White day's princess



「…どうすればいいんだ?」

麗らかな小春日和の天界。
捲簾は悩み事があると、いつもお気に入りの桜の枝へ登って考える。
今日も難しい顔で腕を組み、ひたすら首を捻っていた。
遠くの方では部下達が回廊を走り回ってる足音がバタバタ聞こえてくるが、捲簾はあっさり無視して自分の世界に浸り込んでいる。

困った。
困った困った困った。
うわーっ!どうするんだ?
俺の立場はっ!?

太い枝へしがみ付いた捲簾が、悩むあまりに低い声で唸った。
グリグリと額を擦り付け、意味不明な言葉を呟いている。

おりしも本日は下界で言うところの3月上旬。
今だ寒暖の差が激しい下界からつい最近討伐任務を終えて帰還した捲簾は、人生で初めてじゃないかと言うぐらい真剣に悩んでいた。






遡ること数日前。

任務を終えて速やかに撤収作業も済んでしまった捲簾大将以下西方軍の面々は、中途半端な暇を持て余していた。
小規模な任務だったせいもあるが、片付ける手間などさほど掛からない。
おかげで天界のゲートが開くまで半日待たされてしまう羽目になった。
幸いちょっとした時間をつぶせるような街が近くにあったので、捲簾は部下達と共に繰り出すことにする。
そこで漸く重大なコトに気付いてしまった。

街中に溢れかえる白とパステルピンクのコントラスト。
ハート型の可愛らしいディスプレイがやたらと目に付いた。
『自分の心は小っちゃなピンクのハート型…でも、てんこ盛りv』と信じて疑っていない可愛い物好きの捲簾は、当然瞳をキラキラ輝かせてウットリと街並みを眺めて惚ける。
「うわ〜凄い活気ですねぇ」
捲簾の右隣にいた部下が思わずと言った感じで呟いた。
店先にはやけにソワソワした雰囲気の男達が集っている。
「俺も買っていかないと帰っても家に入れて貰えないかも…」
左隣にいた部下が溜息混じりにぼやいた。
意味が分からず捲簾はキョロキョロと部下達の顔を眺める。
「何?何かあんの?」
状況が今ひとつ飲み込めない捲簾が目を丸くした。
周囲に部下達は顔を見合わせ、一斉に溜息を漏らす。

「…大将は今までお返ししたことないんですねぇ」
「まぁ、アレだけ毎年貰っていちいち返してたらキリ無いでしょうけど」
「この前であの騒ぎだぞ?下手したら暴動騒ぎだろ」
「いいんじゃね?女連中も大将を独占できるなんて思ってないんだから」
「だから何だよっ!?」

意味不明にボソボソ囁かれる言葉に、捲簾がイライラと喚いた。
本当に分かっていないらしい。
ふと、部下達の視線が捲簾から店先の方へ移動した。
釣られて捲簾も可愛らしいディスプレイに視線を向ける。

アレに何か意味があんのか?

