St.Valentine's princess |
ガンガンガンガン☆ チュイ〜ンチュチュチュイ〜ン! 執務棟の玄関を占拠して、捲簾は手に入れた木材を使って『愛の下駄箱』作成に励んでいた。 人通りは多いが誰からも注意を受けることも無かったので、至って作業は絶好調だ。 「う〜ん?普通の下駄箱って小っちぇけど、それじゃケーキ入んねーし…やっぱブーツも収まるぐらいデッカクした方がいいよな♪」 定規で木材の寸法を計っていた捲簾は、うんうん頷きながらチェーンソーで材料を裁断していく。 大きさから言えば下駄箱というよりは小さめのロッカーぐらいになるが、そんな細かいことは気にしない。 あくまでも捲簾が必要なのは『下駄箱』なのだ。 愛する天蓬のために、一生懸命作るチョコレートケーキを渡すために必要な『愛の架け橋』を作成している。 裁断し終わった木材のパーツを確認している捲簾に、書記官の一人がすすす、と近寄ってきた。 「大将…あの…休憩なされてはいかがですか?」 部下はお盆にお茶とお菓子を載せて、捲簾の方へと差し出す。 「あれ?もーそんな時間か」 捲簾はピンクの水玉模様のタオルで汗を拭うと、こっくり首を傾げた。 作り始めてから熱中していたせいで時間の感覚が無くなっている。 木屑のゴミを適当に払って座ると、部下がおしぼりを差し出した。 「さんきゅ♪」 汚れた手を清めながら、自分の方へお盆を引き寄せる。 貰ったお茶を美味しそうに飲んで、ほぅっと一息吐いた。 部下は枠組みだけ出来上がったモノを珍しそうに眺める。 「大将、一体何を作っているんですか?」 「ん?下駄箱」 「下駄箱…ですか?」 何でいきなりそんなモノを作らなければならないのか、部下は理由が分からず首を捻った。 軍施設内では靴を脱ぐ習慣もない。 第一軍の者は日頃から忙しなく動き回っていた。 万が一緊急の招集が掛かった時、いちいち下履きに履き替えるなど手間が掛かって余計な時間を喰ってしまう。 軍での任務は時間との勝負が殆ど。 先鋭中の先鋭で、闘神と匹敵する能力を持つと言われる捲簾大将ともあろうヒトが、そんな非合理的な真似をするというのも妙な感じだ。 きっと何か理由があるはずだが。 きっ…訊かない方がいいよなっ! 部下は僅かに頬を強張らせ、どうぞと捲簾へ茶菓子を勧めた。 捲簾は差し入れの月餅を取って、美味しそうに頬張る。 ニコニコ上機嫌で休憩している捲簾を、部下はまじまじと眺めてしまった。 「大将…その格好は…えーっと。作業し辛くないですか?」 思わず部下はポロッと口を滑らせてしまう。 「ん?この方が軍服汚れねぇだろ?」 「そうですけど…」 あっさり答えを返されて、部下は言葉を飲み込んだ。 確かに汚れは付きにくいかもしれない。 しかし。 軍服の上に割烹着とほっかむりはどうだろう? 自分の違和感に何とも感じていない捲簾は、部下の笑顔が引き攣っているのにもお構いなし。 美味しそうに月餅を食べながら、出来上がりつつある下駄箱(モドキ)を眺めた。 捲簾は作業着代わりに割烹着を身に着け、頭にはウサちゃん柄のバンダナをほっかむりにして被っている。 ところが、その下はいつも通りの黒軍服のまま。 明らかにその姿が浮いているのだが、全く気にしていないらしい。 「さてと!早く作らねーと。ごちそーさん♪」 「いえ…頑張って下さい」 お茶菓子の月餅を5個平らげて満足げに笑う捲簾に、部下はむやみに突っ込むのをやめた。 パンパンと裾を払って立ち上がる捲簾が、ふと外へと視線を向ける。 茶器を片付けて執務室へ戻ろうとしかけた部下へ、捲簾は声を掛けて呼び止めた。 「なぁ…今日天蓬どうしてる?」 「はい?元帥…ですか?」 「あ…えーっと。今日はまだ会ってねーなぁ〜っと思って。仕事してんの?」 今日捲簾は朝一から此処で作業をしていたので、天蓬の部屋へは行っていない。 