The princess who dreams



3日間の任務を終えて、捲簾は天界へ帰還した。
以前の自分なら『遊び足りねー』とばかりに、嫌々戻ってくることが多かったが、今回は全く違う。
早く帰りたくて帰りたくて。
捲簾は漸く開いた天界へのゲートを、部下を従えスキップしながら飛び込んだ。
が。

「…あれ?」

天界へ入って捲簾がキョロキョロと辺りを見渡す。
「お帰りなさいませ、大将」
出迎えに来た書記官へ報告データーを渡すと、むむ?と首を傾げた。
大がかりな討伐任務での帰還ではないので、出迎えに来たのは直接事後処理に係わる書記官のみ。
他の部下の姿は全く見当たらない。
当然上官も来ていない訳で。
それを認識した捲簾は、あからさまにムッと唇を尖らせて拗ねた。
お土産の袋を胸に抱えて、不機嫌そうに地面を蹴る。
「…どうかなさいましたか?」
突然機嫌を悪くした自軍の大将を見遣り、書記官は不思議そうに目を丸くした。
その後で一緒に任務で下りた同僚達が、天を見上げて額を押さえている。
一体何があったのだろうか。
訊ねるべきかどうか躊躇していると、気を利かせた部下が捲簾の前に回ってきた。
わざとらしく周囲を見渡し、腕を組むと書記官へ顔を向ける。
「えっと…天蓬元帥はどちらにいらっしゃるのかなーって?」
「え?天蓬元帥ですか?」
唐突に聞かれて、書記官は目を瞬かせる。
今回の任務に直接元帥は関係していないので、別段出迎えに来なくても不思議ではないはず。
何でいちいち分かり切ったことを確かめるのかと書記官は首を捻った。
すると。
「あ…大将っ!」
目の前の捲簾大将は途端に頬を膨らませていじけだす。
西方軍の軍舎がある方向を睨んで身動ぎもしない。
その大将の後方で、部下達は何だかジェスチャーで訴えかけてきた。
「???」
何で大将が不機嫌になって、部下達が慌てふためくのか書記官はぽかーんとただ見つめてしまう。
どうしていいか分からず困惑していると。

「たっ…大将っ!?」

捲簾の身体が小刻みに震え、瞳には涙まで浮かんできた。
これには事情の分からない書記官も驚愕する。
「え?え?あの…一体??」
部下達も一斉に捲簾の元へ駆け寄った。
「大将っ!元帥は大将が戻るのを忘れてる訳じゃありませんよっ!」
「そうですよっ!今朝だって通信されたんでしょう?あの天才軍師の天蓬元帥が数時間前のこと忘れるはずありませんって!」
物凄い形相で必死に言い訳する同僚達を、書記官は唖然と見守る。
捲簾はぐっすんと鼻を啜ってますます俯いた。
「だって…天蓬のヤツ、たまに寝るのだって忘れるんだぞ?」
「それはご自分のことに夢中になりすぎてるからで、大将のことは絶対別ですよ、なぁっ!?」
「そうですよ大将っ!」
お供をした部下達は口を揃えて宥めようとするが、捲簾は首を振るばかり。

元帥何してるんですかーーーっっ!!

部下達は迎えに来ない天蓬に向かって心の中で絶叫した。
端から見ればこの状況は自分達が大将を泣かせているようにしか見えない。
事情を知らない誰かが見ていて、万が一元帥に的外れな告げ口でもしようものなら。

こっ…今度は
バニーガール姿で下界へ買い出しに放り出されるかもっ!!

自分達の滑稽なバニーちゃん姿を想像し、部下達が頭を抱えて悶絶した。
そこへ天の助けが。
「何だか事情が良く飲み込めないんですが…元帥でしたらお部屋で何か準備があるそうですよ?」
「準備…って何だよ?」
ふて腐れたまま捲簾が聞き返すと、書記官は何やら思い出すように思案した。
「詳しくは窺っていないんですけど。小一時間程前、元帥へ書類をお届けしたんですが、何だか従者も総出で慌ただしくしていましたよ?」
「…俺が居なかったから掃除してるんだろ」
「いえ?自分が従者に聞きましたら、大将をお迎えする準備に追われてるって言ってましたが」
「俺を?準備??」
さすがに訳が分からず、捲簾が目を丸くした。

