The princess who dreams |
明日は公休日だという夜。 ピッチリとカーテンに閉ざされた部屋で何やら忙しなく動き回る人影が。 「あぁ〜っ!もうっもうっ!どぉーしよーっっ!!」 捲簾は秘密の私室で、クロゼットから出して山のように積んだ服を前に、へたり込みながら黄昏れていた。 明日は天蓬と念願のデート。 下界へ下りて以来、ゆっくり二人っきりになれるのは久しぶりだった。 捲簾としても俄然気合いが入りまくって、おめかし衣装を選ぶのに頭を悩ませていた。 ピクニックで、しかもデートなのに、まさか平素のまま軍服で行くのは無粋というもの。 前回の教訓を生かして、明日こそは可愛いおめかし服でオシャレをして天蓬と出かけたい。 きっと天蓬は。 『へぇー…捲簾今日はいつもと違う雰囲気ですね』 『え?そ…そっかな?』 『ええ。いつもは凛として勿論素敵ですけど。今日は何だか物凄く可愛らしいですよ?』 『そんなっ!俺みてぇなデカイヤツ…可愛い訳ねーじゃん』 『どうして?こんなに貴方はいつだって僕が見惚れてしまうほど可愛いのに…』 『そんなの…言われたことねーし』 『それは周りの人達が見目ないだけでしょう?まぁ、僕としては余計な輩が可愛い捲簾にちょっかい出してこないかと、毎日毎日ハラハラ心配してばかりなんですよ?』 『………バカ』 「なぁ〜んてなっ!ヤダッ!もぉ〜っ!俺が愛してるのは天蓬だけだっつーのっvvv」 捲簾は白衣を着た黒ウサを胸にギュッと抱き締めると、服の山を崩してゴロゴロ身悶えた。 勢い余って転がってしまった白ウサちゃんはちょっと呆れ顔で眺めている。 興奮が冷めないまま黒ウサを抱えて肩で息をする捲簾が、派手に撒き散らした服を見渡した。 落ち着いたモノトーン系の服の中に、点々と明るい色の服が混ざっている。 先日の下界デートで可愛い服を持っていなかったことを海底よりも深々と後悔したので、あれからすぐに買いに出かけたのだ。 その中から捲簾がコーディネートして目の前に置いてみる。 「ど…どーかな?可愛いか?”てんぽー”」 並べた服へ白衣を着た黒ウサを向けて、捲簾がドキドキとお伺いを立てた。 捲簾が選んだのは白いパーカーとスモーキーピンクのショートカーゴパンツ。 爽やかな白に、色目を押さえた淡いピンク色で見た目にも可愛い感じだ。 少し首を傾げた黒ウサちゃんを、捲簾がコクリと頷かせる。 「そっか?可愛いよな?おーっし!明日はコレ着てこーっとvvv」 キャーキャーと頬を染めて嬉しそうにはにかむ捲簾を、白ウサちゃんが頑張れ!と服の山に埋もれながら見守っていた。 とりあえず明日のおめかし服は決まって、捲簾はホッと息を吐く、が。 「あーっ!弁当っ!準備しなくちゃっっ!!」 明日は天蓬とピクニックデートだ。 ピクニックと言うからには当然お弁当は必需品。 大きなバスケットをパカッと開けば、食欲をそそる見目麗しいお弁当の数々。 『凄いですねぇ〜捲簾は本当にお料理が上手ですね』 『そ…そんなことねーって!』 『これだけのお弁当作るのも大変だったでしょう?』 『だって…天蓬に旨いモンいーっぱい食わせたかったから。ちょっとだけ頑張ってみた…けど』 『捲簾…嬉しいです。捲簾と結婚したらこんなに美味しいご飯が毎日食べられて、きっと物凄く幸せですよねぇ』 『けっ!?けけけけけ結婚っ!??』 真っ赤になった捲簾の背後で黒ウサ白ウサちゃんが固唾を呑んで見守っている。 天蓬が微笑みながらそっと近付いて。 『捲簾…愛してます。僕と結婚して下さいますか?貴方を絶対幸せにしてみせますから』 『てん…ぽぉー…vvv』 捲簾の瞳に喜びの涙が溢れ出す。 背後では黒ウサ白ウサちゃんが拍手喝采。 二人の周囲に色取り取りの花弁が舞い踊った。 『俺も…天蓬が好き…愛してる』 『僕のお嫁さんになって頂けますか?』 『うん…』 華々しく天からはウエディングベルが鳴り響き。 「なーんちゃってええぇぇーーーっっ!!ヤダッ!もうもうっっ!!」 ぽやや〜んと妄想のお花畑に飛んでいた捲簾は、ひたすら照れまくってエプロンの裾をギューギュー噛みしめると床の上を転がっていく。 ゴロゴロ転がり壁際で止まったまま、またもや妄想に耽って一人身悶えた。 ひとしきり大騒ぎした後、漸く捲簾は息を切らせて起き上がる。 「こ…こんなコトしてる場合じゃなかった。