The princess who dreams



バクバクと昂ぶる鼓動が大きく耳の奥で鳴り響いている。
お花畑の絨毯の上、捲簾は倒れ込んだまま天蓬からの口付けを受けていた。
おずおずと恥ずかしそうに差し出す舌先が、ネットリと絡め取られ吸い上げられる。
口蓋を擽るように舐められると、自然と喉が仰け反った。
口腔に溢れる互いの唾液を必死になって飲み込んでも、直ぐに天蓬から注がれ溢れてしまう。
何度も何度も角度を変えながら深く唇を重ねて舌先を舐られると、腰の奥がゾクゾク震えて堪らない疼きが湧き上がった。
捲簾の頬は真っ赤に紅潮し、瞳は快感でしっとり潤んでいる。

き………気持ちイイ〜〜〜〜〜っっ!!!

捲簾は天蓬へしがみ付いて悶絶した。
心は純真乙女でも身体はありとあらゆる女性達を昇天させてきた絶倫男性。
慣れ親しんだ快感に、身体は正直な反応を示す。
心を置き去りに身体だけが勝手に熱を上げて暴走しそうだ。
「んっ…んー…vvv」
組み敷いた身体がもじもじ身悶えるのを勿論天蓬は見逃さない。
捲簾の素直な反応に、思わず口元を弛ませた。
天蓬にしてみればしてやったり、願ったり叶ったり。
ここで一気にっ!と俄然気合いも入る。

が。

しかし、そこは長年培った可憐な乙女。
捲簾の心に鎮座する乙女はそう易々と快楽に流されまいと必死に踏み止まる。

こんな…こんなのダメッ!
初めてなのにこんな簡単に身体を許しちゃダメなのーーーっっ!!

初めてのエッチは愛するヒトとロマンチックに結婚初夜と決めている、今時貴重な純情可憐な乙女。
こんな突発的に、しかも外でなんか乙女心が許さない。
何とかこのまま流されないうちに天蓬を止めたいけど。

あっ…ああああっ!そんなぁっ!?
いやあああぁぁ〜んvvvvv

ますます色濃く施される愛撫に、捲簾の身体は勝手に喘いでしまう。

どうしよう!どうしようっ!!

天蓬を拒絶して嫌われたくはない。
だけどこのままだと簡単に身体を許してしまう淫乱だと思われてしまうのも厭だった。
捲簾の脳裏で凄まじい葛藤が繰り広げられる。

『ダメダメッ!一番大切なモノは初めて結ばれる結婚初夜って決めてただろっ!』と白ウサちゃんが主張すれば。
『何言ってるんですか〜愛するヒトに大切なモノを捧げるのは至上の悦び。僕のこと愛していないんですか?』と黒ウサちゃんが白ウサちゃんを押し倒す。
捲簾脳内お花畑でも、白ウサちゃんと黒ウサちゃんがガップリ組み合ってゴロゴロと転がっていた。

一時の快楽か、目眩く未来の幸せか。

捲簾の苦渋を顕すように、白ウサちゃんと黒ウサちゃんがジタバタ己を主張して闘っていた。
しかし、葛藤しているのは捲簾だけじゃない。
ウットリと捲簾の可憐で卑猥な唇を味わっている天蓬も、ぐるんぐるんと煩悩と理性が攻防を繰り広げていた。
すっかり据え膳状態で自分へ身を任せる可愛い捲簾を前にして、このまま一気に!と煩悩が囁きかければ、『天蓬殿!我慢…我慢!純情な乙女を前にケダモノじみた暴挙は厳禁ですぞ!!』と、顰めっ面した二郎神が懇々と諭してくる。
そんな二郎神の背後で悪魔の囁きが。
『犯っちまえばいーだろ?んな好きにして〜ってマグロ状態なんだから、とっととズッポリ喰っちまえよ』などと肌も露わな淫猥の神サマがにんまりほくそ笑んでいた。
天蓬の脳裏で神サマ同士が言い争う。
『観世音菩薩!何を仰るんですかっ!相手は初な乙女なんですぞ!そんなはしたない真似させてはなりませんっ!』
『あぁ〜?なーに寝惚けてんだよ。オンナ相手じゃ犯りまくり食い散らかし放題の野郎じゃねーか。今更ケツ貸すぐらいどーってことねーだろ?』
『下品ですぞっ!もっと上級神らしく慎み深く、威厳をもった言動をなさって下さい!』
『バッカじゃねーの?ソコのデッカイ塔に居るオッサン以下、どこに慎みなんかあるんだよ?色欲上等じゃねーか』
『菩薩!お言葉が過ぎますぞ!今は天帝のお話ではなくて天蓬殿のコトですっ!』
『とっとと喰っちゃえ喰っちゃえ。据え膳喰わぬはオトコの恥ってな〜』
『煽ってどうするんですかーっっ!!』

