The princess who dreams



「先日の不思議の国のアリス作戦は大成功でした〜vvv」
「………そうか」
ムフッと隠しきれない含み笑いを不気味に漏らしながら、目の前で天蓬が怪しく身悶えている。
憮然とした表情で茶を飲んでいる金蝉だが、持っているカップがカタカタと震えていた。
『嬉しさ』のあまり奇妙なダンスを踊りながら金蝉の仕事中に奇襲してきてから小一時間。
頬を赤らめテーブルに指先でのの字をネチネチ書きたくって、一息吐くこともなく惚気を聞かされ続けていた金蝉の忍耐も限界が近付いていた。
『んなテメェらの気色悪ぃ惚気なんざ聞かせるんじゃねーっ!』と何度も口を開きかけては、先を制するように天蓬の『それで捲簾がねっ!』攻撃に邪魔され、無理矢理言葉を飲み込んでいたのだが。
それも何十回と繰り返されれば、飲む込む言葉も喉を詰まらせてくる。
しかも目の前でキラッキラと瞳を喜びに輝かせ話しかけられてては、無視のしようも無い。
金蝉にしてはかなり頑張って適当に話を聞き流し、お茶を飲むことだけに神経を集中させていた。
「捲簾が用意した可愛らしいティーセットを凄く気に入ってくれましてね〜、コレですよコレ!こういう可愛らしいの!前に金蝉の所でお茶をご馳走になった時、あぁ…捲簾が好きそうだなーって思ってたんですけど。用意してよかったですぅ〜vvv」
「ほぉー…」
「金蝉ってあんまりモノとか興味なさそうなのに、結構拘りはあるんですよねぇ。僕は良く分からないけど、こういうのが繊細で上品っていうんですかね?」

テメェが悪趣味すぎるんだろ。

天蓬のガラクタだらけの魔窟部屋を思い出して、金蝉は厭そうに顔を歪めた。
ずずずーっとお茶を飲んで、金蝉がカップをソーサーへ置く。
「で?少しはテメェの部屋もマトモになったのか?」
「え?」
「だから、捲簾っつー大将の好みに合わせて部屋片付けたんだろーが」
「あぁ、ソレはですねー…」
どういう訳か天蓬が視線を泳がせ、天気の良い空を見上げた。
金蝉のこめかみがピクリと引き攣る。
「テメェ…また部屋をメチャクチャにしやがったのか」
「メチャクチャだなんて失礼な。先日ちょこぉーっと本を買っちゃったんですけどね?夢中になって読んでいたら入口を塞いじゃいまして〜」
「…またか」
「書類持って訪ねてきた捲簾が生き埋めになっちゃいました」
てへっ!と天蓬が懲りもせずに頭をボリボリ掻いた。
「アホかっ!テメェはっ!!このバカ元帥いぃぃっっ!!」
「ちょっとアホかバカかどっちなんですかっ!」
「怒るトコはソコじゃねーだろっ!!」
お互いいきり立って睨み合い、不毛な言い争いを始める。
金蝉も過去何度も生き埋めになっているせいか、まだ会ったこともない捲簾に僅かながら同情を覚えた。
あのすさまじさは被害に遭っていなければ分からない。
その諸悪の根源でもある天蓬はまったく悪びれもせず、言い返してくる金蝉に不満タラタラで拗ねまくった。
「僕だって捲簾を生き埋めにしようと思って本を積み上げた訳じゃありませんっ!」
「つもりじゃなくても現実に生き埋めにしたんだろうがっ!テメェそのうち呆れられた挙げ句捨てられるぞっ!」
「そ…そんなこと…っ!捲簾はそんな狭量なヒトじゃありませんーーーっっ!!」
「あぁ、そうだろうよっ!テメェなんかとつき合えるぐらい大雑把なヤツだろうけどなっ!物事には限度っつーモンがあるんだよっ!ゴミ溜め元帥っっ!!」
「酷っ…僕の部屋にあるモノはマニア垂涎の稀少品であってゴミなんかじゃないですっ!」
「あんなのはゴミだゴミ!とっとと片付けねーと三行半突き付けられんのも時間の問題だな、ケッ!」
「あ、もしかして?金蝉ってば…僕たちがラブラブなのを妬んでるんですか?そうなんですね?ヤダなぁ〜コレだから
童貞は」
プッ!とわざとらしく噴き出す天蓬に、金蝉は真っ赤な顔でブチ切れた。
「テメェみたいにあっちこっちで無駄打ちする程安かねーんだよっ!童貞?あぁ、そーだよ!ソレのドコが悪いっ!」
「あ、開き直っちゃいましたよ、この純情ブリッコのチェリーちゃんは!これから
チェリー金蝉って呼びますよっ!」
「じゃぁテメェは
ダメゴミ元帥だっ!」
「何ですってーっっ!!」
「あ?何だ文句あんのかよ!?」
一触即発。
互いの胸倉を掴んで睨み合っていると。

