The princess who dreams



誰にも秘密にしている捲簾の私室でもある寝室。
未だ嘗て捲簾以外の誰かが足を踏み入れたことはない秘密の花園。
併設されている執務室は、捲簾のイメージに合うシンプルで無駄のない造りだ。
家具類も黒を基調としたシャープな色合いで洗練されている。
飾り気のあまり無い部屋は一見寂しい印象を与えるが、使っている張本人がアクの強い捲簾なのでそういった雰囲気は感じられなかった。
訪れる部下達も軍上層部の悪趣味な自己主張激しい絢爛豪華な執務室よりも『これこそが軍大将の執務室…カッコイイ』などと、密かに憧れを抱いている。
しかし、プライベート空間でもある寝室だけは、いつでも開かずの間になっていた。
仕事で捲簾の執務室を訪れた部下達の誰もが、その部屋から捲簾が出てくるところを見たことがない。
捲簾が執務室に居ない時、てっきりそちらの私室へ居るのかとノックをしても返事は返ってこなかった。
試しにノブを回してみてもガチッと鍵のぶつかる音だけがして、しっかり施錠されている。
私室の窓は中庭からしか見えない状態で、しかもガラスはマジックミラーになっているという周到さ。

一体捲簾大将の私室はどうなっているのか?

部下達の間では天蓬元帥の執務室と並ぶ、西方軍七不思議の一つに挙げられていた。






「ふふ〜ん♪」
上機嫌な鼻歌交じりに、捲簾は寝室の扉に付いている南京錠を開ける。
そう、何故か普通の鍵だけではなく厳重に施錠されていた。
スルスルと首からかけた鎖状のネックレスを引っ張り出すと、その先には鍵が。
しかも妙にデカイ。
その鍵でいかにも頑丈そうな南京錠をガチリと取り外した。
その次ぎに扉の鍵を普通に開ける。
ドアノブへ手を掛けた捲簾は、緊張した面持ちで辺りをキョロキョロと見渡した。
周囲にヒトの気配はない。
ほっと息を吐くと、そぉ〜っと扉を小さく開けた。
その僅かな隙間に素早く身体を滑り込ませる。
直ぐにドアの鍵を閉めると、漸く捲簾は頬を綻ばせた。
「はぁ…やっぱ自分の部屋は落ち着くよなぁ〜vvv」
届けられた箱を小脇に抱え、捲簾がベッドへダイブする。

その捲簾憩いの自室は。
上級神の豪華主義のきらびらやかな部屋とは対極だが、ある意味通じる趣があった。
部屋の内装は貴族のお嬢様のような愛らしさ。
色調は全て純白と可憐なパステルピンクで統一されていた。
カーテンは真っ白なレースに、小花柄の生地。
1点だけ置かれたタンスは、デコラティブな猫足のモノ。
その上には可愛らしい花が生けてあり、金で細工の施されたメイクボックスがお揃いの鏡と共に置いてある。
独り用の木製椅子もこれまた曲線も美しい猫足で、捲簾お手製の可愛らしい小花柄クッション付き。
フカフカのベッドには繊細なシルクレースのカバーが掛けられ、シーツも枕もピンクを基調にした花柄で合わせるという徹底振り。
そのベッド脇には捲簾お気に入りの白ウサちゃんぬいぐるみが座っていた。
サイドテーブルにはバラの香りのアロマキャンドルと、細工も美しい写真立てが数個並んでいる。
そのどれもに捲簾がコッソリ隠し撮りした天蓬の写真が飾られていた。
いつもその写真へお休みのキスをしてから眠るのが日課になっている。
捲簾が想像する童話の世界のお姫様が暮らしているような部屋を再現したらしい。
完璧なまでに乙女チックな部屋で、捲簾は天蓬から贈られた箱を抱えて笑いを漏らした。
「天蓬何くれたんだろ〜♪」
特に天蓬からは何も聞いていない。
下界便で自分が注文した酒と一緒に送られてきたということは、自分とデートした同じ日に捲簾には内緒で何かを買ったということだろう。
「一緒にいたはずなのに、全然気付かなかったな」
小さく掛け声を上げて身体を起こすと、捲簾がベッドへ腰掛け直す。
見た目は何てコトのない普通の箱だった。
持った感触で重量感も無いし、振ってみるとカタカタと中で何かが箱に当たる音がする。
捲簾はドキドキしながら、箱を封してあるテープを剥がした。
「…また箱?」
その中には更に箱が入っている。
しかしその箱は綺麗なピンク色の包み紙と真っ白なサテンレースのリボンで可愛らしくラッピングされていた。
厭が応にも期待が高まる。
「何入ってんだろぉ?」
綺麗にラッピングされた箱を手にとって、捲簾は膝の上に載せた。
早く見たいような、でも何だか勿体ないような。
丁寧にラッピングを外していくと、中からは真っ白い箱が現れた。
蓋に指を掛けて、捲簾はゆっくりと取り外す。

