The princess who dreams



麗らかな午後。
相変わらず天蓬は自分の部屋へ籠もって一心不乱に読書中。
但し室内は綺麗に片付けされて、珍しく本のトーテンポールも部分的破壊雪崩れも起きていなかった。
いつもなら自分の周囲に壁を作る程本を持ち込んで読み耽るのに、今日は1冊だけを手にとって何やら一人『へぇ〜』とか『成る程ねぇ』等とフンフン真剣に頷いてる。
傍らに置いた灰皿が吸い殻で溢れかえり風で灰が舞い上がるのも気に留めず、ひたすら本に書かれている文章を目で追っていた。

天蓬の手元、持っている本のタイトルへズームイン。

可愛らしい丸文字で
『乙女手帳v』と書かれている。
そう。
天蓬が今真剣な表情で読んでいるのは、先日観音の宮で
『自称処女の乙女』達からアンケートを取った、観音監修によるその集計結果だった。
…あれ以来、二郎神へ女官達からの風当たりは強いらしい。
その膨大で多種多様、あらゆるTPOに合わせ回答された乙女攻略の極意メモを、天蓬は一言一句漏らさず熟読中だ。
「ふぅ〜ん…やはり即物的なお誘いはNGなんですねぇ。美しく且つドラマチックなシチュエーションがお好みなんですか。成る程成る程」
ページを捲りながら、天蓬は難しい表情で頷く。
それは天界随一である天才軍師の厳しい色が滲み出ているが、考えていることは如何にして可愛い捲簾と熱烈で甘ぁ〜いキスが出来るかどうか。
そしてゆくゆくはその見惚れる程素晴らしい肢体を心ゆくまで愛したい、ソレのみ。
ところが現実はなかなか面倒だ。

『いきなり押し倒したりするのは身体だけが目当てなの?と貴方のの愛さえ疑ってしまい、ますます警戒されるか最悪嫌われ振られる可能性大。相手は恋愛に大きな夢を抱く乙女、お姫様のように大切に愛され扱われたいのです。行動は慎重に、何事もやり過ぎな程可愛い演出をするのが好ましいでしょう。テーマはおとぎ話の幸せなお姫様です。貴方は凛々しい憧れの王子様になりきりましょう』

執筆担当はどうやら二郎神らしい。
文面を見ると意外にノリノリだ。

「押し倒しちゃダメなんですか〜?えぇ〜?」
天蓬としては不満タラタラ。
ここまでなけなしの理性で耐えに耐え忍んできただけに、ムッツリとふて腐れた。
「…ちょっとぐらいなら良いと思うんですけどねぇ」
押し倒すのにちょっともいっぱいも無いだろうという正論は天蓬に通用しない。
ガリガリと苛立たしげに頭を掻いて、乙女手帳を穴が開く程睨み付けた。
そうは言っても、乙女の助言。
無視する訳にはいかない。
何せ愛する相手は可憐なヒト。
突然ケダモノになった男から押し倒されたら、怯えて逃げてしまうだろう。
実際天蓬はちょこーっとだけ理性が飛びかけて強引に出ようとした途端、生死の境を彷徨うという痛いしっぺ返しを受けたばかりだった。
何事も慎重に慎重を重ね、じっくりとさり気なく攻めなければならない。
「さてと。どうしましょうか…おとぎ話の幸せなお姫様になるのが乙女の理想ですか。まぁ、捲簾は正しくお姫様みたいに愛らしいですからね。だけどお姫様のように扱うってどうやるんでしょうか?」
天蓬は乙女手帳を床へ置き、腕を組んで考え込んだ。
生憎お姫様と付き合ったことがないので、扱い方が今ひとつピンと来ない。
「うぅ〜ん…コレはリサーチしなければなりませんねっ!」
本マニアの末期読書中毒な天蓬だから、勿論その蔵書におとぎ話の本も入っていた。
しかし盲点というか。
天蓬が好んで手に入れたおとぎ話はどれもこれも、風刺がキツかったり主人公が報われなかったり恐ろしい顛末の物ばかりだった。
これでは乙女の望む夢など調べようがない。
天蓬は勢いよく立ち上がると、執務室の扉を体当たりしながらブチ開けた。
何か鈍い音や扉がいつもより重い気がしたが気にしない。
「誰かっ!急いで下界に使いを頼みたいんですけど…おや?丁度良い所に居ましたね♪」
扉の直ぐ側で、部下の一人がひっくり返って昏倒していた。






