St.Valentine's princess



天蓬が下駄箱で頭を悩ませている頃。

「はぁー…結構買い過ぎちゃったかもvvv」

城下へ買い物に出ていた捲簾が、両手一杯の大荷物を抱えて意気揚々と帰ってきた。
早速自室へと閉じ籠もり、誰も入ってこないようしっかり施錠する。
折角天蓬に贈るチョコレートを作るのだ。
明日まで誰にもバレないように、コッソリ作らなければ意味がない。

天蓬へヴァレンタインチョコを贈ることが、西方軍全体に知れ渡ってると捲簾は全く気付いていなかった。

「さってと!頑張って作っちゃおっかな〜vvv」
捲簾がほんのり頬を染めて含み笑いを零しながら、机に並べた材料を眺める。
なんせ初めて『彼氏』へプレゼントするケーキなのだ。
捲簾のケーキへ懸ける意気込みも情熱も半端じゃない。
ヨシッ!と俄然気合いを入れて、買ってきた材料を一つずつ確認する。
「えーっと先にムースの方作って冷やさねーとな。ラズベリーとピスタチオ裏ごしして…生クリーム用意しちまった方がいいかな?」
捲簾は愛用のウサちゃんエプロンを身に着けて、作業工程を頭の中で確認した。

愛する天蓬のために初めて手作りケーキをプレゼントするのだ。
勿論ただのチョコレートケーキを作る訳がない。
テーマは『可愛いお花畑』ケーキ。
甘いチョコレートの大地に広がる淡いグリーンのピスタチオムース草原。
そしてピンクのお花畑が咲き誇るようなラズベリームース。

「ふふふふ…スッゲェ可愛いよなvvv」

どこまでも乙女思考な捲簾だった。
腕捲りをすると、とりあえずムースの準備から取りかかることにする。
「もぉ〜っ!頑張っちゃうぞーvvv」
ニコニコ照れ笑いを浮かべて、捲簾は物凄い勢いで生クリームを撹拌し始めた。






チョコスポンジにピスタチオとラズベリームースを挟んだ大きな長方形の生地が出来上がる。
「さてと。型抜き型抜き〜♪」
捲簾は手にしたハート型のワクで、その生地を慎重にくり抜いた。
その数2個。
「よっし!後はデコレーションして冷やすだけだな」
出来上がった2個のハート型ケーキに、湯煎して溶かしておいたチョコレートを丁寧に流してコーティングした。
目の前にツヤツヤ輝くハート型チョコレートケーキが出来上がる。
捲簾はトレーに載せた2つのケーキを、冷蔵庫へと収めた。
これでコーティングしたチョコが固まって、クリームで飾り付ければ完成だ。

しかし疑問が残る。
天蓬へ渡すチョコは1つで充分のハズ。
何で2つもケーキを作ったのか。
単純に考えれば、捲簾は天蓬の他にもう一人誰かに愛の籠もった手作りチョコをプレゼントするのかと思うはず。
それこそ天蓬が知れば、嫉妬で大騒ぎして西方軍が大混乱に巻き込まれるのは想像に難くない。
「はぁ…早く固まんねーかなぁ〜vvv」
捲簾はテーブルへ肘を付いて、ソワソワ身体を揺すった。

きゅるるるる…。

随分と遠慮がちな音が聞こえてくる。
ポッと恥ずかしそうに頬を染めた捲簾が、慌ててお腹を押さえた。
ケーキ作りに夢中だったので、捲簾は朝から何も口にしていない。
一段落して気が抜けたせいか、途端に腹の虫が空腹を訴えて騒ぎ出した。
お腹を押さえたまま半身をテーブルへ伏せ、捲簾がブツブツ独り言ちる。
「ガマン…ガマン。もうちょっとでケーキが食えるし」

どうやらケーキの1つは自分が食べるために作ったらしい。

そこは繊細な乙女(?)心。
初めて手作りのケーキをプレゼントするのに、失敗作など贈れるはずがない。
ちゃんと同じケーキをもう1つ作り、自分で味見して満足したモノを堂々とプレゼントしたかった。
天蓬には美味しいって喜んで欲しい。
渡したらきっと驚いて…その後捲簾の大好きな綺麗な笑顔を見せてくれたら。

かあああぁぁぁ〜。

「そんでもって『とっても美味しいですよ。捲簾は凄くイイお嫁さんになれますねぇvvv』なぁ〜んて言われちゃったりっ!やんっ!どぉ〜しようっっ!!」
捲簾は真っ赤な顔で頭を振りながら、身体をクリクリ捩らせて悶える。
ぽやや〜んと色んな想像を浮かべては、テーブルをガタガタ揺らして唸ったり、突っ伏してキャーキャー叫んだり。
チョコが固まる時間まで、独り妄想に耽ってはしゃぎ続けていた。






