White day's princess



そんなこんなで今現在。
捲簾はお気に入りの桜の上で煩悶している訳で。

「はぁー…こんな悩むんだったら、下界で何か買ってくりゃよかったかぁ?」

幹に寄りかかったままぼやいて、捲簾が空を見上げる。
考えすぎて思考の淵にドップリ陥っていた。

その1。
そもそも捲簾のヴァレンタイン認識は、最愛の彼氏(キャッv)に日頃の熱い愛を告白すると共に、チョコレートやプレゼントを贈る。

それは問題なく天蓬へ渡せたし喜んでくれていた…はず。

その2。
想いを受け止めた最愛の彼氏(イヤンv)は、『勿論僕も愛してますv』の気持ちを伝える為、ホワイトデーにクッキーやキャンディーなどのお菓子やプレゼントをお返しする、と言うことらしい。

それなら本来自分がホワイトデーに受け取る側の立場じゃないか?と思う。
しかしココで大問題が。

その3。
ところが天界でのヴァレンタインデー認識がそもそも局地的慣習を倣っているらしく、本来は大切なヒトや身内に感謝を込めてプレゼントを贈るそうだ。
だから天蓬は『大好きな捲簾が似合うと思ってv』と、捲簾もいつかは欲しいと思っていたが『でも似合わないかも知れないし』と買うのを躊躇していた真っ白な可愛らしいフリルのエプロンを、これまた自分の分身と言っても過言じゃない程大事にしている白ウサちゃんとお揃いでプレゼントしてくれた。
しかもサイズピッタリのオーダーメイド。
あまりの嬉しさに、それ以来料理をする時には必ず着けて愛用している。

そう、自分もヴァレンタインデーにプレゼントを貰ってしまっていた。
そうなると当然お返しを渡して、天蓬の心遣いにどれだけ感激したか伝えるのは当然だろう、とは思う。

だけど、捲簾は悩んでいた。
空を見上げる瞳が不安げに揺れる。

「…天蓬をヤな気分にさせたくねぇし」
乙女心(?)は複雑だった。
あくまでも捲簾の認識は天界で通説のヴァレンタインデー。

女性が愛する男性へ秘めた愛をチョコに託して告白すること。

そう言うモンだと思っていたので、天蓬の言い分である『愛を示すのにどちらかが、なんて拘る方がおかしいでしょう?』と言われても、今ひとつピンとこない。
想いを寄せる男性へ愛を告白できるからこそ、捲簾は恥ずかしかったけど一世一代の勇気を振り絞って、ヴァレンタインデーに天蓬へ愛の手作りチョコケーキを渡したのだ。
そんな風に拘るのがおかしいなんて言われたら、捲簾がもう一つ楽しみにしていた『愛するヒトから愛に応えて貰えるホワイトデー』がフイになってしまう。

捲簾はプクッと頬を膨らませ、グラグラと枝の上で身体を揺すった。

「何だよもぉ…天蓬のバーカ」
膝を抱えると、捲簾は腕の中へ顔を埋める。

拘りたかったのだ、ずっと。

小さな子供の時から憧れてきたおとぎ話のように、自分を迎えに来てくれる格好いい王子様と出逢えることを。
奇跡のような一目惚れをして、相思相愛になって。
自分を可愛いと言ってくれて、ずっと側にいて大切にしてくれる優しい王子様といつか結ばれ、幸せな家庭を築き上げるのを夢見ていた。

そして。
天蓬と出逢い、漸く巡り会えた運命の王子様に切ない恋心を抱えていた捲簾を、綺麗な笑顔で愛していると言って貰えてどれだけ嬉しかったか。
捲簾の遅すぎる初恋なのだ。
初恋だからこそ、世間で言う所の『ラブラブな恋人同士のお付き合い』がしたかった。
普通に二人で手を繋いでデートしたり、イベントを一緒に楽しく過ごしたり。
「俺だって!今度はお前らと同じコト出来ちゃうんだからな〜うふふふvvv」
と、そこら辺でイチャつくカップルを眺めて、捲簾は頬を薔薇色に染めながら期待に胸を躍らせていた。