西方軍執務棟の一室。
就業時間中は多少なりの戯れ言はあるものの、平素は割と静かで和やかな雰囲気に包まれていた、が。
書記官達の机から離れたとある一角のみ、異様な空気が渦巻いてどんより滞っている。
その場にいる誰もが、気になるもののある種の危機感を察知して見て見ぬ振りを続けていた。
部下達から離れた一角に、天蓬と捲簾の机がある。
捲簾は合同演習の打合せがあるので、各部隊長と共に訓練棟に出かけていて不在だった。
その隣の席で、何やら先程からブツブツと独り言が聞こえてくる。
しかし、その机の持ち主の姿は見えない。
「こんな都合の良いこと普通はあり得ませんよねぇ〜第一足のサイズなんて0.5mm違うぐらいなら入りますよ。相手が全然違う顔が不自由な女性だったらどうする気だったんでしょうかねぇ?ぜーったい相手の顔見て選んだに決まってますよ、うんうん」
机中バリケードのように積み上げられた本の向こうで、天蓬の悪意の籠もった唸り声が零れてくる。
部下達は聞こえていない振りをして、モクモクと書類へペンを走らせた。
パラパラと紙が擦れる音が聞こえる。
「えー?いくら小さいって言っても相手はオッサンの集団ですよ?その中で平然と暮らしてて何も起きない訳ありませんよねぇ?ベッドだってみーんな一緒に寝てるんですよ?絶対姦されて犯られちゃってますよ、この子。しかも乱交ですね間違いなく。大体こーいう一見ちっちゃくて枯れてそうなオッサンに限ってデッカイチンチン持ってて性欲絶倫だったりするんですよ。特にこのオッサン!ハゲてるヒトって凄いらしいですから。きっと夜毎オッサン達の慰み者になる代わりに泊めて貰ってるんです。案外この子ソッチが目当てだったりして?そんな淫乱ガバガバな子を良く嫁に貰う気になるもんです。頭弱いんですかね、この王子様は。あぁ、それとも夜の性技は長けているだろうから、案外王子様は絶倫スキモノとか?それなら相性ピッタリですね。でもこっちのちっちゃいオッサン達は若い娘が居なくなってガッカリでしょう、あっはっはー!」
今度はやけにえげつない独り言が静かな執務室で響き渡った。
ペンを持つ部下達の手がプルプル震える。
意を決した部下の一人が、お茶を入れて書物バリケードを作っている天蓬の机へ向かった。
「元帥…お茶をどうぞ」
「あぁ…すみませんけど、ちょっと手狭なんで隣へ置いてくれますか」
本の向こうから指先だけ出て、捲簾の机を指し示す。
部下はゆっくりとした動作でお茶を机に置きながら、素早く本の背表紙へ視線を走らせた。
「それでは元帥。冷めないうちに召し上がって下さい」
「はい〜」
姿勢を正すと本の向こうへ声を掛け、部下は自分の席に戻る。
その部下の周囲に同僚達がコソコソ詰め寄った。
「どうだった?元帥何を読んでるんだ?」
「あんなに積み上げて…また下界の兵法書か何かか?」
「確か元帥に下界へ注文頼まれて下りてたヤツ居たよな?」
小さく声を顰めて質問を浴びせると、確かめた部下は頻りに首を捻っている。
「それが…ざっと見ただけで全部かどうかは分からねーけど…元帥おとぎ話読んでた」
「はぁっ?おとぎ話ぃ〜〜〜っっ!??」
「しいいいぃぃーーーっっ!!」
声を上げた部下を同僚達が一斉に口を塞ぎに飛びかかった。
瞬間の沈黙。
恐る恐る部下達が天蓬の様子を窺うと、先程と変わらずブツブツ本を見て呟いている。
ホッと胸を撫で下ろした部下達は、更に顔を寄せあった。
「元帥がおとぎ話ってどーゆことだよ?」
「俺が知るはずねーだろ?」
「難しい本に飽きて、気分展開に読んでるとかかな?」
「だけどおとぎ話だろ?幾ら元帥が選り好みしないからって、子供が読むモンいちいち注文してまで取り寄せるかぁ?」
「お前見間違えたんじゃねーの?」
「間違ってないって!確かに『かぐや姫』とか『親指姫』とか『眠れる森の美女』とか…おとぎ話だろ?」
「まぁ…哲学書や兵法書じゃねーことは確かだな」
「だけど何でまたおとぎ話なんて…」

ぞぞぞぞぞっ!