俺を迎える準備って…直接迎えにも来ねぇクセに何してんだ?
天蓬の行動の方が気になって、捲簾は怒りから困惑に変わる。
「元帥のお部屋に行ってお会いになって確かめたらどうでしょうか?きっと元帥のコトですから何か考えがあってでしょう」
書記官が提案するのに、捲簾が苦笑いした。
「まぁ…行かなきゃ分からなさそうだし」
漸く捲簾の気分も浮上したようで、部下達もほっと胸を撫で下ろす。
どうにか最悪のバニーちゃん指令は免れそうだ。
書記官が捲簾の抱えている荷物に目を留める。
「あ、元帥へお土産ですか?お喜びになりますよ」
「そ…そっかな?」
捲簾はお土産の包みをぎゅっと抱き締め、照れ臭そうに笑った。
「明日は大将も公休ですし、元帥も有休をお取りになってるようですから、ゆっくり下界でのお話でもされては如何です?」
「おぅっ!」
上機嫌に捲簾が笑うと、書記官も微笑まし気に頷く。
「こちらのデーターはこちらから分析班に回しておきますので。あ、報告書の作成は1週間以内の提出でお願いします。確認後に元帥へ押印して頂いて司令官閣下へお渡ししますから」
「りょーかいっ!あ、お前らも解散していーぞ」
捲簾は背後を振り返り、部下達へ笑顔を向けた。
部下達も家族や恋人への土産を大事そうに携えている。
本来なら軍の執務待機所へ帰還の報告と業務事項の引き継ぎが残されているが、きっと早く顔を見て土産を渡したいだろうと捲簾は配慮した。
今回任務で下りた者達は、全員翌日は公休になっている。
書記官もその当たりの事情は分かっているので、固いことは言わなかった。
「そんじゃ、かいさぁ〜ん♪」
「大将お疲れさまでしたっ!」
ヒラヒラと掌を振りながら軍宿舎へ走っていく捲簾を、部下達は声を掛けて見送った。
捲簾の姿が見えなくなった途端、部下達は一気に脱力してその場へへたり込む。
「…何ダレてんだよ?」
書記官は疲れ切っている同僚を不思議そうに見下ろした。
「何だか…疲れた」
「あぁ…色々、な」
部下達は顔を見合わせると、深々と溜息を零す。
「なぁ〜に言ってんだよ。今回は討伐任務じゃなくってただの生態調査だけだろ?何が疲れるってんだ?」
「身体じゃねーよ…
精神的に気を使って磨り減ったというか」
「はぁ?大将は気さくで固っ苦しいことは言わねーだろ?実質お前達少数だけの気楽な任務で何気を使う必要があるんだよ?」
眉間に皺を寄せて書記官が首を捻っていると、同僚達は恨めしそうに睨んできた。
異様な雰囲気に、書記官が後ずさる。
「お前は知らねーから…」
「確かに今回大将のお供だけど」
「毎日30分おきに元帥から無線が入ってたんだぞっ!」
「え?元帥がって…何かマズイことでも遭ったのか!?」
書記官の疑問は尤もだ。
元帥自らが30分刻みで実働隊へ指示の無線を入れるなど、緊急時にしか考えられない。
ところが。
「…何て顔してんだよ、お前ら」
同僚達は一様に口を噤んで難しい顔をしている。
「大将が緊急事態だったし」
「ある意味緊急事態ではあったな」
「大将があんな顔で無線連絡していた相手が、元帥であって欲しくなかったけどな」
「あんな顔?大将元帥へ調査報告してたんじゃねーの?」
書記官が首を傾げると、同僚達はチラチラ目配せしながら腕を組んで唸った。
大将が緊急事態で、相手が元帥だけど元帥じゃない方が良くって、私用で通信回線使ってた、と。
同僚達の話を纏めると、書記官は頭が混乱した。
「調査報告なんかしてたっけ?」
「元帥が好きそうなサンプル採取したぞ〜って報告はしてたけどな」
「あとはイチャイチャだったな」
「あぁ…俺なんか大将の周りにピンクのオーラが見えたし」
「俺も俺もっ!あの大将がねぇ」
しきりに同意して頷き合っている同僚達に、書記官は話が全く見えない苛立ちで眉を顰める。
「だーかーらっ!元帥と大将に何があったって言うんだよっ!簡単に説明しろっ!!」
癇癪を起こしてキレる書記官を、同僚達は哀愁の帯びた笑顔で見上げてきた。
何だかとてつもなくイヤな予感がする。
それは予想通りだった。

「元帥と大将…
熱烈ラブラブのお付き合いしてるらしい」
「はああぁぁっ!?」

とんでもない事実に書記官は驚愕で口を開けたまま、暫し呆然と立ち尽くした。






その頃。
部下達不可抗力公認カップルの片割れである捲簾は、天蓬の部屋に向かって急いでいた。
「ったくぅ〜迎えにも来ねーで何やってんだよっ!」
相変わらず拗ね気味で文句は言うが、足取りは軽く浮かれている。
ちんたら走ってられないと中庭を横切って回廊へ入ると、すぐに目指す部屋が見えてきた。
早く天蓬に逢いたいと速度を速めた所で、突然目の前の扉が開かれる。
そこから顔を出したのは。
「あ、けんれ〜んvvv」
天蓬が満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに手を振ってきた。

もうっ!人の気も知らねーでコイツはっ!!