さりげな〜く天蓬の様子を尋ねると、部下は緩く首を振った。 「いえ。今日はまだお見かけしておりません。きっとお部屋の方にいらっしゃるんじゃないでしょうか?」 それも天蓬ならいつものことと、部下も大して気に留めていない。 「そっか。ふぅ〜ん」 脳内お花畑で捲簾は『やった!作戦成功vvv』とピョンピョン飛び跳ねた。 捲簾の作戦とは。 『天蓬に見つからないようにヴァレンタインの準備をしちゃうぞvvv』大作戦。 捲簾はチョコレートを渡して天蓬を驚かせたかった。 その為には準備をしていることを内緒にして、コッソリ作業を遂行しなければならない。 それにはどうすればいいか。 要は捲簾が慌ただしく準備している所を見られなければいい。 天蓬だって上級士官で、隊の責任者だ。 下界への出征が無くたって、日頃から事務的な仕事は多い。 大量の書類を抱えて、軍棟の執務室と軍舎の自室を行き来するのも頻繁だった。 しかし、いつも通りそんなことされれば、捲簾の作戦がバレてしまう。 そこで捲簾は必死に考えた。 どうしたら天蓬に見つかることなく、準備することが出来るか。 ぴこーん☆ 「そっかっ!天蓬を部屋から出られないようにしちまえばいいんだっ!!」 閃いた名案に、捲簾は会心の笑みで頷いた。 それからの捲簾は素早く行動する。 「てんぽー?何か下界の駐留隊に注文するモノあっか?」 「え?どうかしたんですか??」 いつも通り天蓬へ食事を作りに来た捲簾が、唐突に話を振ってきた。 天蓬は笑顔のまま、きょとんと小さく首を傾げる。 天蓬専用ネコちゃん絵柄の茶碗へごはんをペンペンよそいながら、何気なく思案するように部屋の中を見回した。 「本とかさ…注文しねーの?」 「え?あぁ…そろそろ欲しいモノをリストアップして、下界便で頼もうとは思ってましたけど。それが?」 「いや、丁度俺も頼みたいモンがあってさ。どうせなら天蓬の荷物と一緒に送って貰いたいなーって…ダメ?」 顔色を窺って上目遣いに尋ねれば、天蓬は音がする程大袈裟に首を振る。 「そんなことありませんよ。それじゃ一緒に注文出しましょうか?捲簾は何が欲しいんです?」 捲簾が珍しく下界便でわざわざ注文してまで取り寄せたいモノは何だろうと、天蓬としてはちょっと気になった。 そんなに欲しいモノならいっそのことプレゼントしても良いな、と天蓬は考える。 天蓬へ茶碗を手渡した捲簾は、ほんのり頬を染めてエプロンの裾をもじもじ弄った。 「えっと…グルメ雑誌が欲しいんだけどさ」 「グルメ雑誌ですか?」 「そうっ!『美味しい食事が出来るお店特集』とか『隠れ家的なお店特集』とか『有名スイーツが食べられるお店特集』とか…とにかくっ!そーいう雑誌が欲しいなーって」 …コレはもしかして、僕に対するデートのアプローチでしょうか? 天蓬の機嫌が一気に急上昇する。 捲簾がそういうグルメデートがしたいなら、何が何でも叶えるのが彼氏としての甲斐性だ。 「そうですか。それじゃ僕の注文する本と一緒に頼みましょうねvvv」 「ん。さんきゅー♪」 ニッコリ笑顔で喜ぶ捲簾を見つめながら、天蓬がキュッと手を握る。 いやあああぁぁ〜〜〜っっ!そんないきなり何すんだよおおおぉぉっっvvv 脳内お花畑で捲簾は真っ赤に頬を染め、仰け反りながら叫声を上げた。 「雑誌で気に入ったお店があったら言ってくださいね?今度一緒に食事に行きましょう」 デートッ!天蓬とグルメデートおおおぉぉっっ!!! いやんっ!嬉しいいいぃぃーっっ!!と大はしゃぎしながら、捲簾は脳内お花畑をキャーキャー走り回る。 「う…うんvvv」 恥ずかしそうにコックリ頷いて、天蓬の手をちょっと握りかえした。 満足そうに天蓬がいつもより100倍増しで華やかな笑顔を浮かべる。 こうして下界便に本の注文を済ませて1週間後。 天蓬の大量注文した本と共に、捲簾の元へもグルメ雑誌が届けられた。 