The princess who dreams



「…またかよ」
ディープキスまでする仲にワンステップ進んだ天蓬と捲簾は、幸せ一杯順風満帆だった、が。天蓬にかけられている魔女の呪いは相変わらず凄まじかった。
ルンルンと天蓬へ手作りお菓子の差し入れにやってきた捲簾は、軋んだ悲鳴を上げる不吉な扉を眺めて溜息を零す。

ペタッ。

とりあえず道士から貰った霊験灼かな呪詛返しの御札を扉へ貼って、捲簾は大きく息を吸い込んだ。
そっとノブへ手を掛け、意を決して頷くと中からの圧力で反り返っている扉をほんの少しだけ引っ張る。

ドドドドドドーーーッッ!!!

大して力も掛けずに引いた扉は勢いよく開け放たれ、部屋の中に詰まっていた本やら謎のガラクタが埃を巻き上げ雪崩れだした。
「…5日前片付けたばっかじゃねーかよぉ」
捲簾は額を押さえながら、回廊を堰き止めた部屋の中身を呆然と眺める。
どうやら雪崩の中に部屋の主は遭難していなかった。
我に返ると捲簾が雪崩を土足のまま踏み越え、濛々と埃で煙る室内へ目を凝らす。
「天蓬っ!てんぽおおぉぉっっ!?」

しーん…。

部屋の中から愛しい人の返事は返ってこなかった。
とにかく部屋の空気を入れ換えないことには始まらない。
捲簾は意を決して室内へと踏み込んだ。
天蓬の大切にしている本だろうが置物だろうがそのままザカザカ踏みつけていく。
途中ムニッとやけに弾力のあるモノを踏みつけたが、そんなことを気にしてられない。
「天蓬っ!今魔女から救ってやるからなっ!!」
勇ましいお姫様は「頑張れ〜」と白ウサ黒ウサのエールを受け、どうにか窓際まで辿り着くことが出来た。
全ての窓を開け放つと、煙った空気が一気に外へと押し流される。
漸く鮮明になった視界にほっと息つく間もなく、捲簾は部屋の惨状を再確認して唖然とした。
「なっ…何だよもぉ〜〜〜っっ!!」
悲鳴に近い絶叫が捲簾の口から零れる。
想像を絶する魔女の呪いを目の当たりにして、捲簾の腰がヘナヘナと抜けた。
その場にしゃがみ込んで思わず頭を抱える。
「ダメだ…ダメダメだぁっ!あんな札ぐれーじゃこの部屋には効かないっ!!」
乱雑に積み上がっている本とガラクタをグルリと見渡し、捲簾は大きく首を振った。
しかしみすみす魔女の呪いを受け容れるつもりはない。
捲簾は勢いよく立ち上がると、とりあえず部屋の主を捜した。
「天蓬っ!て・ん・ぽ・おーーーっっ!!」
いくら呼んでも愛するヒトからの返事はない。
次第に捲簾の表情が強張りだした。
「まさか魔女に呪い殺されたんじゃっ!?」
イヤーッ!天蓬おおおぉぉぉっ!!と脳内お花畑で白ウサ黒ウサがジタバタのたうち回る中、捲簾は真っ青な顔で手当たり次第本とガラクタを放り投げる。
きっとこの崩壊した山の中で生き埋めになってるはず。
そう思い込んでいたけど。