「大将…ホワイトデーってご存じですか?」
「ホワイトデー?何ソレ?」
案の定というか、予想通りの反応に部下達はヤレヤレと呆れて首を振った。
そんな訳知り顔の部下達に、捲簾はムスッとふて腐れる。
「まぁ我々みたいに下界へ下りてる連中じゃなきゃ、ホワイトデーのこと知らなくても問題は無いんですけど」
「…俺だって下りてるじゃん」
「あー…何て言うか当事者じゃなきゃ意味がないんですよ」
「んだよ。俺は知らなくてもイイっつーのか?」
上司のご機嫌がナナメに急滑降し始めたのに気付き、部下達は慌てて取りなそうと捲簾を取り囲んだ。
「先月ヴァレンタインデーがあったじゃないですか」
「ヴァレンタインデー…vvv」
「バカッ!いきなり本題に入ったら…って、ああっ!大将がメルヘンワンダフルワールドの世界にっ!!」
捲簾の瞳がぽわわ〜んと潤んで、何処か見知らぬ遠くの世界へ旅立ってしまう。
迂闊に口走ってしまった同僚を、部下達がバシバシ殴って非難した。
妄想のお花畑へ行ってしまうと、捲簾はなかなか帰ってこない。
こんな街中で黒ずくめの野郎軍団が呆然と立ち尽くしていては悪目立ちするばかり。
天界の者は目立たず騒がず、下界に干渉してはならないが鉄則。
一人二人の記憶操作なら訳ないが、集団で街全体となると専門の術者が必要になってしまう。
部下達は脳内お花畑で白ウサちゃんとフォークダンス中の捲簾を、必死な形相で呼び続けた。
「大将っ!お願いですから戻ってきて下さーいっ!」
「………はっ!え?お前ら何で泣いてんの??」
懸命な声に捲簾が楽しいお花畑から呼び戻されると、何故だか部下達がダーダー滝の涙で泣いている。
訳が分からず小首を傾げる捲簾に、部下達はホッと安堵して胸を撫で下ろした。
「大将ご無事で〜」
「よかったぁ〜戻ってきてくれて〜」
「あぁ?お前ら何言ってんだよ?俺さっきからココに居ただろーが」
「いいんですっ!大将さえコッチへ戻ってきてもらえればっ!」
「???」
捲簾が顔を顰めて首を捻って問い質しても、『いいんです』と『戻って良かった』の一点張り。
全然要領を得ない部下達に、『まぁ、そんなにいいなら』と捲簾もそれ以上追求するのを諦めた。
ぼんやり呆けていると、部下達に即されファンシーな店先へと連れて行かれる。
普段なら近寄りがたい店でも今日は圧倒的に男性客ばかりなので、部下達は気後れしない。
付いていった捲簾は、ショーケースに陳列された可愛らしいラッピングに目を惹かれた。
部下達が目配せして、さり気なく捲簾をディスプレイのよく見える場所へ誘導する。
物珍しそうに周りを眺めていた捲簾の目に、ホワイトデーの文字が再び飛び込んだ。
「あぁっ!そうだよ!ホワイトデーって何だか聞いてた…ん?」
ホワイトデーの文字の下に何やら説明が書いてある。

大切なヒトからの愛に素敵なプレゼントで応えよう!

「愛に…応える?」
ヨシ、今だ!と今度は部下達もタイミングを間違えない。
「ヴァレンタインデーにプレゼントを貰って告白されたら、その気持ちに応えてプレゼントを贈って返事をするのがホワイトデーなんですよ」
「えっ!そんな大切な日があったのかよっ!いつからっ!?」
「さぁー…そこまで詳しくは。でも天界にヴァレンタインデーが流行りだした時に、一緒にホワイトデーの習慣も入ってましたけど」
「…知らなかった」
「…みたいですね」
愕然とする捲簾に、部下達が小さく溜息を零した。
「でも相手の気持ちに応える気がなければ、プレゼントを返さなくてもいい訳ですから。今まで大将が貰った女性の中に本命が居たなら、マズかったかもしれませんけど」
「…いねぇ」
「じゃぁ問題ないじゃないですか?」
「いねぇけど…今年はっ!」
突然真っ赤な顔で絶句する捲簾に、部下達が顔を引き攣らせる。
その先は今更聞くまでもない。
捲簾が黙り込んでソワソワモジモジ視線を泳がせるのを眺め、部下の一人が肝心なことに気付いた。
「あれ?でも大将は逆じゃないですか?」
「え?逆??」
きょとんと瞬きする捲簾を見つめて、他の部下達もそういえば、と頷く。
「だって大将はその…元帥へ贈った訳ですよね?」
「え?お前達何で知ってんのっ!?」