「………お前らなぁ。いい加減にしろよ、みっともねぇ」

のほほーんと心底呆れまくった声音が聞こえてきた。
ココは観音の私室だ。
優雅な仕草でカップを傾けていた観音が、低次元な争いを無駄に繰り広げる若造二人を窘める。
「金蝉も…お前マジで童貞かよ。俺サマの甥っ子のクセに情けねぇな、オイ」
「…ババァには関係ねー」
さすがに羞恥心が湧き上がったのか、金蝉が顔を染めて視線を逸らす。
天蓬がクスクス肩を震わせ笑っていると、観音がニンマリ朱の引いた唇を吊り上げた。
「お前もだ、天蓬。笑ってる場合じゃねーだろ。んな毎度捲簾大将とやらを生き埋めにしちまってたら、百年の恋も冷めるぞ?」
「そんなことっ!僕の捲簾に限って…」
全くあり得ないとは言い切れない己の所業に、さすがの天蓬も歯切れが悪い。
観音が不貞不貞しく脚を組んでふんぞり返った。
「まぁ金蝉はそのうち俺サマが適当に見繕ってやるとして、だ」
「余計なコトすんじゃねーっ!」
憤慨して立ち上がる甥っ子を鼻先で笑ってから、ブツブツ考え込む天蓬へ視線を向ける。
「お前のことだ。当然もう喰っちまったんだろーな?」
「それ…は」
言葉を飲み込んで言い淀む天蓬に、観音はわざとらしく眉を上げ驚いて見せた。
「おいおい…マジかぁ?お前ら付き合ってんじゃねーの?なぁにチンタラやってんだよ」
「僕だって早く捲簾のこと美味しく頂きたいですよっ!ですがねっ!今までみたいにそう簡単にいかないんですっ!!」
「なーんでだよ?
ダッ!と押し倒して、ガッ!て突っ込むだけだろ?」
あまりにも即物的な観音の言い草に、天蓬と金蝉は胡乱な視線を向ける。
「今までの所業が知れますねぇ」
「最悪だな」
「そんなもんだろ?犯るコトに理由なんかいるのか?」
まるっきり悪びれもせず不敵な笑みを浮かべる観音に、天蓬と金蝉は深々と溜息を零した。
天蓬は姿勢を正して座り直すと、横柄な態度の観音へ向き直る。
「今までとは違うんです。僕は捲簾と結婚を前提とした真剣なお付き合いをしてるんですっ!」
「あ?マジで?」
「お前が結婚っ!?」
いつになく真面目な表情の天蓬に、金蝉と観音は驚いて瞠目した。
単なる気紛れか、たまには趣向を変えて遊んでいるとばかり思っていたのだが。
どうやら今度は違うらしい。
よもや天蓬の口から結婚なんて言葉が飛び出すとは夢にも思っていなかった。
柔和な笑顔と物腰で大抵の者は誤魔化されるが、天蓬はとんでもなく傍若無人で他人に自分のペースを乱されることを何よりも嫌悪する。
そんなオトコに家庭を築ける甲斐性があるはずがないと、即座に金蝉も観音も考えた。
ところが。
