The princess who dreams



楽しいブランチも済んで、二人は遊歩道をのんびり散策する。
活気のある街並みに、捲簾は物珍しそうにキョロキョロ視線を巡らせた。
「色々なお店があって面白いですよねぇ」
隣を歩いている天蓬が、ニコニコと微笑む。
捲簾だって大きな街に来たのは初めてじゃない。
それこそ下界へ出征の度、近くに街があれば必ず立ち寄って、何かしら買い物へ繰り出していた。
ここよりも大きな街にだって行ったことはある。
でも。

天蓬と一緒だと、何かすっげぇワクワクするんだよな…。

こうして歩いているのが楽しくて、目に入る全てのモノが新鮮で。
大した目的がある訳でもなくただ歩いているだけなのに、フワフワとした気持ちになる。
ぼんやり捲簾が考えていると、暖かい温もりが伝わって我に返った。

捲簾の手を、天蓬が包み込むように触れる。

「捲簾。あの店なんかどうですか?可愛い雑貨がいっぱいありそうですよ?」
天蓬が指した先には白くて可愛らしい外観の店があった。
ウィンドウからはつぶらな瞳の動物たちが顔を覗かせている。
愛嬌のあるぬいぐるみ達や可愛い店の雰囲気に、捲簾の表情が嬉しそうに綻んだ。
「ね?行ってみましょう」
「あ…そうだな。うんっ!」
繋いだ手を引かれて、捲簾の頬が薔薇色に染まる。

やっぱ天蓬とデートだから楽しいのかなぁ…なぁ〜んてね。

やだっ!捲簾ってばポエマーなんだからっvvv
脳内お花畑で山盛りの花占いを繰り返しつつ、捲簾はキャーキャーはしゃぎまくった。
アンティーク調の木製ドアを開けると、カラコロとチャイムが鳴る。
外観で想像したよりも店内は結構広かった。
その店内には。

「う…わぁー…vvv」

捲簾垂涎の可愛らしい雑貨達が、店内いっぱいにセンス良くディスプレイされていた。
どこに目を向けても可愛いモノだらけで、捲簾は瞳を輝かせながら目移りさせる。
種類や用途別に陳列されているモノ、キャラクターに合わせてコーナーになっているモノ。
どれもこれもが捲簾にとっては全てが興味の対象で、どうしようかと店内を見渡してオロオロしてしまう程だ。

うわーうわーっ!どうしよぉ〜っ!全部見てぇっ!!

興奮で頬を紅潮させていると、天蓬が可愛らしい藤製のカゴを持ってきた。
「はい、捲簾。お買い物するモノは、このカゴに入れていいみたいですよ」
さり気なく渡されたカゴを持って、捲簾は目を丸くする。
天蓬は捲簾が何か買うと思っていた。
平然と、自然に。
捲簾がこの店で買い物することを当たり前に思って、買い物用のカゴを持ってきて手渡した。
冷やかすとか、奇異の目を向けることもない。
天蓬自身もカゴを持って、興味津々に店内へ目を向けていた。
自分は勿論、捲簾がこんな可愛らしいモノを欲しがって買うことに、少しも違和感を持っていない。
「天蓬…」
捲簾にはそれが衝撃で、何より嬉しかった。
天蓬なら、捲簾のありのままを全て受け止めてくれるかも知れない。
部下達の前で傍若無人に振る舞う、威風堂々とした男前の自分も。
そして実は可愛らしいモノが何よりも好きで、こういう雑貨やちっちゃくて甘いお菓子が大好きな自分を隠していることも。
天蓬にだけはどんな自分でも『捲簾』として、受け容れて認めて欲しい。
それで本当に捲簾を好きになってくれたらどんなに幸せだろう。

何せ天蓬は捲簾が初めて出逢った『理想の王子様』だから。

子供の頃からずっとずっと憧れていた夢。
捲簾を童話の世界の『お姫様』みたいに接してくれて、大切にしてくれる優しい王子様と一世一代の大恋愛をすること。
今なら、捲簾が望めば願いが叶うかも知れない。
でも。
まだほんの少し恐かった。
もし天蓬に受け容れて貰えなかったら。

