The princess who dreams |
ぞぞぞぞぞっ! 突然全身に猛烈な悪寒が走り、意識が浮上してくる。 目の前で生き埋めになっている王子様が僅かに身動いだのに気付いて、捲簾は漸く我に返った。 このまま放置する訳にもいかない。 とりあえず覚醒しそうなので、ドキドキと緊張しながら声を掛けてみた。 「…おーい。生きてる?」 それにしても…誰だコイツ? 捲簾は緊張しつつも、やっぱり綺麗な顔をつくづくと眺めた。 天蓬元帥の物置部屋(だろう、多分)から、雪崩れ出てきた美貌の王子様。 何にせよ散々美人の類には慣れ親しんでいる捲簾さえ、思わず見惚れてしまう程の超絶美人だ。 そこで考えつくのはただ一つ。 「はっ!まさか…天蓬元帥の小姓とかっ!?」 捲簾はガーンッ!と勝手にショックを受けてよろめいた。 何しろこれだけの美人を側に置いている理由なんて、それしか思い浮かばない。 「嘘ぉ…折角理想の王子様に出逢えたのに、速攻失恋な訳ぇ?」 捲簾の瞳に絶望的な哀愁が漂った。 思わずグッスンと鼻を啜る。 気落ちして項垂れている捲簾に気づくはずもない美貌の王子様は、急浮上した意識の条件反射で勢いよく起き上がった。 「………あれ?」 「………。」 ぼんやりと寝惚けているオトコが、乱れた髪を無視してボリボリ頭を掻く。 伏せた視線から覗く美しいラベンダーの瞳に、捲簾は目を見開いて惚けた。 …………………………素敵vvv すっかり捲簾の頭は『お姫様スイッチ』が入ってしまう。 ウットリと見つめる捲簾に気付いたオトコが、ふいに視線を上げた。 ばっ…ばかっ!いきなり向くなよぉっ!こっ…ここここ心の準備がっ!! 急速に心拍数を上げて、捲簾はガチガチに緊張する。 ぼんやりと捲簾を見上げているオトコが、小さく首を傾げた。 「僕、寝てました?」 「って、俺に聞かれてもなぁ」 何せ雪崩れてきた時は既に昏倒していたのだ。 捲簾だって寝ていたのか気絶していたのかどうかは分からない。 そう思って勢いで答えると、オトコは気にした様子もなく強張った肩を解しながら大欠伸する。 しまったっ!俺ってば全然可愛気もない答えをーっ!! 心配するとか何かもっとあるだろうっ! 俺のバカバカーッッ!! 何せ相手は理想の王子様。 いつも通りに対応していては、ただ偶然通りすがった男前で終わってしまう。 気の利かない自分を内心悔やんでいるのも気にせず、オトコはブツブツと独り言ちていた。 「あぁ、また気を失ってたのかぁ。寝るの忘れてましたね最近」 何度も欠伸を繰り返すオトコに、捲簾は熱い視線を向ける。 変なヤツ…だけど、そう言うところもイイかも。 一人キュンキュンと胸を高鳴らせる捲簾だが、ココを訪れた当初の目的を思いだした。 とりあえずどうでもいいけど、天蓬元帥に挨拶して認印を貰わなければならない。 そうしたらさり気なぁ〜く、このヒトのことを聞き出せるかも。 まぁ、天蓬元帥の関係者には間違いないだろうと言うことで、捲簾は側にしゃがみ込んだままオトコへ声を掛けた。 「…あのさぁ、俺天蓬元帥に用があるんだけど。何処にいるか知ってる?」 目の前の王子様(決定)は、ずり落ちた眼鏡をぼんやりと上げながら捲簾を振り返る。 暫し不思議そうに見つめ返された。 視線を逸らすことも忘れて、捲簾は硬直している。 何でもない振りをしているが、内心穏やかでない。 頭の中では『キャーッvキャーッッvvv』と、大騒ぎしてお花畑を走り回っていた。 すると。 目の前の素敵な王子様は、じぃっと捲簾を値踏みするように眺め回すと、ポツリと呟いた。 