The princess who dreams



「さて。貴方達へ特別任務です」

天蓬元帥直々に呼ばれた小隊が、緊張した面持ちで姿勢を正す。
元帥自ら小隊へ指令を出すのは珍しい。
「特別任務…と言うのは?」
特別と言うからには、内密に任務を遂行する諜報的な意味があるのだろうか。
天蓬は表情も変えずに、問い返した小隊長へ指令書を無言で手渡した。
受け取ったファイルを開いて、指令を目で追う小隊長に見る見る困惑の色が浮かび上がる。
見守っていた隊員達も、その表情を見つめて顔を強張らせた。
「元帥…お聞きしても…宜しいでしょうか?」
「何ですか?」
「この備品の買い付け、というのは分かりますが…コレは…その?」
「見ての通りですよ。貴方達には下界へ下りて貰って、ソコにリストアップされた品物を全て残さず買い付けてきて頂きます」
「しかしっ!コレは…」

ポッ。

何故だか小隊長の顔が赤らんだ。
ガタイのいい強面の部隊長が、どういう訳か恥ずかしそうに視線を泳がせる。
様子を窺っていた隊員達の表情が一様に引き攣った。

一体指令書に何が書かれているのか。

「任務です。個人的な感情で厭だとは言わせませんよ」
「失礼ですが、コレのドコが我々の仕事で必要なのか理解が出来ません」
「我々、というのは?それは僕に必要なモノです。僕が日々仕事をしていく上で必要不可欠な物達ですから、当然その僕の下に着いている貴方達にも少なからず関係あるでしょう」
シラッとこともなげに答える天蓬に、小隊長は顔を歪めて苦渋する。
要するに直接的ではなく間接的には関係してくると天蓬は言った。
仮にそうだとはしても、これらの品々が関係してくるとは思い難い…というより思いたくない。
何で自分達がわざわざ下界に下りてまで、コレらを買ってこなくてはならないのか。
未だ納得いかない表情で黙り込んでしまった隊長を、部下達はハラハラしながら見守った。
指令内容の分からない部隊の一同は固唾を呑んで天蓬の言葉を待つ。
「これは正式な指令です。キッチリ任務は果たして頂きます。宜しいですね」
「しかし…自分達は…っ」
隊長が言い淀んで哀しげな表情を浮かべたのに、隊の部下達が愕然とする。

そんな危険な任務なのか?
たかが備品の買い付けぐらいで。
もしかしてとんでもない辺境へ、伝説の秘宝でも探して来いとでも書いてあるんだろうか。

「簡単なことでしょう?たかが貴方達だけでソコに記載されているウサちゃんグッズを買い付けてくるぐらい」

「うっ…ウサちゃんグッズぅっ!?」

部隊員達は声をひっくり返して驚愕の声を上げた。
「そうですよ。ソコに書いてある全てのウサちゃんグッズを買ってきて貰います。買い零しの無いようにちゃんとチェック欄のついたリスト表を渡したんですからね」
こともなげに言い放つ天蓬に、さすがの部下達も激昂する。
「お言葉ですがっ!何で我々がそのっ…ウサちゃんグッズを買いに行かされなければならないのですか!?それは元帥個人がお買いに下りれば済むことではないでしょうっ!」
「そうですっ!何で我々がそんなオンナ子供が好むようなモノを買いに…」

「オンナ?子供…ですって?」

底冷えするほど冷酷極まりない声が、ポツリと呟かれた。
室内にいる全員の背筋がゾクリと怖気上がる。
凍り付くほど鋭利な視線を向けられ、全員の顔が恐怖で強張った。
命を省みず前線で戦う勇猛果敢な猛者達が、ガタガタと身体を震わせる。

元帥…コワイですーーーっっ!!!

腕を組んだまま固まっている部下達を一瞥して、不遜な笑みを浮かべた。
「僕がオンナ子供に見えますか?へぇ…これはキチンと正しい認識を教育しなかった僕の失態ですねぇ」
「そ…それは」
「しっ失礼しましたっ!!」
「失言でしたっ!申し訳ございませんっ!!」
あまりの恐慌状態にパニック寸前の部下達が、ひたすら恐縮して頭を下げる。
「まぁ、貴方達が僕をどう見ていようとそれは個人の認識ですが?大変不愉快です。口に出して言うべきコトではないでしょうねぇ…フフフフ」
最後の笑いで、部下達の恐怖が最高潮に達した。

何とかしなくてはいけないっ!

