The princess who dreams



司令官にサクッと着任の書類を渡して適当に挨拶を済ませた捲簾は、東棟の宿舎に向かって漆黒の軍服を翻し猛ダッシュで駆け抜ける。
途中何かを突き飛ばしたか踏みつけたような気もしたが、そんな些細なことはどうでも良かった。
「元帥待ってろよ〜っ!今行くからなぁ〜っ!!」
頬を紅潮させてはにかみながら、含み笑いが止まらない。
上機嫌に走り去っていく捲簾の後方で、今日から捲簾の部下達が回廊に昏倒して転がっていた。
これからの目眩く薔薇色の生活を都合良く妄想していた捲簾は、つい勢いで天蓬の執務室を通り過ぎてしまう。
「っと…いっけね!」
回廊の端で慌てて立ち止まり、てへっvvvと頭を掻いた。
どうも浮かれすぎたようだ。
誤魔化すように小さく咳払いをして何食わぬ表情を作ると、トコトコ執務室の前まで戻る。
先程雪崩を起こして溢れ出した書物やガラクタは、廊下から撤去されたらしい。
「元帥ぃ〜?居る??」
開け放った入口から、捲簾が声を掛けて顔を覗かせた。
「居ますよぉ〜」
間の抜けた返事が聞こえたかと思うのと同時に、捲簾はその場で思いっきり脱力する。
崩壊して廊下まで侵蝕した書物とガラクタは無理矢理室内へ戻され、部屋の真ん中に小山を築いていた。
その頂上に。
天蓬元帥がちょこんと正座して暢気に微笑んでいる。
「あのさ…元帥」
「何ですか?」
「自分でちっとは整理しようとか…片付けようとか思わねーの?」
「え?だから片付けましたけど??」
「どこがっ!」
「表に出ちゃったモノをちゃんと中に戻しましたっ!」
「………。」
ガラクタ山の上で偉そうに胸を張る天蓬に、捲簾は顔を顰めて額を押さえた。

この感性の違いはやっぱり魔女の呪いだ。
こんな綺麗な王子様を、イメージを破壊する程とんでもないズボラにするなんてっ!
でも大丈夫っ!
俺が絶対アンタにかけられた呪いを解いてやるからなっ!!

気合いも新たに、捲簾は心の中で固く決心する。
小さくガッツポーズを取っている捲簾を眺め、天蓬は小山の頂上から不思議そうに首を傾げた。
「捲簾大将ぉ?どうしたんですかぁ〜??」
「へ?あ…何でもねーよ。さてと、ちゃっちゃと片付けすっから、アンタも何そんなところでくつろいでんだよっ!さっさと下りろっての!その山崩すかんなっ!!」
持参した荷造り紐のロールを両手に掲げ、捲簾が使命感に燃える。
捲簾は軍服の袖を捲り上げると、手前の本から手際よく纏め始めた。
叱られた天蓬はバツ悪そうに頭を掻きながら、ヨイショッと頂上から滑り降りる。

「ほら、元帥もこうやって本を適当に纏めて!小分けして括って整理すっから」
「えーっと…こんなカンジで?」
「違う違うっ!本の種類とか大きさも揃えるのっ!アンタの本なんだから、ジャンルとか分かってんだろうがぁ…」
「はぁ…そうですけど。じゃぁこんな風に纏めていけばいいんですか?」
「そうそう。そうやってどんどん束を作っていって。俺が紐で纏めるから」
「う〜ん。面倒クサイですねぇ」
「…アンタの本だろ」

二つ束を作っただけで文句を言い出す天蓬を無視して、捲簾はテキパキと手際よく作業していく。
山となっていた本は捲簾の手によってどんどん整然と纏められ、ガラクタ類も邪魔にならないような場所へ片付けられた。
天蓬も捲簾に指示され開いていた本棚へ本を収納し直し、入りきらないモノは部屋の端へと積み上げられる。

