらすっごい美味しいんですっ!」
「何でそんなこと分かるんだっ!」
「食べましたもんっ!」
「はぁっ!?」
駄々っ子のようにパンをカゴごと抱え込む天蓬に再度鉄拳をめり込ませようとした瞬間。

「どーぞー。美味しいですよ〜」

すすすーっと捲簾の前へ試食品のパンが差し出される。
それは天蓬が買おうとしているパンに、たっぷりバターが塗られていた。
ニコニコと店員が差し出す試食と天蓬を交互に見遣ってから、捲簾は溜息混じりにパンをぽいっと口に放り込む。
「…あ、旨い」
「でしょっ!でしょっ!?」
「でもパンは買ったからダメ戻してこい。バターは旨いから買う」
「………チッ!」
捲簾がキッ!と睨み付ければ、天蓬はガッカリ肩を落としてパンを戻した。
しかしそれだけじゃ終わらない。
「コレはいらねーだろっ!おこわのオカズにお好み焼きはならねーってのっ!」
「でもでもっ!美味しいんですよっ!しかも混ぜて焼くだけなんですっ!」
「テメェは試食したヤツ全部買う気かっ!!」
「夜食っ!夜食に食べるんです〜〜〜っっ!!」
「誰が焼くと思ってんだっ!」
「ほらほら捲簾っ!美味しいですよ〜」
「ったく…晩飯のオカズ買うのが先だろーがっ!ん?結構イケるな?」
「でしょっ!?夜食に買いましょうよぉ〜決まりですっ!」
「あ、天蓬。あっちのチーズセット取って」
「捲簾…晩ご飯のオカズ買うんじゃないんでしたっけ?」
「ワイン買うんだからつまみは必要なのっ!」
「あーっ!捲簾捲簾っ!コレ珍しいですっ!はちみつバターですって〜」
「バターは買うだろっ!」
「でもコレははちみつ入りですっ!」
「あーもうっ!」
店内で揉めてるんだかはしゃでるんだか分からない見目麗しい男二人組を、店員もお客も遠巻きに興味津々観察していた。

「ありがとうございました〜」

大荷物を抱えた天蓬と捲簾が漸くスーパーから出てくる。
「いっぱい買っちゃいましたねvvv」
大きな紙袋を抱きしめ、天蓬は満足げに微笑んだ。
対して捲簾はちょっとお疲れ気味に項垂れる。
「…結局今日のオカズ、おばんざいセットしか買ってねーよ」
天蓬のアレも欲しいコレも欲しい攻撃を宥めたり怒鳴りつけたりしながらも、結局ついつい予定外の買い物をしてしまった。
本来の目的である今日の晩ご飯を買えていない。
「あっ!それならあっちにいっぱいオカズの量り売りのお店ありましたからっ!」
「ソレを早く言えよっ!!」
二人して膨大な袋をガサガサさせながら、捲簾は天蓬に引きずられて人混みで賑わうお総菜店へ突進する羽目になった。



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