もぅ…捲簾のバカっ!意気地なし…。

脳内お花畑で堆く積もらせた花弁が突風に舞い上がる中、捲簾はモクモクと『好き…嫌い…好き…』と花占いに熱中する。

「捲簾…捲簾?どうかしましたか?」
「へ?あ…何だ??」
天蓬が心配そうに捲簾の顔を覗き込んでいた。
物思いから目覚めてキョトンとする捲簾に、天蓬がふむ?と首を傾げる。
「コレならどうかと思ったんですけど…ニャンコさんお好きじゃありませんか?」
「ニャンコさん?」
真剣な顔で天蓬が見つめているのは、色々な食器のコーナーだった。
マグカップや湯飲みにお茶碗、大小のお皿など。
それらのどの食器にも、耳にリボンを付けた愛嬌のある猫の絵が描かれていた。
メルヘンチックで、彩りも捲簾が大好きなパステルピンクな食器達。
「ん?いーと思うけど〜」

今度天蓬の部屋行ったら、これでメシ食うんだな?
…………………………いいかもぉ〜vvv

可愛らしい食器で、二人仲良く和やかな夕食の図。
捲簾の脳内お花畑がほわわ〜んとピンク色に染まった。
何だか嬉しそうに微笑んでいる捲簾に、天蓬は持っていた茶碗をカゴへ入れる。
「それじゃ2客ずつ買っちゃいますねvvv」
絵柄を揃えて、天蓬は色違いの食器をどんどん選んでいった。
丁度昼時で店内の客は少なかったが、それでも超絶美形の男前二人連れは悪目立ちしている。
その二人が何だか仲良く乙女に絶大なる人気を誇るキャラクターの食器を嬉々として選んでいる構図。
誰が見たって怪しかった。
そんな周囲の視線など厚顔無恥な天蓬はあえて無視する。
そうすることで捲簾も視線を気にすることは余り無かった。
カゴいっぱいになった食器を眺めて、天蓬は捲簾へニッコリ微笑む。
「何だか僕ばっかり買い物しちゃってますけど、捲簾はいいんですか?」
「え?あ…そうだなぁ。んじゃ俺も天蓬が来た時用にマグカップでも買おっかな?」
「嬉しいですぅ〜。可愛いの選んで下さいねvvv」
「そっか?どれにすっかなぁ〜」
暗に『可愛いの買って下さい』と言われて、捲簾は嬉しくてパッと笑顔を浮かべた。
カゴを持ったまま思案すると、店内の一角に視線が釘付けになる。
そこには愛らしいウサギグッズがこれでもかっ!と言わんばかりにディスプレイされている。
まるで捲簾を誘っているかのように、つぶらな黒い瞳が見つめていた。
捲簾はフラフラ〜と引き寄せられる。
「…すっげぇウサちゃんだらけvvv」
ちょこんと座ったウサギの絵柄がなんとも可愛い。
捲簾の背後から天蓬も顔を覗かせた。
「おや?凄い可愛いウサギさんがいっぱいですねぇ」
豊富なウサギグッズに天蓬は感嘆する。
「俺…これにしよっかな?」
捲簾が選んだのはスモーキーカラーのマグカップ。
丁度オレンジとブルーの二色がある。
「あ、僕ブルーの方がいいです」
天蓬がすかさずブルーを選ぶのに、捲簾が目を見開いた。
捲簾はオレンジの方がいいなぁと思っていたので少し驚く。
「捲簾ならオレンジの方が可愛い感じで似合うと思ったんですけど…」

可愛い感じが俺には似合うっ!?

さも当たり前のように言われて、捲簾は脳内お花畑でやだーっ!もうもうっ!!と腕を振り回して積み上げた花弁を崩して振り撒く。
「…んじゃ、俺がオレンジで天蓬がブルーな?」
「はいっvvv」
二人でニッコリ笑うと、店内温度が確実に5度は上がった。
周囲へ他者が近づけないパステルピンクのラブラブオーラを大量放出している。
遠巻きに女性客がヒソヒソ邪推していても、二人の世界にドップリ浸かっている天蓬と捲簾は気にも留めなかった。
「それじゃぁ、僕は先に会計してきますけど」
「俺はもうちょっと見てるから」
天蓬がいそいそとレジへ向かうのを、捲簾は嬉しそうに見送る。
どうせ来たのなら他にも可愛いグッズを買いたかった。
カゴを持って店内を見回していると、壁際のコーナーで捲簾の視線が止まる。
そこには。