そうして黙々と作業すること数時間。

あれほど騒然としていた室内は、見事なまでに部屋の機能を復活させた。
久々に真っ直ぐ床に立てる自分の部屋を、天蓬はまんべんなく見渡す。
「見違えましたねー」
感心して部屋を眺めている天蓬に、捲簾は満足げに会心の笑みを浮かべた。
「だろ?俺こー見えても結構家庭的よ」
勢いで調子に乗って軽口を叩いてみるが。
急にハッ!と我に返ると、咄嗟に視線を逸らした。
捲簾の頬が見る見る赤く染まる。

ヤダ俺ってば大胆過ぎっ!
あれじゃ、元帥に嫁に貰ってくれって言ってるようなモンじゃんっ!
そんな図々しく自分を売り込むなんて、はしたないったら!
もう…もうもうっ!恥ずかしいいいぃぃ〜〜〜っっvvv

軍服の裾を掴むと、照れながらモジモジ身悶えた。

捲簾が脳内のお花畑でキャーキャー大騒ぎして転がっていると、背後から影が差し込んでくる。
いつの間にか真後ろまで天蓬が近付いていた。
挙動不審に本の束をベシベシ叩いている捲簾を気にも留めず、腕を組んで何やら思案する。
「何処に何があるかは僕的に把握してたんですけどねぇ」
突然間近から聞こえてきた麗しいヒトの声に、捲簾は現実の世界へ引き戻された。
目の前に山と積まれた本を眺めて、深々と溜息を零す。

「ウソつけ。部屋の汚い奴って、皆そー言うんだよな」

もうっ!元帥は俺がちゃんとついてなきゃダメなんだからっvvv

元々捲簾は世話好きだった。
困ってるヒトが居たり何か頼まれると、ドンッと気前よく面倒を看てしまう。
赤の他人にさえ男前さを遺憾なく発揮するのだ。
これが愛しの王子様の為なら、もはや天命だと捲簾は思い込む。

やっぱり王子様を救い出すのはお姫様の使命だもんなっ!
何としてでも、魔女の呪いのかかったこの魔の巣窟から救い出してみせるっ!

何処か的外れに男前な決心を捲簾は誓った。
キリリッと瞳を上げた先には、やけに牧歌的な置物が。
親子ケロッピと視線が合ってしまう。
「…これ灰皿?」
「ええ。どうぞ」
大きく開いた親カエルの口には、吸い殻が溢れていた。
後で始末しようと考えながら、天蓬に勧められるまま捲簾はポケットを探る。
愛用の煙草を取り出すと、銜えて火を点けた。
煙草を銜えて白衣のポケットをゴソゴソ探っている天蓬へ、ライターを投げて渡す。
「あ、すみません」
「いーえー?どういたしまして」
ソファまで移るのも面倒なので、捲簾はそのまま床に座って執務机に寄り掛かった。
その反対側で天蓬は天板に身体を預けて、煙を燻らせている。

外はまだ明るく、心地良い風が開け放った窓からそよいでいた。
穏やかな時間が流れていく。

退屈なのが苦手な捲簾だが、珍しく落ち着いた様子でぼんやり天井を見上げた。
尤も落ち着いて見えるのは表面上だけ。
内心は先程からドキドキと緊張していた。

なっ…何か話さなきゃっ!
えーっとぉ…元帥の好きなタイプは?とか。
いやいや、今日が初対面でいきなり訊けねーよな。
そんじゃっと…元帥は何人兄弟?とかは。
はっ!そんな見合いの席じゃあるまいし、結婚を前提にした質問なんかまだ早いだろっ!
もーっ!俺のバカバカッ!!

などと、一人グルグル頭を悩ませているが、天蓬はそんな捲簾の葛藤にも気付かず窓の外をのほほんと眺めている。
とりあえず差し障りのないコトでっ!と、仕事のことを話そうと決めた。
そう考えると、捲簾の頭にふと疑問が浮かんでくる。
先程司令官から聞かされた言葉が、ずっと脳裏に引っかかっていた。