…何だか頭痛がしてきましたねぇ。

脳裏で言い争う神サマ達に、天蓬は思いっきり眉を顰めた。
馬鹿らしい問答にスッと理性が戻ってくる。
ふと我に返って組み敷いている捲簾を見つめ、天蓬の瞳が大きく見開いた。

今にも泣きそうな顔で、身体を震わせている。

漸く正気を取り戻した天蓬は、慌てて身体を起こした。
ぎゅっと瞳を閉じたまま、捲簾が息苦しそうに胸を喘がせる。
「捲簾…捲簾?」
脅かさないようそっと天蓬が声を掛けながら紅潮した頬を優しく撫でると、ゆっくり捲簾の双眸が開かれた。
しかし捲簾はぼんやりと惚けて身動ぎもしない。
心配そうに天蓬が捲簾の瞳を覗き込んだ。
「捲簾?」
「てん…ぽ?」
「大丈夫ですか?」
天蓬は倒れ込んでいる捲簾の身体を起こして、何度も背中を撫でて宥める。
優しい掌の感触に捲簾はウットリ身を任せていたが、間近に天蓬の美貌を捉えて、パチパチと数度瞬きした。
「天蓬…?」
「すみません…あまりにも捲簾が可愛らしいので。性急すぎましたよね?」
申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる天蓬が、触れるだけの口付けを頬へ落とす。

ポンッ☆

先程までの濃密な口付けを思い出して、捲簾の頬が見る見る火が着いたように真っ赤に染まった。

いやあああああぁぁあああっっ!!
恥ずかしいいいぃぃ〜〜〜〜っっ!!!

捲簾は咄嗟に顔を覆って、あまりの羞恥にモジモジ身を捩る。
可愛らしく恥じらう捲簾に、天蓬の欲望が再燃しそうになるが。

『忍耐ですぞっ!天蓬殿!!』

脳裏に響く二郎神の一喝にギリギリ理性を踏み止まらせた。
天蓬は体内で渦巻くドス黒い性欲を押さえ込み、そんなことはおくびにも出さずにニッコリ清雅な笑顔を浮かべる。
「驚かせてしまいましたね…僕のこと恐いですか?」
捲簾の手を取り、その指先に恭しく口付けた。
真摯で誠実な所作に、捲簾の鼓動はドキドキと昂まる。
うっすらと頬を染め、緩く首を振った。
「そんなこと…ねーから」
「本当ですか?僕のこと嫌いになったりしてません?」
「そんなのっ!そんなこと…あるはずねーじゃん」
照れ臭そうに視線を落とす捲簾に、天蓬は内心安堵の溜息を零す。
欲情剥き出しの性急な行動を渾身の忍耐で堪えたのがどうやら正解だった。
小さく拳を握り締めた天蓬は、捲簾の服に付いてしまった草を丁寧に払い落とす。
「捲簾…貴方を愛するが故に我慢しきれませんでした。もう貴方を困らせるようなことはしませんから、許して頂けますか?」
しっかりと両手を握られ真摯な瞳で見つめられ、捲簾の双眸はウットリと蕩けた。

天蓬ってば…カッコイーvvv

王子様のような優雅な態度に見惚れ、捲簾はすっかり絆されてしまう。
「天蓬ぉ…俺だってお前のことすっげぇ愛してるvvv」
「本当ですか?嬉しいです…僕の可愛い捲簾vvv」
互いに両手を握り締め、じっと瞬きするのも忘れて見つめ合った。
艶やかに舞い散る花弁の中、白ウサちゃんと黒ウサちゃんが手を取りあってクルクル回る。
捲簾の脳内お花畑はピンク色に輝いていた。
二人の行く末を暗示するかのように、遠くの何処かでカランカランとウエディングベルが鳴っている。

いやんっ!
そんなっ!そんなのまだ早いってばーーーっっ!