「そうですよ。ゆくゆくは捲簾にプロポーズして、二人で暖かい愛に溢れる幸せな家庭を築きたいと思ってます。ですから、コトは慎重を要するんです。勿論可愛い捲簾を押さえ付けて
『あんっ!天蓬ってばスゴすぎぃ〜!気持ち悦くって死んじゃうぅ〜vvv』って、めいいっぱい啼かせて悦がらせたいのは当然ですがっ!」
「あ、そぉー。だったらさっさと悦がらせりゃいーんじゃねーの?」
「勝手にしろ」
天蓬が具体的な妄想を興奮気味に捲し立てるのを、金蝉と観音が茶を啜りながら適当に流す。
握り拳を作って力説していた天蓬だが、ふいに力が抜けるとそのままテーブルへガックリと項垂れた。
「…それが出来ればこんなに苦労しません」
天蓬らしからぬ気弱な落ち込みように、金蝉は驚きのあまり珍獣を見るような眼差しでマジマジと見つめる。
組んだ腕に顔を伏せている天蓬が、切々と己の不遇を訴え出した。
「それはもう捲簾は純真で可愛らしいヒトなんです。僕としてはやっぱりお付き合いしてるんだからそんな愛しい捲簾に触れたくなるのは当然の衝動で…ギュッて抱き締めたりすれば甘えて懐いてきたり、キスをすれば恥ずかしそうに受け容れてはくれるんですけど」
「んだよ。ヤルこたヤッてるんじゃねーか。何が不満なんだよ?」
「………それだけなんです」
「あ?何が?」
「ですから、それ以上何もしてないんです」
「うっそ…お前正気かぁっ!?」
「????」
観音が大袈裟に驚いて見せ、金蝉は訳が分からず顔を顰める。
いい年した大人のオトコが二人が思春期のような恋愛ゴッコをしてると、天蓬は懇々と嘆いた。
これにはさすがの観音も驚きを通り越して憐れんでしまう。
金蝉は経験値不足どころか皆無で話が全く分かっていないようだが。
ふぅーっと天蓬がやるせなさそうに溜息を吐く。
「捲簾は今時珍しい程純情可憐で物凄い恥ずかしがり屋さんなんです。それはそれでとっても可愛らしいんですけど…やっぱりもうちょっと親密なお付き合いがしたいなーって思っても、捲簾ってば真っ赤な顔して泣きそうになっちゃうし、この前なんか…」
何かを思い出し、天蓬の表情が苦痛に歪んだ。
何事かと金蝉と観音が揃って首を傾げる。
「もう一歩踏み込んでっ!と。こぉ〜キスしてる時に捲簾の甘く可愛らしい唇を割り開こうとしましたら…危うく生死の境を彷徨う羽目に」
天蓬が真っ青な顔でブルッと身体を震わせた。
思わず金蝉と観音もゴクリと息を飲む。
「生死の境って…何でそんな目に遭うんだ?」
気になった金蝉が恐る恐る問い掛ければ、天蓬が儚い視線を空へ向けた。
「恥ずかしがった捲簾にオトコの大切なアレを…闘神に匹敵すると謳われている武神将渾身の力で蹴り潰されそうになりました」

ぞぞぞぞぞっ!