「はぁ…えーと。何でしょう?」 瞬間、捲簾の思考が真っ白に弾け飛ぶ。 驚きで目を大きく見開き絶句した。 今…何て言った? 俺は『天蓬元帥何処かな〜?』って聞いたはず。 そんでもって、この麗しの王子様は『何でしょう?』って…何でしょう?? それって!? 「…嘘ん」 驚愕し過ぎのあまり、捲簾の口は勝手に言葉を零した。 しかし、目の前の『天蓬元帥本人』らしいオトコは、全く意に返さず肩を竦めるだけ。 あんぐりと口を開けて呆ける捲簾に、ニッコリ微笑んだ。 「ですよねぇ。僕だったら信じません絶対」 「だよなァ」 ついつい調子に乗って相槌を打って、あははは〜と暢気に笑い合う。 ん?じゃぁ一体誰なんだ?? と、捲簾が疑問を持つ前に。 「―――で。貴方は?」 『天蓬元帥』かもしれないオトコが、笑顔のまま聞き返してきた。 もしかしなくても、どうやら『天蓬元帥』みたいなので、捲簾は姿勢を正すと、腰を折って礼を尽くす。 「―――これは失礼を」 慇懃に頭を下げると、捲簾は形式張った挨拶を述べた。 「小生、本日づけで東方軍から西方軍大将にトバされ…いや転任して参りました捲簾と申します。元帥閣下の幕下にてよろしくお引き回しのほどお願い申し上げます」 おっし!噛まずに言えた! 何たって最初の印象は肝心だからな〜っと。 コレで元帥に俺のこと覚えてもらえるし、ラッキーvvv ドキドキと天蓬元帥の反応を気にして、捲簾は上目遣いに様子を窺う。 「…ってカンジなんスけど」 「あぁ。貴方がウチの新しい大将なんですね」 どうやら司令官から既に話は聞いていたようだ。 ポンッ。 ポポポポポンッ! 捲簾の脳内で一斉にお花が咲き乱れて舞い踊る。 元帥が…元帥がっ!俺のこと『ウチの大将』だってvvv ソレって…元帥のモノってことっ!? どっどどどどどどうしようっ!そんなこと言われてもっ! まだ今初めて逢ったばっかなのにぃ〜vvv イヤーッッ!!恥ずかしいいぃぃぃっっ!!! と、脳内をピンク色に染めて悶える捲簾。 しかしそんなコトを考えてるとはおくびにも出さず、一生懸命何気ない様子を装い、持っていた書類を天蓬元帥へ差し出した。 「で。着任の書類に認印もらって来いって言われたんだけど?」 ああっ!ちょっと声が上擦っちゃった!! 手が緊張して震える〜〜〜っっ!! ところが目の前に差し出した書類に、天蓬元帥は無反応。 固まったままぼんやりしている。 あまりにも動かない元帥に捲簾も気付いて、ちょこんと首を傾げた。 「………。」 「あのー?元帥??」 「ハンコ…」 呆然と呟いた元帥が、スクッと埋もれていた書物を退けて立ち上がる。 雪崩を起こしたドアから部屋へ入っていく後を、捲簾も慌てて追いかけた。 一歩室内へ踏み居ると。 うっわぁ…何だコリャッ!? 本…本、本、本、本、本っ! 壁も床も部屋中全てが本とガラクタで埋め尽くされている。 物置の方がまだ整理整頓されていてマシだろう。 それほど想像を絶する本とガラクタで、室内は雑然と溢れかえっていた。 あまりの凄さに捲簾は入口で金縛りに遭う。 コレって…魔女の呪いとか? そう思わずにはいられない光景だった。 「ハンコ。ハンコねー」 捲簾の困惑にも気付かない元帥は、殆ど本で埋もれた机周りを物色している。 積み上がった本の隙間に手を突っ込んでゴソゴソ探すが、なかなか見つからない。 「何処やったっけなぁ。サインじゃダメ?」 突然振り向いて、捲簾へ聞き返してきた。 一応は正式な公的文書だ。 