ぱか。

「う…そぉっ!?」
捲簾の瞳が驚愕で大きく見開かれた。
恐る恐る箱の中身へ震える指先を伸ばす。
ほわほわと心地良い毛並み。
捲簾にはその感触に覚えがあった。
下界で一目惚れしたけど、泣く泣く諦めた愛らしい姿。

「黒ウサちゃんっ!!」

捲簾の絶叫がビリビリと窓ガラスを震わせた。
「会いたかったぞーっ!」
箱から出した黒ウサギの縫いぐるみをギュッと抱き締め頬擦りする。
つぶらなガラスの瞳にフワフワで最高の抱き心地。
あの一目で気に入った黒ウサギが自分のモノになるとは夢にも思わなかった。
感動と歓喜で柔らかな身体に顔を埋めていると、何かが音を立てる。
「ん?」
よく見れば黒ウサギのお腹に封筒がピンで止められていた。
一旦縫いぐるみをベッドへ置いて、捲簾はピンで止められていた封筒を身体から外す。
どうやらカードらしい。
封筒を開けると、花の絵柄が可愛いカードが入っていた。
取り出してカードを開いてみる。

可愛い捲簾へ
今日はとても楽しかったです。
またデートしましょうね。
縫いぐるみは今日の想い出に貴方へ贈ります。
可愛がって上げて下さいね。
天蓬より愛を込めて。

見覚えのある流麗な字がカードに書かれていた。
カードを握り締めながら、捲簾の手が小刻みに震え出す。

愛を込めて…。
天蓬が愛を込めて…俺に?
………。
あっああああああ愛いいぃぃぃーーーっっっ!?
しかもっ!俺のことか…かかかかか
可愛いってっっっ!!!

ポンッと音が出る勢いで捲簾の顔が真っ赤になった。
脳内お花畑で捲簾は軍服の裾を銜えて悶絶する。

ヤダーッ!もうもうっ!!
天蓬のバカvvv恥ずかしいぃぃ〜んvvvvv

辺り一面まっピンクに染まったお花畑で、捲簾はゴロゴロ転げ回って黄色い悲鳴を上げた。
縫いぐるみを抱き締めぜーぜーと肩で息を切らせていたが、唐突に我に返って顔を上げる。
「天蓬にお礼言わねーとっ!」

この喜びを天蓬自身へ伝えたい。
どれだけ嬉しいか、早く教えたかった。

決して黒ウサギを贈られたことだけじゃない。
捲簾が諦めて買わなかった寂しい気持ちを、天蓬は気付いてくれていた。
どれだけ黒ウサギが欲しかったか天蓬はすぐに見抜いて、捲簾を喜ばせようとして贈ってくれたのだろう。
その気持ちが何よりも嬉しかった。
今すぐ天蓬に逢いたくて仕方がない。
捲簾は立ち上がると、黒ウサギを愛用の白ウサギの隣へ並べた。
「かっ…可愛いっvvv」
思った通り、2匹のウサギはよく似合っている。
「まるで俺と天蓬みたい…なぁ〜んてvvv」
きゃっ!やだっ!もぅっ!!捲簾ってば大胆発言vvvと、恥ずかしそうに頬を赤らめベッドをベシベシ叩いた。
力一杯叩かれた羽毛布団からは羽が飛び散るが、捲簾は一向に気にしない。
一頻り照れまくりながら布団を叩きまくると、潤んだ瞳でウットリ黒ウサギを眺めた。
「よし!お前は今日から天蓬な!今度お揃いの白衣作ってやるからな♪い〜っぱい可愛がって…はっ!ヤダッ!俺ってば何だかエッチなこと言っちゃったじゃんっ!!」
恥ずかしーっっ!!と自分の独り言に身悶え、バシバシ枕を振り回す。
気が付けば周り中が羽だらけ。
紅潮した頬を掌で覆い、捲簾は切なそうに溜息を零した。
鼓動の高鳴る心臓を深呼吸して宥め、捲簾はベッドから下りる。
「とにかくっ!天蓬にお礼言わなきゃっ!」
捲簾は寝室のドアを蹴破る勢いで飛び出した。
が、南京錠を掛け直すことも忘れない。
頑丈な鍵をガッチリ取り付けると、猛ダッシュで回廊を駆け抜けていった。






