The princess who dreams



晴天の下界。

復活した天蓬からのラブコールも頻繁に入るようになり、捲簾はすこぶる上機嫌だった。
本来の目的であった任務もサクサクこなし、部下達はひそかに胸を撫で下ろして安堵する。
新種の妖獣の生息域も図面に落とし、生態観測と染色体解析に回すサンプルも入手してお仕事は完了。
天界へのゲートが開くまで半日ほど時間が余ってしまった。
空いた時間は自由行動になる。
生憎この辺り一帯には、ちょっとした暇つぶしができるような娯楽は無い。
周辺地域は平地の森林地帯で、捲簾の趣味である渓流釣りを楽しめるような川もなかった。
ただぼんやりと過ごすのも勿体ない気がする。
この時間は天蓬も仕事をしているし、もうすぐ戻れると分かっているのに通信で呼び出すのも気が引けた。
さて、どうしようか?と考えていると、駐留している部下達から車で30分ほど走った場所に賑やかな街があると教えられた。
「ふーん。じゃぁ土産でも買いに行くかな〜」
「あ、自分達もお供しますよ。子供にお土産頼まれちゃって」
家族持ちの部下達が照れ臭そうに笑う。
他の独身部下達もそれぞれに買いたい物があるらしい。
天界よりも下界の方が品物が豊富なので、物欲が刺激されるのは当然だった。
期待の眼差しを一身に向けられ、捲簾がニッと口端を上げる。
「おっし!んじゃみんなで出かけっか!」
「俺、車持ってきますっ!」
捲簾の掛け声で部下達が一斉にウキウキと準備を始めた。






それぞれ買い物の目的があるので、街に到着してから集合時間だけを決めると、とりあえずその場で解散となる。
買い物をしたり、のんびりとくつろぐのもヨシ。
「大将は何買うんですか?」
「やっぱ酒ですよね〜」
部下達の声に捲簾は小さく笑った。
「当然だろ?酒は適当に良いのがあったら買うけど、後は天蓬に土産買わねーと♪」
「元帥…ですか」
ビクビクッと部下達が一斉に奇妙な反応をする。
さり気なく視線を逸らせたり、笑顔を引き攣らせたり。
訳が分からず捲簾はパチクリと瞳を瞬かせた。

…何でみんな退いてるんだぁ?

逃げ腰にじりじりと離れようとする部下達を、捲簾は不思議そうに眺める。
「じゃ…じゃぁ自分達はアッチの方へっ!」
「やー、何買おっかなぁ〜」
「それじゃ大将っ!」
「また後でっ!」
蜘蛛の子を散らすように、部下達はあっという間にその場から走り去ってしまった。
捲簾は声を掛ける間もなく呆然と見守る。
部下達が消えた方向を眺めて、一人腕を組んで首を捻った。
「俺…別に変なこと言ってねーよなぁ??」
天蓬と二人して変な行動をしていると全く自覚のない捲簾は、訳が分からずしきりに考え込む。
が。
「ま、いっか!俺も行こ〜っと♪」
考えることをあっさり放置して、捲簾も店先を物珍しそうに観察しながら買い物することにした。
テクテクと遊歩道を歩きつつ店の中を覗いたり、ワゴンの中のお買い得品を手に取ったり。
どうやら観光地らしく、どの店先も活気づいていた。
「天蓬に何買うかなぁ…まぁ、アイツならこーいうの喜ぶんだろうけど」
捲簾がディスプレイ用の犬の置物をペチッと叩く。
天蓬の部屋は本は勿論、ナゾの置物やガラクタが所狭しと氾濫していた。
捲簾にはドコが良いのか分からないモノでも、天蓬にとってはお宝らしい。
無造作に置かれているタヌキやゾウやひげ面じいさんやカエルのデカイ置物や、地方限定の土産物まで。
掃除をしていて邪魔なので適当に扱うと、顔色を変え断末魔の悲鳴まで上げる始末。

魔女の呪いは相当根深いようだ。

「うぅ〜ん…これ以上訳分かんねーモン俺が増やしてどうするよ?って感じだし。やっぱ違うモンにしよーっと」
放置して飾られるモノではなく、実用的でいつでも使って貰えるモノの方が良い。
天蓬が気に入って愛用してくれるようなモノ。
「ソレ使うたびに俺のこと思い浮かべちゃったりして…ヤダッ!もぅvvv」
捲簾は頻りに照れまくり、犬の置物をベシベシ叩いた。
周囲を歩いていた人達が不審な行動をしている捲簾を見て、一斉に視線を逸らして避けて行く。
「あ…と。いっけねー」
気づいた捲簾はバツ悪そうに髪を掻き上げ、また遊歩道をのんびりと歩き始めた。
頭の中では土産物リストを思案する。

愛用して貰えるモノなら、仕事で使うモノか日用品だよな。
ペンとか文房具だとアイツ無くしそうだし。
日用品も食器はこの前ネコちゃんの買い揃えちゃったしなぁ〜。
あと何があるだろ?