全く悪びれもせずにニコニコ微笑んでいる天蓬に、捲簾はまたもや怒りを思い出す。
天蓬と離れて寂しくて寂しくて。
漸く帰れるって喜んでいたのに、すぐにでも逢いたかった張本人は結局迎えに来ないでのほほんと自室に居たのだ。
そんな時間があれば迎えに来るぐらい出来るだろうに。
一言文句を言わなければ気が済まないと口を開きかけた途端。

「捲簾…お帰りなさい」

伸ばした腕の中へすっぽりと抱き竦められてしまった。
久しぶりに感じる天蓬の温度と匂い。
優しく抱き締められ天蓬の存在にじんわりと包まれると、何だかどうでもよくなってしまった。
「…ただいま」
天蓬の肩口へ顔を埋めて、捲簾は安堵の溜息を吐いた。
「迎えに行けなくてごめんなさい。ちょっと準備に手間取ってしまって…終わってすぐにゲートへ行こうと思ったんですけど、捲簾と入れ違いになってしまうかも知れないと思って」
「…もーいい」
捲簾は僅かに頬を染める。
天蓬は迎えに来るのを忘れていた訳じゃないらしい。
それが分かっただけで良かった。
脳内お花畑で捲簾は寝そべり『うふふ〜vvv』とコロコロ転げ回る。
それにしても気になるのは『準備』というのだ。
書記官もさっき天蓬の従者に聞いたらしい。
しかも自分を出迎えるために何かを準備していた、と。
天蓬は何の準備をしていたのか。
顔を上げようとした捲簾の鼻腔を、甘いイイ匂いが擽る。
天蓬の煙草の匂いに似ているが、もっと甘くてお菓子のような。
どうやらその匂いは天蓬の部屋から漂っていた。
「捲簾疲れたでしょう?」
微笑みながら天蓬は捲簾の腰へ手を回し、部屋へ入るよう即す。
3日ぶりに入る天蓬の部屋。
捲簾が監視していない間、さぞかし強力な魔女の呪いが発動しただろうと思いきや。

「うっそぉ…何コレーっっvvv」

捲簾の目の前にあったモノは、可愛らしいティーパーティーのセットだった。
真っ白なテーブルにお揃いの椅子。
繊細なレースが可愛らしいテーブルクロス。
そしてテーブルにはウサギの形をしたクッキーに、美味しそうな苺のケーキにフワフワのチョコレートスフレ。
大きな真っ白いティーポットには陶器のウサギがちょこんと付いている。
食器は全て可愛らしいウサギの陶器でデコレーションされていて、シュガーポットとミルクピッチャーはタマゴのモチーフになっていた。
そして椅子のクッションは真っ赤なハート型。
おとぎの世界ののような可愛らしさに感動している捲簾を、天蓬が椅子へとエスコートする。
「さぁ、どうぞ?」
「あ…うん」
ドキドキと胸を高鳴らせて椅子へ座った捲簾へ、天蓬は突然目の前へ何かを差し出した。
「え?えぇっ!?」
視界に飛び込んできたのは可愛らしいブーケ。
白とピンクを基調にした小さな花が、レースとリボンにくるまれて捲簾へ差し出される。
捲簾は感動で頬を染めて、瞳をキラキラ輝かせた。
「てんぽぉーvvv」
「3日間お疲れさまでした、大変だったでしょう?」
「任務は全然だけど、天蓬がいなかったから…俺」
「今度はちゃんと僕も一緒に行けるように司令官閣下にはお願いしますから、安心して下さいね」
「ん…天蓬と一緒だったら平気だ」
そっとブーケを抱き締めて、捲簾がはにかむように笑う。

おとぎの国のようなお茶の時間に、優しい恋人。
何か…何か俺ってば。

絶好調にお姫様みたいじゃーんっっ!!!

ヤダーッ!嬉しいいぃぃvvvっと、脳内お花畑で捲簾はお手製花冠を掲げながらクルクル回る。
嬉しそうに頬を染めてウットリテーブルを見つめる捲簾に、天蓬はヨシッ!と密かにガッツポーズ。

猛勉強した甲斐がありましたねっ!
やはり
『少女マンガ』『不思議の国のアリス』二段構え作戦は大成功ですvvv
捲簾の可愛らしい顔が見れて何よりですけど。
これならもうちょっと頑張れば…ふふふふっ♪
もっともっと僕が捲簾を可愛らしくしちゃいますからねっ!

欲望で色んな所がいっぱいになっている天蓬は込み上げる笑いを押し隠して、捲簾のティーカップへラズベリーティーを注いだ。



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