弁当の仕込み…しねぇと」 感動させるような豪華なお弁当と、甘い物好きな天蓬の為にデザートも作りたい。 とにかく捲簾は明日のデートに想いを馳せて浮かれていた。 仕事では天蓬が謎の講習会で不在だったせいもあり、二人っきりになれるのが本当に久しぶりだ。 デートと言うからには世間の恋人同士のように、イチャイチャ甘い時間を過ごしたい。 「おーっし!頑張っちゃうぞーvvv」 捲簾は拳を突き上げて気合いを入れると、デート用にお手入れしていた美顔パックをペリッと剥がしてキッチンへ向かった。 本日も麗らかな天気の天界。 お弁当の準備やらデートのコトをグルグル考えすぎてちょっぴり寝不足気味の捲簾だが、それでも元気に大きなバスケットを携えて天蓬の部屋へ向かっていた。 部屋の前に辿り着くと捲簾は一旦バスケットを下へ置く。 「俺…変じゃないよな?かっ…可愛いよな?」 ほんのり頬を染め、捲簾は自分の姿を再度確認した。 既に自室の鏡の前で前後左右グルリと回って散々点検したが、それでも初めてこんなおめかしをしたので気が気じゃない。 昨夜選んだ白いパーカーにスモーキーピンクのカーゴパンツ、そして背中には天蓬から貰ったウサちゃんリュックを背負っている。 大きなバスケットには沢山のお弁当を、ウサちゃんリュックには捲簾お手製のシュークリームが入っていた。 捲簾手作りのシュークリームは天蓬の大好物だ。 サクサクの生地に、中にはトロリとしたカスタードとふんわり生クリームがいっぱい詰まっている絶品シュークリーム。 口にした途端広がる幸せな甘さが堪らなく美味で、天蓬はいつも美味しそうに食べていた。 捲簾も相当このデートに期待と気合いが漲っている。 とりあえず気を取り直して捲簾はコホンと小さく咳払いをしてから、遠慮がちに天蓬の部屋の扉をノックした。 「てんぽぉ〜?」 緊張で強張った声音に対して、室内からバタバタ騒がしい足音が近付いてくる。 バンッ!と勢いよく扉が開かれ、天蓬がニッコリ顔を覗かせた。 「捲簾おはようございます〜」 「おっ…おはよ」 現れた天蓬の姿を捲簾はきょとんと目を丸くして眺める。 どういう訳か天蓬の髪は濡れていて、頬も僅かに紅潮していた。 何だか妙な色香を放っていて、捲簾はドキドキ胸を高鳴らせる。 「天蓬…髪濡れてっけど?」 「あぁ、すみません。出かける前にお風呂入ってたら、ちょっと逆上せてしまいまして〜」 「ええっ!?だっ…大丈夫かよ??」 どうりで頬が赤いはずだ。 それにしても天蓬が捲簾から怒鳴られる前に自分から風呂へ入るなんて珍しい。 魔女の呪いもラブラブカップルのデートには効力が薄れるのか。 妙な所に感心していると、天蓬が照れ臭そうに笑った。 「捲簾とデートなんて久しぶりでしょう?何だか浮かれてしまって…お湯に浸かってワクワクしてたらついつい時間を忘れてしまったんです」 天蓬も俺とのデート楽しみにしてたんだ。 俺もだぞコンチクショーvvvと脳内お花畑で、捲簾は拡声器片手に大絶叫する。 「ちょっと待っててくれますか?急いで今荷物持ってきますので」 「へ?あ…あぁ、分かった」 荷物?と小首を傾げて、捲簾はそのまま外で待った。 お弁当を自分が用意することは天蓬も承知してるのに、他に何の荷物があるのか分からない。 何だろうと考えて待っていると、すぐに天蓬が大きなバッグを持って戻ってきた。 捲簾は自分の持っているバスケットと天蓬のバッグをキョロキョロ見比べる。 「じゃぁ、出かけましょうか」 「あ…うん。天蓬ソレ何が入ってるんだ?」 さり気なく腰へ手を回してエスコートしてくれる天蓬に頬を染めながら、捲簾はチラリと天蓬のバッグへ目を遣った。 気付いた天蓬が片手で振ってみせる。 「だってピクニックでしょう?捲簾の洋服を汚したらいけませんから下へ敷くシートとか、捲簾の好きなお花のハーブティーをポットで用意してきたんですよ」 そう言えば、と天蓬が捲簾の肢体を頭の先から爪先までじっくり見つめた。 「今日の捲簾はとっても可愛らしいですね…あ、勿論普段の貴方も見惚れる程凛々しくて素敵なんですけどvvv」 「そっかな?何かこーいう服って初めて…なんだけどさ」 恥ずかしそうにパーカーの裾を引っ張る捲簾を、天蓬は嬉しそうにウットリ眺める。 「よく似合ってますよ…僕とのデートの為におめかししてくれたんですか?」 「あっ!」 満面の笑顔で図星を突かれ、捲簾は真っ赤になって俯いてしまった。 