捲簾憧れの素敵なウエディングドレス姿の白ウサちゃんが、黒ウサちゃん抱き上げられていた。
突然ベシベシとお花畑を叩きまくる捲簾を、天蓬はきょとんと見つめる。
「どうしました?捲簾??」
「え?あっ!な…何でもねーっ!そ、そーいやぁ天蓬腹減ってねーか?」
「はぁ?そう言えば…もうそろそろお昼ですよねぇ」
空を見上げれば、太陽は天上の真上に昇っていた。
今日は二人でピクニック。
捲簾としても気合いを入れて作ったお弁当を、天蓬に美味しいって喜んで欲しい。
「じゃぁ、そろそろ昼にしよっか」
「そうですね、お腹空きました。僕、捲簾の手作りお弁当を楽しみにしてたんです♪」
いそいそとバスケットを開けて準備をする捲簾に、天蓬はニッコリと嬉しそうに微笑んだ。
お花畑の上に敷いたシートの上へ、捲簾は作ってきたお弁当を次々広げていく。

綺麗な三角おにぎりに、見目麗しい栄養バランスも完璧なオカズの数々。
それも全て天蓬の好物ばかりだ。

「…凄いですねぇ」
思わず天蓬の小さく喉を鳴らす。
豪華なお弁当に食欲が刺激され、クゥとお腹が鳴った。
「あ…」
「どうぞ、召し上がれ〜」
捲簾がニコニコと箸を差し出すと、天蓬は受け取ってオカズへ視線を向けた。
どれもこれも美味しそうで目移りしてしまう。
「うわーうわー…どうしよう…迷ってしまいますvvv」
「好きなだけ食って良いぞ?天蓬のために作ってきたんだからなっ!」
「頂きますっ!!」
天蓬は深々と頭を下げると、大好物のだし巻き卵へ箸を延ばした。
パクリと一口で頬張り、嬉しそうに頬を緩める。
「美味しいですぅ〜っっ!!」
「そっか?」
「この出汁の味といい、卵のフンワリ加減なんか最高ですっ!!」
天蓬が箸を握り締め絶賛すると、捲簾は照れ臭そうに微笑んだ。
これだけ喜んで貰えれば、頑張って早起きして作った甲斐がある。
ガツガツとお弁当を頬張る天蓬を眺めながら、捲簾がバスケットからリンゴとナイフを取り出した。
「捲簾は?食べないんですか??」
「んー?食うって。その前にデザート用意しようかなーって」
捲簾はナイフでリンゴを等分に分け、器用に皮を剥いていく。
お皿には次々と可愛らしいウサギさんリンゴが載せられた。
「ほい、天蓬」
目の前へ置かれたウサギさんリンゴを、天蓬はじっと見つめる。
少し首を傾げてから、そのウサギさんを一つ摘み上げた。
「はい、捲簾。あーん?」
口元へ差し出されたウサギさんリンゴに、捲簾は真ん丸く目を見開く。
「捲簾?」
天蓬の声にハッとなった瞬間、恥ずかしそうに頬を染めた。
ぎこちなく唇を開けると、天蓬が捲簾へリンゴを食べさせる。

もぐもぐもぐ。

「美味しいですか?」
満面の笑みで問い掛けられた捲簾は、嬉しそうにコクコク頷いた。

何か…何かすっげラブラブの恋人同士みたいじゃーんっっ!!

ヤダッ!もうもうっ!俺だってやっちゃうぞーvvv

脳内お花畑で大絶叫のこだまを響かせて、捲簾は箸でしゅうまいをそっと摘んだ。
「て…天蓬も…あーん」
「あ〜んvvv」
パクッと捲簾の箸へ食い付いて、天蓬は幸せ一杯でしゅうまいを頬張る。

じゃぁ、次は捲簾ですねっ!
こんどは春巻きなっ!

こうしてお互いが箸を差し出し、お弁当が無くなるまで食べさせっこが続いた。

そんな仲睦まじい二人をコッソリ覗く人影が。
「…チッ。天蓬のヤツ我慢しやがったな。つまんねぇ〜」
双眼鏡片手に観察していた菩薩が、ぼやきながら茶を啜った。
「それで宜しいんですっ!菩薩もむやみやたらに波風立てるようなコトはお控え下さいっ!」
「あー?それじゃ俺サマがつまんねぇだろ?」
「観世音菩薩…」
「ま。あの天蓬がコレで丸く治まるとは思えねぇけどな…ククク」
不吉な神サマの呟きが、この先の嵐を予言していた。



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