目の前に置かれたハート型ケーキ。
捲簾は恐る恐るフォークを入れて、一口分掬い上げた。
ケーキの断面は綺麗な3色のコントラストで、見た目にも可愛い。
問題は味の方だった。
意を決してパクンと食い付くと、捲簾の瞳がまん丸に見開かれる。

ごくん。

「う…うぅまぁ〜いvvv」

フォークを持ったまま頬へ手をやり、口中に広がる甘さに惚けた。
濃厚なピスタチオムースに、ラズベリームースのほんのりした酸味。
その絶妙なとろけるムースを包み込むチョコレートの甘さ。
あまりの美味しさに、我ながら捲簾はウットリと酔いしれた。
「完璧かもーっ!すっげ旨いっ!最高っ!」
自画自賛しながら、パクパクとチョコレートケーキを平らげていく。
これならきっと天蓬も喜んでくれるはず。
捲簾は上手に出来上がったケーキに喜びを隠せず、頬を紅潮させてペロッと綺麗に食べきった。

味は完璧。
残るは箱を開けた時の可愛さで勝負。

るんるんとスキップして冷蔵庫から本番用のケーキを取り出すと、可愛らしいデコレーションを仕上げていく。
表面にはココアパウダーで口に入れた時の苦みをアクセント。
その方がよりケーキの甘さが引き立って美味しい。
口の小さな絞り袋へピンクに色づけしたクリームで、器用に花唐草の模様を描いた。
中央から対角線上に少し離れた場所へ、クリームの土台を絞り出す。
その上へ今度はガナッシュで作ったバラの花の蕾を丁寧に2つ載せた。
次ぎに文字を描くため、淡い黄色に色づけしたホワイトチョコの絞り袋に持ち替える。

「ん?んー?んん〜っ??」

絞り袋を持ったまま、右に左に首を傾げて思案した。
折角のヴァレンタインデー。
何か気の利いた愛のメッセージでも書こうと思ったけど。

「…何書けばいいんだ?」

捲簾は思いっきり首を傾け、必死に言葉を考える。
「天蓬愛してるv…ダメだっ!恥ずかし過ぎるーっっ!!」

とりあえず却下。

「天蓬大好きv…やっぱり恥ずかしーっっ!!」

…これも却下。

「天蓬へ愛を込めてv…いやあああぁぁーーーっっ!!!」

……やっぱり却下。

あれこれ考えつく愛の言葉に赤面し、捲簾は頻りに身悶え黄色い悲鳴を上げた。
ゼーゼーと息を乱した捲簾が、胸を押さえて呼吸を整える。
「ダメだ…こんなことしてたらいつまでも決まらねぇ…っ!」
火照った頬をぺちぺち叩いて姿勢を正すと、気を取り直して絞り袋を持ち直した。
暫しケーキを真剣な顔で睨み付けていたが、意を決して何かを書き始める。
「…これでよしっ!」
緊張の余りちょっと歪んでしまったが、捲簾は満足そうな笑みを浮かべた。
出来上がったチョコレートケーキを台へ移して、上から箱を被せる。
「後はラッピングだな。可愛くしなきゃっ!」
ケーキの入った箱をテーブルの隅へ避け、大きな包み紙を広げた。
その上へ箱を置き直し、丁寧に包み込んでいく。
リボンを掛けて綺麗に結び、可愛らしい花のコサージュを固定した。