つらつら考えて歩いていると、視界に華やかな色彩が飛び込んできた。
「………。」
捲簾好みの可愛らしい乙女チックなディスプレイ。
ファンシーな生活用品を扱っている大きな雑貨屋だった。
捲簾の瞳がキラキラと輝き、頬も嬉しさで見る見る薔薇色に染まる。

かっ…可愛いーっっvvv

この店に絶対入りたい。
よしっ!と小さく気合い入れのガッツポーズをして、注意深く周囲をキョロキョロ見渡した。
幸い部下達の姿は見えない。
入るなら今がチャンスだ。
捲簾は何食わぬ顔をして、店の扉を押した。
「………vvv」
ほんわかした優しい色合いの店内に、捲簾はウットリと見惚れる。

俺はプレゼントを買いに来たんだ!という何気ない雰囲気で店内を物珍しそうに眺めるが、脳内お花畑では可愛らしい雑貨の数々に大はしゃぎ。
ヤダーッ!可愛いーッ!あのピンク色のお風呂用品全部欲しい〜vvvと、興奮してお花畑を駆け回っていた。
ふと足元を見れば、お買い物用のカゴもある。
それを取り上げると、捲簾は考え込んでいるフリをしてお目当てのバスグッズスペースへ歩み寄った。
何色かのパステルカラーで統一された品物の中で、捲簾の視線は可愛らしいピンクに釘付け。
店内で買い物をしていた女性客や店員も、突然入ってきた超絶男前の買い物に興味津々で観察する。

『何買うのかなぁ?彼女へのプレゼントかな?』
『いーなぁ…あんな彼氏だったら自慢するよねー』
『バスグッズ選んでる見たいだけど。いやん!彼女と一緒に使うとかっvvv』

などなど、声なき色んな憶測が飛び交っていた。
何となく捲簾も気づいていたが、あえて無視を決め込む。
過剰反応する方が返って怪しまれるので、平然とした態度で品定めに集中した。

水玉かチャックか…悩むなぁ〜。
でも水玉の方が可愛いかも。
うんっ!水玉のにしよーっとvvv

捲簾はピンクの水玉模様のタオルを一式カゴへと入れる。
そこは
乙女(?)のこだわり。
ハンドタオル、フェイスタオル、バスタオルと全て買う。
他にもシャンプーボトルにスポンジなどピンクで選び、売っているバスグッズをカゴへどんどん入れた。
「…こんなモンかな?」
ひとしきりカゴへ入れて満足すると、会計しようとレジへ向かう。
店内を横切るその途中で、捲簾の足がピタリと止まった。
「ん?」
大きくスペースを取っている寝具売り場に目を奪われてしまう。
ついふらふら〜っと吸い寄せられるように身体が引き寄せられた。
色々な色や柄のファブリックが豊富に揃えられている。
しかし捲簾が心引かれたモノはファブリックじゃなかった。

「うっわぁー…vvv」

思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
売り場にディスプレイされていたモノは、天蓋付きのベッドだ
真っ白なシルクオーガンジーと繊細なレースのファブリック。
フリル付きのちっちゃなクッションとピローが重なり合って載せられている。
ベッドカバーは淡いピンクを基調とした小花柄。
ベッドの支柱は艶やかな飴色の木柱に美しい彫刻が施され、ベッドヘッドも花をあしらったモチーフが象られていた。
正に捲簾が理想とするお姫様のベッド。
「いーなぁ…こんなベッドで眠れたら良い夢見れそーvvv」
瞳を輝かせて『お姫様ベッド』に魅入った。
自分がこの可愛らしいベッドで寝起きして生活する姿をウットリと想像する。

フカフカのベッドに心地よく包まれながら眠ってたら、朝の明るい光が窓越しに差し込んでくるんだよな。
眩しいなーって暖かい布団に潜ると、隣から優しい笑い声が聞こえてきて。
『捲簾…朝ですよ?寝ぼすけさんですねぇ』
なーんて、おはようのキスなんかされたりしちゃ…て?

ポポンッ☆

唐突に捲簾の顔が真っ赤に染まった。
俺ってば何考えてんだよっ!そんな…そんな結婚もしてねーのに天蓬と一緒に寝るなんてっ!
いやんっ!もうもうっ!捲簾のエッチー!!と、脳内お花畑でモジモジ身を捩る。
肩で息を切らし、ハッと我に返って辺りへ視線を巡らせた。
幸い一人身悶える姿は誰にも見られなかったらしい。
小さく胸を撫で下ろすと、てへっ!と頭を叩いた。
紅潮した頬を掌で隠して、寝具売り場を改めて眺める。
ファブリック関係はとりあえず買い揃える必要はない。
シーツもピローケースも先日生地を買って自分で作ったばかりだ。
ベッドカバーもお手製のパッチワークという渾身の力作で満足している。
う〜んと考え込んでいた捲簾の視線がある一点で止まった。
「…パジャマかぁ」
可愛らしい棚に、色んな種類のパジャマが並べられている。
パフスリーブやフリルが付いたモノ。
生地の種類もシルクや綿、色柄も豊富にある。
さすがに女性らしいデザインのモノはサイズが合わないが、シンプルなデザインのならフリーサイズなので捲簾が着ても大丈夫そうだ。
積み重なってるパジャマを取って、柄や素材を品定めする。
「こっちのチェックは…地味だな。こっちは…花柄が派手すぎるし〜悩むなぁ」
アッチもコッチも引っ張り出しては自分に当てて鏡を覗き込んだ。
たとえデザインは定番でも、どうせならプライベートでくつろぐパジャマぐらい可愛いモノが着たかった。
捲簾はパジャマ棚の前で真剣に考え込む。
ふと目に付いたのはハート柄のパジャマ。

