St.Valentine's princess



カラッコ☆
カラッコ☆
カラッコ☆

「おっ仕事おっ仕事ですぅ〜♪」

暢気な声と共に軽快な便所ゲタスキップが回廊でこだまする。
決裁書類を片手に、天蓬は上機嫌で執務棟へ向かっていた。

何と言っても今日はヴァレンタインデー。

部下からの事前情報で、愛しの捲簾が自分のためにチョコを用意していると耳にした。
これで浮かれるなと言う方が無理に決まっている。
今すぐにでもバクッと食べちゃいたい程可愛い可愛い恋人が、愛を込めたチョコを贈ってくれるのだ。
正に天にも昇る心地で、天蓬は今朝から浮かれきっていた。
いつもなら捲簾が呼びに来てベッドから蹴落とされるまで絶対起きない天蓬が、こうして自力で起床して尚かつ自発的に仕事に出てくるなんて普段ならあり得ない。
これも愛のなせる技。
「捲簾はどんなチョコくれるんでしょうね〜vvv」
お料理上手な捲簾のことだ。
きっと天蓬の味覚にバッチリあった美味しい手作りチョコに違いない。
あれこれ一生懸命天蓬のことを想ってチョコを作ってくれるんだろうと、天蓬の胸は期待でいっぱいだった。
甘い物好きな天蓬は勿論チョコも大好物だ。
それよりも何より捲簾が自分のために美味しいって言って貰えるよう、頑張ってチョコを作ってくれるという事実の方が嬉しくて仕方がない。
というより既に萌えだ。
「はぁー…きっと捲簾のことですから、甘くてとろけるような幸せな気分になれるチョコを作ってくれてるんでしょうねぇ」
ぽやや〜んと想像してると、ついつい顔が笑ってしまう。

きっと恥ずかしそうに真っ赤になって渡してくれるんでしょうねぇ。
『コレ…天蓬のために一生懸命作ったからっ!』とか、照れながら可愛らしい包みを両手で僕に押し付けたりして。
あーっ!もうっもうっ!どーしましょうねっ!!

執務棟に向かう回廊で不気味に笑いながら悶える天蓬の姿を、すれ違う部下達が見ない振りして避けて通った。
柱に抱きついて何故か股間を擦り付けて含み笑いを漏らす上司の異様な挙動を、誰もが憐憫を含んだ眼差しで遠くから眺める。
「はっ!いけないっ!こんなところでイメトレしている場合じゃありませんねっ!」

天蓬はイメージトレーニングしてたらしい。
さしずめ柱は愛しの捲簾か。
我に返った天蓬が、柱に擦り付けたせいでずり上がったズボンの股間をじっと見下ろした。
「うん、まだ大丈夫ですね」

…ナニが大丈夫なんだろうか。

一人納得してうんうん頷くと、ご機嫌スキップで捲簾が待っている執務棟へ先程よりも足早に向かった。






天蓬が玄関口近くにやってくると、どういう訳か入口の扉は遮断され、筋交いに板まで打ち付けられ補強されていた。
扉の外では何やら物騒な空気が感じられ、集団のざわめく声が塊となって扉でぶつかり反響する音が聞こえる。

「…暴動でもあるんですか?」

不穏な状態にも係わらず、天蓬は暢気に首だけ傾げた。
まさか外の騒動が天蓬や捲簾目当ての殺気立った女性集団だとは気付いてもいない。
ましてや自分が原因の一端を担っているとは想像もしないだろう。
面倒事にならなければどうでもいい天蓬は、外の喧噪も対して気に留めず、捲簾が設置した自分専用のゲタ箱へ向かった。

『きゃんっ!きっ…きききき来たぁーっvvv』

柱の影から様子を窺っていた捲簾は、ゲタ箱に現れた天蓬の姿を見つけ慌てて顔を隠す。
ドキドキと期待で昂ぶる鼓動をどうにかやり過ごそうと胸を押さえた。
小さく呼吸を整え直すと、そぉーっと柱の影から目だけ出す。
天蓬はゲタ箱の前で何やら難しい顔をしていた。
「…何でゲタ箱がこんなことに?」
昨日見た時は出来たてだったはずのゲタ箱は、何故か歪んで斜めに傾いでいる。
扉の部分も隙間が開いて板が浮いている状態。
折角捲簾が作った天蓬用のゲタ箱を、誰がこんな風に歪むまで乱暴に扱ったのか。
不快気に眉を顰め、天蓬が僅かに口元を上げた。
「誰だか知りませんけど…見つけたらお仕置きですね」
フフフフっと不気味な笑みを浮かべる天蓬から、真っ黒なオーラが周囲に立ちこめる。
「まぁ、それは追々誰かに吐かせるとして…あれ?」
壊されかけたゲタ箱に気を取られていた天蓬は、辺りの異変に気付いた。
視界の端に何やらキラキラした大量の物がある。