「と…とにかく、元帥のご指示通り直ちに我々は下界へ下りて、仰るう…う…ウサちゃんグッズなるものを手に入れて参りますっ!」
涙目になった部下達がコクコクと同意して頷く。
「お願いしますね。あ、そうそう。色は全て
パステルピンクにして下さいvvv」
「ピンクッ!です…か?」
「………何か?」
「いえっ!何でもありませんっ!御意!!」
あまりの恐ろしさに部下達は真っ青な顔で唇を震わせ大声で叫んだ。
「やっぱりね〜捲簾は可愛らしいピンクが好きだと思うんですよvvv」
「はぁ?捲簾大将がですかぁっ!?」
天蓬の突飛な発言に、部下達があんぐりと口を開ける。
「何て顔してるんですか?可愛いヒトに可愛いモノが似合うのは自然の摂理です」

捲簾大将が可愛い…?

ますます言葉が出なくて呆然としている部下達へ、天蓬が凶悪な笑みを浮かべた。
「貴方達の捲簾に対するイメージがどうだろうと構いませんけどね?公衆面前で勝手な意見を論ずるのはいけませんねぇ」

一体天蓬元帥は何を憤っているのか?

「…最近捲簾が愛用しているウサちゃんマグカップはね?
僕が選んだモノなんですよぉvvv」

しっ…しまったああああぁぁっっ!!!

漸く自分達の失言に気付いた部隊一同は、すっかり顔色を無くして立ち竦む。
出来るものなら早くこの場から逃げ出したい心境でいっぱいだ。

そう。
今日ここへ呼び出された者達が、先日食堂で捲簾の噂をしていたメンバーだった。

天蓬はその情報網(またの名を地獄耳)を駆使して、捲簾を笑っていた者達へ報復しようと、軍師としての最高頭脳を遺憾なく発揮する。
捲簾を哀しませた者達を、例え自軍の部下であろうと決して許さなかった。

「捲簾喜んでくれるでしょうか…ウサちゃんグッズに囲まれて、照れながら可愛らしく笑ってくれれば嬉しいんですけど」
「照れ?可愛い…っ!?」
思わず疑問を呟いてしまった部下を、天蓬が物凄い視線で射抜く。
巻き込まれては堪らないと、他の部下達は見て見ぬ振りで一斉に視線を逸らした。
「そうですか。そんなにウサちゃんグッズを買いに行くのが厭なら、
白クマさんにでも会いに行きますか?」
「し…白クマ??」
「そう度々ではないんですけどね?たまぁ〜に粗相をした部下を鍛えるために、特別任務で僕が可愛がっている白クマのミーシャの面倒を看に行って貰ったりしてるんですvvv」

ちょっと待て?
白クマって…北極うううぅぅっっ!?

下界で白クマが生息しているのは極寒の北極圏。
そんな所へ飛ばされたりしてはたまらない。

「とーってもおっきくて可愛いんですよ?体長が4mぐらいなんですけど、人懐っこくてねぇ〜。抱っこされるのが大好きで、ついついヒトへじゃれついてボキボキッと骨折っちゃったりするおっちょこちょこいな所が愛らしいんですけどvvv」

それはじゃれてるんじゃなくって襲っているのではっ!?

話を振られている部下は、恐怖で今にも倒れそうだ。
懲罰房でさえが楽園のように思える。
「いちおう未開の地ですから装備は持たせたんですけど。まぁ気休めにしかならないでしょう。寒さで引き金なんか引けませんし。そう言えば…あの人達はどうしたんでしょうねぇ?
ここ半年ほど通信が途絶えてるような気が?

まさか白クマのミーシャに食べられたんじゃっ!?