目の前に天蓬の執務室が見えてきた。
捲簾は勢いを緩めることなくそのまま扉まで突っ走る。
勿論ノックなどしない。
捲簾は扉を突き破る勢いで開け放った。
「天蓬っ!」

しーん…。

部屋の主からは返事がない。
昨日片付けた部屋は、まだ魔女の呪いが発動していなかった。
ソファの所に数冊の本が乗っているが、当の本人が見当たらない。
「てんぽー?」
捲簾は首を傾げてもう一度呼んでみるが応える声は無かった。
夕方に捲簾が来ることになっているので、出かけるはずがない。
仕事も書類決裁が数十件あったが、それ程度なら天蓬は大して時間も掛けずに終わらせているだろう。
現に執務机へ視線を向ければ、処理したと思われる書類が重ねて積んであった。
「どこ行ったんだ?」
腕を組んでムッと唇を尖らせ拗ねていると、微かな水音が耳に入ってくる。
どうやら珍しく自分の意思で風呂へ入ってるらしい。
いつもは散々捲簾が怒鳴りつけなければ面倒臭がってなかなか入ろうとしないのに、珍しいこともあるモンだと捲簾は目を丸くした。
改めて室内を見回すと、執務机の椅子に愛用の白衣が掛けられている。
捲簾は近付いて白衣を取り上げた。
「ったく…ちゃんと着替える時は洗濯カゴへ入れろって言ってんのに」
ブツブツ文句を言いつつ、捲簾が白衣を持ったまま洗面所へ歩いていく。
きっちり小言を言わないと、天蓬は風呂に入った後でも平気で着替えをしなかった。
綺麗好きの捲簾にはそれが許せない。
クロゼットを確認してみれば、先日洗濯したはずの衣類は手つかずのまま。
着替えも持たずに風呂へ入っていることになる。
「しょうがねーなぁ…もぅ」
捲簾は小さく溜息を零して、一通りの着替えをクロゼットから取りだした。
洗濯する白衣と一緒に洗面所へと持っていく。
気が付けば水音は止まっていた。
深く考えることもせずに、捲簾が勢いよく洗面所への扉を開く。
「天蓬っ!風呂に入ったらちゃんと新しいのに着替えろって言って…っ!?」
「あれ?捲簾。来ていたんですか?」
声に気付いて振り返ると、捲簾が見事なまでに真っ赤な顔をして固まっていた。
全く反応しない捲簾に、天蓬が不思議そうに首を傾げる。
「あぁ、着替え持ってきてくれたんですか。ありがとうございます…捲簾?」
天蓬が手を伸ばしても、捲簾は手にした着替えを渡さない。

どうしちゃったんでしょうか?

天蓬はのほほんと暢気に思案しつつ、捲簾へ近付いた。
が。

「うわあああああぁぁぁーーーっっ!!!」

物凄い絶叫と共に勢いよく扉が閉められる。
扉を背中で塞いで、捲簾が息を喘がせた。
「捲簾?捲簾!どうしたんですかー??」
「い…いーからっ!さっさと着替えろよっ!身体冷えるだろっ!!」
突然洗面所へ閉じこめられて、天蓬は首を捻った。
捲簾が心配で様子を見ようにも、扉は押さえ付けられビクともしない。
それに捲簾の言う通り、少し身体が湯冷めしてきた。
投げつけられた衣類を拾うと、もそもそ着替える。
扉に張り付いた捲簾は、どうにか乱れた呼吸を整え強張った身体から力を抜いた。
すると。

ポッvvv

唐突に頬を赤らめ、恥ずかしそうに視線を泳がせる。
「天蓬の………
おっきいvvv」
イヤンッ!捲簾のエッチーッッ!!
そんなアソコの大きさで男の価値を決めたりなんかしないけどっ!
でもでもっ!…凄いかも?
そうじゃなくってっ!俺ってばそんなエッチなコト考えてねーもんっ!!
脳内お花畑でついつい網膜に焼き付いた天蓬のナニを思い出し、腕を大きく振り回して残像を必死に打ち消す。
「捲簾…何してるんですか?」
漸く出てきた天蓬が目にしたのは、床に下肢を押さえて踞る捲簾の姿だった。



Back     Next