「できたーっっvvv」

捲簾が嬉しそうに両手を上げる。
愛を込めた特製スペシャルヴァレンタインケーキが完成した。
頬をうっすら薔薇色に染め、捲簾はニッコリ微笑んだ。
これならきっと天蓬も喜んでくれるだろう。
「とりあえず溶けないように冷蔵庫へ入れとかないとっ!」
喜びに浸りすぎて形を崩しては元も子もない。
ケーキの箱をそっと持ち上げ、開けておいた冷蔵庫の中へ大切に保管した。
「ふぅ…後は明日下駄箱に入れて渡すだけvvv」
冷蔵庫を閉めて、捲簾は「ふふふーvvv」と含み笑いを零す。
気が付けばすっかり陽も落ち、辺りには夜の帳が落ちていた。
「いっけね!メシ食って風呂入って、今日は早く寝ねーと!!」
明日は誰にも見つからないよう、早めに執務棟の下駄箱へチョコを仕込まなくてはならない。
コッソリ内緒でケーキを隠して天蓬を驚かせたかった。
その為にはまだ誰も執務へ出てくる前に行って、ケーキの箱を置く必要がある。
「夜更かしはお肌にも悪いしなっ!風呂に入ってツヤッツヤに磨いて…やだっ!そんな天蓬が触る訳じゃねーのに…そんなエッチなコト考えてなんかねーもんっ!!」
いや〜んっ!もうっ!捲簾のバカバカvvvと、独り脳内お花畑で身体を捩りながら身悶える。
ベシベシと冷蔵庫を叩いて独り妄想に赤面していたが、はっと我に返って立ち上がった。
こんなコトをしている場合じゃない。
「あーもぅっ!メシ作ろうとしてたんだってば!」
捲簾は慌てて道具類を片付けると、今度こそ食事の準備を開始した。






翌朝。
静まり返った執務棟の柱の影。

ヒョコッ☆

「…よし。誰も来てねーな?」
顔だけ出して辺りを窺った捲簾が、小さく安堵の溜息を零した。
漸く陽も昇りはじめた時間。
大事そうにケーキの入った袋を抱えて、そーっと玄関先まで慎重に歩く。
「ん?もう誰か来てんのかよぉ…」
当直の者が開けたのだろうか。
既に玄関の扉は開放されていた。
捲簾は緊張した面持ちでキョロキョロと周囲を探り、誰も居ないのを確認して自分が設置した下駄箱へと近付いていく。
後はこのケーキを天蓬の下駄箱へと置くだけ、のハズだった。
ところが。

「…なっ!?何だよコレーッッ!?」

静寂を突き破って、捲簾の悲鳴がワンワンと響き渡る。
下駄箱を前にした捲簾が、呆然と目を見開いた。
確かに下駄箱はある。
あることはあるが。
すっかり捲簾の作った下駄箱はその原型を歪めていた。
「何で?扉がガムテープで留められてんだよっ!」
捲簾は真っ赤になって激怒する。
苦労して作った下駄箱が、どういう訳か何かを無理矢理詰め込まれて扉が閉まらない程変形していた。
その扉が開かないようにガムテープで留められている。
それも天蓬と捲簾両方の下駄箱がだ。
「誰がこんな真似しやがったっ!!」
捲簾は怒りに任せて、貼り付いてたガムテープを勢いよく剥がした。

ガタン…。
ボトボトボトボトーッッ!!

「うわわっ!何?何だコレーッッ??」
下駄箱の中から膨大な量の箱が一気に雪崩れ落ちてくる。
捲簾は落ちた箱を眺めて唖然とした。
どれもこれも綺麗にラッピングされた可愛らしい箱ばかり。
一目でヴァレンタインのチョコだと分かった。
しかもとんでもない数のチョコが天蓬の下駄箱から崩れ落ちてきたのだ。
捲簾は思いっきり頬を膨らませてムッとする。
天蓬がモテるのは分かっていた。
分かってはいるが、現在真剣なお付き合いをしている捲簾にとっては見ていて気分が良いモノではない。
「…天蓬にチョコ贈っていいのは俺だけなんだからなっ!もうっ!!」
捲簾はプリプリ怒りながら下駄箱から全てのチョコを撤去した。
ひと山に纏めたチョコ眺めて、捲簾は小さく首を傾げる。
「そういや…何で此処に下駄箱があるの知ってるんだ?」
腕を組んだ捲簾が不思議そうに考え込んだ。

しかし、女性の情報網を甘く見てはいけない。

この場所へ下駄箱が設置された情報は、あっという間に天界の女性へ知れ渡った。
職務上重要機密を扱うため、本来軍施設へは関係者以外立ち入り禁止だ。
軍の宿舎へ入ることが出来るのは、関係者の家族と世話係の従者のみ。
どんなに恋い焦がれる相手が軍施設内に居ても、近寄ることさえ許されていなかった。
そこに登場した下駄箱の噂。
女性達は一気に色めき立った。
待ちに待ったヴァレンタインデーに、憧れの天蓬元帥にお逢いしてチョコを渡す機会は限りなく不可能だ。
ところが、天蓬元帥の下駄箱が執務棟玄関先に設置されたらしい。
玄関なら一般のモノでも入ることが出来て、チョコをその下駄箱へ置いていけばお慕いする天蓬元帥へ渡すことが出来る、と。
それからの騒ぎを捲簾は知らない。
噂を聞きつけた大勢の女性達が我先にと西方軍の玄関へ押しかけてきたのだ。
大混乱になって暴動でも起きかねない殺気立った女性達に驚いた部下達は、急遽仕事をそっちのけで女性達を宥めるのに大変な目に遭わされてしまった。
その凄まじいモテっぷりは捲簾も同様で。