「あれっ!?」

何て事はない。
部屋のど真んで天蓬は敷き詰められた本を敷き布団に、だらしなく大の字で寝転んでいた。
動揺していた捲簾は全く足許を見ていなかったので、あまりにも堂々と寝ている天蓬に気が付かなかっただけだ。
「よかったぁ〜てんぽー…あ?」
駆け寄った捲簾がパチクリと瞳を瞬かせる。
何故だか仰向けに倒れて寝ている天蓬に、クッキリシッカリと軍靴の足跡が付いていた。
それは踏みしめられたように、白衣の裏地から胸元まで辿って顔にまで。
「………。」
捲簾は寝ている天蓬の傍らにしゃがみ込むと、袖口でゴシゴシ足跡を消した。
そういえば部屋に突入した時、何だか弾力のあるモノを踏んづけた気がする。
コホンと咳払いを一つしてから、何事もなかったかのように捲簾が天蓬を揺さ振った。
「天蓬?天蓬ぉ〜起きろよ〜」
「うぅ〜ん…」
強く肩を揺すっても頬を軽く叩いても、天蓬は小さく唸ってコロンと寝返りを打つ。
「天蓬っ!天蓬ってばっ!」
今度は肩を掴んで持ち上げ、ガックンガックン大きく揺さ振ってみる。
「んが…」
それでもやっぱり天蓬は目覚めない。
段々と捲簾の瞳に剣呑な光が宿った。
肩を掴んでいた手を離して立ち上がると、真上から物騒な視線で天蓬を見据える。
「いい加減に…起きやがれーーーっっ!!」
忍耐の限界を振り切った捲簾は、大きく息を吸い込んで叫ぶのと同時に、天蓬の鳩尾へ思いっきり膝を落とした。
「ぐぁふっ!?」
スヨスヨ気持ち良く寝入っていたところにいきなりの激痛。
天蓬は唐突に覚醒すると、腹を押さえ込んでのたうち回った。
「よーやっと起きたか〜♪」
壮絶な激痛に何が何だか分からず目を白黒させていると、頭上から可愛いヒトの声が聞こえてくる。
「かはっ…あ…けんれ…ん?」
「おうっ!天蓬ってばいっくら呼んでもぜ〜んぜん起きねぇから…」
「けほっ…え?僕…寝ちゃってました?」
「つーかお前また寝てなかったろ?気絶するまで本読むなって、いっつも言ってんじゃねーか」
プクッと頬を膨らませて捲簾が睨むと、天蓬はバツ悪げに愛想笑いを浮かべた。
こればっかりは習性みたいなモンなので、天蓬のついついやってしまう。
「寝ようかなーって思ってたんですよ?でも読んでた本が面白くて、次の章読んだら寝ようって決めて読み進めてたら、今度はまた次の章が気になって。じゃぁ、次の章読んだら寝ようって決めて読んでいたら、段々核心に入ってきまして。それなら次の章を読んで今度こそは寝ようって思ったら〜」
「…もういいっ!結局読み終わるまで寝なかったんだろうがっ!もうっ!!」
ヘラヘラ笑っている天蓬を捲簾は怒ってべしべし叩いた。
この悪癖が直らないのも魔女の呪いに違いない。
「こ、今度は気をつけますから〜」
「もう何十回も同じコト聞いたー…ああっ!?」
「え?」
唐突に捲簾が悲鳴を上げて勢いよく天蓬から飛び退いた。
真っ青な顔で首を振ってそのまま立ち上がると、キッチンへ駆け込んでしまう。
訳が分からず天蓬が呆然と座り込んでいると、物凄い勢いで捲簾が戻ってきた。

ぷしゅうううううぅぅぅーーー!!!

「うわっ!?ちょっ…捲簾っ!?」
「天蓬から…っ!天蓬から
死臭がするーーーっっ!!」
「はぁ??」
捲簾は悲鳴を上げて鼻を抓むと、キッチンから持ってきた生ゴミ消臭スプレーを天蓬に向かって噴射する。
「僕生きてるのに死臭って何ですかーっ!?」
「すっげクサイんだよっ!!!」
「だからって生ゴミ扱いはやめてくださいよぉ〜っっ!!」
「生ゴミより質悪ぃわっ!!!」
天蓬が涙目で噎せ返りながら躙り寄っても、捲簾はスプレーを噴射したまましっしと掌で追い払った。
臭いに直撃すると、気を失いそうな程強烈な悪臭が捲簾を襲ってくる。
一体何をどうやったらヒトがこんな臭いを発せられるのか。
「こっち来ないでいいからっ!風呂入れ風呂っ!!」
「酷いですよぉ〜けんれ〜んっ!!僕のことそんなに邪険にして愛してないんですかっ!?」
「俺を愛してるなら何も言わずに風呂入れってのっ!わーっ!わーっ!来んな来んなっっ!!」
相変わらず消臭スプレーを噴射して、どうにか天蓬を風呂へと追い立てた。
早いトコ扉を閉めて臭いを遮断したいが、これだけは言わないとならない。
「いいか?脱いだ服はそっちのカゴに全部入れろよ?新しい着替えは後で用意するから、また着ようなんて思うんじゃねーぞ!」
鬼気迫る捲簾の迫力に、天蓬は必死に頷いた。
「それとっ!湯船浸かったまま寝るなっ!元帥が風呂で溺死なんて格好悪くて笑えもしねーからなっ!」