はずだったのに。

天蓬は捲簾の予想や期待の範疇を思いっきり飛び越え、いつも突拍子もない行動をして驚かせてくる。
それが天才故の計略なのか、はたまた天然なのかが理解しづらい。
考えや行動の根底にはいつでも捲簾への愛があるから、怒ったり困ったり驚いたりもするが厭ではなかった。
分かっていても、嘆きたくはなる。
もう少し恋する乙女心(?)を理解して欲しい。
ヴァレンタインデーなんか、正にソレ。
何で素直にプレゼントを受け取るだけにしてくれなかったのか。
逆に嬉しいプレゼントを貰いながらも、こんなに困り果てて頭を悩ませる羽目になるなんて。
もしかしたら天蓬は捲簾からホワイトデーのお返しを期待しているかも知れないし、そうじゃないかもしれない。
期待しているのに渡さなければ天蓬を傷つけることになるし、だからと言って渡すのもヴァレンタインデーにチョコを上げたのは自分だから、何だか妙なわだかまりが捲簾には残る。
天蓬を哀しませたくない、でも自分だってお返しが貰えるのを期待していた。
苦悩の無限ループにハマッて、捲簾は低く唸りながら頭を抱え込む。

こうなったら…こうなったら、もうっ!

さり気なく天蓬へお返しを渡すっ!!」
捲簾は顔を上げると、不敵な光を湛えた瞳で空を睨んだ。
天蓬にお返しだと思われても思われなくてもいいようなモノを贈ればいい。
今更買いに行く猶予など捲簾にはない。
別段用意しなくても作れるモノで、尚かつ大袈裟なプレゼントに見えなければ問題ないはず。
あくまでも作戦は『さり気なく』だ。
そうと決まれば、そこは百戦錬磨の軍大将。
自分の現況と手持ちの素材で何が出来るかを瞬時で計算すると同時に、当日のシミュレーションを頭で組み立てた。

ピコーン☆

「おっし!完璧っ!!」
捲簾は満面の笑みで立ち上がり、その勢いのまま桜の枝から見事に落下した。






「ふふふ〜ん…天蓬にクッキぃ〜サックリとろけるぅ〜愛のクッキぃ〜大作戦〜vvv」

捲簾の自室キッチンから、ご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。
回廊をたまたま通りすがってしまった部下達は、上官の部屋からぽわわ〜んと漂うまっピンクのオーラにギョッと飛び退り、一瞬我が目を疑うがすぐに状況を把握すると、何も見なかったことにして足早に通り過ぎていった。
薄力粉とバターや卵黄を混ぜた生地を、捲簾は一心不乱にこねている。
時折その手元を止まらせてはニコニコとはにかむように微笑んで、またクッキーの生地を身悶えながら力一杯こねた。

捲簾の作戦とは。

おやつの時間に合わせ、さり気なぁ〜く天蓬へ愛の籠もったクッキーをプレゼントすること。
敢えてホワイトデーのことは口にしない。
おやつの時間に差し入れとして渡せば、ヴァレンタインデーのお返しを期待している聡い天蓬なら直ぐに気が付くはず。
もしヴァレンタインデーのお返しなど考えていなければ、お菓子好きの天蓬なら素直に喜んでくれるだろう。
「俺ってば頭イイ〜♪」
自画自賛しつつ、クッキー生地をこねていた捲簾の手が不意に止まった。
その瞳には戸惑うような憂いが浮かんでいる。

自分はそれでいいかもしれない。
天蓬からエプロンをプレゼントされたのは本当に嬉しかったから、その気持ちをこのクッキーへ込めてお礼をするのは当然だと。
でも天蓬は?
「ヴァレンタインデーのお返し…くれるかなぁ」
捲簾はぽつりと寂しそうに呟いた。