「ん?何だよーっ!俺の下駄箱も壊されてるしっ!!」

下を見れば捲簾の下駄箱も扉が無理矢理ガムテープで補強されていた。
プリプリ怒りながら自分の下駄箱からも流れ出てきたチョコをひと山に寄せて、さっさと端へ片付ける。
変わり果てた下駄箱を眺めて、捲簾はグスッと鼻を啜った。
「俺が天蓬にチョコ渡すために作ったのに…っ!」
うるるっと涙が浮かんできた目を擦りながら、自分のケーキを下駄箱の中へ慎重に置く。
そっと扉を閉めると、弛んでしまった蝶番のネジを締め直した。
「ちゃんと見張ってねーと…もう誰にも下駄箱には触らせねーからなっ!」
小さく拳を握って決意した捲簾は、下駄箱横で不機嫌さを隠しもせずに仁王立ちする。
駆けつける女性達は勿論、仕事に出頭してきた部下達までも思いっきり睨み付けてシッシッと追い払い続けた。
それでも玄関先には女性達が集まってきて帰る気配を見せない。
このままだと昨日の二の舞になって、仕事どころじゃなくなるのは目に見えていた。
何よりも不機嫌のオーラを漲らせて睨み付けてくる捲簾が何よりも恐い。
「あのー?大将…ちょっと宜しいですか?」
「あぁ?何だよっ!」
「このままですと大将だって仕事出来ないでしょうし…」
「俺今取り込み中で忙しいんだよっ!」
「ですからね?提案があるんですけど?」
「提案…って?」
据わった視線のまま、捲簾は部下をジットリ睨め付けた。
「大将…元帥へチョコ…お渡しするんですよね?」
「え?」
鋭く直球で突っ込まれ、捲簾がポッと頬を染める。
恐々捲簾へ声を掛けた部下は、先日捲簾から衝撃の事実を聞かされた者だった。
だから事情も飲み込めている。
「下駄箱に入れたチョコを元帥へお渡しするなら、そっと隠れて元帥が驚かれるの見た方が宜しいんじゃないですか?」
「そのつもりでいたんだけど…アレじゃまた下駄箱壊されそーだし」
玄関先に集まっている女性達を顎で差し、捲簾は深々と溜息を零した。
「それでしたら、玄関を封鎖しましょう。今日の出入り口は裏の方を使うようにすれば大丈夫ですから」
「え?でも…勝手にんなことしたら、司令官がうるせーんじゃね?」
「大丈夫ですよ。この騒ぎじゃそうした判断をしたって進言すれば問題ないでしょうし」
実際、昨日の大騒動の際、『明日は玄関を封鎖しろっ!』と司令官の指示が出ていたのだ。
あの冷静沈着な司令官さえキレ掛かる程、昨日の騒動は相当凄まじかったらしい。
捲簾はきょとんと目を丸くするが、少し考えてから素直に頷いた。
「その方が俺も気分的に楽だし…そーしてくれる?」
「承知しました。おいっ!」
背後で待機していた他の部下達がギャーギャー騒ぐ女性達を押し退けて、玄関の扉をどうにか閉じて封鎖する。
あっという間に喧噪が無くなり、捲簾と部下達はほっと安堵の息を吐いた。
一つ杞憂が晴れると、今度はもう一つが気になる。
ドキドキと心拍数が自然と昂まってきた。
軍服の裾をもじもじ弄りながら、捲簾が上目遣いにチラリと下駄箱へ視線を向ける。
「きょっ…今日さ…天蓬…来てる?」
「いえ?まだですが。もうそろそろお見えになるんじゃないでしょうか?」
「そっか…あーっ!どーしよっ!ムチャクチャ緊張する〜〜〜っっ!!」
真っ赤な顔でしゃがみ込んで悶える上司に、部下は引き攣りながら笑顔を浮かべた。
「と…とりあえず、あの柱の辺りでお待ちになってみては?」
下駄箱の先にある柱なら捲簾一人ぐらい見つからずに潜んでいられるだろう。
部下の指した柱へ視線を向け、捲簾は小さく頷く。
「そーする…あっ!天蓬に俺が隠れてんのは内緒にしろよっ!」
「…了解しました」
コソコソと柱の影へ隠れる捲簾を、部下は何も言えずに見送った。



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