Attraction Garden



「もーお腹いっぱぁ〜い」
ケーキを食べ終えた簾がコロンと床へ転がる。
大きなケーキを6等分にした1きれを綺麗に食べきってしまった。
小さな身体にしてはかなり食べた方だろう。
ちなみに、6等分のうち2切れづつを天蓬と八戒が。
6等分の1つを更に2つに分けたモノを、それぞれ捲簾と悟浄が食べた。
「ほら、簾!行儀悪ぃぞ」
「お腹膨らんで動けないもん」
「ったく…」
捲簾は息子の頭をペシッと軽く叩いた。
捲簾にしてみても普段食べ慣れない甘いケーキに食傷気味だ。
どうにか苦いコーヒーで流し込んでいる。
「捲簾、コーヒーのおかわりは?」
「貰う…しっかし、天蓬マジでアレ食いきっちまったのかよぉ」
「え?あれぐらい普通ですよ。僕甘いモノ好きでたまに焼き菓子とかケーキ買って帰りますけど、大抵一度に2つ食べますよ」
「…おぇ」
話に聞いただけで胸焼けがしてきた。
しかし、貴重な情報が手に入った。
天蓬は結構な甘党らしい。
それは八戒も同じ様で。
「僕は食べたくなったら自分で作りますよ」
「えぇっ!?八戒ケーキまるまる1個食うのかっ!?」
悟浄は顔を引き攣らせて悲鳴を上げる。
甘いモノが苦手な人間からは考えられない暴挙だ。
「まさか〜。いくら僕でも丸ごと全部は食べませんよ。大抵半分は天ちゃんにお裾分けするんです」
「あぁ、八戒の作るお菓子も美味しいですよ?」
天蓬の言葉に捲簾と悟浄はあんぐりと口を開けて絶句する。
「それでも半分食うのかよ…普通じゃねぇ」
「ガマン大会じゃねーんだからさ。うっ…胃液が込み上げてきた」
仲良し兄弟は互いの恋人を理解不能の宇宙人扱いして、視線を合わせず小声でヒソヒソ囁いた。
「ちょっと。何僕たちの悪口言ってるんですかぁ?」
「内緒話になってませんよ〜あははは」
従兄同士は秀麗な美貌でニッコリと笑顔を浮かべる。
しかし、瞳が全く笑っていない。
捲簾と悟浄は抱き合ってビクッと身体を竦めた。
部屋の中に緊張した空気が流れる。
どちらが先に切り込むか。
一触即発の状態の中。
暢気な声が聞こえてきた。

「いいなぁー…八戒センセーのケーキ」

何も気付かず寝転んだまま話を聞いていた簾が、羨ましそうにウットリ呟く。
一瞬にして場の空気が和んでしまった。
八戒はつい小さく笑みを漏らす。
「じゃぁ、今度おっきいケーキを作ったら簾クンにもご馳走しますね」
「ホント?いいの!?」
簾が起き上がって勢いよく身を乗り出した。
「コラッ、簾!センセーに無理言ったらダメだろ」
すかさず捲簾が我が子をたしなめる。
「あ、いいんですよ。僕が食べたい時に作ってお裾分けするだけですから」
「でも…いいのか?」
さすがに捲簾も躊躇した。
八戒は弟の恋人だからとはいえ、個人的に息子の面倒をかけてもいいのか、と。
保育園で問題にならないだろうか。
捲簾の言わんとしていることが分かったらしく、八戒は笑いながら軽く首を振った。
「大丈夫ですよ。但し上手に出来た時にね、簾クン」
「うんっ!」
嬉しそうに簾がはしゃぎ出す。
ぐるぐるとリビングを走り回る姿に目をやって、捲簾が声を顰めた。
「マジで大丈夫か?最近じゃちょっとしたことでもウルセーだろ?」
「バレなきゃいいんですから、問題ないですよ」
全く悪びれずに笑顔を振りまく八戒に、捲簾は呆気に取られる。
そんなことでいいのだろうか?
そんな風に都合良く悪知恵働かせる性格は、案外天蓬に似てるかも知れない。
捲簾はチラリと横に座っている悟浄へ視線を向けた。
「ん?何ケン兄??」
二人の遣り取りを大して気にも留めてなかったらしく、悟浄は煙草を吸いつつ首を傾げる。
我が弟にちょっと同情してしまった。
きっと悟浄は八戒の別の一面にまだ気付いてないかも知れない。
自分の場合。
天蓬の幻影が土石流のように崩れ去った時、それはそれで面白いと思えたが。
悟浄はどうだろう?
何だか八戒に相当な幻想を抱いてるような節がある。
もし、悟浄が作り上げている盲目的な八戒理想像が崩壊したら。