イベント事に限らず、天蓬はいつだって捲簾が喜ぶモノを不意打ちで贈ってくる。
それが可憐で綺麗な花だったり、甘くて美味しいお菓子だったり。
いつだって捲簾を幸せな気持ちにしてくれた。
でも、ホワイトデーはどうだろうか。
何も無い時にさえ、捲簾のために贈り物をしてくれる天蓬のこと。
ホワイトデーだからと言って、敢えて何かを用意するだろうか。
捲簾の小さな不安が、胸の奥にトゲとなって突き刺さっている。
物思いから我に返った捲簾は、フルフルと疑心暗鬼を打ち払って頭を左右に振った。
ホワイトデーだからこそ、天蓬はもっともっと自分を幸せにしてくれるはず。
「愛する天蓬を信じないでどーすんだよっ!あ、愛するだって…ヤダッ捲簾ってば大胆過ぎvvv」
ポッと頬を赤らめると、捲簾は重量10kgもある巨大な生地のカタマリを、ベシベシ叩いて身を捩った。






それはもう見事な程大きなクッキー生地を何枚も伸ばして、捲簾は可愛いハート型でポコポコと生地をくり抜いていく。
「天蓬へ俺の愛が1個〜2個〜3個……………1498個ぉ〜1499個〜、いやん!すっげ愛がいっぱいぃ〜vvv」
…物凄い量のクッキーが生地から作り出された。
それらを天板へ並べて、オーブンフル稼働で焼いていく。

何たってホワイトデーは明日。

この膨大なハート型クッキーを明日までに焼き上げなければならない。
それこそ不眠不休で捲簾は、天蓬へ贈るクッキーを焼き上げるために明け方までオーブンと向かい合った。

テーブルでうとうとしていると、キッチンから『チーン☆』と軽快な音が聞こえてくる。
「ん…?」
伏せていた顔を上げて、捲簾は眠い目を手の甲で擦った。
甘い匂いがキッチンから漂ってくる。
「焼き終わった…なぁ」
漸く全てのクッキーを焼き終わった捲簾が、欠伸をしながら大きく身体を伸ばした。
どうにか間に合ったようだ。
テーブルへ置ききれない程沢山のクッキーがいくつもの籠に山と積まれている。
「後は…3時のおやつに天蓬へ渡せばオッケー、と。天蓬喜んでくれるかなぁ…ふふふvvv」
睡眠不足で少し晴れてしまった目を嬉しそうに眇めて、捲簾は籠からクッキーを1つ摘んで口へ放り込んだ。
サクッとした食感の後、口一杯にひろがる甘く幸せな味。
モグモグと口を動かすと、捲簾は満足そうに飲み込んだ。
これなら天蓬も美味しいと言ってくれるはず。
「えっと…天蓬の予定は…午前中は会議だけど、午後は執務室に来るよな、うん」
スケージュールを確認してから、捲簾が小さく欠伸を零した。
とりあえず仕事に出るまで、あと3時間ある。
シャワーを浴びて少し仮眠出来そうだ。
「お気に入りのストロベリーソープでスッキリして〜髪もバッチリセットしねぇと。甘い匂いって何か美味しそうで可愛いよな…はっ!」
突然捲簾の顔が真っ赤に染まる。
そんなっ!クッキーも甘くて美味しいけど、俺も甘いぞ?なぁ〜んてエッチなお誘いする訳じゃねーもんっ!!
脳内お花畑で一人はしゃいで、ゴロゴロ転がりながら身悶える。
そんな…そんなふしだらなコトはっ!
いくら愛する天蓬にだって、結婚するまで俺の大切な純潔は上げちゃダメなんだぞvvv
横座りに興奮で乱れた息を整え、恥ずかしそうにエプロンドレスの裾をもじもじ弄った。

天蓬の愛する男前の可愛らしいお姫様は、難攻不落の今時古風な乙女(?)らしい。

ペチペチと熱った頬を両手で叩いて、捲簾はつやつやに肌を磨くためバスルームへと向かった。



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