彼の経歴を汚さぬよう務める事だな。

捲簾が噂に聞いていた常勝の精鋭部隊を、前線で指揮していたのが天蓬元帥本人だと教えられたのだ。
俄には信じられなかったが、いかにも堅物そうな司令官があの場で冗談を言うとは思えない。
「…あんたはさぁ」
声を掛けると、天蓬の意識が向いたのが分かる。
捲簾は話を続けた。
「元帥なんて御大層な役職についてるクセに、何でまた小隊まとめて前線に立ってんの?」
思ったままを捲簾が口にする。

そうしてまで元帥を駆り立てるのは何なのか。

純粋に軍人として興味があった。
煙草の灰を灰皿へ落とすと、天蓬は捲簾に振り向く。
「…その方が面白いと思いません?」

天蓬の答えは意外だった。

季節の移ろいも時間の流れさえ放置された天界。
脳みそが怠惰と惰性で腐食していく様に感じる此処が、捲簾は退屈で仕方なかった。
生きている実感がまるで湧かない。
軍籍に身を置けば、命を遣り取りするだけ少しはマシかと思って士官になった。

そんなこと思ってる奴が他にも居たんだ。

天蓬の冗談に笑い返しながら、捲簾は物思いに耽る。

ここまで俺と元帥は以心伝心。
やっぱり俺らって結ばれる運命っ!?

頬に手をやりポッと赤らめて一人ニヤついていると、外から此方に向かってくる慌ただしい足音が聞こえてきた。
礼儀正しく部下が敬礼をしながら、出陣要請を伝達する。
下界で正体未確認の巨獣が徘徊しているらしい。
机越しに天蓬が捲簾を覗き込んだ。

「我が軍での戦闘デビューですね。噂に聞こえる貴方の手腕、お手並み拝見としますか」

楽しげに瞳を輝かせる天蓬を見上げ、捲簾も不敵な笑みを口端に浮かべる。
どうやら東方軍での捲簾の戦歴は、既に熟知しているようだ。
伝令に来た部下を先に行かせると、天蓬は片付いた部屋を横切って隣の部屋へ入っていく。
「ん?元帥何してんの〜?」
「さすがにこの格好じゃ出征できないでしょ?着替えますから先に行っててもいいですよ」
「いや?俺まだ部隊の連中の顔知らねーし、アンタと一緒に行くわ」
「そうですか?じゃぁ、すぐに済ませますから」
「おー」
適当に返事をした捲簾は、そわそわ落ち着かない。
視線は挙動不審にあちこち漂うが、意識は一箇所から離れなかった。

元帥が…着替えを…。

色んな妄想を膨らませた捲簾は、無意識に隣の部屋へと吸い寄せられる。
「あっ!そんな覗きなんてっ!はしたないっ!付き合ってもいねーのに元帥の裸なんか…ハダカ…」
「はい?何か言いましたかぁ〜?」
「えっ!?なっ…何でもねーっ!早く着替えろよっ!」
焦って怒鳴り返すと、暢気な返事が戻ってきた。
どうやら怪しい独り言は聞かれずに済んだらしい。
捲簾は真っ赤な顔で、ほっと胸を撫で下ろした。
「もぅ…俺ってそんなエッチじゃねーもんっ!」
火照った頬をペチペチ叩きながら、捲簾は自分に言い聞かせる。
それなりに好奇心はあるが、お姫様スイッチの入った捲簾はひたすら羞恥で困惑した。
好きな人のハダカなんか、恥ずかしくって直視できる訳がない。
お姫様モード展開中の捲簾は、真剣にそう思っていた。
このままだと天蓬の顔だってまともに見れない。
気持ちを落ち着かせるため深呼吸していると、隣の部屋から天蓬が現れた。

「お待たせしました」
「……あ、あぁ」

捲簾の声が上擦って掠れる。
軍服を纏った天蓬を、瞬きするのも忘れて注視した。
「じゃぁ、行きましょうか。追々部隊の役割は説明します」
天蓬は長裾を翻して、部屋を出て行く。
清廉とした美貌に、凛とした立ち振る舞い。
捲簾は先を行く天蓬の背中に、熱い視線を向けた。
何故だか瞳が潤んでいる。

元帥…カッコイーvvv

またもや脳内に花吹雪を舞い踊らせ、捲簾はぽやや〜んと天蓬に見惚れていた。



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