部下達がガタガタと衝撃で震えていると、天蓬がニッコリ微笑んだ。
「彼らがどうなったか…貴方達がミーシャに聞いてきてくれませんか?」
「是非ともウサちゃんグッズを買いに行かせて下さいっっ!!!」
「…遠慮しなくてもいいんですよ?たまには妖獣なんかじゃない可愛らしい動物と触れ合うのも楽しいでしょうし」
「我々もウサちゃんグッズが前から欲しかったんですーーーっっ!!!」
「そうですか?それじゃ快く引き受けて頂けますね?」
「御意っっ!!!」
「では、早速行って来て下さい。あ、ちゃんと領収書は貰ってきて下さいね♪」
「はいっ!」
最敬礼すると、部下達は我先にと執務室から飛び出そうとした、が。
「分かっていると思いますが…くれぐれもこの任務については捲簾には内密に。ですよ?」
物騒な声で囁かれる天蓬の脅迫に、部下達は首が千切れんばかりに頷いた。
この場に留まってこれ以上寿命を縮めたくはない。

『触らぬ元帥に祟りなし』だ。

直属の部下達にとって、天蓬元帥はどんな大妖怪や妖獣よりも凶悪で恐ろしい存在だった。
「それじゃお願いしますねvvv」
部下達に軽く手を振ると、天蓬はにこやかに部屋から追い立てた。
漸く静かになったところでゴソゴソと白衣を探ると、煙草を取りだし口へ銜える。
「ふぅ〜。一仕事後の一服は格別ですねぇ」
満足げに微笑みながら大きく煙を吐き出した。
「捲簾待っていて下さいね。いーっぱいウサちゃんグッズをプレゼントしますからvvv」
捲簾が居るだろう演習場の方向へ向かって、天蓬はニッコリと微笑んだ。






「…あれ?第2小隊の連中は?」
演習場に集合した部下達を眺めて、捲簾は首を傾げる。
一人二人遅れるのは雑務もある以上珍しいことでもないが、小隊全員遅れるというのはまずあり得ない。
眉を顰めて演習プログラムの入ったファイルで肩を叩いていると、部下の一人が一歩前へ出た。
「大将。先程第2小隊の連中が元帥の執務室へ呼ばれたと言ってましたが」
「天蓬に?んー??」
捲簾が首を捻って思案する側から別の部下が前へ進み出る。
「自分も此方へ向かう途中に会いましたが、何でも元帥から指令が出てると」
「指令だぁ?俺は何にも訊いてねーぞ??」
ますます捲簾の首が横へ傾いた。
朝、軍の執務室で打合せした時には、天蓬から何も聞かされていない。
その後に緊急な指令が出たのだろうか。
捲簾の表情が緊張を帯びる。
どうするかと考え込む捲簾に、遠くの方から声が掛かった。
書記官の一人が此方へ向かってくる。
「大将、元帥から伝令です」
「おぉ、天蓬何だって?」
「第2小隊を緊急任務で下界へ向かわせるので、彼らを外して演習プログラムを進めて下さいと」
「緊急で下界だと?何かあったのか?」
捲簾が険しい表情で書記官を問い質した。
妖獣や妖怪の討伐任務なら、小隊一つ送り込むぐらいじゃ意味がない。
それならまず捲簾に話が来るのが筋だ。
実質指揮を執る大将へ任務内容が知らされないのは明らかに不自然だった。
「何でも東方軍の下界諜報部隊が新種の妖獣を確認したそうです。情報によると生息範囲が我々西方軍の観察区域に入ってるそうなので、データー収集へ送り込むと元帥からの報告です」
「はぁ?んなことなら今朝会った時に言えばいーだろうにっ!」
「あの…元帥…うっかり忘れていて、さっき思い出した…そうです」
言い辛そうに説明する書記官の話を聞いて、捲簾は頭を抱えて肩を落とした。
「アイツはもぉ〜っ!!」
うっかりで重要機密の書類さえ本のしおりに使う天蓬なので、呆れるけど今更驚きはしない。
そういう抜けている所も実は
『もぅ…俺が居ないとダメなんだからっ!可愛いvvv』とか思っているので、捲簾は小さく溜息を零すだけで姿勢を正した。
理由が分かったなら、予定通り演習プログラムを始めるだけだ。
「りょーかい!今度は忘れずに伝えろって元帥閣下へ言っておいて、ご苦労」
「はいっ!承知しました」
書記官は恭しく一礼すると、演習場から執務棟へ戻っていく。
「あー面倒くせぇな。組み合わせし直さなきゃじゃねーかよ。二班対戦じゃ余っちまうし…ちょい、小隊長集合〜組み合わせ再編すっから」
捲簾は小隊長を呼び寄せ、演習内容を説明し始めた。

まさか。
第2小隊の特別任務が『ウサちゃんグッズ』の買い付けで、天蓬によって無理矢理下界へ送り込まされたとは、後日天蓬から大量のウサちゃんグッズをプレゼントされて大喜びする捲簾は夢にも思わなかった。



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