「うわっ!すっげぇー…っvvv」

フワフワで柔らかそうな可愛らしい動物達がいっぱい並んでいた。
迷うことなくぬいぐるみのコーナーへ捲簾は突進していく。
「わわっ!何だよコレッ!!どぉーしよぉっ!!」
捲簾の瞳がキラキラ輝き、感動の余り溜息が零れた。
様々な動物たちのぬいぐるみが一斉に捲簾を見つめている。
捲簾は可愛いぬいぐるみが大好きだった。
寝室にも愛用の白ウサちゃんを置いて可愛がっている程だ。

こんな可愛いぬいぐるみ達に囲まれて過ごせたら、毎日帰るのが楽しいよなぁ。

一人で過ごす夜が寂しいとは思わないが、こんな可愛らしいモノに迎えられて暮らせるならホンワカと安らげる気がする。
沢山のぬいぐるみを抱き締めて眠る自分を想像して、捲簾は嬉しそうに頬を染めた。
それにしてもこんなに材質も様々な色んな動物のぬいぐるみがあるなんて。
楽しげに眺めている視線の先にいたぬいぐるみに、捲簾はキュンッ!と乙女心を震わせてしまう。
それは。

「うっそぉ…黒ウサちゃんだvvv」

ホワホワとした黒い毛並みのウサギだった。
捲簾が愛用している白ウサギとまるで対のように見える。
柔らかそうな毛につぶらな瞳のウサギが捲簾に『だっこして?』と強請っているように思えた。
捲簾はチラッと視線を店内のレジへと向ける。
会計に行った天蓬はこちらに背中を向けていて、捲簾の方を見てはいなかった。
さすがに嬉しそうにぬいぐるみを抱き締める男前は、絵面的にイタイ感じがする。
それこそ天蓬だって退いてしまうかもしれない。
でも今なら天蓬は捲簾の様子に全く気付いていなかった。
コクリと小さく息を飲んで、捲簾は震える指先をぬいぐるみへと伸ばす。
ウサギは柔らかくて触り心地が最高に心地良い。
捲簾はカゴを足許へ置いて、ウサギを両手で抱き直した。

ほわんほわん。

「うわぁー…気持ちい〜っ!それにコイツってば激プリッvvv」
この黒ウサギを自分の白ウサギとちょこんと並べて座らせたら、絶対お似合いで可愛いに決まってるっ!
ベッドサイドに白黒ウサギを並べて置いた様子を想像して、捲簾は頬を染めて惚けた。
まるで白ウサギの恋人に巡り会った気分だ。
捲簾が居ない間は白ウサギもきっと寂しがってるはず。
一緒にいられる恋人が居ればそんな思いはしなくて済むだろう。
コレもまた運命の出逢い。
それほど捲簾はこの黒ウサギに一目惚れしてしまった。
だけど。

「連れて帰りてぇけど…無理だよなぁ」

捲簾の瞳がふと哀しみで曇る。
どれだけこの黒ウサギが欲しくても。
天蓬と一緒に居る以上、買うことは出来なかった。
捲簾は天蓬にだけは嫌われたくない。
オトコが、というよりも大のオトナがぬいぐるみを欲しがるなんて、普通に考えれば正気じゃないだろう。
自分一人なら贈り物として誤魔化して買うこともできたけど。
「ゴメンな?俺…お前のこと連れて帰れねーよ」
小さく捲簾が呟いて、手にした黒ウサギをギュッと抱き締めた。
今度はいつ来れるかも分からない。
仮に来ることが出来たとしても、この黒ウサギが売れ残ってるとは思えなかった。
捲簾の目にウルウルと涙が滲んでくる。
こんなに辛い想いをするぐらいなら、買っていけば後悔もしないはず。

でも、どうしても出来ない。

断腸の思いで、捲簾は手にした黒ウサギをそっと陳列棚へと戻した。
それでも立ち去りがたく、黒ウサギを見つめながらその場に佇んでしまう。
そんな捲簾の様子を盗み見ている者が居た。

当然天蓬だ。

会計で割れ物の品物を包んで貰ってる間、捲簾がどうしているか気になって背後を振り返る。
視線を巡らせた先には、抱き締めた黒いウサギを哀しそうに棚へと戻す捲簾が居た。
そのままぬいぐるみを見つめたまま動かない捲簾を、天蓬はコッソリ観察する。
きっと捲簾はあの黒ウサギを気に入ったんだろう。
でも自分に遠慮して買うことを躊躇ってるのかも知れない。
それなら、天蓬がすることは一つだけ。

「あのー、すいません。ちょっとお願いがあるんですけどね?」

天蓬は梱包している店員に、ニッコリと微笑んだ。



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