「ダメでしょうね」 捲簾は金縛りにあったまま即答する。 天蓬元帥は仕方なさそうに溜息を零すと、また本の間を探索し始めた。 「あれぇ?確かココに仕舞ったんですけど」 仕舞った?何処へ?? 「…違った。こっちだっけな?」 ソコとアッチにどんな違いが?? 普段から整理整頓は当たり前、綺麗好きで忠実な捲簾にはこの部屋の状況が耐えられない。 あんなに綺麗なのにっ! こんな所に居ちゃ、ぜぇ〜ったい許さねーっっ!! 理想の王子様像をぶち壊しかねないこの場所に、捲簾の使命感が高揚した。 王子様が悪い魔女に呪われてるなら、俺が救い出さないとっ!! 気合いを入れて小さく拳を握ると、捲簾は未だガサガサ捜し物をする元帥へ近付いた。 「あ。発見」 漸くハンコを探し当てた元帥の背後へ声を掛ける。 「―――元帥」 「何です?」 真剣な顔で見つめてくる捲簾に、天蓬は目を丸くした。 とりあえず先程差し出された書類へ認印を押す。 書類を返えされると、捲簾は意を決して視線を上げた。 「コレ提出したら俺に最初の命令を下さい」 いきなり『命令』と言われた元帥は、不思議そうに瞬きをする。 出陣でもないのに、命令しろとは些かせっかちだろう。 血気盛んなのは結構だが、いざ下界へ討伐任務に出て勝手に突っ走られても面倒だ。 うーん…どうしましょうかねぇ。 表面上は穏やかに微笑みながら、天蓬は捲簾の資質を見極めようと観察する。 黙り込んでいる元帥に、捲簾は一度室内を見渡してから至極真面目に直視した。 「『部屋の片付けを手伝え』って」 きっぱり言い放つと、天蓬はぐるりと視線を巡らせヘラッと笑う。 「え?片付けてくれるんですかぁ?」 「あのなぁ…いくら物置だからってこんな状態じゃ、いざ必要な時に捜し物頼まれても時間喰うデショ?」 とりあえずと、捲簾が床を埋め尽くす本を掻き分け、窓辺へ辿り着いた。 勢いよく窓を開け放って、室内に澱んだ空気を全て外へ押し流す。 「こ〜んな空気も悪いし。何でアンタはこんなところから流れてきたん?何か物置で捜し物??」 「物置…じゃないんですけどぉ」 「あ?」 「此処は僕の執務室なんです」 「……………何だって?」 「ですから、僕の執務室――――」 「この部屋の何処で仕事できるんだよっ!?」 捲簾が絶叫すると、天蓬はちょこんと首を傾げる。 「え?えっと…あの辺とか?あっちの辺とかも、こぉ〜本の重なりを変えれば」 「変えるんじゃなくって片付けろっ!!」 「えー?」 「えー?じゃないっ!!!」 ズカズカと室内を横切って、捲簾は扉の前で勢いよく天蓬を振り返った。 「これ司令官に出してきたら片付けすっから!ここに居て下さいっ!!」 ビシッと天蓬に指差して宣言すると、雪崩で積み上がった本を駆け上がって出て行く。 ぽつん、と部屋に取り残された天蓬は。 「…何だか面白いというか可愛いというか。さて、どれぐらい使えますかねぇ…新しい大将殿は」 天蓬は口端を上げると、ポケットをまさぐって愛用の煙草を取り出す。 火を点けて一息入れると、天井まで上がる紫煙を目で追った。 天蓬が一服している頃。 部屋を出てとりあえず書類を提出しに、来た道を戻っていく捲簾はと言えば。 ふふふふーvvv 部屋の掃除するって言っちゃった。 コレってもしかして元帥の『恋人』みたい? 俺ってば結構大胆かもーvvv 嬉しそうに頬を染めて上機嫌に回廊をスキップする男前を、すれ違ったモノは誰もが道を避けていった。 |
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