「…かなり面白い、な」

弟が泣きを入れて慌てふためく姿を想像してしまい、捲簾は小さく噴き出した。
「あ?何が面白いんだよ??」
兄がいきなり笑い出したのに、悟浄は胡乱な視線を向ける。

捲簾としては。
こんな面白いこと悟浄にバラす気は更々無かった。

この兄、かなり質が悪い。
口元を緩めてほくそ笑んでいると、成り行きを観察していた天蓬が身体を寄せてきた。
「捲簾?何を企んでるんですか?」
周りに分からないように、捲簾の耳元でさり気なく声を顰める。
捲簾はチラッと横目で一瞥すると、テーブルに頬杖を付いた。
頬に当たっている人差し指が微かに動く。
八戒と悟浄を指差してから天蓬へ視線を戻すと、微かに口元で微笑んだ。
天蓬も察しが良く、すぐに気が付いて楽しげに目を眇める。
「…成る程ね」
「だろ?」
似た者恋人同士が楽しそうに頷き合った。
「なぁに二人して笑ってんだよ〜っ!感じわっるぅい!!」
悟浄が目の前の二人をジットリ睨み付ける。
「別に何でもねーよ。ホラホラ、こっちばっかに気ぃ取られてると簾に八戒取られちまうぞ〜♪」
「あぁっ!?」
言われて横を向けば、簾が八戒の膝枕ですやすやと眠りに入っていた。
「れーんーっっ!!!」
情けない顔で悟浄が叫ぶと、すかさず八戒がしーっと唇に指を当てる。
「大声出さないで下さいよ。起こしちゃ可哀想でしょ」
「…俺の方が可哀想だもーん」
悟浄はふて腐れて、簾の頭が乗っていない腿にのの字を描いた。
「ちょっ…悟浄!くすぐったいですってば!」
「八戒ぃ〜俺も膝枕シテ欲しーなぁ」
小首を傾げてお強請りすると、八戒は苦笑する。
「でも僕、もうそろそろ帰りますよ」
「えーっ!?」
プッと悟浄は頬を膨らませて、ますますいじけ出した。
デカイ男前が恨めしそうに拗ねてる姿はハッキリ言って滑稽だ。
「アイツ…八戒に逢ってから甘ったれがパワーアップして進行してるな」
捲簾は深々と溜息吐いて、成り行きを見届ける。
昔から悟浄本来の気質は、気を許した相手ほど全部自分を預けて甘える傾向ではあったが。
八戒が甘やかすのが上手いのか、悟浄の甘えっぷりは日々エスカレートしているような気がする。
いや、気がする。ではなく、確実に。
それで上手くいってるのだから問題ないが、見ている方は馬鹿らしい。
男女のカップルでも大概鬱陶しいのに、兄弟というのを差し引いてもデカイ男同士がイチャイチャしているのを見るには辛いモノがある。
捲簾は顔を横に向けた。
「何ですか?捲簾」
天蓬が嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
その美麗な顔をマジマジと眺めて、小さく肩を竦めた。

俺も人のことは言えねーんだよな…はぁ。

甘え倒してくる天蓬を本気で可愛いと思ってしまってるんだから、自分のことを棚に上げて悟浄に文句は言えないだろう。
兄弟揃って業は深い。
捲簾はぼんやりと時計を見上げる。
時間は既に9時を回っていた。
「天蓬…そろそろ時間。簾も家で寝かしつけねーと…八戒悪いな」
「いえいえ」
捲簾は八戒が抱き上げた簾を起こさないようにそっと受け取る。
「八戒、一緒に帰りますか?僕車で来てますから送りますよ」
「そうですか?じゃぁ支度しますね…その前に片づけを」
「あー、いいって。これぐらい俺がやるから」
悟浄がヒラヒラと手を振って八戒を制した。
申し訳なさそうに頭を下げると、八戒は帰る準備をし始める。
「じゃぁ、僕は下で待ってますから」
「はい。用意したら行きます」
天蓬は声を掛けると、簾を抱いた捲簾と共に部屋を出て行った。