自室で受け取った捲簾は、思わず含み笑いを浮かべる。 「作戦その1…成功♪」 受け取った雑誌を胸に抱えて、ふふふふっvと声を漏らした。 実はグルメ雑誌を手に入れるのは『ついで』でしかない。 本来の目的は、天蓬に大量の本を注文させること。 思惑通りに事が運んで、捲簾はご満悦だった。 天蓬は新しい本が来ると、一気に読まないと気が済まない性格だ。 その間周囲が呆れる程の集中力で、寝食忘れて大量の本を次々読破していく。 勿論睡眠も食事も取らない天蓬が、部屋から出てくることはまず皆無だ。 「これで俺が何やってても天蓬のヤツ気が付かなぁ〜い♪てへっ!」 天蓬を部屋へ自主的に隔離すること。 それこそが捲簾の真の目的。 下界へ注文票を送る時に捲簾はしっかりその量を確認した。 天蓬の集中力を持ってしてでも、およそ5日は掛かると踏んだ。 しかし、肝心の天蓬がヴァレンタインデーに力尽きて寝込んでしまっては本末転倒になる。 そこはしっかり者、自称『未来のお嫁さん』捲簾は、毎夜食事をしっかり取らせて仮眠するように見張るつもりでいた。 そして昼の間は、天蓬に悟られることなくヴァレンタインの準備が出来る。 「俺ってば結構策士かもvvv」 案の定捲簾の読み通り、天蓬は自室へ籠もって読書に夢中らしい。 ふーんと何気ない振りで部下の話を聞いて、捲簾はニッコリ微笑んだ。 「アイツの仕事は大丈夫か?緊急の書類とかねーの?」 いちおう天蓬の公私ともに(?)副官としては、気遣ってみる。 部下は手を振って苦笑を浮かべた。 「いえ。出征もありませんでしたし大丈夫ですよ。それに元帥がお籠もりになったら何をしたって出てこないのは皆周知してますから」 「んーそうだけどさ。もし何かあったら俺んトコへ回して?」 「でも大将も…その…お時間大丈夫なんですか?」 部下はチラッと作りかけの下駄箱へ視線を向ける。 捲簾も部下が言いたいことに気付き、豪快に肩を叩いた。 「あ、コレ?へーきへーき!夕方までには出来上がっから」 「そうですか…じゃぁあと少し頑張って下さい」 「おうっ!」 片付けた茶器を持って業務へ戻っていく部下を、捲簾がヒラヒラ手を振って見送る。 「さてとっ!あともうちょっと頑張るぞvvv」 捲簾は新たに気合いを入れると、カナヅチを持って作業を開始した。 天界の地平線に陽が沈む頃。 「出来たーっ!!」 捲簾の絶叫が回廊中に響き渡る。 玄関脇には縦長二段の下駄箱が設置された。 一見するとロッカーにしか見えないが、捲簾は出来上がりに満足する。 「よっし!後は名前を書いて〜っと」 マーカーの蓋をキュポン☆と外して、手にしたプレートに名前を書き込んだ。 『天蓬v』 『捲簾v』 サラサラとピンクのマーカーで名前を書き込み(ハート付き)、そのプレートを下駄箱へ貼り付ける。 「…俺と天蓬お揃いの下駄箱vvv」 ヤダッ!捲簾ってばちょっぴり大胆かもーっっ!!と脳内お花畑で、ゴロゴロ身悶えた。 下駄箱へ手を付いて興奮で乱れた息を整えると、蓋をパカッと開けてみる。 「うん!大きさもバッチリ。これならケーキの箱もピッタリ収まるな」 蓋の開き具合を何度も確認してから、そっと閉じて下駄箱へ頬擦りした。 「後はケーキを作って…天蓬喜んでくれるかなーvvv」 ぽわわ〜んとピンク色の妄想を浮かべて、捲簾は込み上げてくる笑いを零す。 その様子を遠巻きにそっと観察していた部下達は。 「大将…何で下駄箱に笑ってるんだ?」 「しっ!俺たちは何も見ていない。そうだな?」 「お…おうっ!俺らは何も見てない。何も知らない」 「よし。じゃぁ、帰ろうか」 「そうだな」 顔を見合わせた部下達は頻りに頷くと、捲簾の方を見ないように軍舎へ戻っていった。 |
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