コクコク。

「ちゃーんと全身隅々まできっちり洗うんだぞ?適当に泡くっつけて終わりとかすんなよっ!」

コクコクコク。

「シャンプーは2度やれ。その髪の汚れ方だと1度ぐらいじゃ汚れ落ちねぇし…分かったな?」

コクコクコクコク。

「…じゃぁ、入ってこい」

天蓬ご自慢コレクションその1、巨大赤べこのように頷きまくるのを確認してから、捲簾はバスルームの扉を勢いよく閉める。
漸く止めていた呼吸を吐き出して、へなへなとその場へ膝を着いた。
「天蓬のヤツ…なんだって魔女に強力な呪いかけられてんだよぉ〜」
あんなに美麗な王子様なのに、気が遠くなりそうな死臭がするなんて最悪だ。
あんまりにもあんまり過ぎて、捲簾はちょっと黄昏気味にシクシクしてしまう。
黒雲渦巻く脳内お花畑でグッタリ泣き伏している捲簾を、白ウサ黒ウサもさすがに慰めきれない。
深々と溜息を吐きつつ、それでも周囲に散乱している本を小分けにしながら纏め始めた。

きっとこれは俺と天蓬を引き裂こうとする魔女の仕業に決まってる。
「でもこんな呪いになんか俺は負けねぇっ!!俺の愛の力ではね除けてやるんだからなーっ!!」
脳内お花畑で決意も新たにフリフリエプロンを翻して拳を振り上げれば、根性と忍耐のハチマキを巻いた白ウサ黒ウサが捲簾へエールを送った。
気合いを入れ直すと、慣れた仕草で次から次へと瞬く間に本を綺麗に積み直す。
とりあえずいくつかの島を作って、ほぉっと額の汗を拭うと。

「…いちおうちゃんと洗ってるみてぇだな?」

バスルームからは勢いよく水が流れる音が聞こえてくる。
「あっ!天蓬の着替え出しておかねーとな!」
捲簾は寝室を塞いでいる本を横へ避けて意を決すると恐々扉を開けた。
「…こっちは本に侵食されてねぇな」
小綺麗に片付いたままの室内を確認して、捲簾は大きく胸を撫で下ろす。
クロゼットから着替え一式を取り出し、脱衣所へ持っていった。
カゴに突っ込まれた死臭漂う白衣に顔を顰めつつ、その横へ真新しい着替えを置く。
念押しとばかりに再度消臭スプレーを汚れ物へ吹き付け、とりあえず脱衣所の外へカゴごと出した。
「てんぽー?着替え置いたからな」
水音で聞こえないのか天蓬からの返事はない。
磨りガラス越しに動いている天蓬を眺めていた捲簾は。

………ぽっvvv

「せっ…背中とか流してやろうか?」
でもヤダーッ!そんな天蓬の裸見るなんて恥ずかしい〜〜〜っっ!!と、脳内お花畑でじたばた悶えまくる。
「ど…どどどどどうしようっ!もうもうっ!!」
グリグリ着替えの白衣にハートマークを描いていた捲簾の指先がピタリと止まった。
捲簾の瞳が妄想の世界へと飛んでいく。

『天蓬…背中流そうか?その方がきれいに洗えるし』
『あ、すみません。お願いしますvvv』
『天蓬って…結構着痩せすんのな』
『えー?そうですか?』
『うん。何か…結構…逞しいかも?』
いやん、やだっ!と捲簾が泡だらけのスポンジを握り締め、真っ赤な顔で恥じらう。
『イヤですか?僕の身体』
背中越しに振り返る天蓬へ、捲簾は慌てて首を振った。
ぎゅーぎゅースポンジを握り締めながら、捲簾は天蓬の身体にウットリ惚ける。
細身の割に意外と骨太らしく、骨格がシッカリしていてムダのない筋肉が綺麗に付いていた。
後背筋からすっと引き締まった腰、それに。
『い…いやあああぁぁんっっ!天蓬ってば
アレまで逞しすぎるうううぅぅっっ!!』
羞恥で真っ赤になりながらも、視線はちゃっかり股間にロックオン。

「天蓬ってばアソコまでカッコ良すぎーーーっっvvv」
「え?僕が何ですか捲簾?」
はっ!と妄想から我に返ると、風呂場から不思議そうな天蓬の声。
どうやら洗い終わって湯船に浸かっているらしい。
「なっ何でもねぇっ!」
ドキドキと昂ぶる鼓動を宥めながら、捲簾は上擦った声で返事を返した。

こんなエッチな想像してたなんて天蓬にバレたらはしたないって思われるっ!

捲簾は脱衣所から抜けだしてそっと扉を閉めた。
それでもまだ心臓はドキドキしたまま。
興奮で染まった頬に手を当て、大きく深呼吸を繰り返す。
「ふぅ…俺ってば変なコト考えちゃって。天蓬のアレなんか…」

かああああぁぁ〜っっ!!

「あ………乳首が勃っちゃったv」
やだーっ!捲簾のエッチいいぃぃっ!もうもうっっ!!と、捲簾は脳内お花畑で地平線の彼方まで転がりながら、芽生えた欲情を誤魔化すように手当たり次第本を投げまくった。



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