「捲簾、別に見送らなくてもいいですよ。寒いでしょう?」
そろそろ秋も終わる時期で、さすがに夜は冷え込む。
吐く息も白くなって空気に溶け込んだ。
着ていたコートの前を掻き合わせ、捲簾は運転席に身体を屈める。
「へーきだって」
「まぁ、僕としては1秒でも長く、捲簾の顔を見ていられるので嬉しいですけど」
「…ばぁか」
捲簾は僅かに頬を染め、照れくさそうに視線を逸らした。
「お待たせしました〜」
エレベーターホールから八戒と悟浄が現れる。
「八戒、忘れ物無いですか?」
「大丈夫ですよ」
「もし忘れ物してたって、明日俺が保育園に持ってくしー♪」
助手席に乗り込もうとしている八戒に、悟浄は片目を瞑った。
八戒もニッコリと笑顔を向ける。
「あ、捲簾」
「ん?どした??」
天蓬は窓越しに捲簾を手招いた。
捲簾が不思議そうに顔を近づける。
「明日は内勤日ですか?」
どうやら昼食のお伺いらしい。
捲簾は目を細めて視線を和らげる。
「ん。明日は1日事務所居っから。終わったら携帯に電話しろよ」
「分かりました。それじゃ明日…」

言葉の続きは捲簾の唇に飲み込まれた。

小さく濡れた音を立てて、唇が離れていく。
「明日、いつものエントランスな」
「ええ」
互いに見つめ合って微笑んだ。
二人のキスを間近で見せられ、暫し八戒は硬直していた。
我に返って窓の外を見ると。

「はぁ〜っかいぃ〜vvv」
あからさまに何かして欲しそうに、悟浄が期待で瞳をキラキラと輝かせていた。
八戒の頬が見る間に真っ赤に染まる。
無言で俯くと、手元のスイッチを押した。
「ああぁぁっ!?何で窓閉めるんだよーっ!!コラッ!八戒いいいぃぃっ!!」
無情にもパワーウィンドウで遮断され、悟浄は泣きそうな顔で窓を叩きながら喚いている。
「八戒…可愛そうじゃないですか。お休みのキスぐらいしてあげたらどうです?イヤなんですか?」
まだ外で騒いでいる悟浄に憐れみの視線を向けて、天蓬が溜息を零した。
俯いたまま八戒は天蓬を視線だけで見上げる。
「勿論イヤじゃありません。でも僕は…貴方達と違って、そういうの慣れてないんです」
「八戒は照れ屋さんですからねぇ…でも困っちゃうんですけど、アレ」
「え?」
天蓬が指差したのにつられて横の窓を見た。

「うわっ!?」

べたーっと。
悟浄が車の窓に唇を押しつけている。
その後で捲簾が腹を抱えてゲラゲラと大笑いしていた。
「僕の車にキスされてもねぇ…」
「…すみません」
あまりの恥ずかしさに居たたまれずに、八戒は身体を縮こまらせる。
天蓬が手を挙げて挨拶すると、捲簾が頷きながら悟浄の身体を引き離した。
軽くクラクションを鳴らして車が発進する。
「八戒のバカアアアァァッッ!!!」
悟浄の叫びを掻き消して、車は走り去った。
息を切らして悟浄がガックリと項垂れる。
「まぁまぁ、落ち込むなって。まだ昨日からのお付き合いだろ〜」
捲簾が悟浄の肩をポンッと叩いて宥めた。
「フ…フフフフフ…」
いきなり笑い出した悟浄にギョッとして、捲簾は身体を後ずらさせる。
顔を上げた悟浄は何故だか、大全開の笑顔。
「…おかしくなったか?」
弟の額にペタリと掌を当てる。
「別に熱なんかねーよ。いやぁ〜もぅっ!八戒ってスッゲ照れ屋だからさー。初々しいトコロも可愛いよなぁvvv」
くぐもった声で笑いを漏らす弟を、捲簾は呆れ返って見つめた。
「…めげねーヤツ」
「ったりめーじゃん!絶対八戒を口説き倒して、いつかは俺が八戒のことを抱いてやるーっ!!」
「はいはい、頑張れよー」
投げやりに応えると、捲簾は悟浄を放置してスタスタとマンションの中へ入っていく。
「あっ!何で置いてくんだよーっ!!」
自分の世界から戻った悟浄が慌てて捲簾を追いかける。
ガッチリと背中に抱きつくと、肩を組んで仲良くエレベータの中に消えていった。



END?

Menu