「…何ですかね?コレは??」

視線を巡らせた先には、無造作に山積みされた可愛らしい箱の数々が。
綺麗にラッピングされた大小様々な箱が壁沿いに押しやられ、あっちこっちで小山を築いていた。
しかもその手前にはどういう訳か自分の便所ゲタが転がっている。
「便所ゲタ…ちゃんと入れて置いたはずなんですけど?」
愛用の便所ゲタを拾い上げ、天蓬は頻りに首を捻った。
折角捲簾が作ってくれたゲタ箱だからと昨日履き替えように入れた便所ゲタが勝手に出されて放置されている。
ますます天蓬の表情が何かを考え込んで厳しくなった。

『もぉーっ!天蓬のヤツ何やってんだよぉ〜っ!!』

柱の影からチラチラ様子を窺う捲簾は、便所ゲタを手に考え込む天蓬に段々痺れを切らせる。
早くゲタ箱の中のチョコを見つけて驚いて欲しいのに。
焦らされているような気分になって、つい身体が柱の影から飛び出しそうになるのを必死に堪えていた。
暫し自分の便所ゲタと対峙していた天蓬だったが。

「…後で誰かを締め上げるしかないようですね♪」

物騒な独り言を呟いて、今履いている便所ゲタから拾い上げた便所ゲタに履き替えた。

『何で便所ゲタ履き替えるんだ?』
様子を窺っている捲簾は、天蓬の妙な行動に首を傾げる。
ただチョコを渡すために作ったゲタ箱だが、捲簾の頭はその正しい用途まで考えていなかった。
しかも便所ゲタから便所ゲタに履き替えるなど、全然上履きの意味がない。
捲簾はひたすら疑問符を浮かべていたが、いよいよ目の前で天蓬がゲタ箱の扉に手を掛けた。

『あっv』

口元を掌で覆って、迫り上がる鼓動を必死に飲み込んだ。
天蓬は自分からのチョコを喜んでくれるだろうか?
気になって気になって、脳内お花畑で捲簾は緊張気味にエプロンドレスの裾を掴んで、天蓬の姿を固唾を呑んで見守った。
とうとうその扉が開かれる。

ぱかっ☆

「あれ?」
中を覗き込んだ天蓬が小さく声を上げた。
投げ出された便所ゲタの代わりに、可愛らしくラッピングされた箱がちょこんと入っている。
天蓬は持っていた便所ゲタを下へ置き、ゲタ箱の中から箱を丁寧に取りだした。

パステルピンクの包み紙に、お揃いのリボン。
結び目には可愛らしい花のコサージュが付けられ、留めてあるシールには『HAPPY VALENTINE'S DAY』の文字が。
この完璧なまでに可愛らしい乙女趣味のラッピングは、考えるまでもなく。

「…捲簾ってばvvv」

天蓬の頬がだらしなくヤニ下がる。
これで謎だったゲタ箱の意味も分かった。
きっと自分へ直接チョコを渡すのが恥ずかしいから、ゲタ箱をわざわざ設置したのだろう。
「もぅっ!本っ当に僕の捲簾は奥ゆかしくて可愛いですねっ!!」
天蓬は感極まってガバッとチョコの入った箱を抱き締めた。
捲簾の愛情がタップリ込められたチョコの箱へ、チュッチュと何度もキスする。
その様子をコッソリ柱の影から窺っていた捲簾は、真っ赤な顔で照れまくった。
どうやら喜んでくれたのは嬉しい。
嬉しいが。

そんなっ!いっぱい箱にチュウしなくたってっ!!ヤダーッ!もうもうっ!!と、脳内お花畑で捲簾はキャーキャー腕を回しながらキラキラ花の舞い踊る中、全力疾走で駆け回った。

キスのし過ぎで波打ったラッピングにウットリ溜息を零した天蓬は、慎重に箱を持ち直してその場にしゃがみ込む。
そっと床へ箱を置くと、何故だかきちんと正座で座り直した。
すると。
天蓬はチョコの包みをその場で解き始める。
上機嫌な鼻歌交じりに、リボンも包装も丁寧に外していった。
中からは真っ白なケーキ箱が現れる。
ドキドキと期待に胸を昂ぶらせて、天蓬が箱の蓋を持ち上げた。

「うわぁー…すっごく美味しそうですvvv」

箱の中に入っていたのは、可愛らしくデコレーションされたチョコレートケーキ。
ツヤツヤなチョコレートにココアパウダーの絨毯。
ピンク色のチョコで描かれた花唐草の模様に、チョコガナッシュのバラが咲いていた。
そして。
チョコレートで書かれた捲簾からのメッセージ。
恥ずかしそうに頬を染めながら一生懸命書いている捲簾の姿が、ぽわわ〜んと天蓬の脳裏に浮かんでくる。
丸いケーキの真ん中に捲簾から贈られたメッセージは。