ついつい金蝉と観音は自分の股間を押さえ込んでしまう。
ソレは確かに相当な痛みだっただろうことは想像が付く。
二人に同情の視線を向けられた天蓬が、ふふっと虚ろな笑顔を浮かべた。
「僕は不誠実な気持ちで捲簾とお付き合いしてるつもりはないんです。勿論ちゃんと責任は取るつもりというか厭がっても取りますけど。生憎僕はそういう可憐な方とお付き合いするのは捲簾が初めてなので…どうすればいいのか」
天蓬が空を見上げて黄昏れていると、何やら観音が思案する。
「ふーん…なぁんか俺の情報と違うんだけどな。捲簾っていやぁ、東方軍トバされた暴れん坊のヤンチャ大将だろ?上級神のジジィ共に平気で噛みつくわ夜は蝶々宜しく美姫の寝所を飛び回るって有名じゃねーか」
さすがに観音菩薩。
その情報網は天界中多岐に渡る。
「それは僕に出逢う前の捲簾です。今は違いますから」
「そうだろうけどよ。それだってお前と付き合う前は散々淫蕩の限りを尽くしてきたんじゃねーか。そんなオトコが今更キスぐれぇで大騒ぎするっつーのが分かんねーよ」
「それは本気か遊びかの違いじゃないですかね?僕だって単に身体目当てだけの遊びなら、こんな慎重になって手を拱いたりしません。捲簾を本気で心の底から愛しているからこそ、絶対に無理強いはしたくないんです。捲簾から僕が欲しいって思って欲しくって…こんなに我慢してるんですよっ!」
ギリギリと歯軋りして苦渋を滲ませる天蓬に、観音は面白そうに口端を上げた。
相変わらず金蝉には何が何だか分からない。
勿論知りたいとも思わないので、話に加わることもなく庭へ視線を向けてお茶を飲んでいた。
「要するに、噂に聞こえる美丈夫の捲簾大将は、意外と繊細な乙女っつー訳か」
「まぁ…純情可憐な愛らしさは乙女そのもの、でしょうか」
「んじゃ〜それなりの対乙女の攻略作戦じゃねーとダメだろ。お前一生その
立派なチンチン使うことねーかもなぁ?」
「グッ!?ゲホゲホゲホッ!!」
「そんなのイヤですっ!!」
観音と天蓬の下世話な遣り取りに、金蝉が茶を器用に喉へ詰まらせる。
しかし、天蓬にとっては最重要死活問題だ。
「あああぁぁああ〜っっ!!他でヌクなんて後で捲簾にバレたら絶対傷つけちゃいますしっ!かといってこのままだと僕のチンチン溜まりすぎで
破裂しちゃいますっ!!」
「ブーーーッッ!!!」
即物的な絶叫に、金蝉が我慢できずに茶を噴き出した。
「どうすればいいんでしょうっ!金蝉っ!!」
「俺に訊くんじゃねーーーっっ!!」
情けなく縋り付く天蓬をゲシゲシ足蹴にしていると、観音が笑いを堪えてパチンと指を鳴らす。
呼ばれた二郎神が厳かに近付いて腰を折った。
「何でございますか?観世音菩薩」
「女官共の中から処女だけ集めろ」
「はぁ?」
「オトコ共に汚されてねぇ純潔だけを呼べって言ってんだよ」
「…ソレをどうやって確かめろと?」
「お前が訊きゃーいいじゃねーか」
「私がですかっ!?」
困惑する二郎神の肩を観音がバシッと叩く。
「夢見る乙女が持つ理想のお付き合いとやらをリサーチするんだよ」
「観音…っ!」
天蓬がキラッキラと期待で瞳を輝かせた。
確かに現役乙女からアンケートが採れれば、もれなく捲簾へ活かせるに違いない。
「観音っ!恩に着ますぅっ!!」
「おーおー、しぃ〜っかりお前ら
面白い展開になって暇つぶしの恩返ししろよ〜あっはっはっ!」
豪快に笑う観音と両手を組んで瞳を輝かせる天蓬を眺めていた金蝉は。
「…勝手に何でもしやがれ」
下らないことに巻き込まれるのは御免と、さっさと立ち上がって自室へ戻ることにした。




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