口々に疑問を零す部下達の背筋を、猛烈な悪寒が駆け抜ける。
何だか物凄く厭な予感がヒシヒシと湧き上がり、互いに顔面蒼白な顔を見合わせた。
「…こーいう時の予感ってさぁ、大抵当たっちゃうんだよなぁ」
部下の一人が溜息混じりに呟けば、他の部下達もガックリ肩を落とす。
これはきっと厄災の前触れ。
天蓬の突発的な行動には百害あって一利なし、だ。
それは全ての部下達が身を以て実感している。
「ここは、やっぱり…」
「…だな」
「それしかないって」
諦めの表情を浮かべた部下達は互いに視線だけで頷いた。
何も無かったことにしてやり過ごすのが一番だ、と。
部下達はそっと自分達の席へ戻り、やりかけの仕事を再開し始めた。
すると。

「あーっ!かったりぃ〜!型通りの演習なんか役にたたないっつーの!」

勢いよく執務室の扉が開かれ、元気いっぱいな不満が聞こえてくる。
「あ、大将お疲れさまです」
「今お茶入れますから」
「おー、さんきゅ…って、何だありゃ??」
自分の席へ向かうとしていた捲簾の軽快な足取りがピタリと止まった。
視線は自分の隣の席へ釘付けだ。
「おい?天蓬アレ…何やってんの?」
捲簾は手近な部下を見下ろして、バリケードを作ってる机を顎で指す。
「さぁ…自分達は。何か本を読んで居られるようなんですが」
「そりゃ見れば分かるって。ったく…ちょっと俺が目ぇ離した隙にコッチまであんなに持ち込みやがって!」
厭が応もなく書物整理のエキスパートになってしまった捲簾は、あからさまに厭そうな顔をして肩を怒らせた。
靴音激しくズカズカ机に向かうと、積んである本を思いっきり叩く。
「おいっ!仕事中に何読んでるんだよっ!」
「あ?捲簾、お帰りなさいvvv」
本から視線を上げた天蓬がニッコリと優美な笑みを浮かべた。
『うっ…天蓬ってば今日もカッコイーvvv』なんてちょっと頬を赤らめた捲簾は、わざと頬を膨らませてヘラヘラ笑っている天蓬を睨み付ける。
「本を読むのは自分の部屋だけにしろよなっ!」
「あぁ、すみません。頼んでいた下界便がこちらへ届けられちゃったものですから〜」
苦笑いして言い訳を募る天蓬に溜息を零し、捲簾は積み上げられた本へ視線を落とす。
すると。

「え?あれっ!?コレっておとぎ話…ええっ??」
本の背表紙を眺めていた捲簾が、驚いて目を真ん丸く見開いた。
どう考えたって天蓬と子供が読む童話が結びつかない。
しかも積み上がっている書物全てが捲簾にも親しみの深いおとぎ話ばかりだ。
「どうしたんだよ、こんなに?」
「え?あぁ…何とな〜く読みたくなりましてね?」
「いいよなっ!おとぎ話ってすっげぇ夢があって!!」

ええーっ?大将までそんなっ!?

聞き耳立てていた部下達は声なき絶叫を上げ、信じられない表情でマジマジと自分達の上官を注視する。
「特にコレ!俺さぁ〜コレ好きなんだぁ…
白雪姫vvv
「そう…なんですか?」
「おぅっ!俺も持ってるぞ」
天蓬の手から本を取り上げると、捲簾はパラパラページを捲った。
最後の方の物語、毒リンゴで仮死状態にあった白雪姫が、王子様の口付けでリンゴを吐き出し目覚める場面。
捲簾は瞳をウットリ潤ませ、頬を染めながらホゥッと溜息を吐く。
「いーよなぁ…こんな風に幸せになれるのって」
「こんな風…幸せ…?」
何やら難しい表情で天蓬が呟いた。
「すっげー格好いい王子様とずっと幸せに暮らせるんだから、さ」
チラリと捲簾が物言いたげに、天蓬へ恥ずかしそうに熱い視線を送る。
だが肝心の天蓬は何やら思案するのに夢中で、捲簾の視線に気が付かない。
「天蓬?てーんぽー??」
「捲簾が…白雪姫の境遇…幸せ…」
呼んでも応えない天蓬に、捲簾は仕方なさそうに肩を竦めた。
自分の席へ戻ろうとした捲簾の手が、強く引き留められる。
「天蓬?」
「捲簾は白雪姫のような一生に憧れてるんですか?」
何時になく真剣な顔で訊いてくる天蓬に、捲簾はコクンと頷いた。
「うん。だって可愛いし、夢みたいなハッピーエンドだろ?」
捲簾がきょとんと応えると、天蓬がゆっくりと口を掌で塞ぐ。
「そうですか…」
「???」
何やら天蓬の瞳がキラリと輝いた。

捲簾は夜毎姦されちゃうようなっ!淫ら極まりない愛欲の性生活がお好みなんですかっ!?

意味を自分に都合良く曲解して激しい勘違いした天蓬は、欲情ダダ漏れの瞳でお茶を飲んでる愛しい捲簾を鼻息荒く見つめた。




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