どーしよーっ!と下を向いている捲簾の頬へ天蓬がそっと唇を寄せる。 「そんな可愛らしいことされたら、調子に乗っちゃいますよ?」 「え?」 捲簾が慌てて視線を上げれば、間近に迫る美麗な笑顔。 ついついぽやや〜んと見惚れていると、バスケットを持っていない左手を取られた。 その手の甲へ天蓬は恭しく音を立てて口付ける。 まるでお姫様のような扱いに、捲簾は嬉しさと羞恥で瞳を恍惚と潤ませた。 「天蓬ぉー…」 「今日は二人っきりで楽しく過ごしましょうね?」 天蓬から微笑まれ、捲簾は嬉しそうにコクコク何度も頷いた。 天蓬に案内されるまま付いていった場所は捲簾も初めてだった。 そこは観世音菩薩の広大な私有地の一角。 白亜の宮からは大分離れていて、そこは辺り一面色取り取りの花々が咲き誇る幻想的なお花畑だった。 それだけに景色はどこまでも遠くまで広がり、空は青く澄んでいて美しい。 夢のような場所だった。 それは捲簾がいつも想い描いているお花畑そのものだ。 感動の余り言葉を失って見惚れる捲簾を、天蓬の嬉しそうに側で見守る。 「どうですか?とっても綺麗な場所でしょう?」 「すっげぇー…こんな場所あったんだなぁ」 「ええ。天界でもこれほどまで美しい景色はあまり見かけないですよね」 「でもココ観音の私有地だろ?勝手に入って平気なのか?」 「大丈夫ですよ。ちゃんと観音には言ってありますし、許可貰ってるので」 「なら良かった…でもマジで綺麗だよなぁ」 捲簾は大きく身体を伸して、思いっきり深呼吸した。 甘い花の香りが鼻腔を擽り、何とも気分が落ち着く。 捲簾が自然を満喫している間に、天蓬は木陰の下にいそいそとシートを敷いて準備をした。 「捲簾捲簾、ちょっと休憩しましょうよ」 「あ…そうだな」 シートに座った天蓬に手招かれ、捲簾も隣へ腰を下ろした。 「はぁー…何かすっげ気分いいな」 「たまにはこういう場所でのんびりするのもいいでしょう?」 「そうだな。いっつも仕事でバタバタしてるし、折角下界へ下りたって楽しむ余裕もあんまねーしさ」 「捲簾は下界が好きですよね」 「あぁ…なーんか自然が生きてるって感じがして。あ、俺だけが知ってる綺麗なとっておきの場所があるから、今度天蓬も連れてってやるな?」 「楽しみですねぇ…でも僕は捲簾と一緒ならどこだって素晴らしい場所になるんです」 「………バカvvv」 ぽわ〜んと甘ったるいピンク色の空気が漂う中、二人は見つめ合って微笑む。 心地良い風に漂う可憐な花弁が、二人の恋を歓迎するように舞い踊った。 「こっこの花っ!ちょっと分けて貰って部屋に飾ってもいいかな?」 「いいんじゃないですか?きっと捲簾のお部屋も可愛らしくなりますねぇ」 「へへっ…そっかな?」 捲簾は照れながらはにかむと、色合いを選んで花を摘んでいく。 同じように天蓬も花を摘みだした。 「天蓬も花飾るのか?」 「いえいえ。僕はちょっと素敵なモノを作ろうと思いまして」 「花で?何作るんだよ??」 「それはー、まだナイショですvvv」 「???」 不思議そうに瞳を瞬かせる捲簾へニッコリ微笑むと、天蓬はピンク色の花を選ぶ。 花を束ねては茎でクルリと巻いて、また花を添えては茎で編み込んだ。 それをどんどん続けて花を適当な長さになるまで編み込み、端を付けて輪っかを作る。 出来上がったのは可憐なピンク色の花冠。 「捲簾、ちょっと来て下さーい」 「んー?どうかした??」 「はい、コレを貴方へ」 天蓬が出来上がった花冠をそっと捲簾の頭へ載せてやる。 「天蓬ぉ…コレ…って」 「ん、凄く可愛いです。捲簾ってばお姫様みたいですよvvv」 「そんな…の」 俺ってばお姫様みたいに可愛いだってーーーっっ!! 捲簾はウフフと満更ではない照れ笑いを浮かべながら、脳内お花畑で花冠を着けたまま、白ウサちゃんと喜びのダンスを悶え踊った。 ピンク色の妄想に耽っている捲簾の上にそっと影が落ちる。 「あ…っ」 気付いた時には天蓬の指がそっと頬を撫でていて。 柔らかで暖かなキスが何度も捲簾の唇へ触れた。 まるで夢見るような恋人達の雰囲気に、捲簾はそっと瞳を閉じて天蓬の肩へと腕を回す。 確かめるように触れてくる天蓬のキスに、捲簾の唇が自然と解けて。 「や…んぅっ」 そのまま咲き誇る花の上へと倒れ込んだ捲簾は、初めて自分から天蓬からの濃蜜なキスを受け容れた。 |
Back Next |