♥を食べて

「あーっ!もうっ!勿論ですよっ!!ケーキも捲簾も残さず美味しく頂いちゃいますぅ〜vvv」
天蓬は絶叫するとケーキをそのまま鷲掴みして、丸ごとハグハグ食べ始めた。
いきなりその場でケーキに食らい付く天蓬の姿に、捲簾は柱の影からギョッと驚愕する。
「ばっ!バカ!!何でそんな所で食い出すんだよーっっ!!」
勢い余って柱の影から怒鳴りつける捲簾を見つけ、天蓬はニッコリ満面の笑みを浮かべた。
「けんれ〜ん!ものすっごぉーく美味しいですvvv」
「美味しいったって…行儀悪くんなトコで食うなよっ!もうっ!!」
慌てて柱の影から飛び出した捲簾は、口の周りをチョコだらけにして笑っている天蓬を睨み付ける。
「だって我慢できなかったんですも〜んvvv」
「お前は子供かっ!しょーがねーなぁっ!!」
捲簾はポケットからハンカチを出すと、天蓬の口元をゴシゴシ拭ってやった。
顔では怒ってみせるが、捲簾の気持ちは幸せ気分に満たされている。
一生懸命天蓬の好みを考えて作ったケーキを、そこまで美味しそうに食べて貰えるのは物凄く嬉しい。
無心になってケーキを食べる天蓬を横から眺めて、捲簾の口元には笑みが浮かんでいた。
「そんなに旨い?」
「もぉ最高ですっ!口一杯に広がる上品な甘さも、滑らかなチョコクリームも、この層になってるムースが特に絶品ですっ!」
「そっか?」
天蓬の大絶賛に捲簾も頬を薔薇色に染めてはにかむ。
勢いよく半分程平らげた天蓬は、嬉しそうに眺めている捲簾に微笑んだ。
「捲簾はお料理どころかお菓子作りまでお上手で…きっと家庭的な素敵な奥さんになれますねvvv」

家庭的な素敵な奥さんっ!?

脳内お花畑がほんわかパステルピンク色に包まれる。
明るいリビングルームは焼きたてケーキの甘い匂いが漂い、テーブルでは優しい旦那様が慌ただしく立ち動くフリルのエプロン姿も初々しい奥様を、愛おしげな眼差しで見守っていた。

『捲簾ってば…そんなに慌てたらヤケドしちゃいますよ?』
『平気だって!もうちょっとで出来るから待ってて…熱っ!?』
『大丈夫ですかっ!?』
『天蓬ぉー指…痛ぇよぉ』
『ほら、だから言ったでしょう?指見せて』
『ジクジクする…氷で冷やした方がいい?』
『そうですね。だけどその前に痛くなくなるおまじないしましょうね?』
『おまじない?』
な〜んて天蓬の綺麗な口に俺の指含まれて、舌先が擽るように舐めて…舐め…ヤダぁ〜んっ!もうもうっ!捲簾のエッチぃーっっ!!

「捲簾?けんれーん??」
捲簾はその場に踞り、身悶えながら床をベシベシ叩いている。
真っ赤な顔で息を乱して顔を上げると、不思議そうに見つめる天蓬と目が合った。
ますます顔が熱ってしまい、捲簾は慌てて掌で頬を覆い隠す。
「どうかしましたか?」
「な…何でもねーっ!」
「そうですか?」
「おうっ!って…あれ?もう食い終わったの!?」
「はい。ごちそうさまでしたvvv」
捲簾が脳内お花畑で妄想に耽ってる間、天蓬はチョコレートケーキをまるまる完食していた。
満足そうに微笑む天蓬が、そっと捲簾の手を握る。
「捲簾の愛がいーっぱい入っていたので、物凄く美味しかったですよvvv」
「あっああああああ愛ぃっ!?」
「…違うんですか?」
寂しそうに訊かれ、捲簾は慌て首を横に振った。
「捲簾は僕のためにヴァレンタインデーにケーキを作ってくれたんですよね?」
今度は勢いよくコクコクと何度も頷く。
「嬉しいです…僕も捲簾を愛してますよ」
「………………………俺も」
聞き逃しそうな小さな声で、捲簾は恥ずかしそうに天蓬に答えた。
捲簾の言葉に破顔すると、天蓬はコックリ首を傾げる。
「捲簾も僕の愛を受け取って貰えますか?」
「えっ!?」
突然の告白に捲簾が驚いて目を丸くした。
「実はね?僕も捲簾へヴァレンタインのプレゼント用意してあるんです」
「え?俺…に?」
「はい♪そもそもヴァレンタインデーって、愛するヒトへ贈り物をするんですって。チョコを贈るのは、ある局地的地域の慣習で一般的じゃないんですよ」
「へぇ…そうなんだ」
初めて知った事実に捲簾は頷く。
「受け取って頂けますか?」
大好きな天蓬の花も綻ぶ秀麗な笑顔で見つめられ、捲簾はポッと頬を染めて軍服の裾を恥ずかしげにモジモジ弄った。
天蓬も自分のことを想ってプレゼントを用意してくれたことが物凄く嬉しい。
「………うん」
捲簾が小さく応えると、天蓬は捲簾を優しく抱き締めた。



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