「―――――天蓬とお揃いとかってどうかな?」

呟いた途端、恥ずかしそうに頬を覆った。

そんな…お揃いのパジャマなんて新婚さんみ・た・いvvv
やだーっ!もうっ!まだプロポーズもされてないのに早すぎるってば捲簾っ!!
ぽわわ〜んとピンク色に染まる脳内お花畑で、捲簾はゴロンゴロンとでんぐり返ってはしゃぎまくる。
高鳴る鼓動をどうにか宥めると、パジャマを見つめて息を飲んだ。
「か…買っちゃおうっかなー」
ふふふーと微笑みながら、楽しそうに色を選ぶ。
「俺はピンクがいーなぁ。天蓬はどうしよ?マグカップの時はブルー選んでたけど…うんっ!やっぱブルーにしよ〜っと♪」
捲簾は満足げに頷くと、お揃いのパジャマを買い物カゴへと入れた。
お土産も決まって、意気揚々とレジへと向かう。
勿論プレゼント仕様に包んで貰うよう頼むのも忘れない。
「人にあげるから、バスグッズとピンクのパジャマを一緒で、こっちのブルーのパジャマは別で包んで貰えるかな」
「はい、畏まりました」
目の前の超絶男前にニッコリ微笑まれ、女性店員が頬を染めて愛想良く返事をした。

天蓬驚くかなぁ…てへっvvv

お揃いだって言ってパジャマを渡したら、一体どんな顔をするだろう。
捲簾は天界で留守番している天蓬へ思いを馳せ笑顔を浮かべた。

その頃天界では。

「…おい、天蓬」
「………。」
「おーい。天蓬?天蓬元帥〜」
「…ちょっと今取り込んでる最中なんですよ!静かにしてて下さい」
「あのなぁ…覗き見なんかしてねーで、いい加減俺サマの双眼鏡返せよ」
優雅な仕草で脚を組み替えた観世音菩薩は、蓮池のテラスを陣取って何やら観察している真っ最中の天蓬に呆れた声を上げる。
二郎神に渡されたお茶をずずずーっと啜って、傍らで知らんぷりを決め込む甥を振り返った。
「おい、アイツどうにかなんねーのかよ」
「知るかっ!」
「お前のダチだろ〜?何とかしろよ」
「俺だって回廊でいきなり拉致られて、ここまで引きずられてきたんだっ!」
思いっきり厭そうに顔を顰め、金蝉が吐き捨てるように答えた。
観音はひょいっと仕方なさそうに肩を竦める。
「下界に何かあんのか?ずううぅぅーっとアノ調子で覗きっぱなしじゃねーか」
「俺に言わねーで天蓬に聞け。知りたくもねーし関係もねーよ」
「薄っぺらい友情だなぁ〜お前ら。おいっ!天蓬」
「しっ!捲簾ってば…ずっとベッドを眺めてますねぇ…ああいうベッドで寝たいんでしょうか?うーん…さすがに大きすぎて僕の部屋じゃ入らないなぁ〜」
双眼鏡片手にブツブツ呟く天蓬に、観音は形の良い眉をスッと持ち上げる。
「誰だ?ケンレンってのは」
「あ?最近転任してきたアイツの副官らしい」
「ほぉー?副官ねぇ…ヤケに執心じゃねーか」
「俺の知ったことじゃねーよ」
我関せずと、金蝉は新聞から目を離さずに茶を啜った。
視線を前へ向けると、天蓬が蓮池へ身を乗り出して騒いでいる。
「おや?捲簾パジャマ買いましたね?しかもペアで。もしかしたら僕の分も買ってくれたんでしょうか?ソレって僕とお揃いのパジャマを着て一緒に寝ようって、恥ずかしがり屋さんな捲簾からのさり気ない
アピールなんでしょうかねっ!!」
興奮した天蓬が更に前のめりになった。
「あ…」
観音が思わず声を漏らした瞬間。

バッシャーンッッ!!!

物凄い飛沫を上げて、天蓬の身体が忽然と視界から消える。
身を乗り出しすぎた天蓬は、バランスを崩してそのまま蓮池へと落ちて沈んだ。
「天蓬殿っ!?」
二郎神が慌てて池へと駆け寄る。
プカリとすぐに浮き上がった天蓬に、二郎神は大事が無さそうだと安堵した。
天蓬はそのままスイスイ泳いで、近くにあった蓮へと半身を乗り上げる。
「…天才軍師じゃねーの?アイツ」
「普段はマヌケ野郎だ」
池に落ちても蓮にしがみ付いて懲りずに下界を観察し続ける天蓬を、観音と金蝉は呆れ返って放置した。




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