…知らない訳ないでしょう。

目の前で散々イチャつかれた挙げ句、上司二人分の大量チョコやプレゼントの処分をさせられたのだ。
しかも天蓬元帥は玄関先で完食した甘いチョコを口元にベッタリ付けたまま、ニッコリ笑顔で命令してきた。
そんな状況でどうやったら二人の関係に気付かないでいられるのか、逆に尋ねたいぐらいだ。
頬を紅潮させて乙女のように恥じらう上司から、部下達は微妙な角度で視線を逸らす。
「いやぁ…大将と元帥の仲がよろしいのは、見ているだけで分かりますから」
「そうですよ、ラブラブなんですよね?」
「ラブラブなんてそんなっ!」
『やだーっ!もうもうvvv』と頻りに照れながら身悶える捲簾に衝撃を受けた部下達は、危うく魂が抜けそうになった。
男前で傍若無人な百戦錬磨の武神将が、いきなり恋の話で恥じらう小娘のように変貌すれば驚愕を通り越して悪夢としか思えない。
部下達が静かになったのを不思議に思って、捲簾が我に返った。
「おーい?お前らどうしたんだよ?」
「あっ!と…すみません大将っ!」
「ふぅ…幽体離脱するところだったな」
頭を振ったり頬を叩いて何とか正気に戻った部下達は、互いに顔を合わせ頷き合う。
「お前ら、何か今日はヘン」

大将が一番ヘンですっ!

部下達は口元まで出かかった言葉を無理矢理飲み下す。
混み合ってきた店内に、捲簾が窮屈そうに顔を顰めた。
「お前ら買い物すんの?」
「ええ。自分達はお返しを買わないとならないので」
「ウチのに家閉め出されちゃいますから」
「彼女に殴られたくないですし」
「何か、お前らの女って豪快なのばっかだなぁ」
しみじみ捲簾が呟くと、部下達は顔を見合わせてガックリ肩を落とす。
「んじゃ俺外出てっから、お前らゆっくり買い物していーぞ」
「すみません」
恐縮して頭を下げる部下達にヒラヒラ手を振って、捲簾は先に店外へ出た。
ポケットから煙草を出して火を点けると、ぼんやり綺麗にラッピングされたキャンディーが山積みされているワゴンへと目を向ける。

ホワイトデーってヴァレンタインデーのお返しする日なのか。

捲簾の頬が僅かに赤らみ笑みで弛む。
天蓬はお返しをくれるだろうか。
今更天蓬の愛を疑うことはないが、もしかしたら捲簾同様ホワイトデーのことを知らない可能性もある。
もしそうだとしても、天蓬から何も返されないとそれはそれで寂しい。
別に高価な物を返して欲しい訳じゃない。
言葉でも態度でも、捲簾を愛している証を返して貰いたかった。
ヴァレンタインデーの時は、折角勇気を振り絞って物凄く頑張ったのだ。
勿論天蓬も嬉しそうに受け取ってくれて。

「ん?」

ふと捲簾の眉間に皺が寄った。
何かが頭の隅に引っかかる。

あの時捲簾は天蓬へ愛の籠もったチョコレートケーキを渡した。
天蓬も喜んでまるまる一気に完食したぐらいだ。
その後天蓬の部屋へ誘われて確か。

「ああああぁぁーーーっっ!!!」

捲簾の絶叫が店内にいた部下達まで聞こえてきた。
慌てて会計を済ますと、混み合う店から転げるように部下達が出てくる。
「大将どうしたんですかっ!」
「何かあったんですかっ!」
「大将っ!?」
心配そうに部下達が声を掛けても、捲簾は呆然と固まったまま動かない。
何度も必死に声を掛けていると、捲簾の口が小さく開いた。

「俺…天蓬から…貰ってたんだっけ」
「え?元帥がどうかされたんですか?」
「でも俺もプレゼントしたし…あぁっ!?どうすりゃいいんだっ!!」
「大将全っ然分かりませーんっ!!」
「俺の方が分からねーんだよっ!!」
「何がですかーっっ!!」

天蓬からヴァレンタインデーにエプロンのプレゼントを貰っていた捲簾は、ホワイトデーに頭を悩ませる羽目に陥った。



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